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66 大型魔獣

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    武具店を矢のように飛び出てきたグレイルだったが、ローレンス商会へ着く前に異変に気付いていた。

 東西南北の大通りが交差するローレンス商会前まで来たが、東側から人が流れてくる。
 東は山側の街道なので、他の門より町に入って来る人数は少ないはず。
 とすると町の中の人間も東側から移動しているのか。

『魔獣が』『大型の』『東街道の側に』

 東から流れてくる人の言葉を拾ったグレイルは、ローレンス商会へは入らずに東門へ向かって走りだした。





 宿へ戻った華は、窓からその光景を見ていた。

 初めは塀の外、少し離れた東南の森から一斉に鳥が飛び立ったと思ったら、象のような大きな黒い生き物がまろび出て来たのだ。

「虫…かな」

 華にはその様子がまくなぎ…小さな羽虫にまとわりつかれているように見えた。
 間を置かず同じ大きな動物が二頭、合計3頭で頭を振ったり捩ったりして暴れている。

 それを見ているとノックがして扉が開いた。

『ハナ、ご飯の準備できたけどどうする?少し早いけど食べちゃう?』

「アイシャさん、あれ。…こっちに近付いて来てませんか?」

 顔を覗かせたアイシャを窓まで引っ張って森を指差す。

『何あれ!?こっちに来てるじゃない!門の兵士は気付いてないの!?』

 アイシャは小さく悲鳴をあげて、この窓から見える門兵の様子を確認すると、華に『ここにいて。下りてきちゃダメだよ』と言って慌てて部屋を出て行った。
 1階でアイシャの大きな声がしたと思ったら、宿の建物から飛び出したアイシャと、厨房にいたアイシャの父らしい男が門へ駆けて行く。
 華のいる窓からは二人の様子は見えなくなったが、おそらくあの暴れている動物の事を兵士に話しているのだろう。

 その頃には街道にちらほら見えていた人達にも大きな動物に気が付く人がいて、慌てて町に向かっているようだった。
 夕暮れ時だからか、町の外へ向かう人は見当たらない。
 どうやら暴れている動物に間違って人が襲われる、何て言うことは無さそうで、華はほっと胸を撫で下ろした。

「だから塀があるんだ…」

 ここにはああいう野性動物が普通にいるから町を囲う塀が必要なのだと。どこかと戦争をしているというわけではないのだということにもほっとした華だった。

(塀があれば大丈夫なんだよね?)

 動物園に塀があるのとは逆に、ここでは町を塀で囲っていないと危なくて暮らせないのだろう。あちらでも空襲の前に猛獣処分令が出ていた。報道されたのは処分後だったから華が知ったのは慰霊祭でだったけど、空襲で塀が破壊された時の事を考えると、かわいそうだが戦時には仕方のない事なのだと思うしかなかった。

(空襲…ないよね?)

 どうやらここには電気も通っていないようだ。
 電柱も電線も見当たらない。それとも他の町にはあるのだろうか。
 電話なんかはあれば便利だとは思うが、山で半月暮らした華は電気は特に必要とは思わなかった。
 自動車も汽車も走っていない。飛行機も、おそらくないのだろう。
 空襲がないのであれば、塀で囲まれた町は安全だと思えた。

(垣根をもっと頑丈にしよう。…垣根よりお堀を広く深くした方がいいかな)

 山での暮らしの安全を強化することを考えていると、宿の下…というより、門の周りが騒がしくなってきた。

 今日町を廻って見たが、東門は山側の為か、市場の近い西門や武具店のある南門に比べると利用者が明らかに少ない。
 このたくさんの人達は町の中から集まって来たのだろうか。

「……見物人?」

 華には大きな動物を見物するために人が集まっているように思われた。

 しかし街道には急いで町に向かう数組がいて、その前、東から今町に入ろうとしている人達も町の中に入れないでいる。

(これじゃあ、塀があっても…)

 華が知っている街は、人は、有事の際には予め用意していた荷物だけを持って決められた壕に速やかに避難をーー。

(訓練、されていたからだ)

 例えば、今街道を町に急ぐ荷車の親子も。
「馬鹿野郎っ急ぎやがれ!」とか怒鳴りつつ荷車を押す手助けをする人はどこにもいない。
 これほどたくさんの人が集まって見ているだけなのか。

(アイシャさんと一緒に門に行けばよかった!そしたらわたしがさっさとあの荷車押したのに‼)

 そうしたら、こんな胸が焼けるような怒りは感じなかった。

 門や宿の周りはますます人が集まって来ていて、宿に戻ろうとしているアイシャたちが足止めされているのが見える。
 華が出ていってももみくちゃにされるだけだろう。この窓から出ても壁づたいに門まで行けるほどは近くない。

(わたしもここで見ているしか出来ないの?)

 その時、町の中から大きな声が聞こえてきた。

 華のいる窓からは見えないが、たくさんの人が集まっているわりにはスムーズにその声は近付いて来ている。

『道を空けろ‼』

 その声で、門の回りに集まっている人達が建物側に寄って門前の道が開いた。
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