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「あ、そうそう、そういえば!」

ふと「何か」を目にして思い出したのか、パッと子供らしい無邪気な顔に移ると、白丸が指をさして言った。

「君たちが来る前に、あそこに小屋を作っといたよ」

「……小屋?」

「え、あんなのあった?」

「いや、いま突然現れたような……」

ほんの50メートル先だろうか、童話で狼に追われたまぬけな子豚が作っていた、枯れ枝を寄せ集めただけのような粗末な小屋がいつのまにか建てられており、ついでに大きな池まで突如出現していた。

「なんか池にすっごい木材とか積んであるけど……」

「小屋っていうか……巣?」

「堰き止めてるの?」

「お前の正体はビーバーか?」

「ダムじゃないよ!ちゃんとした小屋!これこれ、駅前の本屋に売ってたから、参考にしたんだ」

ワイヤーカッターを忍ばせた袂から、今度は雑誌を取り出して4人の前にかざした。どうやら有名な経済誌が別冊として出版したDIYの専門雑誌のようで、表紙には「達人に学ぶ、週末大工の極意」と記され、髪を束ねた髭もじゃの薄汚い中年が電動工具を持って微笑んでいた。

「ほんとは湖畔のログハウスみたいなのがよかったんだけどねー、ちょっと手間がかかりすぎるし、ひとりじゃとても無理だったから……」

「……で、あの小屋が何なんだ?」

「君たちにプレゼント。中は仕切りで分かれてて、ベッドを2つ置いたんだ。眠りから覚める前に、そこでたくさん楽しんで行って?」

「た、楽しんで……?」

「なにを楽しむの?」

「ゲームとか置いてあるの?」

「あんなボロ小屋に?」

「違うよもー!ベッドで楽しむといったらひとつしか無いでしょ!さては君たち全員童貞だな?」

「ベッドで楽しむ……って……」

「え……えええ……そういうこと?」

「そういうこと!ほらほら、早くしないと起きる時間になっちゃうよ」

「プレゼントがヤリ部屋ってことか……」

「白丸、お前やっぱりまだ人間的ではないな」

「なに言ってんだ、人間の三大欲求のひとつだろ?人間的に考えた結果、これが君たちへのいちばんの贈り物だと思い至ったんだ。じれったくうじうじしてる君たちより、僕の方がよっぽど人間的さ」

「というより野性的発想だな」

「僕たちのあいだに何かじれったいことなんかあったっけ?」

「さあ……」

「あったような気はするけど、それで何であの小屋を作ったんだ?」

「いいからいいから!ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行っといで。ハルヒコはアマネと、ダイゴローはサラと……声はちょっと聞こえちゃうかもしれないけど、どーせ眠りの世界なんだから、気兼ねなく朝まで楽しんでね。……それじゃ、また」

「え?おい、白丸……」

「白丸くん!」

4人の前で、彼はフッと姿を消した。男たちは目を丸くするが、やがて気まずい顔をしながらそれぞれの顔を見合わせる。しかし素直な欲求に全員が抗えず、「まあいいか」とハルヒコが天音の手を取り、大吾郎はサラの手を取った。少し強引であるのに、天音もサラも抗わなかった。そして白丸手製の掘っ建て小屋に向かい、中でふたりずつに分かれると、各々の「楽しい時間」を過ごした。


ベッドの軋む音、耐えるような小さな喘ぎ声、荒い吐息、粘膜と粘膜の混じり合う音。夢の中が楽しいのは、本能に忠実に生きていられるからだ。理性などなく、快か不快かの2択と、それに伴う感情のみで生きている。きっと眠りの世界こそが、本来の人間社会であるに違いない。頭を使わない、面倒な理由も要らない、ピンク色の極楽浄土が広がっている。4人は麻薬中毒のように溺れ、目の前にいる裸の男を無垢に求め合った。そして愛し愛される快楽の中、白丸は確かに人間的であったのだと思い直した。
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