少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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"俺、やっぱりちゃんと教職目指すことにした。実習先の子たちがみんな良い子だったから、なんて甘い理由だけどさ。でもこんな俺にも、唯一向いてる仕事のような気がして"

教員にならぬのに教育学部に来る学生なんかいるのかと思ったが、免許を取って別の職業を選ぶ者も多いということを、啓吾と出会って知った。その理由は前向きなものもそうでないものも半々だという。啓吾は周りの友人たちからだいぶ遅れて、卒業後の道筋を決めたのだ。

梅雨はまだ少し先だが最近は雨が多く、昼は晴れていたが雨気を含んだなまぬるい風がふたりを包み込む。5時のチャイムが鳴り、子供のいなくなった住宅街の公園。渋谷にこんなに静かな場所があることも、啓吾と出会ってから知ったのだ。彼の弟と遊ぶときは、いつも賑やかな場所ばかりであったから。

ー「先生になるって、まだ間に合うの?」

「願書はかなりギリギリだったけど、まあ滑り込みセーフだな」

「じゃあこれから採用試験受けるんだ」

「そういうこと。内定出るまで長いぞ~」

「お父さんはいいって?」

「うん。このさき親父に何かあれば俺もどうなるかわかんないし、いずれ仕事は継ぐことになるだろうけど、そのときまでは」

「そう。……ケイちゃんなら絶対いい先生になるよ」

本心からの言葉だが、どうにも感情のこもらない口ぶりと表情になってしまう。天音は普段は実家の仕事を手伝ったり、土日には近所の小学生や中学生のスポーツチームを対象に指導をしたりして、特に起伏のない日々を過ごしていた。高校を中退してからの1年はあっという間だった。

「……天音はもう大学とか考えてるの?」

「大学?」

「夏に高認受けるんだろ?……ああごめん、こないだ家に行ったとき天音のお母さんから聞いたんだ」

「あはは、ああ、あのときね。……そうだね、がんばって合格したら考えようかな」

「ゆっくり考えろよ。日本は何するにも年齢の制限ばっかだけど、学びにそんなもん関係ないんだ。それにしてもさ、16で高認パスしても大学入るまで待たなきゃいけないって、変な話だよな」

「確かにねえ。……それより、ケイちゃんさ」

「ん?」

「あのさ、もし先生になっても、できればあんまり変わらないでね」

長く伸びた影を見つめる横顔。天音の視線は、啓吾の影に向けられている。

「うまく言えないけど、先生ってたぶんすごく大変な仕事だからさ。どの仕事もそうだけど、その……学校って、人間関係のかたまりって感じでしょ。……はは、ほんとにうまく言えないな」

微笑んでいるのに、それが笑顔には見えない。指摘する気はないが、彼はよくこういう寂しげな顔で笑う。曇り空のような顔だ。啓吾には、彼の言わんとすることがわかっている。彼は自分を見放した教師たちのようにならないでほしいと思っているのだ。だがそれが心の中でつっかえて、思うとおりに口にできないのだろう。

「とにかくケイちゃんは、優しいままでいて」

「大丈夫。……俺は人を裏切ったりはしない」

「……うん」

「俺が先生になるの不安?」

「そういうわけじゃない」

「……俺正直、こうやって天音と付き合ってるのが、未だにウソなんじゃないかって疑うときがあるんだ。ていうのも、お前に告白してフラれる夢をしょっちゅう見るんだ。だからその夢から覚めたときに、俺たちって本当に付き合ってるんだよな?って焦って、今まで撮った画像とかすっごい見返したりしてさ」

「何の話?……ていうかそんなことしてたんだ」

「つまり俺は、死ぬほど惚れて奇跡的に手に入れられた人に、愛想を尽かされてフラれるようなことだけは絶対にしないってことだ。人間として、ってこと以前に、お前が離れてくようなことはなにひとつしたくない。利己的な理由かもしれないけど、俺ががんばろうって思えるのはぜんぶ天音がいてくれるおかげだから」

「へえ、大人とは思えない主体性の無さだね」

「……そういう雰囲気にのまれない鋭いところも好きだよ」

「あそう……ありがと」

「お互い夏は苦しいかもしれないけど、がんばろうな」

「そうだね。まあ僕は正直そんなに苦しくはないんだけど……でもケイちゃんはがんばってね」

「うんうん、そういうところも惚れてるからギリ好きだよ」

「ありがとう、僕もケイちゃん好き。じゃあそろそろ帰るね」

「う、うん。急だな……まあいいけど」

寄りかかっていた遊具から身を起こし、長い影とともに歩き出す。すると突然思い出したように振り返り、「あ!そういえば駅ナカの鯛焼きも好き」と言った。

「鯛焼き……?ああ、東急百貨店の前にあるやつか。カスタードだっけ?」

「カスタードも好きだけど、ぜんぶ美味しいからぜんぶ好き」

「じゃ売り切れてなかったら箱で買おうか、ぜんぶの味のやつ」

「あと、そのとなりに限定で出てたおやきも好き」

「何のやつがいいんだ?」

「ぜんぶ好きかな」

「じゃそれも箱でいっとくか」

「ありがとう!ケイちゃんほんとに大好き!!」

いろいろと丸め込まれている気もするが、好きと言ってもらえたことと、ようやく「晴れ」の笑顔を見られて啓吾は幸せだった。そんな幸せな気持ちを蓄積させながら、比重はともかくお互いに愛し合う日々を経て、翌年の春、啓吾は無事に教員として現在も勤める高校に配属が決まったのだ。そして天音もまだ使い道のない高認をパスし、「中卒」という枠からは脱却することができた。


だが、大学についてはまだ何も考える気にならなかった。同級生とて、よほどの難関大を目指さない限りは同じであろうが、このまま自分はずるずると家業に従事するだろうという、ぼんやりとした褪せた未来図以外に考えつかなかった。

さしてやりたいことがないというのも悪因であったし、両親は後継について口にしたことはないが、自分には頼れる兄弟がないということがほんの少し肩にのしかかるようにもなった。それよりどうにも中退してから思考が停滞しがちなのだ。追い詰められてからひと息に解放されたせいか、あるいは元来ののんきな性質のせいかはわからない。
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