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第一章

6話 連携

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「……君の能力は?」

遠すぎず、近すぎない絶妙な距離を保って横に立っている緑髪の男ー綾人に目もくれず青髪の男ー活水かつみは質問を投げかける。

「……物を操る……。……生き物以外の触れたものを一定時間コントロールできる。……基本的に、俺はサポートに回る。……この銃で、遠距離から援護する」

綾人はゆっくりとぎりぎり聞こえるくらいの声で答えた。活水もそれに続いて簡潔に自分の能力について伝える。

「僕はこのポンプから水を発射することができる。並の人間にあたれば骨折……運が良ければ骨折、悪ければ体の一部が吹き飛ぶほどの威力まで出せる」

沈黙が訪れた。
もうすぐ綾人と活水のペアで能力検査が始まる。モニタールームでは作戦会議をしたり、改めて自己紹介を行ったりして互いに歩み寄っているペアがほとんどだ。しかし、一組目のペア、ふうと沙知が検査を行っていた時この二人は一言も言葉を交わしていない。自分達の順番になっておm、能力の説明を一方的にするくらいだった。

活水は女好きであった。同じクラスの女子と男子一名全員既にナンパ済みである。(女の子かと間違えてきいもナンパしたところ、男であるし恋愛対象は女の子と言われたので諦めた)結果は……言うまでもないが。男には全く興味がない。必要最低限の会話のみで済ませたいとまで思っていた。

対して、綾人。こちらは極度の人見知りである上に、人と無駄な会話することに意義を感じていない。
つまり、必要以上のコミュニ―ケーションをしようとしない二人がペアになったのである。

◇◇◇

そんな二人の様子をモニタールームで監視している高鷲たかすは心の中でため息をついた。モニタールームには映像を映すためのモニターが八個ほど設置されており、その全てを見ることで全体を見渡せるようになっている。中央にある他のものよりも一回り大きなモニターは人の目には見えないほど小さく、水にも火にも強いAIカメラが映し出す映像が流れている。このカメラは自動的にバーチャルルームに入って訓練をこなしている人を追尾する。

ー大丈夫なのか、こいつら。

連携をとる上で大切なのは信頼関係である。無駄な会話を好まないのは仕方ないが、それで連携が取れなかった場合は改直させなければならない。連携が取れないというのは、任務をこなすうえで一番あってはならないことだ。一人が輪を乱せば、仲間全員の命を危険に晒す。

しかし、そんな高鷲の心配は不要であった。

開始の合図をしてすぐに綾人は一番近くにあったビルの中に入る。階段を駆け足で登って、四階にたどり着いた。綾人が窓を開けると敵と対峙している活水の姿があった。ライフルに弾を入れて窓に固定し、スコープで敵を捉える。
敵は長いロープを手から出してそれを回して見せて威嚇していた。
活水はその場から動かず敵の出方を探っている。すでに掌にポンプを出して攻撃する準備は整っているようだが発射する気配はない。

その様子を見て綾人は短く息を吐いた。活水と敵の距離は十五メートルほど離れている。活水が確実に敵を仕留められる距離は五メートル。対して敵のロープの長さは十メートルほど。

綾人が引き金を引いた。銃声が鳴り響く。スコープから飛び出した弾は真っすぐに敵に向かっていき、その右手に命中した。
敵の意識が自分から外れた瞬間、活水は一気に間合いを詰める。敵はすぐに体制を立て直して右手を振ろうとしたが、銃声が二回鳴る。綾人が放った次の弾がその手に再び向かっていく。が、同じ手はさすがに食らわないようで直前の所でそれをよけた。ロープが活水に迫る。手のひらから水を発射させようとしていた活水がそれに気づいて対処しようとした時、敵の目が見開かれ動きが止まる。
その一瞬のすきに活水は至近距離で手のひらからポンプを発射させた。
敵が倒れる。バーチャルが解けた。

活水と綾人は言葉を交わすこともなくそれぞれ訓練アリーナを後にした。

「仕事人タイプか」

高鷲は呟いた。活水の得意な間合いを一瞬で見抜いてサポートにまわる。更に敵が銃弾をよけた時の為に弾を一発でたらめな方向に打っておいて、いざという時に死角から打ち込めるように待機させていたようだ。
綾人は相手をよく観察して相手が求めていることを完璧にやり遂げることが出来るらしい。活水の方は綾人がサポートしてくれるのを計算した上で動いているように見えた。まだ出会って数日で、碌な会話もしていないこの二人の中に信頼関係が生まれるはずはない。高鷲の勘違いの可能性もあるが、この二人の阿吽の呼吸には目を見張るものがあると感じた。

ーひとまずは様子を見るとしよう

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

「ーというわけで、そういうことだ!」
「えーっと、どういうことかわかんないけど了解っ!」
「あの作戦通りによろしくな!」
「作戦っていうか、ほぼ強行突破だけど任せてっ」

気合はばっちり。意思疎通もー……多分大丈夫。
二人は、開始の合図とともに肘タッチを交わした。そして、敵と向かい合う。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

数分前ー……
あかりは、大地に呼び出され、モニタールームでずっと話し込んでいた。

あかりの能力は、チーター。特徴と言えばチーターのように速く走ることができる駿足と、耳としっぽ。
世間では能力だけでなく、その動物の体の特徴をも持つ能力者の事を獣人と呼んでいるらしい。動物系の能力を持っても身体にその特徴が現れなかったり、完璧な動物の姿にも変化できて、特徴を残さずに人間の姿に戻ることもできる人もいるため獣人は希少な存在だと言われる。

大地の能力は、サポート系のものである。土の壁を出して、攻撃を防ぐというのが主な役割だと語った。

「駿足と防御……くっそ、どっちもサポート特化じゃねーか!どーすればいいんだよー!」

大地はぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしった。

「それを考えるためにこうやって集まったんじゃん!」

あかりが大地の肩を叩いてこれから一緒に考えようと言ったその時、
「次のペア……知多あかり、土蜘蛛大地。準備しろ」
と高鷲から告げられた。

二人は互いの顔を見合わせて思わず叫ぶ。

「「ええええええっ!?」」

高鷲からうるさい、早くいけと叱られた。

これから作戦会議をしようとしていたがすでに時間は来ていたようだ。授業開始から、二人の出番までは十分に時間はあった。では何故作戦会議をしていないのか。それは、自分二人が顔を合わせて自己紹介をした後、ずっと無駄話をしていたからである。授業が始まって他のペアが戦闘を始めても、それに気付かず話に花を咲かせていた。互いの能力を教えあったのは、活水と綾人の戦闘が始まって少したってからだった。

というわけで、作戦を練る時間を失った二人は訓練ルームへと歩いていた。

「どうしよっか」
「どうすっかな」

実はこの二人は、入試の筆記試験はクラスでドンツーの成績を収めていた。今年の合格者の中でも下から数えた方が早い、というかこちらも最下位付近にいる。合格ラインを上回っていはいなかったが、実技試験の成績と、将来性を認められて追加点を貰って上位12人までに上り詰めてきた二人であった。故に戦術を考える頭を持ち合わせていない。

時間もない、作戦を思いつく気配もない完全に詰んでいるような状況だがー……

「ま、なんとかなるっしょ!」
「なんとかなるよねっ」

二人は楽観的だった。

スタートの合図があって、バーチャル空間に包まれ始めた時、大地が口を開いた。

「とにかく、知多は動き回って敵の注意を引き付けてくれっ」
「どうやって倒すの!?」
「んー俺がなんとかするっ。あれをああやってあーすれば多分大丈夫だ!というわけで、そういうことだっ」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「こっわ!だけど……大丈夫、あたしの速度なら当たらない!」

あかりは敵が発射する水の弾丸から逃げ回っていた。ただ逃げ回るのではなく、近づいたり離れたりしながら楕円形を描くように敵の周りを走っていた。大地が指示した通り、上手く敵の注意を引き付けてくれているようだ。

「あれなら、いける!」

円形に走ってくれとまでは言っていないが、たまたまそうやって走ってくれたお陰で糸口が見えた。今の時点で大地は土の壁を作ることしかできないが、それをうまく使えば敵を倒せる。

敵はあかりを仕留めるのに必死で立ち止まったままその姿を追っている。その場から動く様子はないし、大地も見ていない。

ー狙うは、足元

大地は両手で地面に触れた。大地の手元から敵の足元へ振動がいった。

「知多、こっちだ!」

大地があかりを呼ぶ。異変に気付いた敵が大地を初めて捉えた。大地に向かって水弾を放とうと構えた。

「ぐっ」

体制を整えた敵の体が宙に舞い、地面に叩きつけられた。
大地の方が一足早かったのだ。大地が作り出した土の壁は正確に敵の足元から突き出して、敵に攻撃を与えた。

バーチャル空間と敵が揺らいでまっさらな空間に戻る。

「やったね、だいちっ!」

息を切らしたあかりが満面の笑みで大地にハイタッチを求めてきた。

「おうっ」

大地はにかっと笑ってばちんっと手を合わせた。
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