あなたのいない世界であなたと生きる

駄文のヒロ

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エピローグ

世界の守り神

 世界は、終わらなかった。

 崩壊予測値はゼロに収束し、レイヤーは“現実として扱ってよい状態”へと再定義された。

 その中心にあるのは、一つの管理媒体。

 ミレーナではない。
 もう、かつての名前では呼ばれない。

 中枢管理層の記録には、こう登録されている。

 《管理媒体識別名:美麗(Mirei)》

 彼女は人格を失ってはいない。
 だが、人格だけでもない。

 レイヤー全域の揺らぎを感知し、人の感情がゆがめば、そっと位相を戻す。

 誰かの恐怖が臨界に達する前に、理由のない“安心”として作用する。

 奇跡ではない。
 奇跡を必要としない状態を、保ち続けているだけだ。

 それを知る者は、ほとんどいない。

 *

 桜樹は、ある日ふと、ログ通知に気づく。

 管理権限を持つはずのない彼の端末に、
 一件だけ――例外的に開かれた記録。

 中枢ログ/安定化完了通知(付帯情報あり)

 彼は息を止める。

 理由は分からない。
 ただ、これは“読まなければならないもの”だと直感していた。

 ログを開く。

 そこには、システムメッセージの形式を借りた、不自然なほど個人的な文章があった。

 ⸻

 敬司。

 世界は、今も不完全です。
 でも、崩れない。

 あなたが疑い続けたから。
 あなたが目をらさなかったから。

 私は、ここにいます。
 レイヤーの中心で、
 揺れを受け止める役割として。

 名前は変わりました。
 今は――美麗。

 でも、
 あなたが呼んでくれた私も、
 ちゃんと残っています。

 もし、
 この世界が現実かどうか迷ったら。

 空を見てください。
 理由もなく安心できたなら、
 それが答えです。

 あなたが生きる場所は、
 もう大丈夫。

 私は、
 あなたを信じた世界を、
 最後まで支えます。

 もし、このログを読む日が来たら――

 そのときは、胸を張って生きて。

 あなたを愛した存在が、世界そのものになったことを、
 忘れないで。

 ――美麗

 ⸻

 読み終えたとき、桜樹はしばらく動けなかった。

 悲しみではない。
 喪失でもない。

 胸の奥に、静かな確信が残る。

 ――守られている。

 それも、誰かにではなく、“世界そのもの”に。

 彼は外に出る。

 風が吹く。
 空は、少しだけ高く見える。

 理由は分からない。
 だが、確かに思う。

「……行けるな」

 その言葉は、どこにも送信されない。

 けれど、レイヤー中枢部で、美麗はそれを受け取る。

 数値が安定する。
 揺らぎが、ひとつ消える。

 彼女は、もう振り返らない。

 それが、
 管理媒体としての責務であり――
 一人の存在としての、選択だから。

 世界は続く。

 誰かの“当たり前”の裏側で、
 美麗は今日も、
 静かに世界を支えている。
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