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第四章
5月2日(木):影ながら
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【京一】
あの三人を呼んで来ればそれでもう何とでもなるだろうと、高をくくっていた。
しかし、まさか敵も援軍を呼ぼうとは。しかも三体。
晃たちがそれぞれ立ち向かっていって、そして残されたのは僕と凛、――対峙するは、ダイヤモンドの大男。
「さて、邪魔者は消えた。仕切り直しだ。魔法少女と、小僧」
低い声でそう言って、ダイヤ男は一歩、一歩と近づいて来る。
僕は完全に素の人間なのだ。しかも、体格は幼い頃のもの。
いや、今の高校生の体格であっても、あんな怪物を相手になすすべもないが。
なにせ迫って来る敵は、全身がダイヤモンドで構築された身長二メートルの大男。魔法を扱う『リンちゃん』でさえ太刀打ちできない敵だ、……この状況、どうすればよいのか。
「きょ、きょーいち……」
凛が、僕の服をぎゅっと握りしめた。
彼女は、徐々に迫りくる怪物にすっかりおびえている。幼い頃の姿とはいえ、その顔は普段の凛からはおよそ想像できないような、とても弱々しいものなのだ。
――そうか。これが今の凛。
なにか悩み事があって、その心はもうすっかり弱り切っているのではないか。
「どこを見ている?」
おぞましい声がして、はっと我に返る。
凛を見ているうちに、ダイヤモンド伯爵がすぐそこまで近づいてきていた。そして彼は、怪しい輝きを放つその右手を、ぐっと後ろに引いていたのだ。
「これでもう終わりだ! くらえ、ダイヤモンドパンチ!」
またもださい技名を叫び、男はその右手を思いっきり振りぬく。
どうすればよいか。
もはや思考は追いつかない。
僕は咄嗟に、凛を後ろに突き飛ばしてしまった。小さな女の子には少々乱暴だったかもしれないが、巻き込まないためにはそうするしかなかった。
迫りくる硬い拳。僕は、心底びびって、目を瞑る。
――瞬間、不意に兄の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
なぜ唐突にそんなことが頭に浮かんだのかは、わからない。まさか走馬燈か? いや、ここは夢の中。ダイヤモンドの拳で頭蓋を撃ち抜かれようと、実際に死ぬわけではない。
意図せず浮かんだ兄の後ろ姿。
すなわち、背中。
――幼い頃、僕は兄の背中の陰に隠れてばかりだった。完璧超人のヒーローのような兄に比べて、弟である僕は、非常に内気で気弱な子供だった。
陰、――『影』……。
どぷん、と体が沈み込む感覚があった。
ダイヤ男に殴られたと思ったが、痛みはない。いや夢の中なのでもともと痛みは感じないのだったか。
でももし鉱石の拳がヒットしていれば頭蓋骨がカチ割れて脳味噌が独り立ちするはず。そうなれば途端に意識はシャットダウンすると思うが――まだ、僕の頭は働いている。
おっかなびっくりしながら、目を開ける。
辺りは一面、暗闇だった。なんだこれ。
不思議だ、暗闇の中で体が浮いている。まるで水中にいるような感覚。
頭上を見る。殴りかかろうとしていた相手が視界から消え、慌てて辺りをきょろきょろと見回すダイヤ男が確認できた。
それは仰ぎ見る形で、だ。
僕はなぜか地中から地上の様子を見ている。
泳ぐようにして体を浮上させ、そして水中から上がるような格好で地上へと抜け出た。
「お前、一体……?」
敵は、怪訝な顔で僕を見る。
僕は足元を確認した。
僕が体を沈めていたのは、地面に空いた黒い穴のようなもの。よく見ると、その黒いものは人の形をしている。
そこでようやく気づいた、それは太陽光を受けて地面に投影された僕の『影』だ。
さきほどの暗闇の空間とは、地面に張り付けられたこの『影』の中だったのだ。
つまり僕は体を自らの影の中に沈め込み、またその中から地上へと這いずり出たのだ――と、状況から考えてそれが分かったが、しかし僕の頭の中では、堅実な現実観念がそれを事実と認めたがらなかった。
いやでも、ここは夢の中なのだ。現実観念などが通用するはずない。――と思うと、次第に頭も冷静になってきて、落ち着いて自分の格好を見るなど出来た。
「きょ、きょーくん……?」
凛が困惑したような顔で僕を見ている。僕が突き飛ばしてしまったせいで、しりもちをついている状態だった。
彼女があまりに僕を凝視するので、なにか変なところがあるのだろうかと自分の姿を確認したのだ。
なるほど彼女が困惑するのも分かる。
なにせ僕は、『忍者』の格好になっていたのだ。
全身紺色で顔も大部分を隠した忍び装束。唐突に自分が奇妙な服装になっていて、戸惑うとかよりもまず恥ずかしかった。
「くそ、ならばもう一発だ!」
ダイヤ男がまた拳を振りかぶって来た。僕はびびって後ずさる。
――すると、いきなり足元から黒い壁が勢い良くせりあがって来た。その壁が男のパンチを防ぐ。
よく見ると、足元の『影』が浮き上がって壁を造ったのだと確認できた。
なんか、こんなのを昔見たことがある。
そのとき、頭の中にバチンと電気が走った。脳みその片隅に追いやられていた記憶が、急浮上する。
――そうだ、これは、『カミカゲマン』だ。
昔、夢中になって観ていた。凛の好きな『マジカル☆マリーちゃん』と続けて放送されていたアニメ、『忍者ヒーロー・カミカゲマン』。
今の僕の姿はまさに幼き頃に憧れたそのアニメの主人公そのものじゃないか。
幼き頃にテレビ画面に食い入るようにして観ていた『カミカゲマン』。僕は今、その憧れのヒーローそのものになっているのだ。
以前、あの胡散臭い小人から聞いた夢世界についての話。曰く、夢の深層部というのはその人の意識の根幹、幼い頃に抱いた強い印象や憧れなどを基にして形成されるという。
それは凛にとって『マジカル☆マリーちゃん』であり、僕にとっては『カミカゲマン』なのだ。
自分がこんな姿になっていることをもはや不思議には思わない。なにせここは夢の中だから。
どうして、突如として幼い憧れを思い出し、それを顕現させられたのか? それもまあ、深く考えるほどのことでもないだろう。
自分の姿かたちを、思い描いた通りに変化させられる――これは『明晰夢』の力だ。
一度、子供の頃の情景を再現するべく夢の舞台を造り出したことがある。あのとき、必死に意識を集中させてその景色を思い描いたというよりは、ただイメージが湧き出るまま、それが自然と形となって現れたような感覚だった。
今も、そんな感じだ。
不意に思い出した、兄の背中。
当時の思い。
そんなイメージが自然と湧いて、形になっただけだ。
ではなぜそれが、まるで図ったかのようなタイミングで、窮地の瞬間に訪れたかというのも――まあ、深く考えることではない。アニメや漫画でよくあるやつだ。
そんな都合のよい展開、現実ではあり得ない――と思えるが、まさしくそうだ、ここは夢の中なのだから。非現実こそ起こって当然。
まあ、こんな『っぽい展開』を、自身で体現するのは少々気恥ずかしいものではあるが。我ながら、柄ではない。
「貴様ァ、一体何者だ!」
明らかに苛立ちを露にしながら、ダイヤモンド伯爵が言ってくる。
何者だと問われても困る。『カミカゲマン』は、陰のヒーローなのだ。
記憶にある限り、アニメの中で、彼が敵に対して堂々と名乗りを上げるようなことはしていなかったと思う。たぶん、そういうポリシーのヒーローだった。
僕が答えないままでいると、伯爵は怒りのままにこちらに向かってきた。
また、ださい名前のパンチを繰り出す気だろうか。
僕は足元の自らの影をじっと見た。動け、と念じる。すると地面に張り付いていた影は途端に浮き上がり、僕とダイヤ男との間に壁を造る。
突然、目の前に壁が出現したため、思わず踏みとどまる怪物。
僕はさらに念じる。
すると壁からにゅるりと黒い棘が突きだし、ダイヤ男に突撃した。さすがに彼の硬い体を貫くことはできなかったが、刺突の勢いでダイヤモンド伯爵は後方へ弾き飛んだ。
思った通りだ。
はっきりと思い出した、『カミカゲマン』は、自らの影を自在に操って戦うヒーローなのだ。影の中に潜ったり、壁を造って防御をしたり。自由自在、意のままに影を操るのだ。
僕はいま、現実にはあり得ない超常の力を扱えている。いやもう、快感だった。
「きょーいち、すごいっ……!」
少し離れたところから、凛が興奮した目で僕を見ている。
――そんな少女を、きっ、と伯爵が睨んだ。
「小僧が変身したからと言って、何を安心しているんだ。俺はまだピンピンしているぞ!」
そう言って、ダイヤモンド伯爵は突然地面を強く蹴りつけ、大きく空へ飛んだ。
見上げるほど高い位置で、ピタリ、と留まる。――そして、宙に浮揚したまま、彼の体はメキメキと音を立てて、徐々に大きくなっていくのだ。
やつはもともと二メートルほどもあった大男だが、それよりもさらに三倍ほどの大きさ。もはや人型ではなく、とにかく巨大なダイヤの塊に姿を変えていったのである。
太陽を受け、眩く輝く巨大な宝石。
見ただけでは美しいが、状況を考えればそれは恐ろしいモノである。
「ふはははは、このまま潰してやる! ダイヤモンドアタックをくらえっ!」
相変わらずださい技名を叫びながら、もうただの鉱石の塊が、途端に重力を受けて、ぐんと落ちてくる。
その方向には、凛。
彼は幼気な魔法少女をその体で潰してしまおうと考えたのだ。
「きゃあっ」
凛は思わず身を屈める。
「凛!」
彼女のもとにあわてて駆け寄った。
そして、彼女を庇うようにして目の前に立つ。
凛は安堵の表情をするが、同時に疑問そうな目で僕を見た。僕が敵に背を向けていて、彼女とは向かい合う形で立っているからだ。
「この状況で私に背を向けるとは、おろかな! 潔く潰れる気か? 小僧!」
ダイヤの塊が吠える。
潰れる気はない。
僕は、自らの足元から伸びる黒い影を操る。……今や完全に思った通りに動かせた。
そして、目で見ずとも背後の様子を察知できる。なぜか、の理由はほかでもない、今の僕は『カミカゲマン』だからだ。まあなんというか、そういう仕様である。
影を大きく膨らませ、トンカチの形状に仕上げた。
そして思いっきり、振りかぶる。
あいつが間近まで迫って来たところで、――影のトンカチを振りぬいた。重い打撃音と、耳をつんざくような甲高い音が同時に鳴る。また、同時にダイヤモンド伯爵の断末魔も。
「ぐわああああああ、な、なんだとっ、この私の硬い石の体を砕いただとっ?」
ダイヤモンドは鉱石の中で最高のモース硬度を誇るが、それはいわば『傷のつきにくさ』の話であり、実は靭性はあまり強くない。トンカチで叩けば容易に砕けるのである。豆知識だ。
巨大なダイヤモンドが粉々になり、その粒がキラキラと光を反射させながら宙を舞う。
僕の背後に、細かな欠片がぱらぱらと落ちてくる。
「大丈夫か、凛」
「う、うん……。へーき」
凛はきょとんとした顔で、僕を見上げている。
夢の主人公の『リンちゃん』にとって、僕は魔法とは関係のないただの幼馴染の男の子。それが突如不思議な力を使い、強敵を打ち砕いたのだ、困惑するのも必至だろう。
僕は、ふう、と息をつく。
無我夢中で力を振るったような感じもするし、反して、冷静な意識を以ってしてそうしたようにも思える。――不思議な高揚感が、胸を満たしていた。
背後からさわがしい声が聞こえる。あの三人が僕らのもとへ駆け寄って来たのだ。「リン、だいじょうぶ!?」と声をかけながら、少女を囲む。
「みんな……」
幼い凛は、嬉しそうに微笑んだ。
子供の姿のはずなのに、その落ち着いた笑顔は、不思議と少しばかり大人びて見えた。
…………
……
/
もやの中。
「やるじゃないデスカ、京一サン。すごいデス、――ふふ、かっこよかったデスヨ」
なぜか、やたら嬉しそうに言う小人。
「いや、お前があの三人を連れて来てくれたおかげで助かったよ。ありがとう」
「ふふん、まァね。ワタシのおかげカナ。……なんて。やぱり京一サンはすごいデスヨ。いやァ、見直しましたネ」
「なにを偉そうに」
僕がそう言うと、へへ、と少年のように笑うキューピー。
「でも、あの怪物がいなくなったからって、本当に凛の悩み事の解決につながるのか? 今更だけど、なんか、あんまりしっくりこないんだが」
「ふん。まァ、いくら夢と現実が表裏一体とはいえ、物的な現象としての影響はあり得ませんからネ。あくまで形而上的な話といーますカ」
「ど、どういうことだ? じゃあやっぱり意味はないのか?」
「イイエ、必ず変化はありマス。夢は無意識の世界。夢世界の悪者が倒された今、少なくとも凛チャンの心の中には、きっと変化が起きている筈、デスヨ」
そう言って、ふっふっふ、と小人は笑った。
「ふむ。そろそろ夜が明けます。では京一サン。今晩はこれにて。……サヨウナラ!」
小人はそう言うと、すぐに、もやの中を高く上昇していった。
僕は不意に、意識がすうっともやの中に溶けていくような感覚を覚えた。
……きっと、次の瞬間には目が覚めているのだろう。
そう思い、意識が次第にもやがかっていくのを静かに感じ、身をゆだねた。
あの三人を呼んで来ればそれでもう何とでもなるだろうと、高をくくっていた。
しかし、まさか敵も援軍を呼ぼうとは。しかも三体。
晃たちがそれぞれ立ち向かっていって、そして残されたのは僕と凛、――対峙するは、ダイヤモンドの大男。
「さて、邪魔者は消えた。仕切り直しだ。魔法少女と、小僧」
低い声でそう言って、ダイヤ男は一歩、一歩と近づいて来る。
僕は完全に素の人間なのだ。しかも、体格は幼い頃のもの。
いや、今の高校生の体格であっても、あんな怪物を相手になすすべもないが。
なにせ迫って来る敵は、全身がダイヤモンドで構築された身長二メートルの大男。魔法を扱う『リンちゃん』でさえ太刀打ちできない敵だ、……この状況、どうすればよいのか。
「きょ、きょーいち……」
凛が、僕の服をぎゅっと握りしめた。
彼女は、徐々に迫りくる怪物にすっかりおびえている。幼い頃の姿とはいえ、その顔は普段の凛からはおよそ想像できないような、とても弱々しいものなのだ。
――そうか。これが今の凛。
なにか悩み事があって、その心はもうすっかり弱り切っているのではないか。
「どこを見ている?」
おぞましい声がして、はっと我に返る。
凛を見ているうちに、ダイヤモンド伯爵がすぐそこまで近づいてきていた。そして彼は、怪しい輝きを放つその右手を、ぐっと後ろに引いていたのだ。
「これでもう終わりだ! くらえ、ダイヤモンドパンチ!」
またもださい技名を叫び、男はその右手を思いっきり振りぬく。
どうすればよいか。
もはや思考は追いつかない。
僕は咄嗟に、凛を後ろに突き飛ばしてしまった。小さな女の子には少々乱暴だったかもしれないが、巻き込まないためにはそうするしかなかった。
迫りくる硬い拳。僕は、心底びびって、目を瞑る。
――瞬間、不意に兄の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。
なぜ唐突にそんなことが頭に浮かんだのかは、わからない。まさか走馬燈か? いや、ここは夢の中。ダイヤモンドの拳で頭蓋を撃ち抜かれようと、実際に死ぬわけではない。
意図せず浮かんだ兄の後ろ姿。
すなわち、背中。
――幼い頃、僕は兄の背中の陰に隠れてばかりだった。完璧超人のヒーローのような兄に比べて、弟である僕は、非常に内気で気弱な子供だった。
陰、――『影』……。
どぷん、と体が沈み込む感覚があった。
ダイヤ男に殴られたと思ったが、痛みはない。いや夢の中なのでもともと痛みは感じないのだったか。
でももし鉱石の拳がヒットしていれば頭蓋骨がカチ割れて脳味噌が独り立ちするはず。そうなれば途端に意識はシャットダウンすると思うが――まだ、僕の頭は働いている。
おっかなびっくりしながら、目を開ける。
辺りは一面、暗闇だった。なんだこれ。
不思議だ、暗闇の中で体が浮いている。まるで水中にいるような感覚。
頭上を見る。殴りかかろうとしていた相手が視界から消え、慌てて辺りをきょろきょろと見回すダイヤ男が確認できた。
それは仰ぎ見る形で、だ。
僕はなぜか地中から地上の様子を見ている。
泳ぐようにして体を浮上させ、そして水中から上がるような格好で地上へと抜け出た。
「お前、一体……?」
敵は、怪訝な顔で僕を見る。
僕は足元を確認した。
僕が体を沈めていたのは、地面に空いた黒い穴のようなもの。よく見ると、その黒いものは人の形をしている。
そこでようやく気づいた、それは太陽光を受けて地面に投影された僕の『影』だ。
さきほどの暗闇の空間とは、地面に張り付けられたこの『影』の中だったのだ。
つまり僕は体を自らの影の中に沈め込み、またその中から地上へと這いずり出たのだ――と、状況から考えてそれが分かったが、しかし僕の頭の中では、堅実な現実観念がそれを事実と認めたがらなかった。
いやでも、ここは夢の中なのだ。現実観念などが通用するはずない。――と思うと、次第に頭も冷静になってきて、落ち着いて自分の格好を見るなど出来た。
「きょ、きょーくん……?」
凛が困惑したような顔で僕を見ている。僕が突き飛ばしてしまったせいで、しりもちをついている状態だった。
彼女があまりに僕を凝視するので、なにか変なところがあるのだろうかと自分の姿を確認したのだ。
なるほど彼女が困惑するのも分かる。
なにせ僕は、『忍者』の格好になっていたのだ。
全身紺色で顔も大部分を隠した忍び装束。唐突に自分が奇妙な服装になっていて、戸惑うとかよりもまず恥ずかしかった。
「くそ、ならばもう一発だ!」
ダイヤ男がまた拳を振りかぶって来た。僕はびびって後ずさる。
――すると、いきなり足元から黒い壁が勢い良くせりあがって来た。その壁が男のパンチを防ぐ。
よく見ると、足元の『影』が浮き上がって壁を造ったのだと確認できた。
なんか、こんなのを昔見たことがある。
そのとき、頭の中にバチンと電気が走った。脳みその片隅に追いやられていた記憶が、急浮上する。
――そうだ、これは、『カミカゲマン』だ。
昔、夢中になって観ていた。凛の好きな『マジカル☆マリーちゃん』と続けて放送されていたアニメ、『忍者ヒーロー・カミカゲマン』。
今の僕の姿はまさに幼き頃に憧れたそのアニメの主人公そのものじゃないか。
幼き頃にテレビ画面に食い入るようにして観ていた『カミカゲマン』。僕は今、その憧れのヒーローそのものになっているのだ。
以前、あの胡散臭い小人から聞いた夢世界についての話。曰く、夢の深層部というのはその人の意識の根幹、幼い頃に抱いた強い印象や憧れなどを基にして形成されるという。
それは凛にとって『マジカル☆マリーちゃん』であり、僕にとっては『カミカゲマン』なのだ。
自分がこんな姿になっていることをもはや不思議には思わない。なにせここは夢の中だから。
どうして、突如として幼い憧れを思い出し、それを顕現させられたのか? それもまあ、深く考えるほどのことでもないだろう。
自分の姿かたちを、思い描いた通りに変化させられる――これは『明晰夢』の力だ。
一度、子供の頃の情景を再現するべく夢の舞台を造り出したことがある。あのとき、必死に意識を集中させてその景色を思い描いたというよりは、ただイメージが湧き出るまま、それが自然と形となって現れたような感覚だった。
今も、そんな感じだ。
不意に思い出した、兄の背中。
当時の思い。
そんなイメージが自然と湧いて、形になっただけだ。
ではなぜそれが、まるで図ったかのようなタイミングで、窮地の瞬間に訪れたかというのも――まあ、深く考えることではない。アニメや漫画でよくあるやつだ。
そんな都合のよい展開、現実ではあり得ない――と思えるが、まさしくそうだ、ここは夢の中なのだから。非現実こそ起こって当然。
まあ、こんな『っぽい展開』を、自身で体現するのは少々気恥ずかしいものではあるが。我ながら、柄ではない。
「貴様ァ、一体何者だ!」
明らかに苛立ちを露にしながら、ダイヤモンド伯爵が言ってくる。
何者だと問われても困る。『カミカゲマン』は、陰のヒーローなのだ。
記憶にある限り、アニメの中で、彼が敵に対して堂々と名乗りを上げるようなことはしていなかったと思う。たぶん、そういうポリシーのヒーローだった。
僕が答えないままでいると、伯爵は怒りのままにこちらに向かってきた。
また、ださい名前のパンチを繰り出す気だろうか。
僕は足元の自らの影をじっと見た。動け、と念じる。すると地面に張り付いていた影は途端に浮き上がり、僕とダイヤ男との間に壁を造る。
突然、目の前に壁が出現したため、思わず踏みとどまる怪物。
僕はさらに念じる。
すると壁からにゅるりと黒い棘が突きだし、ダイヤ男に突撃した。さすがに彼の硬い体を貫くことはできなかったが、刺突の勢いでダイヤモンド伯爵は後方へ弾き飛んだ。
思った通りだ。
はっきりと思い出した、『カミカゲマン』は、自らの影を自在に操って戦うヒーローなのだ。影の中に潜ったり、壁を造って防御をしたり。自由自在、意のままに影を操るのだ。
僕はいま、現実にはあり得ない超常の力を扱えている。いやもう、快感だった。
「きょーいち、すごいっ……!」
少し離れたところから、凛が興奮した目で僕を見ている。
――そんな少女を、きっ、と伯爵が睨んだ。
「小僧が変身したからと言って、何を安心しているんだ。俺はまだピンピンしているぞ!」
そう言って、ダイヤモンド伯爵は突然地面を強く蹴りつけ、大きく空へ飛んだ。
見上げるほど高い位置で、ピタリ、と留まる。――そして、宙に浮揚したまま、彼の体はメキメキと音を立てて、徐々に大きくなっていくのだ。
やつはもともと二メートルほどもあった大男だが、それよりもさらに三倍ほどの大きさ。もはや人型ではなく、とにかく巨大なダイヤの塊に姿を変えていったのである。
太陽を受け、眩く輝く巨大な宝石。
見ただけでは美しいが、状況を考えればそれは恐ろしいモノである。
「ふはははは、このまま潰してやる! ダイヤモンドアタックをくらえっ!」
相変わらずださい技名を叫びながら、もうただの鉱石の塊が、途端に重力を受けて、ぐんと落ちてくる。
その方向には、凛。
彼は幼気な魔法少女をその体で潰してしまおうと考えたのだ。
「きゃあっ」
凛は思わず身を屈める。
「凛!」
彼女のもとにあわてて駆け寄った。
そして、彼女を庇うようにして目の前に立つ。
凛は安堵の表情をするが、同時に疑問そうな目で僕を見た。僕が敵に背を向けていて、彼女とは向かい合う形で立っているからだ。
「この状況で私に背を向けるとは、おろかな! 潔く潰れる気か? 小僧!」
ダイヤの塊が吠える。
潰れる気はない。
僕は、自らの足元から伸びる黒い影を操る。……今や完全に思った通りに動かせた。
そして、目で見ずとも背後の様子を察知できる。なぜか、の理由はほかでもない、今の僕は『カミカゲマン』だからだ。まあなんというか、そういう仕様である。
影を大きく膨らませ、トンカチの形状に仕上げた。
そして思いっきり、振りかぶる。
あいつが間近まで迫って来たところで、――影のトンカチを振りぬいた。重い打撃音と、耳をつんざくような甲高い音が同時に鳴る。また、同時にダイヤモンド伯爵の断末魔も。
「ぐわああああああ、な、なんだとっ、この私の硬い石の体を砕いただとっ?」
ダイヤモンドは鉱石の中で最高のモース硬度を誇るが、それはいわば『傷のつきにくさ』の話であり、実は靭性はあまり強くない。トンカチで叩けば容易に砕けるのである。豆知識だ。
巨大なダイヤモンドが粉々になり、その粒がキラキラと光を反射させながら宙を舞う。
僕の背後に、細かな欠片がぱらぱらと落ちてくる。
「大丈夫か、凛」
「う、うん……。へーき」
凛はきょとんとした顔で、僕を見上げている。
夢の主人公の『リンちゃん』にとって、僕は魔法とは関係のないただの幼馴染の男の子。それが突如不思議な力を使い、強敵を打ち砕いたのだ、困惑するのも必至だろう。
僕は、ふう、と息をつく。
無我夢中で力を振るったような感じもするし、反して、冷静な意識を以ってしてそうしたようにも思える。――不思議な高揚感が、胸を満たしていた。
背後からさわがしい声が聞こえる。あの三人が僕らのもとへ駆け寄って来たのだ。「リン、だいじょうぶ!?」と声をかけながら、少女を囲む。
「みんな……」
幼い凛は、嬉しそうに微笑んだ。
子供の姿のはずなのに、その落ち着いた笑顔は、不思議と少しばかり大人びて見えた。
…………
……
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もやの中。
「やるじゃないデスカ、京一サン。すごいデス、――ふふ、かっこよかったデスヨ」
なぜか、やたら嬉しそうに言う小人。
「いや、お前があの三人を連れて来てくれたおかげで助かったよ。ありがとう」
「ふふん、まァね。ワタシのおかげカナ。……なんて。やぱり京一サンはすごいデスヨ。いやァ、見直しましたネ」
「なにを偉そうに」
僕がそう言うと、へへ、と少年のように笑うキューピー。
「でも、あの怪物がいなくなったからって、本当に凛の悩み事の解決につながるのか? 今更だけど、なんか、あんまりしっくりこないんだが」
「ふん。まァ、いくら夢と現実が表裏一体とはいえ、物的な現象としての影響はあり得ませんからネ。あくまで形而上的な話といーますカ」
「ど、どういうことだ? じゃあやっぱり意味はないのか?」
「イイエ、必ず変化はありマス。夢は無意識の世界。夢世界の悪者が倒された今、少なくとも凛チャンの心の中には、きっと変化が起きている筈、デスヨ」
そう言って、ふっふっふ、と小人は笑った。
「ふむ。そろそろ夜が明けます。では京一サン。今晩はこれにて。……サヨウナラ!」
小人はそう言うと、すぐに、もやの中を高く上昇していった。
僕は不意に、意識がすうっともやの中に溶けていくような感覚を覚えた。
……きっと、次の瞬間には目が覚めているのだろう。
そう思い、意識が次第にもやがかっていくのを静かに感じ、身をゆだねた。
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青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
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