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しおりを挟むー「はい、お先コーラです!お待たせしました」
ぼんやりと眺めていた海から、コーラに目を移す。だが「すいません」と言って店員を見上げると、サラはそのまま固まった。すると目の前のハルヒコも同様に、言葉を失った様子で目を丸くして硬直している。
「お注ぎしますね」
店員が慣れた手つきで瓶の栓を抜くと、氷の入った大きめのグラスにトクトクと液体を流し込み、「はいどうぞ、坊ちゃん」と、ハートマークのつきそうな声で先にハルヒコに差し出した。
「お、おま、お前、ななな何してんだ……」
「何って、バイトですけど」
「バイト?」
「リゾートバイトってやつですよ。5月半ばから募集してたの、知らなかったんですか?」
「知らんよそんなものぉ」
「昨日の夜から渦川邸でお世話になってますので、1週間よろしくお願いしまーす」
「はあ?!」
「"坊ちゃん"の友達ですって言ったら、社長がうちで寝泊まりしなって言ってくれたから」
「なっ……あのジジイ何にも言わなかったぞ」
「驚かそうと思って秘密にしてもらったんだ」
「はああ……?」
脱力するハルヒコにサラがフッと噴き出し、「なんだ、だから誘っても来なかったんだね」と笑った。
「よかったね、ハルヒコが嫌われてたわけじゃなくて」
「だからって好きでもないけどね!」
「てめえ、いそうろうする分際で……」
「文句は社長に言ってください」
Tシャツを肩口でまくりあげ、他の店員と同じくえんじ色の前掛けをした天音が、コーラの空きビンをカラカラと鳴らしながらふたりの前で不敵に笑った。
だがふたりを驚愕させたのは天音だけではない。それから10分ほどして、注文したハンバーグ定食と海鮮ランチを運んできた男の姿に、ふたりはまたしても目を丸くさせた。
ー「いらっしゃいませ。ハンバーグ定食と海鮮ランチの松、お待たせしました」
「お前らいつの間に……どーなってんだ」
重たそうなふたつのトレーを片手ずつで軽々と持ち、ニヤニヤと笑うのをこらえきれない様子で現れたのは、千葉の実家に帰ると言っていた大吾郎であった。
「ゴロー、君まで?お家に帰ったんじゃ……」
「へへ、天音と驚かしてやろうって黙ってたんだ。驚いた?」
「驚いたよ。……まさか高鷹たちも?」
「いや、来たのは天音と俺だけだ。中間テストの前にこっそりここのバイトに応募しててさ。あと渦川くん、俺も君の家で1週間お世話になるから」
「何だって実家に帰ってきてまでお前らのシケた面を拝まねばならんのだ」
「まあいいじゃないか。楽しい夏休みにしような」
「はああ……それにしても君ィ、せっかくのバカンスのあいだも労働かね。この店は特に忙しいぞ」
「バカンスしながら小遣いも稼げる。こんないい機会、夏休みならではだ。おまけに3食出してもらえて宿泊費もタダ、昼メシはここのまかないの海鮮丼だぞ。忙しかろうが何だってやるさ。渦川くんのおじさん本当にいい人だな」
「よく言うぜ」
ハルヒコは顔をしかめるが、サラは彼の嬉しそうな心の内を見透かして微笑んだ。
「けどここ、ホントにけっこー忙しくてな。その上俺たちと同じ日に来るはずだった別の学生がふたりキャンセルしたらしくて、さっそく人手不足でてんてこ舞いだ」
「そりゃてーへんなこってすなあ」
するとサラが他人事でハンバーグを頬張るハルヒコに向き直り、言った。
「ねえハルヒコ、それなら僕もここで雇ってくれない?」
「なに、お前を?」
「バイト未経験でも良ければ。おじさんに頼んでよ」
「カンタンに言ってるが、お前まともに働けんのか?」
「うん、頑張る」
サラの言葉に大吾郎の顔がパッと明るくなる。
「じゃあ俺、店長に伝えてくるよ。渦川くんもおじさんに連絡してくれ」
「へーへー、遊びに来てんのによくやるなあ。おいサラ、お前がやっぱり辞めるとか言い出しても、俺は絶対に手伝わんからな」
「そんなこと言わないよ」
斯くして、食事の最中にハルヒコが笑一に電話を入れたところサラもその場で即採用されたので、翌日から天音たちと共にうずかわ食堂でアルバイトをすることとなった。店長はサラがランチを食べ終えたらすぐにでも働いてほしいと大吾郎に言ったそうだが、ハルヒコが「今日は俺とサラちゃんのデートの日だからダメだ」と断った。
食堂での勤務は、書き入れどきのシーズンだけ営業時間も延長するため、それに伴い早番と遅番の二体制となるそうだ。
天音たち3人は、オープン前の開店作業からピークを過ぎる15時までの早番シフトを組まれ、それ以降を観光や海水浴に充てることにした。休日は中1日だけであるが、1週間と少しの短い滞在である。だが天音と大吾郎は、おとといの夜の便で着いてから渦川邸でひと眠りしたあと、さっそく昨日の早朝から起き出してバイトの前にサーフィンやボディーボードに興じていた。
そして今朝も日の出と共に起き、行けるところまでサイクリングをしてからそのまま食堂にやって来たのだ。笑一の計らいでレジャーの道具は借り放題だが、これはもともとリゾートバイトでやって来る学生たちへのサービスでもあるらしい。
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