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フィタラスクへ
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窓の隙間から漏れた冷たい風が頬を撫でる。
外に目をやれば一面の銀世界が広がっていた。
私の住んでいる土地よりずっと寒いこの土地を旅行先に選んだのは友人の奨めによるものだった。
数週間前の私はといえば傍から見ても限界に見えたのだろうか。
ある日上司から少し休んだらどうかと言われた。
私はそういえば最近ちゃんと休んだ記憶がないとその時気づき、休みを得ることにした。
休みを得たはいいが何もすることが思いつかない。
体を休めたい気持ちはあるがじっとはしていたくなくて友人に相談するとこの場所を奨めてくれたのだ。
「フィタラスクにあるヘホポッピ牧場がいいよ」と。
フィタラスクといえば地の果てとも言われた雪と氷に覆われた土地であり、かつては秘境の代名詞だったが近年調査と開墾が進み一部は観光地となっている。
しかしまだまだメジャーな観光地とは言えず、訪れる客も少ないので骨休めにはぴったりとのことだった。
私はすぐに鉄道のチケットをとり旅の支度を始めた。
そして今フィタラスクの地を目にしたところであった。
屋根からつららが下がる駅舎に降り立つと体全体を冷気が掠めていく。
防寒対策はばっちりのつもりだったがこの極寒の地においては完璧とは言えないようだった。
すぐさま駅舎の中に入ると待合室では火が轟々と焚かれたストーブがありその周りを寒さを凌ぎたい客らがぐるりと囲んでいる。
私もすぐに火に当たりたかったがまずは観光案内所に向かった。
案内所では顔が髪と髭に覆われて辛うじて鼻が出ている係員が応対してくれて丁寧に教えてくれた。
どうやら駅から少し離れた森の中にあるらしくそこまではソリで行くとのことだった。
雪深く交通機関も発達していないこの土地ではソリ移動は主流の交通手段だとか。
係員が声をかけるとストーブの周りにいた人の塊の中から一人の男が立ち上がりこちらにやってきた。
彼がソリの運転をするらしい。
彼もまた係員と同じく顔が毛で覆われていた。
外に出てちょっと待っているように言われたので待っているとすぐに駅舎の脇からソリが出てきた。
ソリの大きさはだいたい4人ばかりが荷台に余裕をもって座れるくらいだ。
そんなソリをひくのは5頭のラッケンだ。
雪国らしく全員が真白い毛並みに覆われておりハッハッと白い息を吐いている。
「こいつらはまだ子供だがそれでもパワーはすごいから振り落とされないよう気をつけてくれ」
ラッケンは図鑑で見たことはあるが実際に見たことはなかった。
成長するとかなり大きくなる生物らしいがこの地のラッケンは更に大きくなる種類らしいと運転手の男は言った。
「まだここが秘境と呼ばれていた頃は探検隊の連中がラッケンの成体と遭遇して軽々と投げ飛ばされたなんて聞いたことがあるよ。確かにラッケンは図体が大きくて力も半端じゃないがとても人懐こいやつらなんだよ」
なので彼らとうまく共存するためには子供のラッケンがちょうどいいとのことだ。
「ただ中には物好きもいてね。大きいラッケンにソリをひいてほしいなんて客もいるんだよ。一応注意はしたがそれでも諦めなくてね。特別にこいつらの親にソリをひかせてみたんだ。そしたらどうなったと思う。目的地にたどり着いたときソリは空だったよ」
そんな話を聞いたものだから私はおそるおそるソリに乗り込んだ。
しっかりと手すりを掴み体全体に力を込めると運転手が出発の合図を鳴らした。
なるほど確かに走り始めはグン、と体が外に引っ張られるようだったが慣れれば爽快なものだ。
速いのでなかなか途中の看板などは見れなかったが遠くの山々のどっしりとした雄大な遠景が目を楽しませてくれた。
冷たい空気すら清涼さを感じさせてくれて既にだいぶ癒やされてきている。
かわいらしい子ラッケンの揺れる尻尾を眺めたり、やや聞き取りづらい運転手との何気ない世間話をしていると遠いと言われていた森の中にあっという間に到着してしまった。
「牧場はこのすぐ先だよ。歩いて10分くらいだ」
私は運転手に代金を渡し、ハフハフと白い息を吐くラッケンたちの頭を一頭ずつ撫でてやった。
ラッケンたちは嬉しそうに私の手に擦り寄るような素振りを見せた。
「帰りは牧場の奴に言えば迎えにきてやるからな」
そう言ってソリは今来た道を引き返していった。あとに残されたのはソリの跡とラッケンの足跡だけであり、その場に私は一人になってしまった。
遠くで木から積もった雪の落ちるような音が聞こえるだけであとは耳が痛くなるほどの無音の世界が広がっている。
少しばかり心細くなってきた私は牧場へと急いだ。
牧場はソリの運転手に言われた通り10分ほどでたどり着いた。
降りた場所には簡単な道標があり、木々をちょっと伐採した程度の細道をまっすぐ進むとやや開けた場所がありそこが牧場だった。
牧場に隣接する小屋の扉を叩くと中から小柄な男が出てきた。
もれなく顔が髪と髭で覆われておりくりくりした目と大きな鼻だけが判別可能である。
この地方の人々の特色なのかもしれない。
私はヘホピッピに乗りに来たと男に告げた。
男はにこにこと頷くと私を小屋へ招き入れ料金は前払いであることを告げた後、温かな茶を淹れて持ってきて私に手渡した。
「フィタラスクヌヨアというこの地特産のハーブの茶だよ」
紫色の茶を一口飲むと、落ち着く香りと温かさで冷え切った体がじんわりと解されていくのを感じた。
男はそのままちょっとまっていてくれと外へと出ていった。
すぐに戻ってきた男は私を手招きして牧場へと連れてきた。
そこには一頭のヘホポッピが柵に繫がれていた。
私はヘホポッピを直に見るのは初めてだったのでひどく感動し、いきなり乗らずにまじまじとその姿を観察し、体を撫でた。
手袋を外して触れたヘホポッピの体はさらさらとしていた。
さらさらした体の奥からうねるような動きを感じる。
長く伸びた目がちろりと私を見た。
くすぐったいのかもしれない。
私は撫でるのをやめて再び手袋をつけると男に手伝ってもらいながらヘホポッピに跨った。
男がヘホピッピを柵から解き放ち、優しくその体を後ろから押すとヘホポッピはゆっくりと動き出した。
にょろにょろと足を波打たせてヘホポッピが白い雪で覆われた牧場の中を進む。
四足歩行の動物とは違い、極めてフラットな乗り心地はともすれば玩具の乗り物のようだが微かに感じる鼓動に確かに生きていることを実感させた。
ヘホポッピは私を乗せて静かに動いている。
鳴かず、音も立てずにひたすら前を向いて。
ふとその場が静寂に包まれた。
先ほどの男は小屋に帰ったのか見渡す限りにおらず他に放牧されているヘホポッピもいない。
凛とした静けさが途端に心の芯を冷やしていく。
私の人間より長い耳の先が凍えるようで手袋をはめた手で擦る。
鼻をふかふかのマフラーへと埋めた。
ともに生きていくと誓った相手から別れを告げられた。
相手の彼いわく人間の自分とエルフの私では生きる時間が違うのが嫌だという。
自分がどんどん老いていくのに私が若いままなのは辛すぎる。
愛する人とは共に老い、寄り添うように生を全うしたい。
ぽかんとしたままの私に捲し立てるように彼は言い、そして同じ人間の伴侶を探すと言って私の元を去った。
彼が去ってからしばらく私はしばし呆然としたまま彼と暮らしていた私名義の部屋で立ちすくんでいた。
頭が真っ白になった。
涙が出るわけでも怒り狂うわけでもなく何も感情がわかないまま数日を過ごしていると仕事場の上司に声をかけられた。
「すこし休んだらどうか」
私は自分では気付けなかったがはたから見ると声をかけづらいほど鬼気迫る勢いで仕事をこなしていたらしい。
このまま働いていたらいつプッツリと糸が切れた操り人形のように倒れるかわからないと判断されついに上司ストップがかかったのである。
「はぁ…」
私の小さなため息を聞いたからかヘホピッピが歩みを止める。
相変わらず目は前方を見据えたままだ。
ぽたり、ぽたりと熱い雫がヘホポッピの薄桃色の肌に零れ落ちる。
私は嗚咽を漏らしていた。
人間とエルフの生きるスピードが違うことなんてわかっていた。
それでも彼は私と付き合うときそれでもいいと確かに言ったのだ。
彼は真摯な眼差しで私の手をとり
「君と居たい」
そう言ったのだった。
それなのに。
私の嗚咽が雪の静寂のなかで存在感を表す。
涙が頬を滝のように伝っていた。
愛していた。
だから私だってそれなりの覚悟をしたのだ。
愛する人を看取ってそれから更にはてしないほどの生を生きる覚悟を。
気づけば幼い頃のようにわんわんと泣いていた。
冷たい風が熱く火照った頬を撫でるように流れていく。
私が背の上で泣きじゃくる間ヘホポッピは微動だにしなかった。
ようやく私が泣き止んで鼻をすすり始めた頃、またぬるっと動き出したのだった。
時間が来たのか小屋から男が出てきた。
腫れぼったくなった顔をマフラーに埋めるようにしてからヘホポッピから降りる。
「どうだったかね、ヘホポッピは」
気づいているであろうに男は私の顔の惨状には触れずヘホポッピの乗り心地を聞いてきた。
「すごく…やさしかったです」
元気なときだったらつまらないと感じそうだったが今のような傷心の身ではヘホポッピの淡々とした感じがひどく沁みるのだった。
男はそうか、と言うとヘホポッピに牧舎へ帰るよう促し私を小屋へと招き入れた。
のろのろと帰っていくヘホポッピの後ろ姿を見送りつつ小屋へと入ると男は先程とは違う桃色の茶をカップに淹れ差し出してきた。
受け取って思わず目元が潤むのを感じた。
しかし次の瞬間男が壁を指差した先にあったお土産用の茶葉のポスターを見て涙も完全に引っ込むこととなった。
今、私は帰りの汽車の中にいる。
白銀の地は遠くなりけり、そろそろエルフ谷へとつく頃だ。
帰ったらすぐさま部屋を引き払い、新居に引っ越そう。
膝の上に抱えている荷物の中にはヘホポッピ牧場で買ったお土産用の茶葉が入っている。
フィタラスク行きを奨めてくれた友人への感謝を込めて渡そうと思う。
外に目をやれば一面の銀世界が広がっていた。
私の住んでいる土地よりずっと寒いこの土地を旅行先に選んだのは友人の奨めによるものだった。
数週間前の私はといえば傍から見ても限界に見えたのだろうか。
ある日上司から少し休んだらどうかと言われた。
私はそういえば最近ちゃんと休んだ記憶がないとその時気づき、休みを得ることにした。
休みを得たはいいが何もすることが思いつかない。
体を休めたい気持ちはあるがじっとはしていたくなくて友人に相談するとこの場所を奨めてくれたのだ。
「フィタラスクにあるヘホポッピ牧場がいいよ」と。
フィタラスクといえば地の果てとも言われた雪と氷に覆われた土地であり、かつては秘境の代名詞だったが近年調査と開墾が進み一部は観光地となっている。
しかしまだまだメジャーな観光地とは言えず、訪れる客も少ないので骨休めにはぴったりとのことだった。
私はすぐに鉄道のチケットをとり旅の支度を始めた。
そして今フィタラスクの地を目にしたところであった。
屋根からつららが下がる駅舎に降り立つと体全体を冷気が掠めていく。
防寒対策はばっちりのつもりだったがこの極寒の地においては完璧とは言えないようだった。
すぐさま駅舎の中に入ると待合室では火が轟々と焚かれたストーブがありその周りを寒さを凌ぎたい客らがぐるりと囲んでいる。
私もすぐに火に当たりたかったがまずは観光案内所に向かった。
案内所では顔が髪と髭に覆われて辛うじて鼻が出ている係員が応対してくれて丁寧に教えてくれた。
どうやら駅から少し離れた森の中にあるらしくそこまではソリで行くとのことだった。
雪深く交通機関も発達していないこの土地ではソリ移動は主流の交通手段だとか。
係員が声をかけるとストーブの周りにいた人の塊の中から一人の男が立ち上がりこちらにやってきた。
彼がソリの運転をするらしい。
彼もまた係員と同じく顔が毛で覆われていた。
外に出てちょっと待っているように言われたので待っているとすぐに駅舎の脇からソリが出てきた。
ソリの大きさはだいたい4人ばかりが荷台に余裕をもって座れるくらいだ。
そんなソリをひくのは5頭のラッケンだ。
雪国らしく全員が真白い毛並みに覆われておりハッハッと白い息を吐いている。
「こいつらはまだ子供だがそれでもパワーはすごいから振り落とされないよう気をつけてくれ」
ラッケンは図鑑で見たことはあるが実際に見たことはなかった。
成長するとかなり大きくなる生物らしいがこの地のラッケンは更に大きくなる種類らしいと運転手の男は言った。
「まだここが秘境と呼ばれていた頃は探検隊の連中がラッケンの成体と遭遇して軽々と投げ飛ばされたなんて聞いたことがあるよ。確かにラッケンは図体が大きくて力も半端じゃないがとても人懐こいやつらなんだよ」
なので彼らとうまく共存するためには子供のラッケンがちょうどいいとのことだ。
「ただ中には物好きもいてね。大きいラッケンにソリをひいてほしいなんて客もいるんだよ。一応注意はしたがそれでも諦めなくてね。特別にこいつらの親にソリをひかせてみたんだ。そしたらどうなったと思う。目的地にたどり着いたときソリは空だったよ」
そんな話を聞いたものだから私はおそるおそるソリに乗り込んだ。
しっかりと手すりを掴み体全体に力を込めると運転手が出発の合図を鳴らした。
なるほど確かに走り始めはグン、と体が外に引っ張られるようだったが慣れれば爽快なものだ。
速いのでなかなか途中の看板などは見れなかったが遠くの山々のどっしりとした雄大な遠景が目を楽しませてくれた。
冷たい空気すら清涼さを感じさせてくれて既にだいぶ癒やされてきている。
かわいらしい子ラッケンの揺れる尻尾を眺めたり、やや聞き取りづらい運転手との何気ない世間話をしていると遠いと言われていた森の中にあっという間に到着してしまった。
「牧場はこのすぐ先だよ。歩いて10分くらいだ」
私は運転手に代金を渡し、ハフハフと白い息を吐くラッケンたちの頭を一頭ずつ撫でてやった。
ラッケンたちは嬉しそうに私の手に擦り寄るような素振りを見せた。
「帰りは牧場の奴に言えば迎えにきてやるからな」
そう言ってソリは今来た道を引き返していった。あとに残されたのはソリの跡とラッケンの足跡だけであり、その場に私は一人になってしまった。
遠くで木から積もった雪の落ちるような音が聞こえるだけであとは耳が痛くなるほどの無音の世界が広がっている。
少しばかり心細くなってきた私は牧場へと急いだ。
牧場はソリの運転手に言われた通り10分ほどでたどり着いた。
降りた場所には簡単な道標があり、木々をちょっと伐採した程度の細道をまっすぐ進むとやや開けた場所がありそこが牧場だった。
牧場に隣接する小屋の扉を叩くと中から小柄な男が出てきた。
もれなく顔が髪と髭で覆われておりくりくりした目と大きな鼻だけが判別可能である。
この地方の人々の特色なのかもしれない。
私はヘホピッピに乗りに来たと男に告げた。
男はにこにこと頷くと私を小屋へ招き入れ料金は前払いであることを告げた後、温かな茶を淹れて持ってきて私に手渡した。
「フィタラスクヌヨアというこの地特産のハーブの茶だよ」
紫色の茶を一口飲むと、落ち着く香りと温かさで冷え切った体がじんわりと解されていくのを感じた。
男はそのままちょっとまっていてくれと外へと出ていった。
すぐに戻ってきた男は私を手招きして牧場へと連れてきた。
そこには一頭のヘホポッピが柵に繫がれていた。
私はヘホポッピを直に見るのは初めてだったのでひどく感動し、いきなり乗らずにまじまじとその姿を観察し、体を撫でた。
手袋を外して触れたヘホポッピの体はさらさらとしていた。
さらさらした体の奥からうねるような動きを感じる。
長く伸びた目がちろりと私を見た。
くすぐったいのかもしれない。
私は撫でるのをやめて再び手袋をつけると男に手伝ってもらいながらヘホポッピに跨った。
男がヘホピッピを柵から解き放ち、優しくその体を後ろから押すとヘホポッピはゆっくりと動き出した。
にょろにょろと足を波打たせてヘホポッピが白い雪で覆われた牧場の中を進む。
四足歩行の動物とは違い、極めてフラットな乗り心地はともすれば玩具の乗り物のようだが微かに感じる鼓動に確かに生きていることを実感させた。
ヘホポッピは私を乗せて静かに動いている。
鳴かず、音も立てずにひたすら前を向いて。
ふとその場が静寂に包まれた。
先ほどの男は小屋に帰ったのか見渡す限りにおらず他に放牧されているヘホポッピもいない。
凛とした静けさが途端に心の芯を冷やしていく。
私の人間より長い耳の先が凍えるようで手袋をはめた手で擦る。
鼻をふかふかのマフラーへと埋めた。
ともに生きていくと誓った相手から別れを告げられた。
相手の彼いわく人間の自分とエルフの私では生きる時間が違うのが嫌だという。
自分がどんどん老いていくのに私が若いままなのは辛すぎる。
愛する人とは共に老い、寄り添うように生を全うしたい。
ぽかんとしたままの私に捲し立てるように彼は言い、そして同じ人間の伴侶を探すと言って私の元を去った。
彼が去ってからしばらく私はしばし呆然としたまま彼と暮らしていた私名義の部屋で立ちすくんでいた。
頭が真っ白になった。
涙が出るわけでも怒り狂うわけでもなく何も感情がわかないまま数日を過ごしていると仕事場の上司に声をかけられた。
「すこし休んだらどうか」
私は自分では気付けなかったがはたから見ると声をかけづらいほど鬼気迫る勢いで仕事をこなしていたらしい。
このまま働いていたらいつプッツリと糸が切れた操り人形のように倒れるかわからないと判断されついに上司ストップがかかったのである。
「はぁ…」
私の小さなため息を聞いたからかヘホピッピが歩みを止める。
相変わらず目は前方を見据えたままだ。
ぽたり、ぽたりと熱い雫がヘホポッピの薄桃色の肌に零れ落ちる。
私は嗚咽を漏らしていた。
人間とエルフの生きるスピードが違うことなんてわかっていた。
それでも彼は私と付き合うときそれでもいいと確かに言ったのだ。
彼は真摯な眼差しで私の手をとり
「君と居たい」
そう言ったのだった。
それなのに。
私の嗚咽が雪の静寂のなかで存在感を表す。
涙が頬を滝のように伝っていた。
愛していた。
だから私だってそれなりの覚悟をしたのだ。
愛する人を看取ってそれから更にはてしないほどの生を生きる覚悟を。
気づけば幼い頃のようにわんわんと泣いていた。
冷たい風が熱く火照った頬を撫でるように流れていく。
私が背の上で泣きじゃくる間ヘホポッピは微動だにしなかった。
ようやく私が泣き止んで鼻をすすり始めた頃、またぬるっと動き出したのだった。
時間が来たのか小屋から男が出てきた。
腫れぼったくなった顔をマフラーに埋めるようにしてからヘホポッピから降りる。
「どうだったかね、ヘホポッピは」
気づいているであろうに男は私の顔の惨状には触れずヘホポッピの乗り心地を聞いてきた。
「すごく…やさしかったです」
元気なときだったらつまらないと感じそうだったが今のような傷心の身ではヘホポッピの淡々とした感じがひどく沁みるのだった。
男はそうか、と言うとヘホポッピに牧舎へ帰るよう促し私を小屋へと招き入れた。
のろのろと帰っていくヘホポッピの後ろ姿を見送りつつ小屋へと入ると男は先程とは違う桃色の茶をカップに淹れ差し出してきた。
受け取って思わず目元が潤むのを感じた。
しかし次の瞬間男が壁を指差した先にあったお土産用の茶葉のポスターを見て涙も完全に引っ込むこととなった。
今、私は帰りの汽車の中にいる。
白銀の地は遠くなりけり、そろそろエルフ谷へとつく頃だ。
帰ったらすぐさま部屋を引き払い、新居に引っ越そう。
膝の上に抱えている荷物の中にはヘホポッピ牧場で買ったお土産用の茶葉が入っている。
フィタラスク行きを奨めてくれた友人への感謝を込めて渡そうと思う。
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