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第1章 出会い
2、婚姻と出生
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昭和初期の酒屋ラウンジは、夜になると少しだけ照明が落ちる。
裸電球が作る影が、木のカウンターに滲んでいた。
桜樹は徳利を傾け、山崎の湯呑みに仮想の酒を注ぐ。
液体は重力に従い、音まで本物のように立てる。
徳利の口から、最後の一筋が盃に落ちる音を聞きながら、山崎はぽつりと言った。
「そういやさ……この前、あいつが5つになったんだ」
「もう5歳になるのか」
桜樹は即座にそう返してから、改めて盃を傾けた。
言葉だけを切り取れば、まるで昔から知っている子供の話のようだった。
「早いよな。仮想空間で出会った頃は、俺も28だった」
「例の人か」
山崎には、長年連れ添った奥さんがいる。
「そう。あっちは現実じゃ会ったこともないのに、向こうじゃ10年以上、一緒に暮らしてる」
山崎は笑う。
その笑顔は、照れとも誇りともつかない。
「仮想婚姻、だったな」
「籍は向こうにだけある。でも生活は、ちゃんと“結婚”してる」
酒屋の低い天井を見上げながら続ける。
2050年時点において、人類の婚姻制度は二層構造を採用している。
一つは通常の格式に基づいて契約される現実世界婚姻(リアルマリッジ)
もう一つが新たに確立された仮想空間婚姻(レイヤーマリッジ)
両者は独立した制度であり、同時に結ぶことも、どちらか一方のみを選択することも可能である。
仮想空間婚姻は「代替」ではなく、現実婚姻と同等の法的・社会的効力を持つ正式契約として定義されている。
仮想空間内での婚姻は、以下の条件を満たすことで成立する。
・双方の意思確認(継続的ログによる同意証明)
・レイヤー管理局の承認
・最低一年以上の相互接触ログの存在
これには、身体的接触は条件に含まれない。
重要視されるのは、時間共有・感情反応・行動選択の蓄積である。
仮想婚姻の特徴は、
・物理的制約を受けない。
・年齢差・居住地・身体状態の差異を問わない。
・医療・介護・介助目的を含む関係も婚姻として認められる。
という点にある。
そのため、高齢者、長期療養者、身体を持たない存在との婚姻も、制度上は排除されない。
山崎は盃を見つめ、少し間を置いて言った。
「朝は一緒に起きて、夜は同じ時間にログインして、飯食って、喧嘩して……」
「昭和の夫婦みたいだな」
「だろ? この店よりよっぽど現実味がある」
二人は小さく笑った。
「で、出生契約を結んだ」
その言葉を、山崎は特別な調子もつけずに言った。
「向こうの彼女と、現実世界で子供を持つ契約。
遺伝子は俺のを使って、出産は公的施設。親権は共同管理」
おやっさんが帳場の奥で咳払いをしたが、二人は気に留めなかった。
仮想婚姻を結んだ夫婦は、現実世界での出生契約(バース・アグリーメント)を申請することができる。
『この子供の誕生と成長に、誰が責任を持つのか』を事前に定義する法的契約である。
この制度が導入された背景には、少子化の深刻化、育児放棄・経済破綻の増加、医療費・教育費の財政圧迫があった。
出生契約には、以下が明記される。
・親となる者(実体の有無は問われない)
・現実世界での身体管理者(多くはアンドロイド)
・教育・生活・医療費の負担減
・仮想空間における養育参加義務
重要なのは、子供は必ず『現実世界の身体』を持つという原則である。
親の一方、あるいは双方が仮想空間存在であっても、子供の成長環境は現実世界に置かれる。
出生契約において、親に求められるのは『肉体』ではなく、責任能力である。
そのため、仮想空間居住者、長期昏睡患者、身体維持をアンドロイドに委ねた者であっても、安定した収益ログ、養育参加時間、精神安定性評価を満たせば、親として認められる。
山崎隼のように、仮想空間で生活しながら父となる者は、もはや珍しくない。
「不思議なもんだよ。抱いてるのは現実の身体でさ、
名前を呼ぶ声は向こうの世界のままなんだ」
「……それで、五歳か」
「でさ、呼び捨てするんだよ」
桜樹は徳利を取り、山崎の盃に酒を注いだ。
「子供?」
「ああ。昨日さ、初めて俺の名前を呼んだ」
山崎は照れたように笑った。
四十に差しかかった男の顔に、珍しく幼い表情が浮かぶ。
「“とうちゃん”じゃなくて、“やまざき”って」
「それは……」
桜樹は言葉を探し、結局、短く返した。
「山崎らしいな」
「だろ?」
山崎は肩をすくめる。
「仮想空間で育ててるからさ。言葉の選び方が、やけに正確なんだよ。
昭和ラウンジでは敬語覚えるし、ロンドンだと皮肉言うし」
「英語は?」
「もう俺より上手い」
二人の間に、笑いが落ちる。
仮想の酒は、確かに喉を熱くした。
「現実では、どうなんだ」
桜樹が聞く。
「肉体の方?」
「ああ」
山崎は一瞬だけ、天井を見上げた。
「アンドロイドが全部やってるよ。
睡眠、栄養、成長ログ。俺が触るのは、ここだけだ」
彼は指で、こめかみを軽く叩いた。
子供にとっての「父」「母」は、
一緒に時間を過ごした存在、声をかけ、話を聞き、選択を共有した存在として認識される。
抱き上げられなくても、触れなくても、親であることは否定されない。
制度はそれを後追いする形で整えられたに過ぎない。
「でもさ、不思議なんだ」
「何がだ」
「このラウンジで一緒に歩いた記憶の方が、
現実で抱いた時より、ずっと“生きてる”感じがする」
桜樹は黙って、酒を飲んだ。
「……後悔は?」
「ない」
即答だった。
「少なくとも、あいつは俺より自由だ。
生まれた時から、世界を選べる」
山崎は桜樹を見る。
「桜樹、お前はどう思う?」
問いかけは軽い。
だが、桜樹は少し間を置いた。
「……子供は、酒を呑まなくていい」
「は?」
「酔わなくていいし、忘れなくていい」
山崎は一瞬きょとんとして、やがて笑った。
「哲学者かよ」
「いや、システム屋だ」
「違い、あるか?」
二人はまた笑う。
「でも、子供ってのはさ……自分より先に生きる存在だろ。俺がいなくなっても、当たり前みたいに時間を進めていく」
店の奥で、おやっさんが新聞を畳む音がした。
「それが、少し怖いんだ」
「怖い?」
「自分が“本当にいた”って証拠を、他人の人生に背負わせるみたいでさ」
桜樹は盃を口に運び、少し間を置いてから言った。
「証拠なんて、そんなに立派なもんじゃないだろ。
ただ一緒に飯を食って、酒を呑んで、くだらない話をした記憶が残れば、それでいい」
「簡単に言うなぁ」
山崎は笑ったが、その笑いはどこか安堵を含んでいた。
「桜樹は、どうなんだ。結婚とか、子供とか」
「俺か?」
桜樹は天井の梁を見上げる。
「俺は……自分が誰かの“今”になれるなら、それでいい」
「なんだそれ」
「さあな。酔ってるんだろ」
二人は盃を合わせ、乾いた音が酒屋に響いた。
裸電球が、静かに揺れていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
徳利はいつの間にか空になり、盃の底に残った酒もぬるくなっていた。
「おやっさん、もう一本いける?」
山崎が声を掛けると、店主は眉を上げ、二人を交互に見た。
「まだ呑む気かい。今夜は長いねえ」
「珍しく語っちまったからな」
山崎はそう言って、苦笑する。
「若い頃の話は、酒が進む」
おやっさんは徳利を手に取りながら、ふっと鼻で笑った。
「過去の話をするってことは、まだ今に未練がある証拠だ」
「耳が痛い」
桜樹が肩をすくめる。
徳利が置かれ、酒が注がれる。
だが、山崎はその盃に手を伸ばさなかった。
「なあ、桜樹」
「ん?」
「このままここで潰れるのも悪くないけどさ……」
山崎は立ち上がり、店内を見回す。
「久しぶりに、あっち行かないか」
桜樹は察したように息を吐いた。
「モダンなとこか」
「そう。ジャズが流れて、照明が暗くて、昭和の皮を一枚剥いだみたいな店」
「ずいぶん乱暴な表現だな」
「でも嫌いじゃないだろ」
桜樹は少し考え、空の盃を指で弾いた。
「確かに、ここは話しすぎた」
「だろ?」
「じゃあ、気分を変えるか」
おやっさんが帳場から声を投げる。
「もう行くのかい」
「ごちそうさん。また来ます」
桜樹が頭を下げると、店主はにやりと笑った。
ここで働いているおやっさんもこのレイヤー内で酒屋を営んで働いている。
アンドロイドによる肉体管理と維持施設の運用には、膨大なエネルギーと資源が必要とされる。
その運用コストは、レイヤー内で活動するアバター(住人)たちの労働によって賄われている。
レイヤー内での仮想労働、娯楽・競技・観測タスク、シミュレーション業務などで、これらの成果は、現実世界の技術最適化、エネルギー配分、アンドロイド行動学習へと還元され、収益とリソース配分に変換される。
アバターたちは報酬として、レイヤー内通貨、居住区の拡張、快適度・自由度を得る。
彼らは自らの労働が、現実世界で横たわる自分自身の肉体を生かしているとは、日常的には意識していない。
「次は、もう少し軽い話をしな」
「努力します」
二人は戸を開け、外へ出た。
夜気が一瞬、肌を撫でる。
——それだけで、空気が変わった気がした。
「じゃ、行こうか」
山崎が歩き出す。
「今夜は、もう少し酔いたい」
桜樹はその背中を追いながら、なぜか胸の奥に、微かな予感を覚えていた。
この一杯の延長が、ただの飲み直しでは終わらないことを。
裸電球が作る影が、木のカウンターに滲んでいた。
桜樹は徳利を傾け、山崎の湯呑みに仮想の酒を注ぐ。
液体は重力に従い、音まで本物のように立てる。
徳利の口から、最後の一筋が盃に落ちる音を聞きながら、山崎はぽつりと言った。
「そういやさ……この前、あいつが5つになったんだ」
「もう5歳になるのか」
桜樹は即座にそう返してから、改めて盃を傾けた。
言葉だけを切り取れば、まるで昔から知っている子供の話のようだった。
「早いよな。仮想空間で出会った頃は、俺も28だった」
「例の人か」
山崎には、長年連れ添った奥さんがいる。
「そう。あっちは現実じゃ会ったこともないのに、向こうじゃ10年以上、一緒に暮らしてる」
山崎は笑う。
その笑顔は、照れとも誇りともつかない。
「仮想婚姻、だったな」
「籍は向こうにだけある。でも生活は、ちゃんと“結婚”してる」
酒屋の低い天井を見上げながら続ける。
2050年時点において、人類の婚姻制度は二層構造を採用している。
一つは通常の格式に基づいて契約される現実世界婚姻(リアルマリッジ)
もう一つが新たに確立された仮想空間婚姻(レイヤーマリッジ)
両者は独立した制度であり、同時に結ぶことも、どちらか一方のみを選択することも可能である。
仮想空間婚姻は「代替」ではなく、現実婚姻と同等の法的・社会的効力を持つ正式契約として定義されている。
仮想空間内での婚姻は、以下の条件を満たすことで成立する。
・双方の意思確認(継続的ログによる同意証明)
・レイヤー管理局の承認
・最低一年以上の相互接触ログの存在
これには、身体的接触は条件に含まれない。
重要視されるのは、時間共有・感情反応・行動選択の蓄積である。
仮想婚姻の特徴は、
・物理的制約を受けない。
・年齢差・居住地・身体状態の差異を問わない。
・医療・介護・介助目的を含む関係も婚姻として認められる。
という点にある。
そのため、高齢者、長期療養者、身体を持たない存在との婚姻も、制度上は排除されない。
山崎は盃を見つめ、少し間を置いて言った。
「朝は一緒に起きて、夜は同じ時間にログインして、飯食って、喧嘩して……」
「昭和の夫婦みたいだな」
「だろ? この店よりよっぽど現実味がある」
二人は小さく笑った。
「で、出生契約を結んだ」
その言葉を、山崎は特別な調子もつけずに言った。
「向こうの彼女と、現実世界で子供を持つ契約。
遺伝子は俺のを使って、出産は公的施設。親権は共同管理」
おやっさんが帳場の奥で咳払いをしたが、二人は気に留めなかった。
仮想婚姻を結んだ夫婦は、現実世界での出生契約(バース・アグリーメント)を申請することができる。
『この子供の誕生と成長に、誰が責任を持つのか』を事前に定義する法的契約である。
この制度が導入された背景には、少子化の深刻化、育児放棄・経済破綻の増加、医療費・教育費の財政圧迫があった。
出生契約には、以下が明記される。
・親となる者(実体の有無は問われない)
・現実世界での身体管理者(多くはアンドロイド)
・教育・生活・医療費の負担減
・仮想空間における養育参加義務
重要なのは、子供は必ず『現実世界の身体』を持つという原則である。
親の一方、あるいは双方が仮想空間存在であっても、子供の成長環境は現実世界に置かれる。
出生契約において、親に求められるのは『肉体』ではなく、責任能力である。
そのため、仮想空間居住者、長期昏睡患者、身体維持をアンドロイドに委ねた者であっても、安定した収益ログ、養育参加時間、精神安定性評価を満たせば、親として認められる。
山崎隼のように、仮想空間で生活しながら父となる者は、もはや珍しくない。
「不思議なもんだよ。抱いてるのは現実の身体でさ、
名前を呼ぶ声は向こうの世界のままなんだ」
「……それで、五歳か」
「でさ、呼び捨てするんだよ」
桜樹は徳利を取り、山崎の盃に酒を注いだ。
「子供?」
「ああ。昨日さ、初めて俺の名前を呼んだ」
山崎は照れたように笑った。
四十に差しかかった男の顔に、珍しく幼い表情が浮かぶ。
「“とうちゃん”じゃなくて、“やまざき”って」
「それは……」
桜樹は言葉を探し、結局、短く返した。
「山崎らしいな」
「だろ?」
山崎は肩をすくめる。
「仮想空間で育ててるからさ。言葉の選び方が、やけに正確なんだよ。
昭和ラウンジでは敬語覚えるし、ロンドンだと皮肉言うし」
「英語は?」
「もう俺より上手い」
二人の間に、笑いが落ちる。
仮想の酒は、確かに喉を熱くした。
「現実では、どうなんだ」
桜樹が聞く。
「肉体の方?」
「ああ」
山崎は一瞬だけ、天井を見上げた。
「アンドロイドが全部やってるよ。
睡眠、栄養、成長ログ。俺が触るのは、ここだけだ」
彼は指で、こめかみを軽く叩いた。
子供にとっての「父」「母」は、
一緒に時間を過ごした存在、声をかけ、話を聞き、選択を共有した存在として認識される。
抱き上げられなくても、触れなくても、親であることは否定されない。
制度はそれを後追いする形で整えられたに過ぎない。
「でもさ、不思議なんだ」
「何がだ」
「このラウンジで一緒に歩いた記憶の方が、
現実で抱いた時より、ずっと“生きてる”感じがする」
桜樹は黙って、酒を飲んだ。
「……後悔は?」
「ない」
即答だった。
「少なくとも、あいつは俺より自由だ。
生まれた時から、世界を選べる」
山崎は桜樹を見る。
「桜樹、お前はどう思う?」
問いかけは軽い。
だが、桜樹は少し間を置いた。
「……子供は、酒を呑まなくていい」
「は?」
「酔わなくていいし、忘れなくていい」
山崎は一瞬きょとんとして、やがて笑った。
「哲学者かよ」
「いや、システム屋だ」
「違い、あるか?」
二人はまた笑う。
「でも、子供ってのはさ……自分より先に生きる存在だろ。俺がいなくなっても、当たり前みたいに時間を進めていく」
店の奥で、おやっさんが新聞を畳む音がした。
「それが、少し怖いんだ」
「怖い?」
「自分が“本当にいた”って証拠を、他人の人生に背負わせるみたいでさ」
桜樹は盃を口に運び、少し間を置いてから言った。
「証拠なんて、そんなに立派なもんじゃないだろ。
ただ一緒に飯を食って、酒を呑んで、くだらない話をした記憶が残れば、それでいい」
「簡単に言うなぁ」
山崎は笑ったが、その笑いはどこか安堵を含んでいた。
「桜樹は、どうなんだ。結婚とか、子供とか」
「俺か?」
桜樹は天井の梁を見上げる。
「俺は……自分が誰かの“今”になれるなら、それでいい」
「なんだそれ」
「さあな。酔ってるんだろ」
二人は盃を合わせ、乾いた音が酒屋に響いた。
裸電球が、静かに揺れていた。
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徳利はいつの間にか空になり、盃の底に残った酒もぬるくなっていた。
「おやっさん、もう一本いける?」
山崎が声を掛けると、店主は眉を上げ、二人を交互に見た。
「まだ呑む気かい。今夜は長いねえ」
「珍しく語っちまったからな」
山崎はそう言って、苦笑する。
「若い頃の話は、酒が進む」
おやっさんは徳利を手に取りながら、ふっと鼻で笑った。
「過去の話をするってことは、まだ今に未練がある証拠だ」
「耳が痛い」
桜樹が肩をすくめる。
徳利が置かれ、酒が注がれる。
だが、山崎はその盃に手を伸ばさなかった。
「なあ、桜樹」
「ん?」
「このままここで潰れるのも悪くないけどさ……」
山崎は立ち上がり、店内を見回す。
「久しぶりに、あっち行かないか」
桜樹は察したように息を吐いた。
「モダンなとこか」
「そう。ジャズが流れて、照明が暗くて、昭和の皮を一枚剥いだみたいな店」
「ずいぶん乱暴な表現だな」
「でも嫌いじゃないだろ」
桜樹は少し考え、空の盃を指で弾いた。
「確かに、ここは話しすぎた」
「だろ?」
「じゃあ、気分を変えるか」
おやっさんが帳場から声を投げる。
「もう行くのかい」
「ごちそうさん。また来ます」
桜樹が頭を下げると、店主はにやりと笑った。
ここで働いているおやっさんもこのレイヤー内で酒屋を営んで働いている。
アンドロイドによる肉体管理と維持施設の運用には、膨大なエネルギーと資源が必要とされる。
その運用コストは、レイヤー内で活動するアバター(住人)たちの労働によって賄われている。
レイヤー内での仮想労働、娯楽・競技・観測タスク、シミュレーション業務などで、これらの成果は、現実世界の技術最適化、エネルギー配分、アンドロイド行動学習へと還元され、収益とリソース配分に変換される。
アバターたちは報酬として、レイヤー内通貨、居住区の拡張、快適度・自由度を得る。
彼らは自らの労働が、現実世界で横たわる自分自身の肉体を生かしているとは、日常的には意識していない。
「次は、もう少し軽い話をしな」
「努力します」
二人は戸を開け、外へ出た。
夜気が一瞬、肌を撫でる。
——それだけで、空気が変わった気がした。
「じゃ、行こうか」
山崎が歩き出す。
「今夜は、もう少し酔いたい」
桜樹はその背中を追いながら、なぜか胸の奥に、微かな予感を覚えていた。
この一杯の延長が、ただの飲み直しでは終わらないことを。
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