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9話目
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しおりを挟む「おはよ」
「……はよ」
抱き締め合った事実を何度も反芻して、大翔に体を預けたことが正しいことだったのかと眠れずに悩んでも勝手に夜は明ける。
そして大翔は朝御飯のおにぎり持参でいつものようにやって来る。
「目の下、クマ出来てね? 寝てねぇの?」
「……寝てるよ」
「ちゃんと睡眠取んないと体力持たねぇぞ」
「だからちゃんと寝てるって」
今日は大翔が味噌汁椀をレンジで温めてくれて、ローテーブルに置いたついでに瀬凪の目の下を指でなぞった。瀬凪はむきになって顔を背けるが、大翔は何でもないように笑っている。
余裕だな。
日々は全く変化がなく、同じことの繰り返しで自分たちの関係も何か進展したわけでもない。好きだと言った割に大翔は見ての通り心に余裕があるようで、瀬凪だけが何にも慣れずに常に振り回されているように感じる。
恋愛慣れしてるんだろうな。これだけ見た目が良くて世話焼きな性格ならそりゃ皆夢中になるはずだ。
大翔がモテる理由をここまで実感することになるとは、夏休み前には想像もしていなかった。
「美味い?」
「うん、美味い」
「枝豆と塩昆布って合うな」
「うん、合う」
綺麗な緑色の豆と塩昆布が混ぜ込まれているおにぎりを食いながら大翔から振られる内容に返事を返していく。
大翔は満足そうで、そのスッキリとした表情を見ては瀬凪の中に名付けて良いのか分からぬ感情が降り積もっていく。気を許せば一気に落ちていくみたいな、恐怖にも似た想い。
「豆繋がりで明日グリンピース御飯をおにぎりにしてくるけど、瀬凪苦手じゃない?」
「うん……好き……グリーンピース、美味いよな」
呟いた言葉だけが独り歩きし出して、瀬凪は急いでグリーンピースの話だと付け加えた。
意識し過ぎている。
残りのおにぎりを口の中に含んで、行儀悪く咀嚼中に立ち上がる。味噌汁は全部飲み終わっているからお椀と弁当箱を持って「先に下行っとくな」と大翔を残して部屋を出た。
まだ誰も居ないだろうと調理場に入り流し台で茶碗を洗っていく。流水で泡を洗い流し、消毒してあったダスターで水が飛んだ場所を拭き上げていくと無心になれた。
「はよーざいます……おっ、瀬凪早いじゃん」
駐車場に繋がるドアが開いて柊平が入って来て、無念無想の時が終わった。
「おはようございます」
「てかなに、洗いもんしてたの? ……あー、あれか大翔の握り飯か」
頷いてキッチンペーパーで弁当箱の水気を拭う。
勘の良い柊平に大翔とのことを何か突っ込まれてしまう前にこの場を退散しよう。
休憩スペースと店先の掃除、それにドリンクディスペンサー周辺も営業後に清掃したがこちらももう一度綺麗にしておく――これからやることを考えて弁当箱を持ち直すと瀬凪は顔を上げた。
柊平に挨拶してから調理場を出て行こうと思っていたのだが、予想していた場所に彼が居なくて、自分のそばまで来ていることに気付くと「うわっ」と声を上げた。
「音もなく近付くなよ。ビビるじゃん」
「お前顔色悪ぃな。寝てねぇの」
顔を覗き込んで来て大翔と同じような心配をしてくる柊平に「朝まで爆睡したし心配ない」と返事をする。
「寝不足だと熱中症とかなるからな。去年の姉ちゃんの体調不良も熱中症だと思うんだよ、室内でもなるっていうし」
「だから大丈夫だって」
「なんか心配事とか悩みがあんなら俺に相談しろよ」
大翔とのことを揶揄ってくるものだとばかり思っていたので予想外な反応に困惑する。
相談か。
もし瀬凪が持ち掛けるとするなら他の誰でもなく柊平しか居ないのかもしれない。
心が揺らぎかけた瞬間、大翔か美香か、どちらかが階段を駆け下りて来る音がして瀬凪は柊平の手をゆっくりと払う。
「……心配事とかないって。でも、もしもの時は相談するから。ありがとね、柊平くん」
上手く笑えていただろうか。絶対に見抜かれているだろうと思うのに、見逃してくれたのか柊平はそれ以上追求してこなかった。
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