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第二章
7. 惑星〈鏡夢〉
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スター・ゲートの向こうは星の平原だった。
空里は、もっとトンネルのような空間を通っていくのかと思っていたが、どういうわけか行手には地平線が見えていた。
夜明けか、あるいは薄暮の平原を思わせる広々としたところを、スター・コルベットは疾走しているのだった。ただ地上の平原と違うのは、草花のかわりに無数の星々と色とりどりの星雲が咲き乱れ、それが無限に続いているように見えるということだった。
「きれい……」
思わず呟いた空里の言葉に、ティプトリーは自分の印象を付け加えた。
「きれいだけど……見てると気が違ってきそうだわ……」
「その通りです。あまり熱心に見つめていると、精神に負荷がかかります」
ネープの忠告に空里はなんとか窓外から目を離そうとしたが、それは簡単ではなかった。
「!」
突然、船の行手に巨大な赤い惑星が現れたと思うと、あっという間に視界の外へ飛び去っていった。
「でかいゴースト・スターだったな」
「最近崩壊した赤色巨星だろう」
シェンガとネープの会話の意味がつかめず、空里はティプトリーの方を見やった。ティプトリーも首を振る。
「この空間には、外の宇宙で存在を消したものの情報が現れることがあるのです。多くは重力崩壊を起こしたりブラックホールに飲み込まれた天体ですが。それらはゴースト・スターと呼ばれています」
「まるで、黄泉の国ね……」
ネープの説明にティプトリーが感想を口にした。
「地獄のこと?」
「死後の世界……っていうのかしらね。オルフェウスの伝説、知らない? 死んだ奥さんを黄泉の国から連れ戻そうとした詩人の話」
「連れ戻せたの?」
ティプトリーは肩をすくめた。
「それが失敗。決して後ろを振り返ってはいけないって約束で奥さんを取り返したのに、出口まであと少しのところで心配になって、振り返っちゃったのよ」
空里はパッと正面に向き直った。
そうしないと、この謎めいた超空間から無事に抜け出せないとでも思ったか……ティプトリーははじめて、この少々朴訥な少女を可愛いと思ったりした。
超空間航行の間、ネープは傍目にも多忙を極めているように見えた。
船の頭脳である、流体脳の代わりに、制御しなければならない機能があまりにも多かったのだ。シェンガも手伝ってはいるのだが、完全人間の仕事量に比べればそれも文字通り猫の手を借りているようなものだった。
一度休んでから目覚めた空里は、全く変わらぬ調子で機器類を操作しているネープを見て、さすがに心配になった。
「大丈夫? 少し休まないと、身体がまいっちゃうでしょう……」
少年はしっかりと空里の方を向き、逆に彼女を安心させるように落ち着いた声で応えた。
「心配いりません。それに、間も無く〈青砂〉軌道のゲートに到着します。あと少しの辛抱ですよ」
いくら心配しても、彼の自分に対する気遣いの方が、深く大きい気がする……空里は無力感と、どこか子供扱いされているような苛立ちを覚えた。ネープのせいではないのだが、それがなおさらそんな思いを強くするのだった。
「彼、ワーカホリックね」
空里の物思いも知らず、ティプトリーが大あくびをしながら言った。
間も無く、ネープの言葉通り超空間路の旅は終わりを迎えた。
光の地平線が上下二つに分かれるように広がり、その向こうから漆黒の通常宇宙空間が現れた。
「ゲートアウト。リリィ・ドライブをニュートラルに戻す」
スター・ゲートを抜けたコルベットの行手には、二つの光点があった。
一つは、ゲートを生み出す巨大な星百合だった。それが入り口の木星軌道に浮かんでいたものより遥かに大きいことは、空里にも見てとれた。
「待て……違う!」
ネープが珍しく緊張した声で叫んだ。
「何が違うんだよ」
「〈青砂〉じゃない……」
ネープは星百合の向こうに見える、もう一つの光点を指差した。
と、突然スター・コルベットの船体を衝撃が襲った。
「攻撃か!」
立体ディスプレイに、接近してくる三隻の宇宙船の姿が浮かび上がった。
「帝国軍のスター・ガンボート……」
「どういうこった?!」 ネープはコルベットの船体をひねりながら、追撃をかわそうとした。が、三隻の宇宙船は巧みに包囲網を作ってゆく手を阻み、獲物を一方向に誘導していった。もう一つの光点……軌道に星百合を擁する惑星へと。
「そんな馬鹿な……」
はじめてネープが見せる狼狽に、他の者たちは皆いい知れぬ不安を覚えた。
やがて惑星の姿が大きくなり、シェンガが呆気にとられたような声を出した。
「おい、ありゃあ……〈鏡夢〉じゃねえか……」
空里は、灰色の雲に覆われたようなその惑星が、行き先としてあまりありがたくない星であるらしい雰囲気を感じた。とにかく、本来の目的地である〈青砂〉ではないことは確かだ。何か、とんでもない手違いが起きたのだ。
「計算を……しくじったか?」
シェンガの問いに答えるネープの声は、さらに重くなっていた。
「そんなはずはない。もしそうなら、どこへたどり着くことも出来ずに、超空間に閉じ込められるか、時空壁面にぶつかって潰されているはずだ」
ネープはゆっくりと立ち上がり、目の前の惑星を睨め付けた。
「何か……誰かが、意図をもってこの船をここへ誘導したのだ。どうしてそんなことが出来るのかはわからんが……」
空里はブリッジを包む緊張感に耐えきれず、尋ねた。
「この星は〈青砂〉じゃないのね。一体どこなの?」
「惑星〈鏡夢〉です。帝国の主要惑星のひとつですが、ラ家の支配下にあります。帝国軍の拠点でもあります。そこに皇帝のスター・コルベットが帰って来た訳です。あなたを……皇帝を倒した皇位継承者を乗せて……」
突然、警告音と共にブリッジの機器類が全て赤色の光に染まった。
「遠隔操船モードにロックされた! 解除出来ないぞ!」
シェンガが叫んだ。
「当然だ。元々彼らの船なのだから、コードを送ってコントロールを奪うことなど簡単に出来る」
「つまり……私たち、捕まったのね?」
ネープは振り返ると、挑戦的とも思える視線で空里を見た。
「まだ捕まってはいません。あなたに手は出させません」
ネープは動き出した。アーマーを身に付けながら、頭の中では猛烈なスピードで、この後の事態の展開を予測し、なすべき行動を計画していた。
「連中もいきなりアサトに手は出さんだろう。ここはもう帝国領内なんだし、お前がいて全て見られているのがわかっていれば……」
シェンガの楽観的な見通しも、ネープを止めることは出来なかった。
「領内でも、軍の管轄下であれば全てを秘密裏に進めることが出来る。まずは、そこから脱出することが肝要だ。コンテナにリパルシング・デッキがあったはずだな」
「また、とんでもないことを考えてやがるな……」
空里の肩をティプトリーが小突いた。
「よくわからないけど……深刻なトラブルなのよね」
「よくわかりませんけど……私はネープの言う通りにするだけです」
スター・コルベットは〈鏡夢〉の大気圏に突入した。
ガンボートから発進した小型のシャトルがその後に続き、コルベットを操り続ける。灰色の雲を抜けて降下すると、眼下は荒れ狂う大洋だった。
やがて、行く手に巨大な城のような影が現れた。
「惑星の首都、サロウ城市です」
それは正に城だったが、空里やティプトリーが考える城の観念からは遥かにかけ離れた巨大なものだった。おびただしい数の超高層建造物の集合体……さらにそれらが集まって城郭となり、尖塔のように先細りになりながら天空に向かって伸びていた。
スター・コルベットとシャトルは、その都市の怪物に飲み込まれていった。
「マンハッタンを百個集めても、こうは見えないわ……」
ティプトリーがため息まじりにつぶやいた。
そこは二重三重に巨大な構造が続く、無限の鏡合わせかフラクタル図形を思わせる世界だった。高層ビルが接近してきたと思うと、それがまたいくつものビルの集合体で、どこまで目を凝らせば一番小さな建物や部屋にたどり着くのか、見当もつかない。さらにその間を無数の大小さまざまな飛行物体が行き来して、見るものの感覚を惑わせた。
「これが……銀河帝国の街なのね……」
空里は、ようやく建造物から張り出したテラスのような水平面や、それらをつなぐ橋の上に、うごめく人間と思しきものたちの影を見とめることができた。それを見て、この都市での人間の生活とはどういうものなのか、想像しようとしてみたが、まったくうまくいかない。
一体、こんな都市が帝国中にいくつあるのか……
「みんな聴いてほしい」
アーマーに身を包んだネープが話し出した。
「やつらはおそらく、都市最上部の軍管轄レベルにある軍用プラットホームにこの船を下ろすだろう。そこで待機させた機動衛兵に我々を逮捕させる段取りになってるはずだ。我々は、彼らの先手を打って逃げなければならない」
「どうやって?」
シェンガが一同の疑問を代弁した。
「着陸直前に船の全システムに再起動をかける。メインパワーを手動で直接切るから、遠隔操作でもこれは止められない。着地して動力が復帰したら、すぐにシールドを張り、ランプウェイを下ろし、全員外に出る。船倉を開けてリパルシング・デッキを起動し、全員が乗ったらシールドを切って脱出だ。これを一分……いや、四十秒以内にやる」
シェンガが唸りながら頭を抱えた。反論はしない。前にもこういうことがあったが、完全人間がやると言ったらやるのだ。
「それで……それが上手くいったとして、どこへ逃げるの?」
空里が聞くと、ネープは親指を立てて足元を差した。
「下です。都市の下層区を目指します。軍の管轄レベルを突破すれば、チャンスが見つかります。少なくとも、我々の姿が多くの連中の目に触れて、ことが公になれば軍もラ家もうかつには動けなくなるはずです」
「なるほどな……なるべく大騒ぎをして、ドロメックも集まるようにしてやればいいわけだ」
元気を取り戻したシェンガが言った。騒ぎを起こせるのが楽しみらしい。
「ドロメックが我々の姿をとらえれば、事態は〈青砂〉にも伝わります。そうなれば援護を望めるかもしれない」
「あなたがそうするしかないと言うなら、その通りにします」
ネープにもらった聖衣を羽織りながら空里は言った。
何が起きようと、この広い宇宙で頼れるのはこの少年だけなのだ。
「着いたようよ」
ティプトリーが窓外を指差した。
スター・コルベットは速度を落とし、前方に現れた円形のプラットホームのさらに上へと上昇して着陸態勢に入った。
「スタンバイして。私が先頭に立つ。アサトはその後ろから離れないで。ケイト・ティプトリーはその後ろ。しんがりはミン・ガンだ」
ネープはコンソールの下にかがみ込み、床のハッチを開けて大きなスイッチに手をかけた。船の主動力装置だ。
やがて、コルベットの船体はプラットホームの中央上空で静止し、着陸脚の展開を示すランプが灯った。
「動力を切ります。ショックに備えて。三、二、一……」
ネープがスイッチを押し、ブリッジの全ての灯りが消えると同時に、船はドンと放り出されたように着地した。すかさず再起動がかけられ、全ての装置が息を吹き返す。
「外へ!」
着陸のショックにうろたえる間も無く、空里はネープの後に続いて走り出した。
ランプウェイを駆け降りると、冷たい空気が髪をなぶった。ネープが予測した通り、プラットホームには軽装甲服に身を包んだ帝国軍の兵士、機動衛兵が何人かいた。が、再起動と同時に展開したシールドに阻まれて、船に近づけないでいる。
ネープは船底のパネルを操作して、船倉を開放した。いくつかのコンテナが転がり落ち、ハッチに固定されていたリパルシング・デッキが姿を現す。
「これが……リパルシング・デッキ?」
それは、二メートル四方の低い手すりが付いただけの、文字通りデッキだった。四隅に小さな反発翼を備え、操縦席と思しき剥き出しのシートが外に張り出している以外は、椅子も何もない。
「筏ね、まるで……」
ティプトリーの感想は、空里の印象と大差なかった。
「そもそも乗り物じゃないんだ。運搬や足場として使うための作業機械だからな」
シェンガが言った。
振動ナイフで素早く固定具を切り離しながら、ネープは一同に搭乗を促した。
「早く乗って! 手すりをつかんで、屈んで身を低くしてください」
言われた通りにすると、ネープは操縦席に着いてリパルシング・デッキの動力に火を入れた。
シールドの外の兵士たちはこちらの意図を察したらしく、デッキの離陸を阻止すべく重火器の準備を始めている。
「行きます!」
ネープがトリガーボタンを引き、シールドが消えた。
デッキが浮上してその場を離れると同時に、エネルギー弾が炸裂し取り残されたコンテナ群を灼く。
「しっかりつかまって!」
プラットホームから飛び出したリパルシング・デッキは、そのままの姿勢で垂直に急降下を開始した。
「!」
慣性でデッキから引き剥がされそうになりながら、空里はつかんだ手すりを離すまいと必死に力を込めた。自分の悲鳴とティプトリーの悲鳴が不協和音となって、冷たい暴風の中で響いている。
行き先不明のエレベーターとなったリパルシング・デッキは、巨大な金属の渓谷がつくる深淵に向かって、どこまでも落ちていった。
空里は、もっとトンネルのような空間を通っていくのかと思っていたが、どういうわけか行手には地平線が見えていた。
夜明けか、あるいは薄暮の平原を思わせる広々としたところを、スター・コルベットは疾走しているのだった。ただ地上の平原と違うのは、草花のかわりに無数の星々と色とりどりの星雲が咲き乱れ、それが無限に続いているように見えるということだった。
「きれい……」
思わず呟いた空里の言葉に、ティプトリーは自分の印象を付け加えた。
「きれいだけど……見てると気が違ってきそうだわ……」
「その通りです。あまり熱心に見つめていると、精神に負荷がかかります」
ネープの忠告に空里はなんとか窓外から目を離そうとしたが、それは簡単ではなかった。
「!」
突然、船の行手に巨大な赤い惑星が現れたと思うと、あっという間に視界の外へ飛び去っていった。
「でかいゴースト・スターだったな」
「最近崩壊した赤色巨星だろう」
シェンガとネープの会話の意味がつかめず、空里はティプトリーの方を見やった。ティプトリーも首を振る。
「この空間には、外の宇宙で存在を消したものの情報が現れることがあるのです。多くは重力崩壊を起こしたりブラックホールに飲み込まれた天体ですが。それらはゴースト・スターと呼ばれています」
「まるで、黄泉の国ね……」
ネープの説明にティプトリーが感想を口にした。
「地獄のこと?」
「死後の世界……っていうのかしらね。オルフェウスの伝説、知らない? 死んだ奥さんを黄泉の国から連れ戻そうとした詩人の話」
「連れ戻せたの?」
ティプトリーは肩をすくめた。
「それが失敗。決して後ろを振り返ってはいけないって約束で奥さんを取り返したのに、出口まであと少しのところで心配になって、振り返っちゃったのよ」
空里はパッと正面に向き直った。
そうしないと、この謎めいた超空間から無事に抜け出せないとでも思ったか……ティプトリーははじめて、この少々朴訥な少女を可愛いと思ったりした。
超空間航行の間、ネープは傍目にも多忙を極めているように見えた。
船の頭脳である、流体脳の代わりに、制御しなければならない機能があまりにも多かったのだ。シェンガも手伝ってはいるのだが、完全人間の仕事量に比べればそれも文字通り猫の手を借りているようなものだった。
一度休んでから目覚めた空里は、全く変わらぬ調子で機器類を操作しているネープを見て、さすがに心配になった。
「大丈夫? 少し休まないと、身体がまいっちゃうでしょう……」
少年はしっかりと空里の方を向き、逆に彼女を安心させるように落ち着いた声で応えた。
「心配いりません。それに、間も無く〈青砂〉軌道のゲートに到着します。あと少しの辛抱ですよ」
いくら心配しても、彼の自分に対する気遣いの方が、深く大きい気がする……空里は無力感と、どこか子供扱いされているような苛立ちを覚えた。ネープのせいではないのだが、それがなおさらそんな思いを強くするのだった。
「彼、ワーカホリックね」
空里の物思いも知らず、ティプトリーが大あくびをしながら言った。
間も無く、ネープの言葉通り超空間路の旅は終わりを迎えた。
光の地平線が上下二つに分かれるように広がり、その向こうから漆黒の通常宇宙空間が現れた。
「ゲートアウト。リリィ・ドライブをニュートラルに戻す」
スター・ゲートを抜けたコルベットの行手には、二つの光点があった。
一つは、ゲートを生み出す巨大な星百合だった。それが入り口の木星軌道に浮かんでいたものより遥かに大きいことは、空里にも見てとれた。
「待て……違う!」
ネープが珍しく緊張した声で叫んだ。
「何が違うんだよ」
「〈青砂〉じゃない……」
ネープは星百合の向こうに見える、もう一つの光点を指差した。
と、突然スター・コルベットの船体を衝撃が襲った。
「攻撃か!」
立体ディスプレイに、接近してくる三隻の宇宙船の姿が浮かび上がった。
「帝国軍のスター・ガンボート……」
「どういうこった?!」 ネープはコルベットの船体をひねりながら、追撃をかわそうとした。が、三隻の宇宙船は巧みに包囲網を作ってゆく手を阻み、獲物を一方向に誘導していった。もう一つの光点……軌道に星百合を擁する惑星へと。
「そんな馬鹿な……」
はじめてネープが見せる狼狽に、他の者たちは皆いい知れぬ不安を覚えた。
やがて惑星の姿が大きくなり、シェンガが呆気にとられたような声を出した。
「おい、ありゃあ……〈鏡夢〉じゃねえか……」
空里は、灰色の雲に覆われたようなその惑星が、行き先としてあまりありがたくない星であるらしい雰囲気を感じた。とにかく、本来の目的地である〈青砂〉ではないことは確かだ。何か、とんでもない手違いが起きたのだ。
「計算を……しくじったか?」
シェンガの問いに答えるネープの声は、さらに重くなっていた。
「そんなはずはない。もしそうなら、どこへたどり着くことも出来ずに、超空間に閉じ込められるか、時空壁面にぶつかって潰されているはずだ」
ネープはゆっくりと立ち上がり、目の前の惑星を睨め付けた。
「何か……誰かが、意図をもってこの船をここへ誘導したのだ。どうしてそんなことが出来るのかはわからんが……」
空里はブリッジを包む緊張感に耐えきれず、尋ねた。
「この星は〈青砂〉じゃないのね。一体どこなの?」
「惑星〈鏡夢〉です。帝国の主要惑星のひとつですが、ラ家の支配下にあります。帝国軍の拠点でもあります。そこに皇帝のスター・コルベットが帰って来た訳です。あなたを……皇帝を倒した皇位継承者を乗せて……」
突然、警告音と共にブリッジの機器類が全て赤色の光に染まった。
「遠隔操船モードにロックされた! 解除出来ないぞ!」
シェンガが叫んだ。
「当然だ。元々彼らの船なのだから、コードを送ってコントロールを奪うことなど簡単に出来る」
「つまり……私たち、捕まったのね?」
ネープは振り返ると、挑戦的とも思える視線で空里を見た。
「まだ捕まってはいません。あなたに手は出させません」
ネープは動き出した。アーマーを身に付けながら、頭の中では猛烈なスピードで、この後の事態の展開を予測し、なすべき行動を計画していた。
「連中もいきなりアサトに手は出さんだろう。ここはもう帝国領内なんだし、お前がいて全て見られているのがわかっていれば……」
シェンガの楽観的な見通しも、ネープを止めることは出来なかった。
「領内でも、軍の管轄下であれば全てを秘密裏に進めることが出来る。まずは、そこから脱出することが肝要だ。コンテナにリパルシング・デッキがあったはずだな」
「また、とんでもないことを考えてやがるな……」
空里の肩をティプトリーが小突いた。
「よくわからないけど……深刻なトラブルなのよね」
「よくわかりませんけど……私はネープの言う通りにするだけです」
スター・コルベットは〈鏡夢〉の大気圏に突入した。
ガンボートから発進した小型のシャトルがその後に続き、コルベットを操り続ける。灰色の雲を抜けて降下すると、眼下は荒れ狂う大洋だった。
やがて、行く手に巨大な城のような影が現れた。
「惑星の首都、サロウ城市です」
それは正に城だったが、空里やティプトリーが考える城の観念からは遥かにかけ離れた巨大なものだった。おびただしい数の超高層建造物の集合体……さらにそれらが集まって城郭となり、尖塔のように先細りになりながら天空に向かって伸びていた。
スター・コルベットとシャトルは、その都市の怪物に飲み込まれていった。
「マンハッタンを百個集めても、こうは見えないわ……」
ティプトリーがため息まじりにつぶやいた。
そこは二重三重に巨大な構造が続く、無限の鏡合わせかフラクタル図形を思わせる世界だった。高層ビルが接近してきたと思うと、それがまたいくつものビルの集合体で、どこまで目を凝らせば一番小さな建物や部屋にたどり着くのか、見当もつかない。さらにその間を無数の大小さまざまな飛行物体が行き来して、見るものの感覚を惑わせた。
「これが……銀河帝国の街なのね……」
空里は、ようやく建造物から張り出したテラスのような水平面や、それらをつなぐ橋の上に、うごめく人間と思しきものたちの影を見とめることができた。それを見て、この都市での人間の生活とはどういうものなのか、想像しようとしてみたが、まったくうまくいかない。
一体、こんな都市が帝国中にいくつあるのか……
「みんな聴いてほしい」
アーマーに身を包んだネープが話し出した。
「やつらはおそらく、都市最上部の軍管轄レベルにある軍用プラットホームにこの船を下ろすだろう。そこで待機させた機動衛兵に我々を逮捕させる段取りになってるはずだ。我々は、彼らの先手を打って逃げなければならない」
「どうやって?」
シェンガが一同の疑問を代弁した。
「着陸直前に船の全システムに再起動をかける。メインパワーを手動で直接切るから、遠隔操作でもこれは止められない。着地して動力が復帰したら、すぐにシールドを張り、ランプウェイを下ろし、全員外に出る。船倉を開けてリパルシング・デッキを起動し、全員が乗ったらシールドを切って脱出だ。これを一分……いや、四十秒以内にやる」
シェンガが唸りながら頭を抱えた。反論はしない。前にもこういうことがあったが、完全人間がやると言ったらやるのだ。
「それで……それが上手くいったとして、どこへ逃げるの?」
空里が聞くと、ネープは親指を立てて足元を差した。
「下です。都市の下層区を目指します。軍の管轄レベルを突破すれば、チャンスが見つかります。少なくとも、我々の姿が多くの連中の目に触れて、ことが公になれば軍もラ家もうかつには動けなくなるはずです」
「なるほどな……なるべく大騒ぎをして、ドロメックも集まるようにしてやればいいわけだ」
元気を取り戻したシェンガが言った。騒ぎを起こせるのが楽しみらしい。
「ドロメックが我々の姿をとらえれば、事態は〈青砂〉にも伝わります。そうなれば援護を望めるかもしれない」
「あなたがそうするしかないと言うなら、その通りにします」
ネープにもらった聖衣を羽織りながら空里は言った。
何が起きようと、この広い宇宙で頼れるのはこの少年だけなのだ。
「着いたようよ」
ティプトリーが窓外を指差した。
スター・コルベットは速度を落とし、前方に現れた円形のプラットホームのさらに上へと上昇して着陸態勢に入った。
「スタンバイして。私が先頭に立つ。アサトはその後ろから離れないで。ケイト・ティプトリーはその後ろ。しんがりはミン・ガンだ」
ネープはコンソールの下にかがみ込み、床のハッチを開けて大きなスイッチに手をかけた。船の主動力装置だ。
やがて、コルベットの船体はプラットホームの中央上空で静止し、着陸脚の展開を示すランプが灯った。
「動力を切ります。ショックに備えて。三、二、一……」
ネープがスイッチを押し、ブリッジの全ての灯りが消えると同時に、船はドンと放り出されたように着地した。すかさず再起動がかけられ、全ての装置が息を吹き返す。
「外へ!」
着陸のショックにうろたえる間も無く、空里はネープの後に続いて走り出した。
ランプウェイを駆け降りると、冷たい空気が髪をなぶった。ネープが予測した通り、プラットホームには軽装甲服に身を包んだ帝国軍の兵士、機動衛兵が何人かいた。が、再起動と同時に展開したシールドに阻まれて、船に近づけないでいる。
ネープは船底のパネルを操作して、船倉を開放した。いくつかのコンテナが転がり落ち、ハッチに固定されていたリパルシング・デッキが姿を現す。
「これが……リパルシング・デッキ?」
それは、二メートル四方の低い手すりが付いただけの、文字通りデッキだった。四隅に小さな反発翼を備え、操縦席と思しき剥き出しのシートが外に張り出している以外は、椅子も何もない。
「筏ね、まるで……」
ティプトリーの感想は、空里の印象と大差なかった。
「そもそも乗り物じゃないんだ。運搬や足場として使うための作業機械だからな」
シェンガが言った。
振動ナイフで素早く固定具を切り離しながら、ネープは一同に搭乗を促した。
「早く乗って! 手すりをつかんで、屈んで身を低くしてください」
言われた通りにすると、ネープは操縦席に着いてリパルシング・デッキの動力に火を入れた。
シールドの外の兵士たちはこちらの意図を察したらしく、デッキの離陸を阻止すべく重火器の準備を始めている。
「行きます!」
ネープがトリガーボタンを引き、シールドが消えた。
デッキが浮上してその場を離れると同時に、エネルギー弾が炸裂し取り残されたコンテナ群を灼く。
「しっかりつかまって!」
プラットホームから飛び出したリパルシング・デッキは、そのままの姿勢で垂直に急降下を開始した。
「!」
慣性でデッキから引き剥がされそうになりながら、空里はつかんだ手すりを離すまいと必死に力を込めた。自分の悲鳴とティプトリーの悲鳴が不協和音となって、冷たい暴風の中で響いている。
行き先不明のエレベーターとなったリパルシング・デッキは、巨大な金属の渓谷がつくる深淵に向かって、どこまでも落ちていった。
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藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
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