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後日談(王子side)・㊤
しおりを挟む男の私にはなす術がなく、ただただ廊下をうろつくばかり。予定より早く苦しみだした妻に、私はなにもしてあげることができない。今は祈るばかりだ。
「フンギャァー! オギャー! 」
大きなまるで魔物の雄叫びの様な泣き声が聞こえてきた。まさかあれが産声か?可愛くないな……なんて不埒なことがチラリと脳裏に浮かぶ。声をかけるか悩んでいると、突然扉が開き医者が顔を出さした。
「おめでとうございます。早産なため少し小さめですが、中々に元気なお嬢さんです。しかし……」
無事に産まれたのか……だがしかしとは?いったいどうしたのだ?
「母体が衰弱しています。もともと線の細い方ですので、体に栄養が不足しているのでしょう。精のつくものを食べさせてあげてください。休息が一番です」
医者は失礼すると挨拶をし去って行く。続いて産婆が出てきた。
「奥様は初乳を与えた後、疲労からかグッスリと寝ています。今は休息が必要です。無理に床上げせずに、安静第一で過ごしてください。無理が祟ると死に至ります」
そんな……出産は命がけだとは聞いているが、母上は高齢でも出産している。あの日産まれた妹には未だに会えてはいない。あの後、母上と父上は離婚した。母上は巨額な横領が発覚し、厳格な修道院へと流された。父上は王座を退き、産まれたばかりの妹とともに暮らしている。父上たちと私たちは同じ僻地の離宮に住んではいるが、互いの離宮は離れており、月に一度の面会しか許されていない。
ほぼ幽閉状態でこの場所に連れてこられた当初は、もと婚約者と隣国の王太子を恨んだ。そしてこの地に追いやった兄上を憎んだ。しかし……
「お館様? どうかなされたのですか? 奥様はお眠りですが、お嬢様は起きています。お顔を見て差し上げてください」
執事が私に声をかけてくる。今日はこちらに来ているのだな。さすがに出産は重大時だ。父上が気を聞かせてくれたのだろう。私は頷き扉に手をかける。
「奥様が目を覚まされたらお呼びください。領民たちが新鮮な果実をお祝いにと持ち寄っております。卵もいただきましたので、こちらはお粥にしてお持ちします。それではまた」
執事が慌ただしく立ち去った。この離宮には使用人が少ない。彼らは様々な仕事を兼任し働いてくれている。果実を剥くのもお粥を作るのも執事がするのだろう。以前の私なら使用人を増やせ!と怒鳴り付けていた。しかし私は平民なのだ。使用人がいるだけでも贅沢なのだと、今更ながらようやく気付くことができた。
「王子様はなにしてるんだ? 早く赤ん坊を抱いてみ? 可愛いぞ? あ! もしや育児が心配か? 安心せい! 私がバッチリ見てやるぞ。なにせ妹弟たちを立派に育てたのは私だ! 」
君に育てられるのは……野生児になりそうで心配なんだが……
「子供は風の子元気が一番だ! 愛情さえ与えていれば良い子に育つ! 婚約破棄を叫ぶ様な馬鹿にはならん。だから心配はするな! 」
……馬鹿って私のことか?
「ああ。ありがとう。君には叶わないな。妻と子をよろしく頼むよ」
「王子様! 可愛い子を抱き締めたら、さっさと仕事に戻るべし! この辺境の生活は王子様の頭に乗っているんだ! しっかりと統治してくれ! 」
私はこの辺境の土地の領主の補佐という仕事をしている。王となった兄上に遊んでいる奴に予算は組めないと言われ、この仕事を与えられたのだ。ほぼ毎日書類との格闘で、最初は気が狂いそうになった。しかし代官が私に言ったのだ。
「君に与えている仕事は、この地に住む領民の心だ。書類として上がってくる内容を検討し、すぐにすべきことて先に出きることを見極める。それらは民を知らねばできぬこと。王族はそれを率先すべきだ。。国民を知らずぬ者を王族とは呼べぬ」
私は国民のことをなにも知らない。民は働き税を支払うもの。王族はそれを享受し上に立ち、貴族たちを統制するもの。大切なのは国を動かす貴族であり、それを纏める王族こそ至高であり、庶民働く駒くらいに考えていた。
領主は私を連れ領地をくまなく回り、領民の暮らしを教えてくれた。働き税を納めることは簡単ではない。領民がつつがなく過ごせねば、税を納めるお金を生み出すこともできない。人びとが幸福ならば気持ち良く働け、生産性も上昇する。人びとが豊かになれば領地も豊かになり、それは国を豊かにもする。
「民は働き税を納め、国に力を与えることにより貢献する。我々はそれに報い、実のある生活を保証するのだ! 」
父上もそう言っていたではないか……私が民を愚弄し、もと婚約者を蔑ろにしなければ……彼女は私がすべき仕事を母上に押し付けられていた。さらには周辺国へ呼ばれた夜会や晩餐会で、物知らずな私が犯した失態を、彼女が頭を下げ尻拭いしていたのだ。なのに私は母上の言葉だけを信じ遊び呆けていた。周囲の者たちも諌めてくれていたのだ。なのに私は耳を貸さなかった。無礼だと左遷したりまでしていたのだ。もっと早くに気付ければ、父上は未だ王位についていられたのかもしれない……
「ははは。私の頭に乗っているのかい? 肩ではないのか? さて我が子を抱いてから仕事に戻るよ。あと王子呼びは止めてくれ。私はもう王子ではないのだから」
そう。私はもう……
「わかりました! しかし私は使用人ですのでどう呼べば良いのか……ではもと王子様? それとも領主補佐様? それともご主人様が良いですか? 」
どれも嫌だな……しかし頭の件はスルーか?
「妻は奥様呼びだよな? 執事は私をお館様と呼んでいる。ならば小さな屋敷だが、執事と同じで良いのではないか? さすがに名前呼びは、世間的にも不味いだろう」
「わかりました。お館様! お仕事頑張ってください! あ! では私は失礼します。奥様が目を覚ました様なので、食べ物を運んで来ます。それでは! 」
たしか料理ができないんだよな?以前火傷をしたと大騒ぎをしていた。庶民は料理人などは雇わない。当初は妻が料理をする予定だったそうだが、王女として暮らして来た妻は、彼女よりも壊滅的だった。以降執事や数名の侍女で持ち回りで料理をしてくれている。王宮にいた頃より簡単で質素な品ばかりではあるが、素朴で中々に味わい深く旨い。いわゆる家庭的な料理と言うのだろう。
こんな駄目な私に仕えてくれる人びとを、大切にせねばならない。私は二度と間違いは犯さない。
私はそう気持ちを新たに決意した。
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