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八(三)
しおりを挟む……正直、俺は怪奇現象に翻弄されながらも、アラタに対してつのっていく想いに日々悶々とし、一挙一動に惑わされていた。初めて見たときから、この神秘的な美しさに惹かれていたのだ。そしてひとつ屋根の下、毎晩いっしょに眠りながら、己の欲望と葛藤し今日までやってきた。
ひやりとして、指先までつくられたように綺麗なアラタ。いつもそばにいて、俺の心を見透かしてくる鋭く冷たい眼差し。ときおり見せてくれる人間らしい優しさ。隙がないようで、ときどき天然で世間知らずなところ。
俺はアラタが好きだ。俺しかこの生き物を知らなくていい。人目に触れれば、きっと誰かにあっというまにさらわれてしまう。独占欲と支配欲を刺激されつつ、なんにも出来ずに、なんにも打ち明けられずにこの気持ちを持て余して暮らす日々。
「……アラタの初恋の人のこと、教えてくれよ。」
「僕の?」
風が吹き、笹の葉がサラサラと鳴る。
知りたいことは山とある。だが聞けないことばかりで、聞いちゃいけないことばかりだ。
でも俺はアラタのことをたくさん知りたかった。深く関わりあっているようで、友達よりも薄い関係であることが、恐ろしかった。
「……いずれお話しますよ。今は話せない。」
「アラタ、俺、もうお前の口から何を聞いても驚かないよ。」
「…………。」
「俺はアラタの全部を信じてる。どんなことが起ころうと、それがいくら不思議なことだろうと、俺は全部受け入れる。」
強く手を握り、心まで裸になったつもりで、俺はアラタに面と向かった。
「俺、アラタのこと好きだから。とっくにバレてるかもしれないけど。友達としてじゃなくて、それ以上にもっと……家族に近い気持ちもあるけど、男相手にこんな気持ちになったことはない。女の人を好きになるみたいに、アラタのことが好きだ。」
アラタはしばらく黙ってうつむいていた。
こんな丸裸の状態で突然の告白を受ければ、戸惑うのは当然だ。だがもう一度、少し強めの風が吹いて俺たちのあいだを吹き抜けると、アラタはゆっくり顔を上げた。頬が赤い。湯にのぼせたのかと思ったが、やっぱりどうしたって、握っている手は冷たいまま。
「……ありがとうございます。」
悲しげな目をして、微笑む。俺の心は締め付けられるように苦しくなった。けれど赤く染まる頬のまま、俺の胸にそっと顔を寄せてきた。背中も腕も、俺の腹部にぴたりとくっつく胴体も、すべてが冷たかった。
「過去のことはまだ話せません。……僕がこうしていられるのは、過去を振り返らずにいるからのような気がするから……。」
「……それって……」
アラタの細い身体を抱きしめる。心では戸惑いつつも、俺の腕はこの抱擁を当然のごとく受け入れている。
「でも、僕も、あなたのことが好きです。」
耳元に吐息が当たる。肌の感触、熱い吐息、アラタは確かにここにいる。
「理由なんてないですけれど、僕をこんなふうに見ていてくれるから……」
アラタは、ここにいる。俺の意識の中にも外にも。
「理由なんか俺もない。」
アラタはここにいるよな?ちゃんとここで、俺と向き合って……
「身体、つめたいな。」
抱きしめながら泣きそうになって、そんなの恥ずかしいから、どうにか笑ってみる。けれどどうにもダメだ。冷たさがチクチクと俺の肌を刺して、温めても温まらないこの肉体に対する理解を、俺の頭が拒んでいる。全部を信じて、全部を受け入れると言ったのに。
「モトキさんは、あったかいですね。」
俺の熱を全部奪ってもいいから、この肉体に血が通ってくれないだろうか。俺の全てを奪っていいから………
空に向かって叫びそうになるほど、強く願う。でもその肉体が温かくなることは、決してなかった。
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