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14 新しい朝

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  ぱち…ぱち…。


  炎のはぜる音がしている。



(町が…燃えている)


  華は焼け落ちた町にひとり立ち尽くしていた。


  瓦礫と化した町のあちらこちらで未だに燃え続けている。



  一面曇り空の頭上では戦闘機が飛び交っている。

(警報…鳴らなかった…。なんで?)


  敵機が墜落していく。

  地上でぱっと咲く炎の花が、うつくしくて。



  敵機がいなくなるときれいな青空に変わっていく。


  足元に薄汚れた看板がいくつも転がっていた。

  町中炭と化しているのに、なぜかちっとも焼けていない看板に書かれた標語の、角を強調した赤と黒の文字とその文章ははっきりと読むことができた。


“ぜいたくは敵だ‼”

“退くな 逃げるな 必死で消火”

“一億一心火の玉だ‼”


  たとえ読めなくても分かる。覚えている。

  町中にあった。



「授業はできません」


  声に振り返ると、先生が立っていた。

(でも、そのあとで勉強はたくさんしなさいって。御国のため?それとも戦争が終わった後の事を考えておっしゃった?)



「ばんざーい!ばんざーい‼」


  たくさんの声にまた振り返る。


「兄さま。輝兄ちゃん」


  兄と従兄が出兵していく。

  家は元は士族で軍人だ。家族も親戚もみんな戦争に行くけど、私たちだって。



「卒業したら通信部隊に入りたいわ」

「在学中は入隊出来ないのかしら」

「こういうのはどう?私たちで護国の部隊を結成するの!」

「「きゃーっ」」

  ぱちぱち、ぱちぱち。

「さしずめ“報国乙女隊”ってかんじね!」


(佐知子さん、あやかさん…クラスのみんな)



  記憶の中の情景なのに、華だけ蚊帳の外だった。

  目の前の出来事なのに、すべてが近くて遠く。



(もう、みんなと戦えない……)







  目を開けると辺りはまだ暗かったが、体を起こすと東の空に夜明けの気配がする。

  焚き火も無事、消えていない。


  御不浄を済ませると、華はカバンを掛けて川へ向かった。



  川で顔を洗い、水筒の水を汲む。

  御不浄用の手拭いも洗うと大きめの石に腰掛けて、カバンから乾パンを出す。


「いただきます」


  小さく割って口の中でふやかして食べる。

  少しだけのつもりなのでゆっくり、ゆっくり、大事にいただく。


  そうしていると、川向こうの木々の隙間に朝日が見え始めてきた。

  いつの間にか辺りはすっかり明るくなっている。



  新しい朝が来た。
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