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8話目
しおりを挟む「まこと」
休み時間中に演説用原稿に視線を落としていると櫂に呼ばれた。真人よりも先に前の席に座っている凪の方が反応して顔を上げる。
用件は都田からの言伝で、それが終わると放課後いつもの所で、と言われて真人は短く返事をした。
「なに、今の。え、名前、呼び捨て」
「あ、え、うん、まぁ」
櫂が去ったあと凪に名前呼びを指摘されてだらしない表情をしてしまいそうになり真人は急いで顔面を引き締める。
「友達だし、うん、ま、そういうこと」
「杜多っぽくねぇなぁ」
「櫂も懐けばああなるっていうか」
「なんなんその得意げな顔は」
「え、なに、そんな顔してる?」
照れてしまうより演じてしまう方が早い。自慢げな顔を装うと凪は案の定ケタケタと笑ってくれる。
「杜多って口数少なそうなイメージだけど話しやすいん?」
「うん。楽しい」
「へぇ。俺も今度一緒に遊びたい」
「お、いいな。一緒にゲームでもするか」
「えー、いいなぁ、うちらも混ぜてよ」
凪に言ったはずの言葉がクラスの女子に拾われてしまう。三人組が寄ってきて、「人数もちょうど良いじゃんね」と勝手に盛り上がっている。
「最近杜多くんいい感じだし、うちらも遊んでみたい。いいよね、かねち」
「あー、どうだろ、聞いてみないと分かんねぇけど」
凪と遊ぶ話をしていると女子が絡んでくるのは珍しいことではなかった。慣れているので躱してはいるが今回は櫂のことをいい感じと評しているのが気に掛かる。凪か櫂か、どちらかを狙っているのは間違いないが、櫂であったらと考えると胸が重くなる。
「男同士でガチゲームすんだから女子はダメ」
「女子も居た方が華があっていいじゃん」
「自分で華っつーなよ」
凪が追い払うと女子たちが文句を言いながら離れていく。
真人は身を縮めて、凪に声を掛けた。
「櫂狙いかな」
「さぁな。でもまこ狙いではなさそう」
「ざけんな」
凪の座る椅子の足を蹴るとフンッと鼻息を吐いて演説原稿の続きに手を付けた。
前もこんなことがあったと思い出しながら真人は教室前で息を殺していた。
放課後、都田に呼び出されていた真人は職員室に行き、用件を済ませてから櫂と約束をしている三階の踊り場に向かおうとしていた。そこで櫂に見て貰おうと思っていた演説原稿を机の中に仕舞いっぱなしにしていることに気付いて教室に戻った。
二か所ある出入口の後ろの方から入ろうとしたのだが、教室のドアに付いている窓から中の様子が見えて反射的に屈んでしまった。
それから深くて長い溜息を吐いた。
櫂と女生徒が一人。状況的に見て、告白か、遊びの誘いだろう。
前の時は既に振られた女子が友達に慰められていたが、今回はまさに女子が勇気を振り絞っている場面で、真人は身動ぎ一つせず息を潜めているしかなかった。
暫くすると僅かに教室の中が騒がしくなる。
告白とはもっと静寂の中で行われるものではないのかと中の様子が気になってくる。そっと廊下側の窓から覗いてみようかと腰を上げたら前方のドアが開く気配がして、真人は咄嗟に背筋を伸ばし何食わぬ顔で廊下を歩いた。
女生徒が教室から飛び出す。すれ違っても真人の顔を見もしなかった。スリッパの音が遠ざかるのを耳で確かめてから真人はそっと後ろを振り返った。
もう誰も居ない。
教室には櫂しか残っていないだろう。引き返すと中から出てきた櫂と出くわす。
「あれ、まこと、今来た? 先生の用事終わった?」
「あ、うん。うん、うん、終わった。見て貰う演説の原稿、机ん中に入れっぱなしにしてたから戻って来たんだけど……それで、あの……」
頷きの数が不自然に増えた。櫂もそれで気が付いたのだろう。
「あー……さっきの見てた?」
「すげぇな、櫂。こないだもだったのに、今日もじゃん」
「最近ちょっと声掛けられるだけで、別にすごいことでもないと思う……えっと、誰も居ないから原稿教室で見よっか?」
「うん? あ、いや」
教室だと机があって椅子がある。当たり前のことなのだが、それらがあると櫂との距離が物理的に遠くなってしまう。
「踊り場のがいい。まだ他のクラス残ってる生徒居るみたいだし、あっちの方が誰も通んなくて静かだし」
こういう言い方で櫂を踊り場に誘導したことに罪悪感を覚える。目を合わせられなくて「原稿持ってくから先に行っといて」と伝えた。
真人の言葉に応じた櫂が歩き出して空気を動かす。すれ違う時にフワッと甘い香りが漂った。
踊り場の隅でいつものように座って櫂に演説原稿を読んで貰う。床にはいつでも原稿の直しが行えるようにペンケースを出している。
隣からは時折、ふむ、とか、ふん、とか鼻息が聞こえて、それが櫂の原稿を読むリズムなのだと真人はジッとして読み終わりを待つ。
大人しくはしている。ただ、物凄く気になることがあって、今は原稿のことよりもその件に思考の半分を奪われている。
スン、スン、と鼻を使う。鼻詰まりはなくて機能は上々だ。
「うん。いいと思う。これもうほとんど完成してるよ」
褒めてくれている。けれど櫂はペンケースからシャーペンを取り出し、「ここにこの文章を入れて。そしてこれで締める」と指示を書き込んでいく。
櫂が小さく動くとそこら中の空気が揺れて真人の鼻にまたあの甘い香りを運んでくる。甘いといっても真人の知るケーキやパン、焼き菓子の類ではない。もっとこう華やかな女子が好む香水のような――。
「あと一回週末残ってるけどどうしようか。最後にもう一回原稿見直して演説の練習しとく? ばあちゃんに聞いて貰っても良いし」
「櫂、女子のこと抱き締めた?」
真人は真顔で聞く。週末の予定の返事ではなく全く別の話を持ち出され櫂は瞬きを止めて固まっている。
「……はい? まこと、なんて――」
「答えろよ、なんか臭ぇ」
制服のシャツの襟元を掴み胸元に顔を寄せるとはっきりと匂う。さっきの女生徒のものだろうか、それとも真人が知らないだけで実は櫂には女が居て、その匂いが櫂に移っているのだろうか。
苛々していると櫂が「ハムスターみたい」と呟き、真人の頭を撫でてくる。小さな鼻をヒクヒクと動かすさまがそう見えるのだろう。何なら小学生の時にもハムスターに似ていると言われたことがある。そんなことは知らないはずの櫂が言うのだからあの頃から成長していないともとれて関係のない感情も巻き込んで益々苛立ちが募る。
「……俺が、いんのに……」
「まこと?」
「俺がいんのに、匂い付けてんじゃねぇよ」
髪を撫でてくる櫂の手を振り払って言うとすぐさま腕を掴まれた。
どうしてここまで情緒不安定になってしまうのか自分でも混乱しているから本当は言い逃げをしようとしていた。だが見抜かれていたのか真人は捕らえられて櫂の側から離れられなくなった。
「違う、なんの匂いか分かんな……いや、確かに匂うけど、これは違う。さっきの子、断ったらいきなり突進してきて、まことが言うみたいに俺に抱き締めて貰いたかったのかもだけど、ちゃんと突き放したから、だから、俺からなんかしたとか、そんなんじゃない」
腕を掴んでいた櫂の手が段々と上がってきて、両肩を掴まれる。目を逸らしたいのに、櫂が真剣な目を向けてくるから視線を何処にもやれない。
「けど、まことのこと傷付けたなら、謝りたい。ごめん」
「……向こうから抱き付いてきたん?」
女子生徒が飛び出してくるちょっと前に一瞬教室の中が騒がしくなったのはそのせいだったのか。櫂の頭が真っ直ぐに上下する。それを確認すると真人はカッとなってしまった自分が急に恥ずかしくなる。
「……俺の方こそ、ごめん。てか櫂は全然謝る必要ないし、なんか変な空気……マジでごめん、俺狂ってんな」
俯いて握った拳で額をコツコツと叩く。本当にどうかしていた。仲良くしていた友達が他に取られそうになって独占欲丸出しになるなんて幼稚園児じゃないのだから。情けなくて仕方がない。
「……そんな匂うなら、まことが上書きすればいいよ」
「……は?」
勘違いを反省し羞恥心でこの上もなく苦しんでいるというのに何を言い出すのかと顔を上げる。
櫂の頬は赤く染まっていた。それを見たら真人の体温も急激に上がっていく。
「は、あ? え、おれ、俺は、生徒会長選に出る身なので、ここでそういうのは――」
「ちょっと、一瞬だけ」
真人の肩を掴んでいる櫂の方に主導権があり、そちらに引き寄せられると拒否が出来ない。いや、元よりするつもりもなかったのではないかというくらい無意識に力が抜けて自分の体なのに踏ん張りがきかないまま櫂の胸元にぽすんと落ちていく。
遠慮がちに抱き締められたらまだもっとくっ付けるのにと欲張ってしまいそうになる。
「……こんなんで俺の匂い移るんかな」
「大丈夫、制服でもまことの甘い匂いちゃんとする」
そうではなくて。
もっと強く抱き締めても良いのに。
それを伝えられないまま、二人の間に隙間を感じて寂しいと思ってしまった。
「おおおぉー……すげぇ、大成長じゃん」
床に胡坐を掻いた凪が椅子の上に立つ真人に向かい拍手を送る。
金曜日の放課後、教室で凪や数人の友人らに演説を聞いて貰った。
元々真人の拙い文章技術を知っている凪は何度も「素晴らしい」と手を叩いて喜んでくれたが、クラスメイトはそこまでの感動はないらしく適当な拍手のあとで助言をくれる。
「でも最後の方、なんかバタバターってしてなかった?」
「ああ、畳み掛け? あそこよく分かんなかったな」
「俺ああいうスピード感あるの苦手かも。あんまり駆け足だとなに言ってんのか分かんなくなる」
ちょっと読める文章が書けた程度でむやみやたらに褒めてくる凪よりは余程頼りになるアドバイスだった。どうやら後半部分に難があるようだ。真人は貰った意見を紙に書き込んで、文章の順番を入れ替え、必要なさそうな部分を削る。
「じゃあもう一回聞いてくれる? これで最後にする」
緊張のあまり早口にならないこと。それを頭に入れながら再び椅子の上に立ち原稿を読んだ。
終わるとデジャヴかなというくらい凪が盛大な拍手をしてくる。動画を撮っていたらしく「あとで送る」と言って握手まで求めてくる凪に笑いながら応じていると友人らも「いいと思う」「あとはかねちんの人柄と当日のハプニングに期待」などと言い手を叩いている。
凪が部活に行くため教室を出て、他の友人たちも帰宅すると教室の中は真人一人になる。
来週は生徒会会長選挙だ。
考えるとドクッと心臓が脈打つ。
三人のライバルと競うことになる。真人の高校では入学したてでも会長選に出ることは可能なため、今回は一年からも立候補者が出た。
演説原稿を机の上に置いて眺める。ただ真っ白なだけだった紙にここまでの文章を書き込み、殆ど完成している状態まで持っていけたのは櫂のお陰だ。ジッと見つめていると細かい文字の向こうに櫂の顔が見えてくるような気がして、瞬きで妄想を打ち切る。
「まこと」
待ちわびた声が掛かり、真人が席を立つ。教室に入ってきた櫂は「ごめん」と突然謝った。
「一緒に帰れなくなった。演説の練習も聞けなかったのに、ほんとごめん」
「え、なんで」
櫂の言う通り、本来であれば先程のメンバーに櫂も居るはずだった。それがホームルーム後に櫂が都田に呼び出されて行ってしまったので先程の面々に聞いて貰ったわけだ。
演説練習に櫂が居なかったことは残念だが、一緒に帰る約束をしているし、何なら今日の泊まり作業の時に完成させた原稿を読んで、櫂の祖母と共に聞いて貰えればいいかと思っていた。
それなのに、一緒には帰れないと言う。
流石に理由を尋ねれば、櫂が言い難そうにして長めの髪を掻く。
「あの人、来ちゃって」
「なに、なんの人?」
「母親」
「え、櫂の母ちゃん?」
「うん。昨日連絡あったんだけど無視してたら学校に来た。家で待ってりゃ帰ってくんだからそうすればいいのにわざわざ来てさ。俺が嫌がるの分かっててそういうことするんだ」
「え、え、今、いんの?」
「職員室に居る」
櫂が頷く。母親が居るから一緒には帰れないということで、それは理解をした。けれど櫂は大丈夫なのだろうか。
表情は暗い。平気そうには見えない。
「俺、俺も、行こっか、一緒に」
「まことが? なんで」
「なんでって心配だからだろ。櫂、母ちゃんのこと苦手そうだし」
「……大丈夫。大丈夫だよ」
櫂がこちらを見つめて一歩寄ってきて、真人の指先に触れる。櫂の指先は冷えていた。
「いつものことなんだ。普段全く寄り付きもしないのに、こうやって突然現れて掻き回す。もう慣れてたんだけど、まこととの予定崩されんのはやだな」
「……じゃあ今日の泊まりも無理そうだな」
「多分……でも明日、土曜ならあの人も帰ってると思うからおいでよ」
櫂の指先の冷えが真人に伝ってくる。でもこのまま冷やしたままにしたくなくて真人は自分の熱を移すように櫂の手を握り返した。
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