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第一章
9. 決断
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翌朝……
顔だけ洗った空里は、校庭に出てスター・コルベットに向かった。
今日もいい天気……
ランプウェイの手前では、銅像のようなチーフ・ゴンドロウワが空里を迎えるように立っていた。
「おはよう」
「オハヨウ」
「!」
「おうむ返ししているだけですよ」
ランプウェイの奥からネープが言った。
「ああ、びっくりした……」
「もう少し経験値が上がれば、他のこともしゃべるようになります」
「話のできる人が増えるのは、いいことね」
船内は、得体の知れない機械の部品が散乱していた。少年は、夜通し何か機械仕事をしていたらしい。
「あなたの見たがっていたものを、お見せ出来ると思います」
ネープがデッキのコンソールを操作すると、昨夜「将軍」が立ってた場所に映像が現れた。
「何これ、テレビじゃん!」
それは見慣れた民放テレビ局の情報番組だった。「謎の国籍不明軍、東京に襲来」「エイリアンの侵略か」「非常事態宣言全国へ」などのテロップに囲まれて、MCのタレントが芝居がかった深刻な表情で何かを話している。
「テレビを作ったの?」
「昨夜捕らえたドロメックをリプログラムして放ったんです。この放送を見ている誰かの家をのぞいるだけです」
ネープがコンソール上の指を動かすと、映像がズームアウトしてどこかのタワーマンションの外観になった。再び画面が拡大し、その一室に置かれたテレビ画面を大映しにする。画質が精細なので、普通にそのテレビを見ている感じだ。時折、部屋の住民が手前を横切ったりはしたが……
「ね、これ音は出ないの?」
「出せますよ」
「……会社に電話……ガチャガチャ……じゃあ当分…………と、政府は発表してますが、先生はどのようにお考えですか?」
マンション住民の声や生活音に混じって、MCの声が聞こえた。ネープがさらに調整すると、余計な音は濾されてテレビの音だけが聞こえるようになった。
「まあ、合理的に考えればどこかの国の兵器なんですが、あまりにも常識はずれで……」
番組が進むにつれ、空里にも事態がわかってきた。
国籍不明軍……銀河帝国の進駐軍は世界中に現れたらしい。テレビは世界の主要都市の上空に浮かぶ巨大な宇宙船の映像を映し出した。
「こんな……シェンガたちを捕まえるために、こんな大軍で来たの?」
「もちろんそれだけではありません。皇帝は種子を取り返したら、そのままこの星と太陽系を帝国領として宣言し、領土に組み入れるつもりだったのです」
そんなの……完全に侵略じゃん……
しかし、テレビによると上空の宇宙船も、地上に出現した機械群も、昨日の昼から突然活動を停止し、そのまま微動だにしていないらしい。
カメラは、パリ凱旋門の近くで立ち尽くした金属製の巨人と、その周りで暴れる若者たちを捉えていた。ある者はハンマーで巨人の足を砕こうとし、ある者は体によじ登って顔にスプレーで落書きをしていたが、やがて警官隊によってその場から散らされていた。
「ソルジャー・ゴンドロウワです。皇帝が死ぬと同時に全てが活動を止めたのです。船や機動兵器もほとんど彼らが制御していたので、帝国軍の人間たちにも動かしようがないのです」
「それでは引き続き、東京の被害と住民避難の状況です」
空里は身を乗り出した。
画面には被害の状況と住民への指示内容別に色分けされた都内の地図が映し出された。自衛隊機の墜落などで大きな被害の出た学校周辺のエリアは赤く表示され、住民は完全に避難、外部からの進入も禁じられ、ロックダウンの状態になっていた。空里の家がある都の東側は被害が無く、外出禁止令のみが出された緑色に染まっていた。
「あ、よかった! うちの方無事だ」
「ちょっと……お待ちください? いま入った情報ですが……どうやら東京上空に、新しい飛行物体が現れたということです」
MCの言葉で画面が切り替わり、東京の青い空が映し出されると、ネープが弾かれたように動いた。コンソールのスイッチを立て続けに入れ、一番大きなスクリーンに投影された表示を食い入るように見つめる。
「来た!」
「おい、こっち来て見てみろ!」
通路の方からシェンガの声が響いた。
空里とネープは船の外に飛び出し、眩しい日差しに目を細めながら上空を振り仰いだ。
空が……空全体が何ものかに覆い隠されていった。
昨日、現れた帝国の宇宙船よりもはるかに巨大な物体が学校を押しつぶそうとするかのように近づいて来ていた。それは今まで見た帝国の宇宙船のどれとも似ていない。翼状ではなく、円盤を中心に細い構造物が複雑に広がった、いわば天空に張られたクモの巣だった。
「サンガ級惑星改造船……まさか……」
はじめて驚きを見せるネープの姿に、空里の不安はこれ以上なく深まった。
「イヤな予感がする……いや、それしかしねえな……」
シェンガが不吉な言葉とは裏腹な笑い声をもらした。
「ミン・ガン! 手伝え!」
ネープは走り出すと、立ち尽くしたゴンドロウワの身体をステップがわりにして、コルベットの船体に飛び乗った。その上のハッチを開き、中からケーブルを引っ張り出して地面に放り投げる。
「伸ばせ!」
気迫に押されたシェンガが言われた通りにケーブルを引っ張ると、その先にキャリベックが来た。地面に飛び降りたネープは、キャリベックのボディから端子を何本か取り出し、ケーブルに一本一本つないでいった。
「もう四本つなぐ。同じように接続しろ」
指示を残して再び船体に飛び乗り、反対側のハッチからさらにケーブルを引っ張り出して地面に投げる。
「時間が無い」
見上げると、上空の巨大なクモの巣はあちこちから光を放ち、低い音を立てて動き出していた。あたりにはいつの間にか強風が吹き荒れ、すごい勢いで雲がたなびいている。
「接続した!」
シェンガの声にネープはハッチの奥で何か操作し、トリガースイッチの付いたケーブルを伸ばして船体の淵に立った。
「アサト!」
呆然と事態を見守るだけだった空里は、ビクッと身を震わせてネープを見上げた。
「時間がありません! いま決断してください! あなたは皇位を継承しますか!」
「なんで……なんでいきなりなの? いま決めなかったらどうなるの? ちゃんと説明して!」
ネープは頭上を指さした。
「あの船はあなたをこの都市ごと消し去ろうとしているんです! あなたが 銀河皇帝になるなら、私はシールドを起動してあなたを護ります!」
空里は頭が真っ白になった。命を狙われるとは言われたが、都市ごと……って、そんな規模の話になるとは想像もしていなかったのだ。
「私が……皇帝になるなら、東京は助かるの?」
「私が護れるのはあなただけです! あなたがトウキョウと呼ぶこの都市はまるごと消え去ります!」
それは家も家族も何もなくなるということではないか! そんなことは何としてもやめさせなければ……でも、どうしたら!?
「断ったら……このままでいたかったらどうなるの?」
「このままなら、あなたも助かりません!」
「!」
「私も、ミン・ガンも、ゴンドロウワもみんな死ぬことになる! あなたが皇帝にならなければ!」
「なんで!」
「私が護れるのは、皇帝と皇位継承者だけだからです!」
空里は助けを求めるようにオロオロとあたりを見回し、シェンガと目を合わせた。
ミン・ガンは憐れむような目で見返して来るだけだった。言葉をかけることも、うなずくことも、首を振ることもしなかった。
どうして誰もこうしろって言ってくれないの?
私が全部の責任を負って、それで潰れれればいいの?
風は吹き荒れ、頭上では恐るべき力を孕んだ光が明滅し、今にも滅びの矢を空里に放とうとしている。
その光と空里との間に……
ネープがいた。少年はただ静かに空里の返答を待っている。
彼が……彼がいれば……
少年の姿が涙ににじんでいく……すがるべき希望があるとしたらそこにしか無いだろう。
「なります……」
空里は、この世界の果てまで届けと思いながら声を張って答えた。
「銀河皇帝になります!」
顔だけ洗った空里は、校庭に出てスター・コルベットに向かった。
今日もいい天気……
ランプウェイの手前では、銅像のようなチーフ・ゴンドロウワが空里を迎えるように立っていた。
「おはよう」
「オハヨウ」
「!」
「おうむ返ししているだけですよ」
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「ああ、びっくりした……」
「もう少し経験値が上がれば、他のこともしゃべるようになります」
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船内は、得体の知れない機械の部品が散乱していた。少年は、夜通し何か機械仕事をしていたらしい。
「あなたの見たがっていたものを、お見せ出来ると思います」
ネープがデッキのコンソールを操作すると、昨夜「将軍」が立ってた場所に映像が現れた。
「何これ、テレビじゃん!」
それは見慣れた民放テレビ局の情報番組だった。「謎の国籍不明軍、東京に襲来」「エイリアンの侵略か」「非常事態宣言全国へ」などのテロップに囲まれて、MCのタレントが芝居がかった深刻な表情で何かを話している。
「テレビを作ったの?」
「昨夜捕らえたドロメックをリプログラムして放ったんです。この放送を見ている誰かの家をのぞいるだけです」
ネープがコンソール上の指を動かすと、映像がズームアウトしてどこかのタワーマンションの外観になった。再び画面が拡大し、その一室に置かれたテレビ画面を大映しにする。画質が精細なので、普通にそのテレビを見ている感じだ。時折、部屋の住民が手前を横切ったりはしたが……
「ね、これ音は出ないの?」
「出せますよ」
「……会社に電話……ガチャガチャ……じゃあ当分…………と、政府は発表してますが、先生はどのようにお考えですか?」
マンション住民の声や生活音に混じって、MCの声が聞こえた。ネープがさらに調整すると、余計な音は濾されてテレビの音だけが聞こえるようになった。
「まあ、合理的に考えればどこかの国の兵器なんですが、あまりにも常識はずれで……」
番組が進むにつれ、空里にも事態がわかってきた。
国籍不明軍……銀河帝国の進駐軍は世界中に現れたらしい。テレビは世界の主要都市の上空に浮かぶ巨大な宇宙船の映像を映し出した。
「こんな……シェンガたちを捕まえるために、こんな大軍で来たの?」
「もちろんそれだけではありません。皇帝は種子を取り返したら、そのままこの星と太陽系を帝国領として宣言し、領土に組み入れるつもりだったのです」
そんなの……完全に侵略じゃん……
しかし、テレビによると上空の宇宙船も、地上に出現した機械群も、昨日の昼から突然活動を停止し、そのまま微動だにしていないらしい。
カメラは、パリ凱旋門の近くで立ち尽くした金属製の巨人と、その周りで暴れる若者たちを捉えていた。ある者はハンマーで巨人の足を砕こうとし、ある者は体によじ登って顔にスプレーで落書きをしていたが、やがて警官隊によってその場から散らされていた。
「ソルジャー・ゴンドロウワです。皇帝が死ぬと同時に全てが活動を止めたのです。船や機動兵器もほとんど彼らが制御していたので、帝国軍の人間たちにも動かしようがないのです」
「それでは引き続き、東京の被害と住民避難の状況です」
空里は身を乗り出した。
画面には被害の状況と住民への指示内容別に色分けされた都内の地図が映し出された。自衛隊機の墜落などで大きな被害の出た学校周辺のエリアは赤く表示され、住民は完全に避難、外部からの進入も禁じられ、ロックダウンの状態になっていた。空里の家がある都の東側は被害が無く、外出禁止令のみが出された緑色に染まっていた。
「あ、よかった! うちの方無事だ」
「ちょっと……お待ちください? いま入った情報ですが……どうやら東京上空に、新しい飛行物体が現れたということです」
MCの言葉で画面が切り替わり、東京の青い空が映し出されると、ネープが弾かれたように動いた。コンソールのスイッチを立て続けに入れ、一番大きなスクリーンに投影された表示を食い入るように見つめる。
「来た!」
「おい、こっち来て見てみろ!」
通路の方からシェンガの声が響いた。
空里とネープは船の外に飛び出し、眩しい日差しに目を細めながら上空を振り仰いだ。
空が……空全体が何ものかに覆い隠されていった。
昨日、現れた帝国の宇宙船よりもはるかに巨大な物体が学校を押しつぶそうとするかのように近づいて来ていた。それは今まで見た帝国の宇宙船のどれとも似ていない。翼状ではなく、円盤を中心に細い構造物が複雑に広がった、いわば天空に張られたクモの巣だった。
「サンガ級惑星改造船……まさか……」
はじめて驚きを見せるネープの姿に、空里の不安はこれ以上なく深まった。
「イヤな予感がする……いや、それしかしねえな……」
シェンガが不吉な言葉とは裏腹な笑い声をもらした。
「ミン・ガン! 手伝え!」
ネープは走り出すと、立ち尽くしたゴンドロウワの身体をステップがわりにして、コルベットの船体に飛び乗った。その上のハッチを開き、中からケーブルを引っ張り出して地面に放り投げる。
「伸ばせ!」
気迫に押されたシェンガが言われた通りにケーブルを引っ張ると、その先にキャリベックが来た。地面に飛び降りたネープは、キャリベックのボディから端子を何本か取り出し、ケーブルに一本一本つないでいった。
「もう四本つなぐ。同じように接続しろ」
指示を残して再び船体に飛び乗り、反対側のハッチからさらにケーブルを引っ張り出して地面に投げる。
「時間が無い」
見上げると、上空の巨大なクモの巣はあちこちから光を放ち、低い音を立てて動き出していた。あたりにはいつの間にか強風が吹き荒れ、すごい勢いで雲がたなびいている。
「接続した!」
シェンガの声にネープはハッチの奥で何か操作し、トリガースイッチの付いたケーブルを伸ばして船体の淵に立った。
「アサト!」
呆然と事態を見守るだけだった空里は、ビクッと身を震わせてネープを見上げた。
「時間がありません! いま決断してください! あなたは皇位を継承しますか!」
「なんで……なんでいきなりなの? いま決めなかったらどうなるの? ちゃんと説明して!」
ネープは頭上を指さした。
「あの船はあなたをこの都市ごと消し去ろうとしているんです! あなたが 銀河皇帝になるなら、私はシールドを起動してあなたを護ります!」
空里は頭が真っ白になった。命を狙われるとは言われたが、都市ごと……って、そんな規模の話になるとは想像もしていなかったのだ。
「私が……皇帝になるなら、東京は助かるの?」
「私が護れるのはあなただけです! あなたがトウキョウと呼ぶこの都市はまるごと消え去ります!」
それは家も家族も何もなくなるということではないか! そんなことは何としてもやめさせなければ……でも、どうしたら!?
「断ったら……このままでいたかったらどうなるの?」
「このままなら、あなたも助かりません!」
「!」
「私も、ミン・ガンも、ゴンドロウワもみんな死ぬことになる! あなたが皇帝にならなければ!」
「なんで!」
「私が護れるのは、皇帝と皇位継承者だけだからです!」
空里は助けを求めるようにオロオロとあたりを見回し、シェンガと目を合わせた。
ミン・ガンは憐れむような目で見返して来るだけだった。言葉をかけることも、うなずくことも、首を振ることもしなかった。
どうして誰もこうしろって言ってくれないの?
私が全部の責任を負って、それで潰れれればいいの?
風は吹き荒れ、頭上では恐るべき力を孕んだ光が明滅し、今にも滅びの矢を空里に放とうとしている。
その光と空里との間に……
ネープがいた。少年はただ静かに空里の返答を待っている。
彼が……彼がいれば……
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