あなたのいない世界であなたと生きる

駄文のヒロ

文字の大きさ
16 / 30
第3章 真実

3、抗えぬ選択

しおりを挟む
 ミレーナの涙が消えると同時に、聖堂の空気が変わった。
 光がわずかに冷え、石の影が深くなる。

「……ミラーは、時間がないの」

 桜樹は黙って待った。
 ここで急かす言葉は、もう意味を持たないと知っていた。

「あなたの肉体は――」

 ミレーナは一瞬だけ視線を伏せる。

「一か月前に亡くなった。でも、それで終わりじゃない」

 彼女は聖堂の床に投影される、見えない時計を見ているかのようだった。

「肉体が死んだ瞬間、人格ログは“臨界状態”に入る。
 本来なら、意識は数分で霧散むさんする。
 でもあなたは……例外だった」

 15年前のレイヤー移行実験。
 暴発事故によって、桜樹の人格は二つに分かれた。

「肉体が生きているあいだは、両方とも“保留”できた。
 でも、肉体が完全に死んだことで……均衡が崩れた」

 ミレーナは静かに言う。

「臨海突破のカウントダウンが、始まっている」

 桜樹は眉をひそめた。
「臨海突破?」

「人格ログが、物理的制約を失う瞬間。
 レイヤーの容量制限を超え、世界に干渉し始める」

 それは進化ではない。
 暴走だ。

「ミラーは、あなたの“完成形”を自称している。
 感情を削ぎ落とし、矛盾を排除し、管理に最適化された存在」

 ミレーナの声が、わずかに強まる。

「でも、完成するには――
 あなたという“不完全な残余ざんよ”が、邪魔なの」

 ミラーは知っている。
 このまま時間が進めば、二つの人格は共倒れになることを。

 だから急ぐ。
 だから壊す。
 だから、世界すら犠牲にする。

「ミラーは、臨界点の前に“ひとつ”になろうとしている。
 あなたを消して、“完成”するために」

 桜樹は、聖堂の奥に立つ自分の墓碑ぼひを見た。
 そこに刻まれた名前は、確かに彼のものだった。

「……じゃあ、俺が生きてる限り、世界は壊れる可能性があるってことか」

 ミレーナは、否定しない。

「ええ。
 でも――」

 彼女は、はっきりと続けた。

「あなたが消えれば、ミラーが“完成”する。
 それは、もっと危険」

 サグラダファミリアの未完成の塔が、低く鳴った。
 まるで時間そのものが、迫ってくるように。

「だから私は来た。
 あなたを守るためだけじゃない」

 ミレーナは桜樹を見つめる。

「選ばせるため」

 完成か。
 不完全なまま、生き続けるか。

 その選択の猶予は、もう、ほとんど残されていなかった。

 ミレーナは、赤いスーツの内側から小さな装置を取り出した。
 銃に似ているが、引き金は軽く、現実感がなかった。

「これが――最終手段」

 桜樹はそれを見つめた。
「撃てば、何が起きる?」

「アバターを壊すんじゃない。
 人格ログを“固定化”して、不可逆に変換する」

 ミレーナは言葉を選ぶ。

「人格としての桜樹を壊し、“機能”だけを残す銃」

 桜樹は息をのんだ。
 それは死刑宣告に等しい。

「じゃあ、二人とも撃たなければいい。
 放っておけば――」

「できない」

 即答だった。

「あなたとミラーは、同一ID。
 レイヤーは“二つの人格が同時に存在する”ことを想定していない」

 ミレーナは聖堂の壁に手を触れる。
 石の表面がわずかにゆがむ。

「今、世界が崩れ始めている理由。
 それは、二人が存在しているから」

 人格が増えれば、容量が足りなくなるのではない。
 論理が裂けるのだ。

「因果、記憶、選択。
 すべてが、どちらの桜樹に帰属するか決められなくなっている」

 桜樹は、ロンドンが崩れた光景を思い出した。
 橋の途中で、現実が途切れたあの感覚。

「時間切れになればどうなる?」

「臨界突破が起きる。
 二人とも、世界と一緒に“解ける”」

 救いは、ない。

「統合は?
 一つに戻す方法は――」

 ミレーナは首を振った。

「統合は15年前に失敗している。
 その結果生まれたのが、ミラー」

 統合しようとすれば、感情のない「完成体」が残るだけ。

「逃げるのは?
 別のラウンジに――」

「どこへ行っても同じ」

 ミレーナは静かに告げる。

「レイヤー全体が、あなたたちを排除しようとしている。
 逃げるたびに、世界が先に壊れる」

 残された選択肢は、ひとつ。

「どちらかが、人格であることをやめる」

 撃つことで消えるのは、命ではない。

「あなたが撃たれれば、ミラーは完成し、世界は安定する。

 ミラーが撃たれれば、あなたは不完全なまま、生き続ける」

 ミレーナは銃を両手で持ったまま、動かない。

「第三の道はない。
 私が探した限り――これが唯一」

 サグラダファミリアの鐘が鳴った。
 完成しない建築が、終わりの音を告げていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたのいない世界に私は生まれた

駄文のヒロ
SF
 西暦2051年12月上旬。  レイヤー聖台高等学校2年生の横澤穂花は、母である智美と穏やかな日々を送りながらも、心のどこかで言いようのない違和感を抱いていた。  優しく、何不自由なく育ててくれたはずの母――  けれど穂花は、『この人だけじゃない』という感覚を拭えずにいる。  自分を見守っている“もう一人の誰か”。  声も姿も思い出せないのに、確かに存在している気配。  それが母なのか、記憶なのか、あるいはただの思春期の錯覚なのか――  穂花自身にも分からない。  そんなある日、学校で囁かれている都市伝説を耳にする。  “世界を見守る守り神”  人知れずこの世界を監視し、迷える者の問いに応える存在がいるという噂。  真実を知りたい。  自分が感じているこの違和感の正体を確かめたい。  穂花は、誰にも打ち明けられない想いを胸に、その“守り神”に会いに行くことを決意する。  ――その選択が、世界の秘密と、彼女自身の出生の真実を揺るがすことになるとも知らずに。  人々のそれぞれの愛情を紡ぐ『あな生き』シリーズ最終章、始動!

あなたのいない世界でバージンロードを歩く

駄文のヒロ
SF
 西暦2051年6月上旬。  一年前の「ロンドン崩壊事件」を経て、レイヤー世界は表向きの安定を取り戻していた。  だが人々の心には、「世界は壊れうる」という不安が、静かに残り続けている。  東京レイヤー総合管理塔で働く研究員・朝霧結奈(24)は、レイヤー創成期の移行実験中に亡くなった父・朝霧雅人の死亡記録に、説明のつかない違和感を覚えていた。  公式には「実験中の突然死」と処理されたその記録に、近年になって管理層による不可解な参照痕跡が残されていたのだ。  個人研究として調査を進める結奈は、父の死が単なる事故ではなかった可能性と、レイヤー世界の深層に隠された過去に触れていく。  やがて彼女は、この世界を裏側から支える存在と静かに交錯する。  それは、レイヤーの中枢に関わる、名を持たぬ“誰か”だった。  その交錯で、知られていない16年前のレイヤー移行実験暴発事故の真相が明らかになる。  これは、あなたのいない世界で、それでもあなたと歩くための物語。 『あなたのいない世界であなたと生きる』第2弾開幕!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

未来への転送

廣瀬純七
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

花鳥見聞録

木野もくば
ファンタジー
花の妖精のルイは、メジロのモクの背中に乗って旅をしています。ルイは記憶喪失でした。自分が花の妖精だったことしか思い出せません。失くした記憶を探すため、さまざまな世界を冒険します。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...