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8話目
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しおりを挟む「ここ、使っちゃっていいの?」
「日陰最高~」
瀬凪は尊と咲都を連れて調理場を抜けて裏口から出る。凪音の一階部分に位置する屋根付き駐車場に出て、そこに簡易テーブルと拡げパイプ椅子を置いた。
「海は見えないんだけど涼しいからさ」
店の出入口付近に設置してあるベンチだと陽が差して暑い。室内の休憩スペースは海でひと泳ぎして来ている尊と咲都に適さないので瀬凪は二人をこの場所に案内した。
目の前には道路。そして海に向かう人々。
瀬凪は簡易テーブルの上に弁当を、尊と咲都はドリンクと軽食、呼び出しベルの乗ったトレーを置く。オムライスを頼んだ二人は、提供のベルが鳴るまで軽食を摘まみながらリズムの良い会話を披露している。この中に加わるのは気まずいと思っていた瀬凪だったが、特に気遣う様子を見せない二人の会話を聞いていると段々気が楽になっていく。
「弁当始めたって貼り紙あったけど、初山が食ってんのがそう?」
「え、あ、うん。さっきの、美香さんの実家が弁当屋始めたらしくて、その店の弁当置いてる」
へぇ、と尊が相槌を打って弁当の中身を覗いてくる。卵焼きにエビフライ、唐揚げ、プチトマトに小さなおにぎりが二つ入っている。明日はこの弁当の他にサンドイッチのランチボックスが加わる予定だ。
「卵焼き美味そ」
「美味いよ……食う?」
「マジ? いいん?」
綺麗な色をした卵焼きは先程瀬凪も食べて味見済だ。自信を持って美味いと断言したあとも、尊の視線は弁当に注がれたままなので思わず要るかと聞いたら彼は迷わず瀬凪の提案に乗って来た。
「尊、ほんとに卵好きだな。オムライスでも卵食うのに」
「卵は卵でも料理の種類が違う」
尊の発言に咲都が呆れている。どうやら尊は卵料理が好物のようだ。このあとにオムライスを食べるとしても卵焼き一つくらいなら胃の負担にもならないだろうと瀬凪は弁当箱の蓋に卵焼きを取り出してやろうと箸でひとかけら摘まむ。
そうして卵焼きを持ち上げて尊を見ると瀬凪に向かって身を乗り出し大口を開けていた。
「……なにしてるん?」
「あーん」
それだけ言われて瀬凪は固まる。咲都はパシッと尊の後頭部をはたくが全く動くことなく口を開け続けている。
これは食わせろってことだよな。一軍のコミュ力ってすげぇなと思いながら瀬凪は尊の口の中に卵焼きを放り込んでやった。彼が咀嚼を始めた瞬間、呼び出しベルが音を鳴らし揺れ出した。
「あ、オムライス出来たみたい」
咲都が呼び出しベルを握って立ち上がる。瀬凪は慌てて箸を置くと椅子を引く。
「咲都、俺取りに行くよ」
一瞬だけ慣れたかもと思ったが、やはり尊と二人きりになるのは居心地が悪い。だけれど咲都に「瀬凪は弁当途中だろ、食ってて」と笑顔で制止された。
さっさと駐車場から調理場に繋がるドアを開けて中へと入ってしまった咲都を見送って尊と二人きりの空間で存在感を消すような細い呼吸をする。
ほんのちょっと、オムライスを取ってくるだけの僅かな時間だけ凌げば良いのだ。
自分に言い聞かせていると尊の方から「美味い」と声が飛んでくる。
「守本って卵好きなん? 弁当の卵焼きもオムライスのも同じ卵使ってるんだけど、市内の養鶏場でさ、そこの卵で作る卵かけご飯が――」
「咲都居ない間に話したいことあるんだけど、いい?」
「え……あ、うん」
今の自分たちの共通点といえば卵くらいだったから会話を繋ごうと美味い鶏卵の紹介をしていたのにそれを遮って尊が早口で話し始める。
「大翔と仲良くなれてない感じ? あいつはだいぶ仲良くなったって言ってたんだけど見た感じ全然だよな」
「ひろ……帆谷とは、普通に仲良い、と思うけど」
「ほら、その大翔って言い掛けて名字に直す感じ、それさっきあいつの前でもやったろ? ここってバイト同士は名前で呼び合うって大翔から聞いてんだけど、お前らは違うん?」
見ていないようで見ている、聞いていないようで聞いている。先程やらかしたことを尊に指摘されて瀬凪は戸惑いながら不安だったことを口にした。
「が、学校では全然話したことなかったし、それなのに名前で呼び合ってるなんて、そういうの守本に聞かれたらからかわれるかなって……」
「は? からかわねぇよ。面白ぇけどさ」
面白がるんかい、と口には出せなかったが心の中で思っていると尊が溜息を吐く。
「大翔、傷付いたと思うなぁ」
この言葉が瀬凪の耳から入って胸の中に沈んでいく。何も反応を返せなかったのは尊の発言通り大翔を傷付けてしまったかもと思っているからだ。
「お待たせ。オムライスめっちゃ美味そう」
両手が塞がっているから美香に裏口のドアを開けて貰って咲都が戻って来た。尊は宣言通りに咲都が戻ってくると大翔の話は一切しなくなった。瀬凪も何事もなかったように二人に接したが、頭の中は尊に言われたことで一杯だった。
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