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しおりを挟む「せっかくだし来週の花火大会までいるといいよ。店も盆まではずーっと人手不足だしさ」
笑一が買ってきてくれた大量の手持ち花火に、天音たち7人が一斉に点火すると、庭は電灯をつけるよりもずっと明るく色とりどりに照らされた。
「帰りの切符も、調整できそうならおじさんが明日しとくから」
「何から何まで、お世話になりっぱなしですみません」
「なあに、むしろこっちが働いてもらいたくて頼むんだから。みんなここを別荘と思って、好きなだけいなよ」
縁側には美代子の切ってくれたスイカが並び、ひと仕事終えた笑一が3日前よりも焼けた顔で満足げに笑いうちわを扇いでいた。
各々の顔がそれぞれの火花の色に変化していき、煙った夏の匂いに包まれる。
「なんだサラ、もう線香花火やんのか」
「うん。火つけて」
少し風が出ているのでロウソクは使わず、ハルヒコがジッポで火を灯してやった。
「お前はそういうのが似合うな」
パチパチと儚げに咲く火花を見つめるサラの横顔を、大吾郎は自分の花火も見ずにぼんやりと見とれそうになり、慌てて視線を戻した。
「ハルヒコはネズミ花火が似合うね」
「余計なことを言うな。バカのイグアナが集中攻撃してくるだろ」
「これネズミ花火入ってないからしないよ」
「……そうか、ならよかった。アホだから打ち上げ花火も手で持ちかねんぞ」
すると天音が「高鷹みたいなのと一緒にしないでくれます?」と口を挟んだ。
「去年アイツんちの近所の川原でやったら、川に向かってボンボン打ち上げ花火やり出してさあ。カゴいっぱいに買ってたときからイヤな予感はしたんだ。おまけになぜかアイツひとりだけ橋から川に落ちちゃうし。最悪だったよ」
「何をどうしたら橋から落ちるなんてことが起こるんだ?お前の今朝の事故とはわけが違うだろ」
「僕だってわからないよ。ちょっと目を離したら落ちてたんだもん」
「……赤ちゃんとおんなじだね」
「赤ん坊に花火をさせるのもダメだが、あの手のバカは水辺にも近づかせるな。毎年流されてニュースになるのはだいたいあーゆー手合いだ」
「だからハルヒコ、高鷹もここに泊まりに来たいって言ったのに断ったの?」
「それもあるが、帰って来てまであんな野生児と四六時中一緒になんていられるか。タマキンくらいイカレてなけりゃあいつの世話は無理だ」
「……かわいそうだけどいい判断だな」
大吾郎がぼそりと発すると、サラがなんとも言えない顔で薄く笑った。
「でも高鷹も野生児に野生児呼ばわりされたくないだろうね」
天音が言うと笑一も声をあげて笑い、花火に照らされたハルヒコは苦い顔をしてうつむいた。日中ずっと忙しい笑一とは、彼の晩酌のときにしか顔を合わせることはない。だが朝早くから動き出すせいか、休みの前日でなければ少し飲んだら誰よりも早く寝てしまうので、こうしてのんびりと花火に付き合ってくれるのは珍しいことなのかもしれない。
「天音くんは下町の方の子だっけ?」
笑一に問われ、天音が「はい、千束です」と返す。
「千束っていうと……」
「台東区ですよ。大きい駅なら上野とか浅草とか南千住が近いです」
「ああ、ああわかった。あの辺なら……」
昔おいらんがいたところだね、と子供たちの前で言いかけ、ハッとしてとっさに切り替えた。
「……かなり祭りが多いんじゃないの?」
「夏になったら毎週どっかしらでお祭りですよ。7月後半は町会ごとの夏祭りと花火大会ラッシュなんです。実はここに来る前にもう、隅田川と葛飾の花火は見てきました」
「おお!あの有名な……そういえば隅田川のはテレビでやってたなあ。いいなあ、おじさん1回も見たことないんだ。お母さんもお父さんも、ずっとあの辺りに暮らしてたの?」
「父方はずっとあの辺に住んでて、母は蒲田出身です。大田区の。大学で知り合ったみたいです」
「いいねえ、大学のときからの付き合いか」
「おじさんたちは?」
「うちはねえ、美代がOLやってたときに、ここに観光しに来たのがキッカケなんだ」
「へえ!どうやって知り合ったんですか?」
天音が興味深げに問うと、「長くなるからやめときなよ」と笑美が呆れ笑いを浮かべながら横槍を入れた。
そんな調子でしばらくのあいだ問答を繰り返し、笑一は天音と大吾郎にやや突っ込んであらゆる話を聞き出していた。特に天音の父親は笑一と似たような立場にあるせいか、興味もひとしおであったようだ。
だが、なぜかサラには出身地である世田谷の街並みを聞くくらいで、彼の家族や日ごろの生活などには深入りしなかった。どこか遠慮があるようにも見受け、天音にはそれが少しだけ気にかかった。確かにサラは大人たちの目から見ても少しとっつきにくいのかもしれない。
それでも笑一は最大限にサラを気遣い、彼なりに積極的に接してやっているようだから、避けたり苦手だと感じているわけではないのだろう。今日だってわざわざサラの勤務の途中に様子を見にやって来たほどである。
それにしても、彼の家族のことを掘り下げられなくてよかったと思うのは、天音だけではない。大吾郎も何となくサラのバックボーンを察しているから、彼の家庭について尋ねたことは一度もないのだ。家族を愛していない男に、家庭のことなどとてもじゃないが聞く気にはなれない。
ひととおり花火をやり終え、燃え殻がバケツいっぱいになると、天音は瑛一に最後の1本を手渡してやり、ハルヒコも最後の線香花火をサラに渡して火をつけてやった。
「サラ、これが終わったらいっしょに風呂入るか」
「うん」
「えぇ……?!」
笑一が思わず声を漏らし、7人が一斉に彼を見やる。
「どーした?」
「い、いや……」
焼き鳥屋のようにうちわをパタパタと手早く扇ぎ、「そ、そーだ、風呂といえば、天音くんたちは浜辺湯行った?」と不自然に話を逸らした。
「浜辺湯?」
「なんだ、まだ行ってないのか。ハル、明日バイトのあとにでも車出して連れてってやれよ。こっからちょっと行ったとこの海沿いに浜辺湯って露天の温泉があってね、水着で混浴するとこなんだけど、晴れてりゃ富士山が見えるんだよ」
「ええー!行きたーい!」
「渦川くん、連れてってよ」
「歩いて行けるから勝手に行ってこい。俺は明日野球しに行くんだ」
「なんだおめえ、まーだ子供らとつるんでんのか」
「ハルヒコ、こっちでもよく小学生の野球チームに入れてもらってますよ」
「はーあ、お前はガキにしか好かれねえなあ」
「子供ならみんな素直にカイザーくんって呼んでくれるもんね」
「やかましいぞイグアナめ」
「天音くん、それなら明日みんなでいっしょに行こうよ。自転車で」
「うん、行く!瑛一くんも行こう」
「うん」
すると線香花火がぽとりと落ちて、「あっという間だね」とサラが立ち上がった。
「さーてと、居候ども、後片付けは頼んだぞ。さーサラちゃん、このまんま入るぞ」
ハルヒコがおもむろにサラのTシャツのすそに手をかけると、そのまま胸までたくしあげようとした。すると突如、笑一が目を丸くしてガバッと立ち上がり慌ててふたりのもとに駆け寄ると、ハルヒコの両肩をつかんでサラから引き離した。
そして間髪入れず「笑一チョップ!」と叫んでハルヒコの鎖骨に向かって両手で手刀を叩き込み、左右の鎖骨を撃たれたハルヒコは「がふっ」と声にならない呻きをあげ、その場にどさりと崩れ落ちた。
「何してるのお父さん?!」
「ハル!!大丈夫?」
「クソジジイ……ゲホッ、いきなり何しやがんだこの野郎!殺す気か!!」
「こんなとこで脱がす奴があるかド阿呆!!」
「ああ?何言ってんだジジイ……てゆーーかチョップはやりすぎだろうが、ゲホッ、ゲホッ、キラーカーンかおめえは……おえっ」
「そんだけデリカシーがなけりゃキラーカーンにもなるわ!まったくなっとらん奴だ……ごめんねサラさん、バカな男で」
「え?……いえ、そんな……」
戸惑いつつもサラがハルヒコを抱き起こし、背中の汚れをはたいてやる。その背後で天音と大吾郎は、「まさかこの人……」という表情で顔を見合わせた。
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