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第一章
第19話 古代図書館⑨ 新たなる旅路
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目に留まった赤い表紙。その本は…タルオの日記だった。
あのダークエルフめ、俺の日記をここで読んでいたんだな。ちょっとした怒りと恥ずかしさと同時に、タルオの脳裏に閃いたことがあった。
「エル!こっちに!」
もはや一刻の猶予も無い。崩壊は更に進んでいる。この場所もいつまで持つかも分からない。タルオはエルの華奢な身体を抱き抱え、日記のある場所へと駆けつけた。エルが何かを呟いたようだが気にしている余裕は無かった。
左手でエルを抱えていたので、右手に持った剣を床に突き刺し、空けた手で日記を拾い上げ即座にエルへと本を渡す。
「エル!この本を持ってくれ!」
「えっ!う、うん!」
戸惑いを見せたエルであったが、タルオの真剣な表情を見遣り、即座に日記を受け取ってくれた。
次の瞬間、タルオはエルに持たせた日記を無造作に開き、数ページを引きちぎった。
「えっ、何を!?」エルはタルオの不可解な行動に一瞬戸惑ったようだが、すぐに彼の意図を理解したようだ。彼と同じように日記の数ページを引きちぎる。
『警告!警告!規約第1条12項違反を確認。直ちに罰則規定第14条の2を実行。』
案内係の本は自らの表紙を真っ赤な警告色へと変化させ、二人の周囲を激しく飛び回る。
『古代図書館からの即時退出処分を実行します!!』
警告と同時に、タルオとエルの周りに光の輪が現れた。
空間転移魔法が発動したのだ。
「あくまで本が優先される図書館ね。」
タルオの言葉を残し空間から二人は消えた。瞬間、その場は崩れ落ち土砂に埋まった。
眩い光芒が消え視界がハッキリしてきた。ここは…火山の麓からさらに離れた場所らしい。火山が遥か彼方に見える。その上を鳥の大群が群をなして飛び去るのが見えたが、多分あれは本なのだろうと推測した。安全な場所に避難をしているのだ。
山の火口からは噴煙が上がっているのが見える。死火山だと聞いていたが再び活性化し活動を開始したのは事実のようだ。噴火までは起こしていないようだが…いつ火を吹くかは分からない。
「よくあの場で、図書館から強制退出させるという芸当を思いついたな、タルオ。本を破るなんて…考えもしなかった。」
すぐ側でエルが呟いた。
「あぁ、偶々(自分の日記の削除をお願いした時に)本を傷つけると罰則があることを知ったんだ。(どうにかして自分の日記の削除したくて)気になったからどうなるか調べたんだよ。」
エルとの距離がかなり近かった。彼女を抱きかかえた格好のままでいることに今更気づき慌てて彼女と距離を取る、が、エルには全く動じた様子がない。彼女はタルオのことなど気にも留めていないのだろうか…何か寂しい。
手をモジモジしていると、カサカサと音が鳴った。脱出する際に破ったタルオの日記の頁を握ったままだったようだ。クシャクシャになっていたが、少し広げて中身を確認してみる。
まずは、自分の筆跡で書かれていることに驚いた。「ここまで正確に複写するなんてすごいなぁ~。」だが、中身については途中まで確認しただけで十分だった。そもそも、日記は人に読まれることを想定して書いていない。「誰にみられるか分からない…これは廃棄しないと…」
エルに見られないよう気をつけながら、こそっと草むらに紙を丸めて捨てたタルオであった。
途端、頭上からアラーム音が鳴り響いた。
『警告!警告!本を傷つける行為を再確認!』
見上げると、案内係の本が飛び回っている。
「お前付いてきたの?」
『あなた達は本を傷つけました。原則として金銭的な賠償を請求することになります。弁済が完了するまでは、あなた方の側を離れる訳にはいきません。』
「マジか…金銭って幾らなの?」
『一万ディールです。』
この世界では幾らくらいの価値なのか…円で言ってくれたら分かりやすいのに。エルの方に振り返るが、彼女は少し青ざめ顔を左右に振った。「そんなお金は持ってない。」顔にそう描いてあるようだった。何か引くくらいのお金なんだろうなぁ。でも、元は俺の日記なのに…自分で言うのも何だけどそんな価値ないでしょ!ぼったくりじゃないの!と、思う。だが、取り敢えず助かったんだし、今はそれで良しとするしかないのだ。それよりも…
「あの街や図書館にいた人たちはどうなるのだろう?」
タルオは火山を遠くに見ながら思いやった。あの街の住民もかなりの数に登るはずだ。
「それなら大丈夫だろう。転移魔法によって退避できるはずだ。魔法が使えない者も大抵は緊急転移用の魔道具を持っているからな。」
「エルは…魔法も使えないし、魔道具も持ってなかったようだけど?」
「う、うるさい!普段は準備してるんだ!だけど、今回は久しぶりに古代図書館に訪問できると思って浮かれてしまって…」
忘れてしまったのだという。なるほど、ここへ来てからエルの様子が普段と違って見えたのは、いわゆるテンションが上がっていたからなのだ。エルに本好きな一面があると知ることができて嬉しかった。
エルフは外面的には冷静で表情の変化もあまり見せないが…意外と人間っぽい所もあるんだね。そういうところも可愛いなぁ~と、ニヤニヤとエルを見てしまう。
「そ、そんな目で見るな!タルオ!」
頬を赤く染めエルが非難めいた表情を浮かべる。
絶体絶命の状況下で助かったという安堵感もあるのだろう、二人ともいつもより砕けた会話が多くなっていた。
だが、二人には話し合わなければならない事柄も多くあった。その一つが図書館に突然現れた「エレガル」という得体の知れない人物であり、またそれによって引き起こされたかも知れない一連の混乱だ。「如何にも悪そうな連中だったし…」とタルオは考えていた。
場合によっては然るべき所に報告と相談を為ねばならない。「報連相」は基本中の基本なのだ。ただ、今回の事象を誰に報告すべきかはタルオには分からない。その辺りのことをエルと相談したかった。
また、彼についての事はできる限り伏せておきたかった。あらぬ疑念を招きこの世界で生きづらくなっても困るし、エルと口裏合わせもしておかねばならない。
また、エルの方はというと、いきなり謎の人物に襲われ意識を失い、気づくとタルオに抱き抱えられていた。状況から察すると、また彼に助けられたのだろうとは推測したが、彼が対峙していた人物の名を聞いて驚いた。「エレガル」と名乗ったからだ。あの魔道士エレガルだとしたら、大変な事態である。
ドラゴンの消失に次いで、エレガルの出現。この二つには関連があるはずなのだ。
「一刻も早く、報告せねば。」
エルは思い定めたが、その前に確認しなければならぬことがあった。
「…タルオ、あの剣はどうしたんだ?」
「剣!?……あぁ~忘れて来ちゃった!図書館に。どうしよう!?」
そう告げたタルオは、エルの反応を待った。なぜかエルが身動きせずに固まったように見えたからだ。だが、徐々に身体に震えが生じ…あれっ?何か怒りのオーラが見える気が…する?!
「タルオ!お前は何てことを!!!!あの貴重な剣を置いて来たというのか!!剣は剣士にとって命であり誇りそのもの!お前は剣士として失格だ!そこに直れ!成敗してくれる!!」
こんなエルを見たことがない!というか…かなり怖い。目が…目がいっちゃってる。えっ、待って何で剣の柄に手をかけてるの?
「ちょ、ちょっと待って…俺、そもそも剣士じゃ無いし、それに、あの剣もどうやって手に入れたかもよく分からなくて…だから誇りとか命とか言われてもさぁ…」
タルオは両手を前に突き出し、どうどうとエルを宥めようとした。腰は完全に後ろに引いている。
「問答無用~~~~!」エルは剣を鞘から抜き放ち、上段に構える。
「ひぃいいいい~!」
振り下ろされた刃は彼の額の寸前でピタリと止まる!
恐る恐る目を開けたタルオは刃の位置を確認し、ついでエルがどんな表情をしているのかを確認した。だが、エルは驚愕の表情を浮かべ、その目線は違う方向を向いている…タルオも自然とエルの目線を追って顔を向けた。
「えっ!?」
目線の先にあの剣があった。タルオ達を救ってくれた剣が地面に突き刺さった格好で…確かに図書館に置きっぱなしにしてしまったはず。それが、いつの間にか彼らの目の前に姿を現していた。
「自ら転移して来たのか?持ち主の元へ。何という…あぁ素晴らしい剣なのだ…」
エルが感嘆の声を上げた。頬を赤らめ、恍惚の表情さえ浮かべているではないか。体もクネクネと落ち着かない。そうか…彼女は剣フェチなんだ…うん間違いない。絶対そうだ。新たな一面の発見である。
少々狂気じみたエルから距離を取り、タルオは剣へと向かった。
剣の刀身は、最初に目にした時とは違いその表面は黒く変色している。燃えたぎる溶岩が冷え固まったかのような質感になっていて、それはまるで剣を無骨な鞘に収めているようにも見えた。
剣の柄に手を添え握った…つもりだったが、タルオの手は何も無い空間を握りしめていた。
「あれ!?可笑しいな?」
もう一度、柄を握ろうとする…また空を掴む。剣が…塚が動いたように見えたけど…まさかね!?
「えっ!?もしかして機嫌を損ねてるの?忘れてきたから?…」
そんな…バカな…とも思ったが、この世界は何でもありの世界だ。
本が喋って空を飛ぶのだ、剣が機嫌を損ねることだってあるだろう。
「あの…置き忘れちゃって…何かごめんなさい。すいません。反省してます…」
タルオは剣に頭を下げて謝った。頭を上げた後ゆっくりと柄へと手を伸ばす。
今度は彼の手にしっかり柄が収まった…機嫌は直ったようだ。
そのまま引き抜くと、軽々と持ち上がった。剣は見た目よりも手にした感じ遥かに軽量に感じる。一体どんな材質で出来ているのだろうか。
近くに気配を感じた。エルが近づいて来たのだ。
少し警戒したが、彼女の剣は既に鞘に収められていた。彼女の機嫌も治ったのだろうか?
「タルオ、正直に言って欲しい。」
エルはタルオに向き合って告げた。タルオの表情は若干強張っているようだ。また緊張もしているようにも見える。
確かに怒りのあまり剣を向けてしまったが…あれは剣を置き忘れたタルオが悪い!と思う。そういえば、この男はいつもこんな感じなのだ。他のエルフには極めて礼儀正しく接するくせに、私と話す時や関わる時には…明らかに挙動が変というか、よそよそしいというか…嫌われているのだろうか?と思う時もある。
また、怖がられているのか?と感じることもある。何を怖がるの?彼は強い。そうエルは知っていた。彼の力と能力を。これほどの強さを持ちながら、村のエルフたちに誇ることも奢ることもない。記憶を失っていても、彼が優しく思いやりのある人間であることは明らかだ。
長たちをはじめ、エルフの村のみんなもその点は理解している、だからこそ彼を村から追い出そうとはしていない。
だが…今日彼が見せたあの力…あれは尋常な力ではなかった。あれは…まるで…
彼が何者なのか、知るのを怖いと思ってしまった。自分でだけであれば、知らずに済むのであればそれでも良いが、今回の事態を報告する際にタルオについて言及しない訳にはいかないだろう。
エルは逡巡した…だが、彼女には成さねばならぬ使命があった。
「お前が見せたあの力は尋常ならざるもの。記憶を失っているのは理解しているが…分かる範囲でいいから教えて欲しい。」
タルオは息を呑んだ。何といえばいいかを考えた。まだ自分でも分からないことも多いし、理解できないことは更に多い。でも…エルにはこれ以上嘘はつきたくなかった。
「俺が何でこんな力を持っているのか…それは本当に分からないんだ。でもきっかけは…そう願ったんだ。」
「願った?」
「あぁ、エルを助けたいって。あの時、強く願った。エルを助けるために力が欲しいと。変に思うかもしれないけど、頭の中で声がしたんだ…そう願えと。」
頭の中に響いたあの声の正体は分からない。だが、彼に力を貸してくれたのは間違いない。エルにも伝えるべきかは迷ったが…正直に話すことにした。
「私を!?なぜ?」
「なぜって、それは…あの、その…ス、…いや…えっとぉ~。」
タルオはあたふたしてしまう。情けないが…うまく言葉にできない。顔が体が熱い。もうこれは告白するしかないのか?覚悟を決めるべきなのか?今こそ!人生で初めての告白をするのか!
そう決意しエルを真っ直ぐに見つめた…だが、彼女はそんなタルオの意気込みには全く関心を示さず、自分の思考に耽っていた。
「頭の中で…別の存在が!?まさか『狭間の地』から…願い…願えと…それは…もしかして原始の…」
「あ、あのぉ~。」
今は自分に注目して欲しいタルオだったが、エルには届かないようだった。
「タルオ!次に赴くべき場所が決まった!エルフの王都、エルムンガンドだ。一刻も早くネルバ女王に報告せねば!一緒に来てくれ!」
タルオに背を向け歩き出す。チラッと見えたエルの横顔に少し憂いを見た気がしたが、それよりも告白のタイミングを逃した彼の落胆の方が大きかったせいで気にならなかった。
この時のエルの憂いの理由をタルオが知るのは随分後になってのことだった。
第一部 完
あのダークエルフめ、俺の日記をここで読んでいたんだな。ちょっとした怒りと恥ずかしさと同時に、タルオの脳裏に閃いたことがあった。
「エル!こっちに!」
もはや一刻の猶予も無い。崩壊は更に進んでいる。この場所もいつまで持つかも分からない。タルオはエルの華奢な身体を抱き抱え、日記のある場所へと駆けつけた。エルが何かを呟いたようだが気にしている余裕は無かった。
左手でエルを抱えていたので、右手に持った剣を床に突き刺し、空けた手で日記を拾い上げ即座にエルへと本を渡す。
「エル!この本を持ってくれ!」
「えっ!う、うん!」
戸惑いを見せたエルであったが、タルオの真剣な表情を見遣り、即座に日記を受け取ってくれた。
次の瞬間、タルオはエルに持たせた日記を無造作に開き、数ページを引きちぎった。
「えっ、何を!?」エルはタルオの不可解な行動に一瞬戸惑ったようだが、すぐに彼の意図を理解したようだ。彼と同じように日記の数ページを引きちぎる。
『警告!警告!規約第1条12項違反を確認。直ちに罰則規定第14条の2を実行。』
案内係の本は自らの表紙を真っ赤な警告色へと変化させ、二人の周囲を激しく飛び回る。
『古代図書館からの即時退出処分を実行します!!』
警告と同時に、タルオとエルの周りに光の輪が現れた。
空間転移魔法が発動したのだ。
「あくまで本が優先される図書館ね。」
タルオの言葉を残し空間から二人は消えた。瞬間、その場は崩れ落ち土砂に埋まった。
眩い光芒が消え視界がハッキリしてきた。ここは…火山の麓からさらに離れた場所らしい。火山が遥か彼方に見える。その上を鳥の大群が群をなして飛び去るのが見えたが、多分あれは本なのだろうと推測した。安全な場所に避難をしているのだ。
山の火口からは噴煙が上がっているのが見える。死火山だと聞いていたが再び活性化し活動を開始したのは事実のようだ。噴火までは起こしていないようだが…いつ火を吹くかは分からない。
「よくあの場で、図書館から強制退出させるという芸当を思いついたな、タルオ。本を破るなんて…考えもしなかった。」
すぐ側でエルが呟いた。
「あぁ、偶々(自分の日記の削除をお願いした時に)本を傷つけると罰則があることを知ったんだ。(どうにかして自分の日記の削除したくて)気になったからどうなるか調べたんだよ。」
エルとの距離がかなり近かった。彼女を抱きかかえた格好のままでいることに今更気づき慌てて彼女と距離を取る、が、エルには全く動じた様子がない。彼女はタルオのことなど気にも留めていないのだろうか…何か寂しい。
手をモジモジしていると、カサカサと音が鳴った。脱出する際に破ったタルオの日記の頁を握ったままだったようだ。クシャクシャになっていたが、少し広げて中身を確認してみる。
まずは、自分の筆跡で書かれていることに驚いた。「ここまで正確に複写するなんてすごいなぁ~。」だが、中身については途中まで確認しただけで十分だった。そもそも、日記は人に読まれることを想定して書いていない。「誰にみられるか分からない…これは廃棄しないと…」
エルに見られないよう気をつけながら、こそっと草むらに紙を丸めて捨てたタルオであった。
途端、頭上からアラーム音が鳴り響いた。
『警告!警告!本を傷つける行為を再確認!』
見上げると、案内係の本が飛び回っている。
「お前付いてきたの?」
『あなた達は本を傷つけました。原則として金銭的な賠償を請求することになります。弁済が完了するまでは、あなた方の側を離れる訳にはいきません。』
「マジか…金銭って幾らなの?」
『一万ディールです。』
この世界では幾らくらいの価値なのか…円で言ってくれたら分かりやすいのに。エルの方に振り返るが、彼女は少し青ざめ顔を左右に振った。「そんなお金は持ってない。」顔にそう描いてあるようだった。何か引くくらいのお金なんだろうなぁ。でも、元は俺の日記なのに…自分で言うのも何だけどそんな価値ないでしょ!ぼったくりじゃないの!と、思う。だが、取り敢えず助かったんだし、今はそれで良しとするしかないのだ。それよりも…
「あの街や図書館にいた人たちはどうなるのだろう?」
タルオは火山を遠くに見ながら思いやった。あの街の住民もかなりの数に登るはずだ。
「それなら大丈夫だろう。転移魔法によって退避できるはずだ。魔法が使えない者も大抵は緊急転移用の魔道具を持っているからな。」
「エルは…魔法も使えないし、魔道具も持ってなかったようだけど?」
「う、うるさい!普段は準備してるんだ!だけど、今回は久しぶりに古代図書館に訪問できると思って浮かれてしまって…」
忘れてしまったのだという。なるほど、ここへ来てからエルの様子が普段と違って見えたのは、いわゆるテンションが上がっていたからなのだ。エルに本好きな一面があると知ることができて嬉しかった。
エルフは外面的には冷静で表情の変化もあまり見せないが…意外と人間っぽい所もあるんだね。そういうところも可愛いなぁ~と、ニヤニヤとエルを見てしまう。
「そ、そんな目で見るな!タルオ!」
頬を赤く染めエルが非難めいた表情を浮かべる。
絶体絶命の状況下で助かったという安堵感もあるのだろう、二人ともいつもより砕けた会話が多くなっていた。
だが、二人には話し合わなければならない事柄も多くあった。その一つが図書館に突然現れた「エレガル」という得体の知れない人物であり、またそれによって引き起こされたかも知れない一連の混乱だ。「如何にも悪そうな連中だったし…」とタルオは考えていた。
場合によっては然るべき所に報告と相談を為ねばならない。「報連相」は基本中の基本なのだ。ただ、今回の事象を誰に報告すべきかはタルオには分からない。その辺りのことをエルと相談したかった。
また、彼についての事はできる限り伏せておきたかった。あらぬ疑念を招きこの世界で生きづらくなっても困るし、エルと口裏合わせもしておかねばならない。
また、エルの方はというと、いきなり謎の人物に襲われ意識を失い、気づくとタルオに抱き抱えられていた。状況から察すると、また彼に助けられたのだろうとは推測したが、彼が対峙していた人物の名を聞いて驚いた。「エレガル」と名乗ったからだ。あの魔道士エレガルだとしたら、大変な事態である。
ドラゴンの消失に次いで、エレガルの出現。この二つには関連があるはずなのだ。
「一刻も早く、報告せねば。」
エルは思い定めたが、その前に確認しなければならぬことがあった。
「…タルオ、あの剣はどうしたんだ?」
「剣!?……あぁ~忘れて来ちゃった!図書館に。どうしよう!?」
そう告げたタルオは、エルの反応を待った。なぜかエルが身動きせずに固まったように見えたからだ。だが、徐々に身体に震えが生じ…あれっ?何か怒りのオーラが見える気が…する?!
「タルオ!お前は何てことを!!!!あの貴重な剣を置いて来たというのか!!剣は剣士にとって命であり誇りそのもの!お前は剣士として失格だ!そこに直れ!成敗してくれる!!」
こんなエルを見たことがない!というか…かなり怖い。目が…目がいっちゃってる。えっ、待って何で剣の柄に手をかけてるの?
「ちょ、ちょっと待って…俺、そもそも剣士じゃ無いし、それに、あの剣もどうやって手に入れたかもよく分からなくて…だから誇りとか命とか言われてもさぁ…」
タルオは両手を前に突き出し、どうどうとエルを宥めようとした。腰は完全に後ろに引いている。
「問答無用~~~~!」エルは剣を鞘から抜き放ち、上段に構える。
「ひぃいいいい~!」
振り下ろされた刃は彼の額の寸前でピタリと止まる!
恐る恐る目を開けたタルオは刃の位置を確認し、ついでエルがどんな表情をしているのかを確認した。だが、エルは驚愕の表情を浮かべ、その目線は違う方向を向いている…タルオも自然とエルの目線を追って顔を向けた。
「えっ!?」
目線の先にあの剣があった。タルオ達を救ってくれた剣が地面に突き刺さった格好で…確かに図書館に置きっぱなしにしてしまったはず。それが、いつの間にか彼らの目の前に姿を現していた。
「自ら転移して来たのか?持ち主の元へ。何という…あぁ素晴らしい剣なのだ…」
エルが感嘆の声を上げた。頬を赤らめ、恍惚の表情さえ浮かべているではないか。体もクネクネと落ち着かない。そうか…彼女は剣フェチなんだ…うん間違いない。絶対そうだ。新たな一面の発見である。
少々狂気じみたエルから距離を取り、タルオは剣へと向かった。
剣の刀身は、最初に目にした時とは違いその表面は黒く変色している。燃えたぎる溶岩が冷え固まったかのような質感になっていて、それはまるで剣を無骨な鞘に収めているようにも見えた。
剣の柄に手を添え握った…つもりだったが、タルオの手は何も無い空間を握りしめていた。
「あれ!?可笑しいな?」
もう一度、柄を握ろうとする…また空を掴む。剣が…塚が動いたように見えたけど…まさかね!?
「えっ!?もしかして機嫌を損ねてるの?忘れてきたから?…」
そんな…バカな…とも思ったが、この世界は何でもありの世界だ。
本が喋って空を飛ぶのだ、剣が機嫌を損ねることだってあるだろう。
「あの…置き忘れちゃって…何かごめんなさい。すいません。反省してます…」
タルオは剣に頭を下げて謝った。頭を上げた後ゆっくりと柄へと手を伸ばす。
今度は彼の手にしっかり柄が収まった…機嫌は直ったようだ。
そのまま引き抜くと、軽々と持ち上がった。剣は見た目よりも手にした感じ遥かに軽量に感じる。一体どんな材質で出来ているのだろうか。
近くに気配を感じた。エルが近づいて来たのだ。
少し警戒したが、彼女の剣は既に鞘に収められていた。彼女の機嫌も治ったのだろうか?
「タルオ、正直に言って欲しい。」
エルはタルオに向き合って告げた。タルオの表情は若干強張っているようだ。また緊張もしているようにも見える。
確かに怒りのあまり剣を向けてしまったが…あれは剣を置き忘れたタルオが悪い!と思う。そういえば、この男はいつもこんな感じなのだ。他のエルフには極めて礼儀正しく接するくせに、私と話す時や関わる時には…明らかに挙動が変というか、よそよそしいというか…嫌われているのだろうか?と思う時もある。
また、怖がられているのか?と感じることもある。何を怖がるの?彼は強い。そうエルは知っていた。彼の力と能力を。これほどの強さを持ちながら、村のエルフたちに誇ることも奢ることもない。記憶を失っていても、彼が優しく思いやりのある人間であることは明らかだ。
長たちをはじめ、エルフの村のみんなもその点は理解している、だからこそ彼を村から追い出そうとはしていない。
だが…今日彼が見せたあの力…あれは尋常な力ではなかった。あれは…まるで…
彼が何者なのか、知るのを怖いと思ってしまった。自分でだけであれば、知らずに済むのであればそれでも良いが、今回の事態を報告する際にタルオについて言及しない訳にはいかないだろう。
エルは逡巡した…だが、彼女には成さねばならぬ使命があった。
「お前が見せたあの力は尋常ならざるもの。記憶を失っているのは理解しているが…分かる範囲でいいから教えて欲しい。」
タルオは息を呑んだ。何といえばいいかを考えた。まだ自分でも分からないことも多いし、理解できないことは更に多い。でも…エルにはこれ以上嘘はつきたくなかった。
「俺が何でこんな力を持っているのか…それは本当に分からないんだ。でもきっかけは…そう願ったんだ。」
「願った?」
「あぁ、エルを助けたいって。あの時、強く願った。エルを助けるために力が欲しいと。変に思うかもしれないけど、頭の中で声がしたんだ…そう願えと。」
頭の中に響いたあの声の正体は分からない。だが、彼に力を貸してくれたのは間違いない。エルにも伝えるべきかは迷ったが…正直に話すことにした。
「私を!?なぜ?」
「なぜって、それは…あの、その…ス、…いや…えっとぉ~。」
タルオはあたふたしてしまう。情けないが…うまく言葉にできない。顔が体が熱い。もうこれは告白するしかないのか?覚悟を決めるべきなのか?今こそ!人生で初めての告白をするのか!
そう決意しエルを真っ直ぐに見つめた…だが、彼女はそんなタルオの意気込みには全く関心を示さず、自分の思考に耽っていた。
「頭の中で…別の存在が!?まさか『狭間の地』から…願い…願えと…それは…もしかして原始の…」
「あ、あのぉ~。」
今は自分に注目して欲しいタルオだったが、エルには届かないようだった。
「タルオ!次に赴くべき場所が決まった!エルフの王都、エルムンガンドだ。一刻も早くネルバ女王に報告せねば!一緒に来てくれ!」
タルオに背を向け歩き出す。チラッと見えたエルの横顔に少し憂いを見た気がしたが、それよりも告白のタイミングを逃した彼の落胆の方が大きかったせいで気にならなかった。
この時のエルの憂いの理由をタルオが知るのは随分後になってのことだった。
第一部 完
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