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エミちゃんのこと
しおりを挟む「ごめんね、お父さん人前で怒鳴ったりして」
午後6時。
バイトがはねてから結局天音も大吾郎と美和についていき、高台にある体育館でバスケの試合に参加していた。そしてくたくたになって壁に寄りかかって休んでいたら、サラと笑美もやってきた。
ふたりは約束どおりバイト後に笑美のバイクで島を一周し、南部にある三島山の遊歩道で、日暮れの景色を堪能してきたのだという。三島山は活火山で、この島自体が三島山の噴火によって生まれた島であり、ここを訪れたものはこのカルデラの観光を目的にしている者がほとんどであるそうだ。
最後に噴火したのは笑美たちが生まれるずっと前、もう30年以上も昔にさかのぼるというが、当時高校生だった笑一がその噴火の様子や、家族全員で海を渡って避難したときのこと、そして東京の多摩西部に用意された被災者用仮設住宅での避難生活のことを、酔うたびいつも昨日のことのように笑美たちに話して聞かせるのだという。だがそれは彼だけでなく、島の年寄りたちは酒の席となればきまってそのことを何遍も繰り返し話し出すそうだ。
ー「ううん。ていうか怒らせるようなことしちゃってほんとに悪かったよ。ハルヒコも殴られちゃったし……」
「ハルとお父さんは昔からしょっちゅうああだから、いいの」
安静にしていろと言われたのに、バイトの後に包帯を取ってバスケまでやっていたと知れば、笑一はいい顔をしないだろう。だが傷口などもうとっくに塞がっており、痛みもほとんど無いのだ。せっかく見知らぬ土地に来て新しい人々に出会えたのに、限られた時間をじっとして過ごすことのほうが、天音には苦痛であった。
「それより、サラちゃんから海に落ちたこと聞いて驚いちゃった。私たち朝から宿の手伝いに行ってて、そんなことがあったなんて知らなかったから……怪我は平気なの?」
「ぜんぜんへーき」
「そう。でも一応これ……」
笑美が家から持ってきたという傷ケアシートなるものを、「貼ってあげる」とバッグから取り出した。天音はそのとき、男子と女子の明確な優しさの違いに大いに感動した。
もしもここが寮ならたとえ同じ怪我をしていても、その原因を聞いた高鷹には「バカかおめー、そのまま死んじまえ」と吐き捨てられ、珠希には「なんで大人しくじっとしてらんないの?なんかの病気なの?」と冷たく言い放たれて終わることが容易に想像できる。耀介くらいならいたわってくれるかもしれないが、かと言ってまちがいなくこの傷ケアシートが差し出される場面など無いだろう。
あそこは物資の足りない前線のごとく、切り傷程度で心配される環境ではないのだ。
「ちょっと頭いい?」
「いや……汗くさいよ。自分で貼る」
「平気」
そう言ってシートを貼ってくれる彼女に目の前を覆われ、良くて男子刑務所かあるいはゴミだめのような男子寮では当然発生し得ない甘い香りに包まれた。女たちのこういう匂いの元はどこで、いったい何の香りなのだろうと思うが、いくら自分にとって彼女たちが「興味の対象外」とは言え、そんなセクハラまがいのことをずけずけとは聞けない。
「これ、残り全部使っていいから」
「でも……」
「いいよ。ちゃんと毎日貼ってね」
笑美からシートの箱を手渡され、天音は「ありがとう」と微笑んだ。あのハルヒコの血縁なのに、いとこたちは何故こんなにいい子で人ができているのだろう。瑛一も大柄なこと以外で雰囲気も全く似ていないし、やはりあの男は突然変異種であり、ともすると本当はここの家の血筋ですらないのかもしれない。あの面倒見がよく財力のある笑一なら、よそのみなしごのひとりやふたりくらい引き取って実の子のように育てていても不思議ではない。
……とそこまで考えて、(いかん、いますごく性格悪いこと考えてた)と我に返った。
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