あなたのいない世界であなたと生きる

駄文のヒロ

文字の大きさ
12 / 28
第2章 逃避行

6、死の確定

 ロンドンラウンジの片隅。
 桜樹は人目につかない通信ブースに入り、周囲の音を最低限まで落とした。

 非同期通信。
 即時応答は期待しない、記録と照合を前提にしたやり方だ。

 画面に、山崎隼のIDを指定する。
 “個人・非公式・暗号化レベルB”。

 送信前、ほんの一瞬だけ指が止まった。

(……言い方は選べ)

 桜樹は深呼吸し、テキストを打ち始めた。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 〈桜樹 → 山崎|非同期〉

 山崎、今ロンドンラウンジにいる。
 業務外だが、気になる点が出た。

 仮説段階だが――
 俺の肉体ログが、約1ヶ月前で途切れている可能性がある。

 死亡・消失・強制遮断、いずれかは未確定。
 公式ログには痕跡がない。

 できればお前の権限で、
 ・医療系バックアップ
 ・レイヤー外周の凍結ログ
 ・管理層への昇格タイミング
 この3点を照合してほしい。

 俺自身ではアクセス制限がかかっている。
 調査は極秘で頼む。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 送信。

 通信状態が「保留」に変わる。

 桜樹は椅子にもたれ、天井を見上げた。
 ラウンジの空は、どこまでも“作られた青”だった。

(1ヶ月前……)

 もしそれが事実なら。

 今日までの自分は、
 出勤し、酒を飲み、眠り、考え、迷ってきたこの時間は――
 すべて“死後”だったことになる。

 だが、不思議と恐怖はなかった。

 代わりに浮かんだのは、
 山崎が酒屋で笑いながら言った言葉。

 ――「もう5歳になるんだよ」

 生きている者の時間は、確かに前へ進んでいる。

(……だからこそ、確かめなきゃいけない)

 その時、非同期通信に変化があった。

「山崎隼:受信確認」

 まだ返信はない。
 だが、“見た”という事実だけで、胸の奥がわずかに重くなる。

 ミレーナの言葉が、遅れて蘇った。

 ――あなたが終わった時間と、私が来た時間は同じだった。

 桜樹は、静かに端末を閉じた。

 答えは、もう戻らない場所にある。
 だが、それを掘り起こせる人間が――
 一人だけ、まだ現実にいる。

 通信ウィンドウが静かに展開する。
 山崎隼――非同期、優先度:高。

 文字が表示されるまでの一瞬が、やけに長かった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 桜樹。
 調べた。

 正式な死亡記録がある。
 日付は……1ヶ月前だ。

 レイヤー移行実験関連の医療ログ。
 昏睡状態からの急変。
 死亡確認、完了。

 これ以上は、俺の権限じゃ追えない。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 桜樹は、しばらく瞬きを忘れていた。

 昨日。
 ちょうど、あの酒屋の時計が示していた時刻。
 妙に胸が静かだった。
 あれは1ヶ月前に俺が時の時刻だった。

「……そうか」

 声に出してみると、驚くほど現実味がない。

 ミレーナが、何も言わずに横に立つ。
 彼女は画面を見ていない。
 見なくても、知っているからだ。

 桜樹は、もう一度通信を開いた。

 指が、ほんの少し震える。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 山崎。

 それでもさ。

 俺たちは――
 友達か?

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 送信。

 返事は、思ったより早かった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 当たり前だろ。

 生きてるとか死んでるとか、
 今さらだ。

 お前がどうなってても、
 俺にとっては友達だったろ。

 酒飲んで、くだらない話して、
 明日も仕事の愚痴を言う。

 それができるなら、
 お前は桜樹だ。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 桜樹は、思わず息を吐いた。

「……だってさ」

 ミレーナに向けて、そう言う。

 彼女は、ほんのわずかに微笑んだ。
 業務用でも、仮想用でもない――
 人に向ける表情で。

「良かったですね、桜樹さん」

「山崎は……ずるいな」

「はい?」

「一番、簡単な答えを
 一番最後に出してくる」

 通信ウィンドウを閉じる。
 桜樹は、背筋を伸ばした。

 亡くなっている。
 それでも、ここにいる。
 それでも、友達がいる。

 なら――まだ、終わりじゃない。

「行こう、ミレーナ」

「どこへ?」

「真実の続きだ。
 俺が“何者だったか”を、全部思い出す」

 ミレーナは、静かにうなずいた。

 その横顔は、もう“案内役”ではなかった。
 共に進む者のものだった。
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本国破産?そんなことはない、財政拡大・ICTを駆使して再生プロジェクトだ!

黄昏人
SF
日本国政府の借金は1010兆円あり、GDP550兆円の約2倍でやばいと言いますね。でも所有している金融性の資産(固定資産控除)を除くとその借金は560兆円です。また、日本国の子会社である日銀が460兆円の国債、すなわち日本政府の借金を背負っています。まあ、言ってみれば奥さんに借りているようなもので、その国債の利子は結局日本政府に返ってきます。え、それなら別にやばくないじゃん、と思うでしょう。 でもやっぱりやばいのよね。政府の予算(2018年度)では98兆円の予算のうち収入は64兆円たらずで、34兆円がまた借金なのです。だから、今はあまりやばくないけど、このままいけばドボンになると思うな。 この物語は、このドツボに嵌まったような日本の財政をどうするか、中身のない頭で考えてみたものです。だから、異世界も超能力も出てきませんし、超天才も出現しません。でも、大変にボジティブなものにするつもりですので、楽しんで頂ければ幸いです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。