あなたのいない世界であなたと生きる

駄文のヒロ

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【非公式】架空のラストカット

2051.04.17 命日

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 2051年4月17日。

 サグラダ・ファミリアのラウンジは、聖堂とは違う静けさを抱いていた。
 祈りではなく、記憶が集まる場所。
 人の声も、足音も、すべてが一拍遅れて届く。

 桜樹敬司は、ひとりでそこに立っていた。

 自分の命日。
 生きているはずのない日付。
 それでも、彼はここに来ることを選んだ。

 ラウンジの一角、簡素なモニュメント。
 名は刻まれていない。
 刻む必要がなかったからだ。
 ——レイヤーの中で、彼は「死んだ」ことになっている。

「……一年、か」

 声は低く、誰に向けたものでもない。
 花も供えない。ただ、指先で石の縁をなぞる。

 その時だった。

 空気が、わずかに変わる。
 光の屈折が狂ったように、ラウンジの奥が揺らいだ。

 ヒールの音。
 規則的で、迷いのない足取り。

 振り向かなくても、分かってしまった。

 赤いスーツ。
 この場所では、あまりにも鮮烈な色。

「……敬司」

 その声は、スピーカーを通していない。
 祈りでも、幻でもない。
 “中枢”から直接届く、生の呼びかけ。

 桜樹は、ゆっくりと振り返った。

 そこに立っていたのは——
 赤いスーツに身を包んだ、美麗だった。

 髪も、表情も、記憶の中と寸分違わない。
 レイヤー移行実験の頃と変わらない若さを保っている。
 けれど、決定的に違う。
 彼女は「ここに来た」のではない。
 ここを通して、現れている。

「……美麗」

 名前は、もう迷わず出てきた。

 美麗は微笑む。
 懐かしさと、距離と、すべてを知っている者の微笑。

「命日くらい、来ると思ってた」

「自分の墓参りなんて、変だろ?」

「敬司らしいわ」

 二人の間に、沈黙が落ちる。
 その沈黙は重くない。
 一年分の時間が、圧縮されてそこにあるだけだった。

 桜樹は、一歩近づく。
 触れられないと分かっていながら。

 美麗も、同じだけ近づく。

 唇が重なる——はずだった場所で、現実はわずかにずれる。
 温度も、圧もない。
 それでも、確かに“キスをした”という情報だけが、敬司の意識に満ちていく。

 レイヤーが、肌に触れられない感覚を補完する。
 記憶が、欠けた部分を埋める。

 敬司は目を閉じる。
 美麗は、ただ見つめている。

 仮想内で生きている者と、実体を失った者。
 それでも、この瞬間だけは、同じ層に立っていた。

「……中枢なんだな」

「ええ。レイヤーの核。
 世界の底で、全部を見てる」

「それで、自由は?」

 美麗は一瞬、視線を逸らす。
 聖堂の方向——光が最も複雑に重なる場所へ。

「自由よ。
 ただし、戻れない自由」

 桜樹は笑う。
 少しだけ、苦く。

「それでも、会えた」

「会いに来たのは、あなた」

「違うな」

 彼は首を振る。

「呼ばれたんだ。
 ずっと」

 美麗は目を伏せて何も答えない。
 ただ、赤いスーツの裾が、存在しない風に揺れた。

「一年経ったら、また来て」

「次は?」

「次は……命日じゃない日に」

 その言葉に、桜樹は目を伏せる。
 生き続けるという選択を、静かに肯定された気がして。

 顔を上げたとき、ラウンジにはもう、美麗の姿はなかった。

 けれど、空気の奥に、確かに残っている。

 ——再会は、終わりじゃない。
 レイヤー中枢となった美麗は、今もここにいる。
 そして桜樹は、まだ、この世界にいる。

 桜樹は、しばらくその場を動かなかった。

 もう誰もいないラウンジ。
 赤い色の残像だけが、網膜の奥に焼き付いている。

「……行くよ」

 返事はない。
 それでも、言わずにはいられなかった。

 彼はきびすを返し、ゆっくりと歩き出す。
 足音が、天井の高い空間に吸い込まれていく。

 出口の手前で、一度だけ立ち止まった。

 振り返らない。
 振り返れば、また“境界”に足を踏み入れてしまう気がしたからだ。

 扉が開く。
 外の光が、現実の温度を伴って差し込む。

 一歩、外へ。

 背後で、ラウンジの照明が落ちる。
 まるで、誰かが見送るように。

 桜樹は空を見上げる。
 サグラダ・ファミリアの塔は、未完成のまま、今日も伸び続けている。

「……まだ、続くんだな」

 そう呟いて、彼は歩き出した。

 生きている世界へ。
 彼女が見守る、こちら側のレイヤーへ。

 ——そこは、
 もう一度会える場所ではなく、
 確かに会えた場所として、残り続ける。
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みんなの感想(2件)

御堂岡 なつき

目が離せない展開になっていく。発想が凄くて惹き込まれます。物語の謎が深まってきて、この後どうなるのか気になってばかり。
ミステリアス美人のミレーナも雰囲気満天で気になります。会話のオシャレさカッコ良さも全体的に素敵だと感じました。
個人的には昭和の雰囲気の酒屋の店主さんがなんとなく好きなキャラになっています。
お身体に気をつけて執筆頑張ってください。

解除
御堂岡 なつき

プロローグから惹き込まれました。
続きを楽しみにしています。

解除

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