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3話目
3ー1
しおりを挟む「瀬凪、おはよう」
「……おはよ。大翔……」
ごろんと寝返りを打って仰向けになると背伸びをする。薄っすらと目を開けると大翔がカーテンを開いてこちらを振り返っているところだった。
まだ脳が覚醒していないのか朝日を纏う彼を美しい生き物だと認識してしまう。
通っている高校の一軍男子と揃いのTシャツに揃いのカフェエプロンを身に着けて働き出すこと一週間。びっくりするくらいに何の問題も起きていない。
寧ろ当初の予定にないほど距離が近くなっていて、こうやって寝起き姿を晒すのも普通になっているから驚きだ。
「毎朝起こしてくれんのは有難いけど、大翔も早起きすると眠いだろ。無理しなくて良いよ」
「中学の時は部活で朝練もあったし今も早く起きちゃうから平気だよ。それに朝の海岸線、バイクで走るの気持ち良いしな」
それは休憩中の雑談がきっかけだった。
叔父夫婦は本業が飲食店で仕込みもあるから朝に強いという話をしていて、瀬凪は本当に軽い気持ちで会話に乗っただけだった。「俺朝弱いんだよな~」と呟き、だからといって人の力を借りるほどのものでもなかったのに、大翔が「それなら早めに来て起こしてやるよ」と言い出した。
断ったのに次の日から本当に出勤時間より早く来て、こうやって瀬凪を起こしてくれるようになった。
一軍の中に居る時の大翔は周囲の人間よりも落ち着いて見えて、彼ら特有のわちゃわちゃ感がないのは好感が持てたがそれが逆に冷めているとも取れて近付き難さがあった。
ある意味では尊よりも話し難いと感じていたのだが、一緒に居る内に印象が大きく変わった。
実は世話焼きで、周りのことなど興味がないように見えてちゃんと気にしてくれている。だからこそ、瀬凪が朝に弱いと言えば律儀に助けてくれようとするし、迷惑を掛けているのではと「無理するな」と発すれば自分で望んでしているように「朝の海岸線を走るのは気持ちが良い」と気遣ってくれる。
「はい、これ、毎朝のお礼」
休憩室は他にあるというのに瀬凪が寝泊りしている部屋のローテーブルに両手を投げ出してスマホを操作している大翔の前にコーヒーとお茶と炭酸飲料のペットボトルを置く。その中からコーヒーを選んだ彼をやはり大人びているなと思いながら瀬凪は残ったお茶に手を伸ばして蓋を開けた。
「……なんかさ、最初はごめんな」
「うん? なに?」
会話の始まりが謝罪、というところがコミュニケーション能力の低さを窺わせるなと自分で思いつつも、これが俺なのだからと開き直るように瀬凪は続ける。
「まさか一緒に働く奴が大翔とは思ってなくてさ、驚いて、それでなんか俺嫌な態度してなかった?」
最初、心に在ったことを瀬凪がそのまま口にすると大翔はスマホをテーブルの上に置いて顔を上げた。
大翔が民宿の二階から姿を現した時に動揺から嫌な態度が出てしまったのではないか、それが大翔にも知られていたら気分の良いものではなかっただろう。
大翔だって瀬凪が同じバイト先に居ると知った時は嫌だったかもしれない。そうだとしたら彼は直前で断るようなこともせずバイトに来てくれたということになる。
これを抱えたまま一緒に働き続けるのは何となく狡い気がしたので正直に話したわけだが、当の大翔は首を傾げてピンと来ていない様子で居る。
「謝るなら俺の方だろ」
「え、なんで大翔が謝んの」
「だって俺、瀬凪がここでバイトしてんの知ってたのに言わなかったじゃん」
確かに。それに対して謝罪は不要だが、どの段階で知ったのかは気になる。瀬凪は言った記憶がないし、やはり咲都経由で尊から大翔に伝えられたのだろうか。可能性としてはそれが一番高い。
「いつから知ってたん? 休み前に廊下で会ったけどあの時は知らなかったんだよな?」
だって、何も知らぬふうな顔で瀬凪が持っている用紙を見て「バイトの許可願い?」なんて聞いて来たのだから。
普段絡みはなくてもあの時なら、同じ場所で働くんだけどと告げる絶好のチャンスだったに違いない。
「いや、知ってた」
「えっ、知ってたのになんも言わんかったん」
「尊とか他の奴も居たし」
「ま、まぁ……そうだけど」
大翔は顔を傾けたまま、瀬凪に視線を固定している。一軍の集団は無理だが大翔にはもう慣れた、と思っていたのは勘違いだったのか急に気まずくなって目を逸らす。
「瀬凪、苦手だろ、俺のこと。俺っていうか、俺たちのこと」
指摘をされて、バレたという気持ちが大きくなると益々大翔の目が見れない。そりゃ会話を謝罪から始めれば、気付くに決まっている。馬鹿なことをした。自分の気が済まないからって全てを打ち明けることが正義じゃない。
瀬凪から苦手に思われているというのを大翔が知ってどう思うか、それを考えたら謝罪などするべきではなかった。
「違くて、いや、あの、違わないけど、大翔は違うっていうか――」
「あいつらとつるんでんだから俺も一緒だよ」
顔ごと向ける勇気がなくて大翔を盗み見れば優しく笑っている。
「俺らうるさいし、静かに学校生活送りたいって思ってる奴らからすれば迷惑だよな。気付いた時はちゃんと注意もしてんだけど、最初だけなんだよな、言うこと聞いてくれんの。またすぐ調子乗る」
大翔は申し訳なさそうに髪を掻く。
何とも不甲斐ない気持ちになってくる。大翔に落ち度は一つもない。
何なら一軍の誰も悪くないのだ。単に瀬凪が苦手に思っているだけ。一軍と絡むと碌なことがない、なんていうのはただの思い込み――頭では分かっているのにいつまでもうじうじと抱えているのが情けなくなる。
「まぁそういうことで、瀬凪が俺らのこと苦手そうだから集団で居る時は俺だけでも静かにしとこうと思って話し掛けらんなかった。それにバイト先一緒、とか伝えんのは簡単だけど、知ったらお前が逃げちゃうと思って。それもずるいよな。ごめん」
「……大翔が謝ることじゃない。そう思わせた俺のせいだよ」
「瀬凪、優しいな」
「優しくねぇよ。よく知りもしないで集団に偏見持ってるとか性格クソ悪ぃだろ」
「でも知らないと良く見えないのは当たり前じゃん」
部屋の空気が動く。大翔がローテーブルに両肘を付けて前のめりになったからだ。
それで瀬凪も覚悟を決めたように正面から大翔を見つめた。目が合って、胸が騒ぐ。
「まだあんま時間経ってねぇけど俺のこと知ってちょっとは気持ち変わった?」
言葉は出ないが頷いて見せる。
「良いふうに変わった? 苦手意識消えた?」
これにも頷く。ただ、前のような近寄り難いというか絡みたくないという気持ちは消えたけれど、また別の、感情が持って行かれそうな、抵抗を失ってしまいそうなそういう怖さが生まれた気がする。
でもここでは伝えなかった。自分でも整理出来ていないものを口に出すのはややこしいからだ。
「そっか。良かった」
しっかりと視線を合わせたままで大翔が笑う。並び良い歯を見せて、綺麗に微笑まれると絆されていることを自覚する。
「尊たちも調子は良いけど悪い奴らじゃないからさ。休みの間に海行きたいって言ってたからもし来たら適当に相手してやってよ」
調子が良いのは自分の方だ、と瀬凪はぼんやりとした頭で思う。大翔がそう言うのならそうなのだろうと素直に意見を受け入れてしまう。
大翔の笑みで視界を一杯にしながら頷くと「瀬凪くんっ」と声がした。
「なんか呼ばれてね?」
大翔にも聞こえたようで部屋のドアに近付くと再び声がした。
「瀬凪くん、瀬凪くんっ」
美香の声だ。朝飯で呼ばれたのかと思ったが、一階からではなく、もう少し近い場所から聞こえて来る。
「和さんが~~!」
ドアを開けてすぐに分かった。声は叔父夫婦が寝泊りしている客室からしていた。
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