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第2章 逃避行
6、死の確定
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ロンドンラウンジの片隅。
桜樹は人目につかない通信ブースに入り、周囲の音を最低限まで落とした。
非同期通信。
即時応答は期待しない、記録と照合を前提にしたやり方だ。
画面に、山崎隼のIDを指定する。
“個人・非公式・暗号化レベルB”。
送信前、ほんの一瞬だけ指が止まった。
(……言い方は選べ)
桜樹は深呼吸し、テキストを打ち始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〈桜樹 → 山崎|非同期〉
山崎、今ロンドンラウンジにいる。
業務外だが、気になる点が出た。
仮説段階だが――
俺の肉体ログが、約1ヶ月前で途切れている可能性がある。
死亡・消失・強制遮断、いずれかは未確定。
公式ログには痕跡がない。
できればお前の権限で、
・医療系バックアップ
・レイヤー外周の凍結ログ
・管理層への昇格タイミング
この3点を照合してほしい。
俺自身ではアクセス制限がかかっている。
調査は極秘で頼む。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
送信。
通信状態が「保留」に変わる。
桜樹は椅子にもたれ、天井を見上げた。
ラウンジの空は、どこまでも“作られた青”だった。
(1ヶ月前……)
もしそれが事実なら。
今日までの自分は、
出勤し、酒を飲み、眠り、考え、迷ってきたこの時間は――
すべて“死後”だったことになる。
だが、不思議と恐怖はなかった。
代わりに浮かんだのは、
山崎が酒屋で笑いながら言った言葉。
――「もう5歳になるんだよ」
生きている者の時間は、確かに前へ進んでいる。
(……だからこそ、確かめなきゃいけない)
その時、非同期通信に変化があった。
「山崎隼:受信確認」
まだ返信はない。
だが、“見た”という事実だけで、胸の奥がわずかに重くなる。
ミレーナの言葉が、遅れて蘇った。
――あなたが終わった時間と、私が来た時間は同じだった。
桜樹は、静かに端末を閉じた。
答えは、もう戻らない場所にある。
だが、それを掘り起こせる人間が――
一人だけ、まだ現実にいる。
通信ウィンドウが静かに展開する。
山崎隼――非同期、優先度:高。
文字が表示されるまでの一瞬が、やけに長かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
桜樹。
調べた。
正式な死亡記録がある。
日付は……1ヶ月前だ。
レイヤー移行実験関連の医療ログ。
昏睡状態からの急変。
死亡確認、完了。
これ以上は、俺の権限じゃ追えない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
桜樹は、しばらく瞬きを忘れていた。
昨日。
ちょうど、あの酒屋の時計が示していた時刻。
妙に胸が静かだった。
あれは1ヶ月前に俺が亡くなった時の時刻だった。
「……そうか」
声に出してみると、驚くほど現実味がない。
ミレーナが、何も言わずに横に立つ。
彼女は画面を見ていない。
見なくても、知っているからだ。
桜樹は、もう一度通信を開いた。
指が、ほんの少し震える。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
山崎。
それでもさ。
俺たちは――
友達か?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
送信。
返事は、思ったより早かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
当たり前だろ。
生きてるとか死んでるとか、
今さらだ。
お前がどうなってても、
俺にとっては友達だったろ。
酒飲んで、くだらない話して、
明日も仕事の愚痴を言う。
それができるなら、
お前は桜樹だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
桜樹は、思わず息を吐いた。
「……だってさ」
ミレーナに向けて、そう言う。
彼女は、ほんのわずかに微笑んだ。
業務用でも、仮想用でもない――
人に向ける表情で。
「良かったですね、桜樹さん」
「山崎は……ずるいな」
「はい?」
「一番、簡単な答えを
一番最後に出してくる」
通信ウィンドウを閉じる。
桜樹は、背筋を伸ばした。
亡くなっている。
それでも、ここにいる。
それでも、友達がいる。
なら――まだ、終わりじゃない。
「行こう、ミレーナ」
「どこへ?」
「真実の続きだ。
俺が“何者だったか”を、全部思い出す」
ミレーナは、静かにうなずいた。
その横顔は、もう“案内役”ではなかった。
共に進む者のものだった。
桜樹は人目につかない通信ブースに入り、周囲の音を最低限まで落とした。
非同期通信。
即時応答は期待しない、記録と照合を前提にしたやり方だ。
画面に、山崎隼のIDを指定する。
“個人・非公式・暗号化レベルB”。
送信前、ほんの一瞬だけ指が止まった。
(……言い方は選べ)
桜樹は深呼吸し、テキストを打ち始めた。
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〈桜樹 → 山崎|非同期〉
山崎、今ロンドンラウンジにいる。
業務外だが、気になる点が出た。
仮説段階だが――
俺の肉体ログが、約1ヶ月前で途切れている可能性がある。
死亡・消失・強制遮断、いずれかは未確定。
公式ログには痕跡がない。
できればお前の権限で、
・医療系バックアップ
・レイヤー外周の凍結ログ
・管理層への昇格タイミング
この3点を照合してほしい。
俺自身ではアクセス制限がかかっている。
調査は極秘で頼む。
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送信。
通信状態が「保留」に変わる。
桜樹は椅子にもたれ、天井を見上げた。
ラウンジの空は、どこまでも“作られた青”だった。
(1ヶ月前……)
もしそれが事実なら。
今日までの自分は、
出勤し、酒を飲み、眠り、考え、迷ってきたこの時間は――
すべて“死後”だったことになる。
だが、不思議と恐怖はなかった。
代わりに浮かんだのは、
山崎が酒屋で笑いながら言った言葉。
――「もう5歳になるんだよ」
生きている者の時間は、確かに前へ進んでいる。
(……だからこそ、確かめなきゃいけない)
その時、非同期通信に変化があった。
「山崎隼:受信確認」
まだ返信はない。
だが、“見た”という事実だけで、胸の奥がわずかに重くなる。
ミレーナの言葉が、遅れて蘇った。
――あなたが終わった時間と、私が来た時間は同じだった。
桜樹は、静かに端末を閉じた。
答えは、もう戻らない場所にある。
だが、それを掘り起こせる人間が――
一人だけ、まだ現実にいる。
通信ウィンドウが静かに展開する。
山崎隼――非同期、優先度:高。
文字が表示されるまでの一瞬が、やけに長かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
桜樹。
調べた。
正式な死亡記録がある。
日付は……1ヶ月前だ。
レイヤー移行実験関連の医療ログ。
昏睡状態からの急変。
死亡確認、完了。
これ以上は、俺の権限じゃ追えない。
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桜樹は、しばらく瞬きを忘れていた。
昨日。
ちょうど、あの酒屋の時計が示していた時刻。
妙に胸が静かだった。
あれは1ヶ月前に俺が亡くなった時の時刻だった。
「……そうか」
声に出してみると、驚くほど現実味がない。
ミレーナが、何も言わずに横に立つ。
彼女は画面を見ていない。
見なくても、知っているからだ。
桜樹は、もう一度通信を開いた。
指が、ほんの少し震える。
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山崎。
それでもさ。
俺たちは――
友達か?
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送信。
返事は、思ったより早かった。
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当たり前だろ。
生きてるとか死んでるとか、
今さらだ。
お前がどうなってても、
俺にとっては友達だったろ。
酒飲んで、くだらない話して、
明日も仕事の愚痴を言う。
それができるなら、
お前は桜樹だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
桜樹は、思わず息を吐いた。
「……だってさ」
ミレーナに向けて、そう言う。
彼女は、ほんのわずかに微笑んだ。
業務用でも、仮想用でもない――
人に向ける表情で。
「良かったですね、桜樹さん」
「山崎は……ずるいな」
「はい?」
「一番、簡単な答えを
一番最後に出してくる」
通信ウィンドウを閉じる。
桜樹は、背筋を伸ばした。
亡くなっている。
それでも、ここにいる。
それでも、友達がいる。
なら――まだ、終わりじゃない。
「行こう、ミレーナ」
「どこへ?」
「真実の続きだ。
俺が“何者だったか”を、全部思い出す」
ミレーナは、静かにうなずいた。
その横顔は、もう“案内役”ではなかった。
共に進む者のものだった。
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