旅人は少女を連れて世界を歩む

稀人

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初めてのおはよう

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  結局、シロナを抱き抱えて起こさないように慎重に片手で血抜きと解体をしたせいで、半分も眠らず朝を迎えてしまった。

  襲われるよりも倒した後の方が大変って、なんだかな…なんて自分で笑ってしまう。苦笑いを浮かべているとシロナがまだ眠そうな顔をしながら目を覚ました。

「おはよう、シロナ」

  シロナは体をグーっと伸ばし、幾分か目が覚めたような顔でおじさんおはようと言ってきたので、お父さんじゃなくなったのか?と冗談交じりに揶揄うとからかうキョトンとした顔をして、あたふたと慌て始めた。

「シロナの呼びたいように呼んでいいんだぞ?」

「やじゃ、ない…?」

「もちろん。シロナみたいな可愛い娘なら大歓迎だ」

  当然だが、俺がシロナを嫌がる理由はない。じゃなきゃそもそも拾わないしな。

「あの、ね…!いい、なら……おと…さん、って呼び、たい…!」

  シロナは少しだけ縋るような顔を見せ、そう言ってくれた。たったの1日でここまで懐いてくれるとは思わなかったが、それだけ人からの愛情に飢えていたんだろう。愛されるべき親からも愛してもらえず、それどころか奴隷として売られたんだから無理もない、か。今はきっと初めて優しくされた俺に依存をしているだけだろうが、これから少しずつ本当の親子みたいになって行けばいい。

「よし、じゃあ今日からシロナは俺の娘だ!それじゃご飯にしようか!」

  シロナは嬉しそうに、うん!と頷くと俺の隣に座る。昨晩仕留めたグレーウルフの肉を軽く塩とレンの実(単品では酸っぱくて食べられないが肉に合わせるとイケるのだ)を振りかけて焼いて、肉だけだと栄養が偏って良くないので前の街で買っておいたリゴの実蜂蜜漬けをシロナと一緒に食べる。リゴの実は食べると甘い果汁が出て来る果実で単体でも十分美味いんだが、蜂蜜につけることにより多少保存期間が延び、気軽に糖分も取れるため旅人には人気の商品だ。

  だが、俺としてはやはり肉の方が好きなんだが、シロナは初めて食べた甘いものに魅了されてしまったようだった。口には出さなかったが食べてる時の幸せそうな顔が如実に語っていた。

  また昼にでも食べようかと言うと壊れるんじゃないかと言うくらいに首を縦に振っていた。子供って体出来てないから本当に壊れるんじゃないかと不安なんだが。

  いつまでも同じところにいるわけにもいかないので、今にもスキップしそうなシロナの手を握って森を進むことにする。途中でなにも起きなければ、明日の昼頃には次の街へ到着するはずだ。街に着いたらまずはシロナの服だな。今のままだとボロ布と変わらないからな。

  森を歩くこと2時間。日はすっかり登り森の中でも暑さを覚え、シロナの歩くペースが落ちてきた。むしろ子供の足で森の中を2時間も歩き続けただけで充分なんだが、シロナは足手まといだと思われたくないのか無理をして歩き続けようとする。

「シロナ、無理せず少し休もう」

  隠しきれない疲労を必死に誤魔化そうとしながら平気だと言うシロナを最終手段の実力行使として強制的に肩車する。

「ぅわ…!…すごい…高い!」

  突然持ち上げられて驚いたようだが、どうやらお気に召したらしい。歩くたび、頭の上から楽しそうな声が降ってくる。そのまましばらく歩いているとシロナの声に混じって水の音が聞こえてきた。そういえば宿屋の主人が途中に綺麗な湖があると言っていたな。気温はドンドンと上がっていくしここらで昼飯休憩を取りつつ水浴びするのも悪くないな。水の音を頼りに向かうと上からシロナの声が降ってくる。

「わっ…!お父さん、綺麗な水たまり!」

「シロナ、それは湖っていうんだ。今から昼飯を食って水浴びをするぞ」

  シロナを見上げながら伝えると、昼飯という言葉を聞いてリゴの蜂蜜漬けを思い出したのか目を輝かせてご機嫌なリズムで鼻歌を歌い始めた。誰でも知ってる童謡だったが、音が外れてるのは言わないでやる。これからドンドン上手くなるさ。きっとな。
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