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第四章
10. 皇冠(クラウン)
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ジューベー!
それが自分の付けた名前であることに気づくまでに、空里の意識は一瞬の空白を経た。
「ジューベー……あなたなの?」
「はい。我が艦隊は、アサト様の乗艦の安全を確保するため、突撃《ファランクス》態勢で接近中であります。脅威は間も無く排除されます。恐れ入りますが、こちらからの攻撃を効率的に行うため、進路を三一五に取っていただけますでしょうか」
空里が振り向くと、完全人間の少年は是非もなく即座に反応した。
「進路、三一五。両舷全速ようそろ」
「ありがとうございます」
人造人間の声と同時に、何条もの白い火線がスター・サブとすれ違いに伸びてゆくのが、ビュースクリーン越しに見えた。
「どういうこった……ゴンドロウワが勝手に動き出したってことか?」
シェンガにはまだ事態が飲み込めていなかった。
「アサトは、あのチーフ・ゴンドロウワに名前を与えていたんだ。それが自律行動回路のロックを解く鍵なんだ。前の皇帝はあいつらに自律行動を許したくなかった。だから、そうしていなかった……」
「名前を付けただけで……あんなに上手に喋れるようになったの?」
空里がいささかピントの外れた問いを口にした。
「はい。自律行動に必要な判断力や思考力も飛躍的に向上します。しかし、セットされた主人に絶対服従の姿勢は変わりません。そして、主人の危機を見過ごすこともありません。恐らく、追って来た艦隊の通信を傍受して、駆けつけて来たんでしょう」
「だったら、〈鏡夢《カガム》〉まで付いて来て、アサトを助けてくれてもよかったんじゃない?」
ティプトリーが不満そうに聞いた。
「あたし……ジューベーに待てって言ったんです。ここで待っててって。その命令をずっと守ってたんです、彼は……」
「しかし、動き出した時は今から二十一日後だったはずだ……彼らも時空異常の干渉波に飲み込まれたということか……」
クアンタの言葉にネープが空里へのフォローを付け加えた。
「つまり、アサトが反時力エンジンを止めたタイミングは、完璧だったわけです」
ビュースクリーンに映った後方宙域では、帝国軍の艦隊同士が凄まじい戦闘を繰り広げ始めていた。
一隻の艦を追うには十分すぎる数だった機動艦隊も、惑星制圧のために送られた大艦隊の前には明らかに不利だった。
「アサト、見えたぜ。第三惑星だ」
シェンガの声に振り返ると、前方を映したビュースクリーンの隅に小さく青い星が輝いていた。
「地球……」
今度こそはっきり視界に入った故郷の星に、ティプトリーは両手を挙げて叫んだ。
「YES!」
「あれが新皇帝の母星か……少々、進路からはずれとりゃせんか?」
クアンタの言う通り、艦は地球よりも大きく見える月に向かって進んでいた。
「このままの進路で衛星を回り込み、フライバイします。計算ではその方が早く到着できるはずです」
ネープがそう言った直後、再びゴンドロウワ・ジューベーの姿が立体ディスプレイ上に現れた。
「アサト様、お気をつけください。ゼラノドン級宇宙戦艦が、包囲網を強行突破してそちらへ向かいました」
「墜とせないのか?」
ネープが聞いた。
「他の艦を盾にしながら、緊急速度で逃走しています。追撃中ですが、シールドが強力で撃破出来ません」
「頑丈なんだよな、あの艦……」
シェンガが唸った。
「ジューベー、こちらには武装がないのだ。アサトを第三惑星に降ろすまで何とか敵をおさえてくれ」
ネープの指示にジューベーは答えた。
「やってみます」
人造人間の返事は頼もしげだったが、レーダースクリーンを見たネープは、食い下がっている敵艦の速度が思いのほか早いのを知って目を細めた。まさに狂ったように獲物を追う猛獣の勢いだった。
敵も必死なのだ……
確かにエンザ=コウ・ラは必死だった。
亡き皇帝が残してきたゴンドロウワの軍勢が立ちはだかるという想像もしていなかった事態に、さっきまでの優位に感じていた余裕は完全に失われていた。もはや、あの娘のスター・サブを拿捕するなどという悠長な手段はとっていられない。こうなったら、なんとしてもあの艦を撃沈し、本来の目的を果たさねばならぬ。
幸いにして、この旗艦のシールドは艦隊一の堅固さを誇っており、ゴンドロウワたちの攻撃にも立派に耐えている。だが、スター・サブに追いつくまでもつかどうかは微妙だった。
「駆逐艦〈血吸竜《ブラグーン》〉、増速して本艦と敵艦との間に入れ! 旗艦を守るのだ!」
コルーゴン将軍は僚艦を盾にしてでも主君を守るつもりで指揮を続けていた。
エンザは最後の手段にうったえることを決断した。
「将軍、必要最低限のクルーを伴い、ドッキングベイへ向かう用意をせよ」
将軍は一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの態度に戻った。
「脱出準備、でありますか」
「違う。最後の一手に出るのだ。あの娘とネープの小僧だけは、何としても宇宙の塵にしてやる」
堅固を極めたように見えるゼラノドン級旗艦のシールドも、ついにほころび始めた。
追いすがるゴンドロウワ艦隊の執拗な攻撃によって、過負荷状態のシールドから赤い火花が飛び散った。その様子をビュースクリーンで見ながら、シェンガは期待を込めて言った。
「あと少しだ。逃げ切れそうだぞ」
だが、ネープはまだまだ安心出来なかった。どうも、おかしな気配がある……ゼラノドン級は確かに撃沈寸前に見えたが、その奥に何か剣呑な意図を持ち、いまにも牙を剥きそうな様子に見えるのだ。
「あ、やった!」
ティプトリーが歓声をあげた。
ついに白色光弾の火線が旗艦の本体を灼き、大きな爆発が起こった。だが、それと同時に艦体の一部が大きく開き、ドッキングベイの中に隠れていた真紅の搭載艦が姿を現した。
「スター・ガンボートだ」
ネープが指差した。
旗艦の船殻が大きく割れ、中から異常反応を起こしたエネルギーが光となって噴き上がった。亀裂はすぐに広がり、艦体が崩壊し始める……と、同時にスター・ガンボートがドッキング・ベイから射出された。
さながら巨龍が燃え上がりながら、断末魔に炎を吐き出したように見えた。
「慣性で初速に勢いがついている。このままだと追いつかれるぞ」
シェンガがさっきまでの楽観的な見通しを撤回した
「ネープ、あの艦が攻撃してくるようになるのは、どのあたり?」
空里が聞いた。
「ガンボートの赤色熱弾砲の射程に入るのは……このままのコースで衛星軌道に到達したあたりです」
つまり、月までたどり着けるかどうかというところだ。
「やっぱり助かりそうもないのね……」
ティプトリーの悲観的な言葉に、クアンタは同意しなかった。
「まあ、待て。我らが皇位継承者が皇冠《クラウン》から何か打開策を引き出すかもしれん」
そんな都合よくいくもんですか……
思いながらも、空里の脳裏には確かに一つの突破口が形を取り始めていた。それを具体的に実現するには……
「ネープ、このスター・サブの設計図と装備一覧を見せて」
間髪を入れず、少年はブリッジの中空に指示通りのもの投射した。
探せ……探せ……
空里には、その声が意識の外から来ているのか、自分自身のものなのか、区別がつかなくなっていた。だが、目的のものを一つ一つ見つけながら、明快そのものプランが組み上がっていく。
私、こんなに頭良くない……これは間違いなく皇冠《クラウン》の力だわ……
見通しへの自信と裏腹に、奇妙な自己嫌悪が湧き上がる。
そんなことにとらわれている場合か? 生き延びるためには、とにかくやるべきことを実行するだけだろう?
そう呼びかけているのも、自分なのか皇冠《クラウン》なのかわからない……
どっちでもいいじゃない。
進むべき道を決めているのが自分なのか、皇冠《クラウン》なのか。
すべて終わってからゆっくり考えよう。
「スター・サブを……月に墜落させます。私はそこへ、玉座機《スロノギア》と降下します。みんなはスター・コルベットに移乗して脱出。すぐに準備開始します」
あまりに意外な打開策に、クアンタは慌てた。
「衛星に降下する? 玉座機《スロノギア》だけでは無理だぞ。あのサイズの星でも、重力は危険なほど……」
「そこでお願いです。コルベットを基点にして、月との間に重力の橋を……重力導線を造ってください。クアンタ卿なら出来ますよね?」
クアンタは腕組みをして口元に手を当てた。
「出来なくは……ない。念のため〈青砂〉で、仕事に使うものは調達してコルベットに積んできたから……だが、この規模となると肝心のものが足りん」
「星百合《スターリリィ》の種子?」
「そうだ。手持ちのものだけでは力が足りんのだ。よもやそんなものが……」
ミン・ガンがシャッと息を呑む音がした。
空里は振り返ると、身を固くしているシェンガに歩み寄った。
耐Gスーツの上から、大切に隠し持った星百合《スターリリィ》の種子をおさえ、シェンガは唸り声を出した。
「俺に……これを差し出せっていうことか?」
それが自分の付けた名前であることに気づくまでに、空里の意識は一瞬の空白を経た。
「ジューベー……あなたなの?」
「はい。我が艦隊は、アサト様の乗艦の安全を確保するため、突撃《ファランクス》態勢で接近中であります。脅威は間も無く排除されます。恐れ入りますが、こちらからの攻撃を効率的に行うため、進路を三一五に取っていただけますでしょうか」
空里が振り向くと、完全人間の少年は是非もなく即座に反応した。
「進路、三一五。両舷全速ようそろ」
「ありがとうございます」
人造人間の声と同時に、何条もの白い火線がスター・サブとすれ違いに伸びてゆくのが、ビュースクリーン越しに見えた。
「どういうこった……ゴンドロウワが勝手に動き出したってことか?」
シェンガにはまだ事態が飲み込めていなかった。
「アサトは、あのチーフ・ゴンドロウワに名前を与えていたんだ。それが自律行動回路のロックを解く鍵なんだ。前の皇帝はあいつらに自律行動を許したくなかった。だから、そうしていなかった……」
「名前を付けただけで……あんなに上手に喋れるようになったの?」
空里がいささかピントの外れた問いを口にした。
「はい。自律行動に必要な判断力や思考力も飛躍的に向上します。しかし、セットされた主人に絶対服従の姿勢は変わりません。そして、主人の危機を見過ごすこともありません。恐らく、追って来た艦隊の通信を傍受して、駆けつけて来たんでしょう」
「だったら、〈鏡夢《カガム》〉まで付いて来て、アサトを助けてくれてもよかったんじゃない?」
ティプトリーが不満そうに聞いた。
「あたし……ジューベーに待てって言ったんです。ここで待っててって。その命令をずっと守ってたんです、彼は……」
「しかし、動き出した時は今から二十一日後だったはずだ……彼らも時空異常の干渉波に飲み込まれたということか……」
クアンタの言葉にネープが空里へのフォローを付け加えた。
「つまり、アサトが反時力エンジンを止めたタイミングは、完璧だったわけです」
ビュースクリーンに映った後方宙域では、帝国軍の艦隊同士が凄まじい戦闘を繰り広げ始めていた。
一隻の艦を追うには十分すぎる数だった機動艦隊も、惑星制圧のために送られた大艦隊の前には明らかに不利だった。
「アサト、見えたぜ。第三惑星だ」
シェンガの声に振り返ると、前方を映したビュースクリーンの隅に小さく青い星が輝いていた。
「地球……」
今度こそはっきり視界に入った故郷の星に、ティプトリーは両手を挙げて叫んだ。
「YES!」
「あれが新皇帝の母星か……少々、進路からはずれとりゃせんか?」
クアンタの言う通り、艦は地球よりも大きく見える月に向かって進んでいた。
「このままの進路で衛星を回り込み、フライバイします。計算ではその方が早く到着できるはずです」
ネープがそう言った直後、再びゴンドロウワ・ジューベーの姿が立体ディスプレイ上に現れた。
「アサト様、お気をつけください。ゼラノドン級宇宙戦艦が、包囲網を強行突破してそちらへ向かいました」
「墜とせないのか?」
ネープが聞いた。
「他の艦を盾にしながら、緊急速度で逃走しています。追撃中ですが、シールドが強力で撃破出来ません」
「頑丈なんだよな、あの艦……」
シェンガが唸った。
「ジューベー、こちらには武装がないのだ。アサトを第三惑星に降ろすまで何とか敵をおさえてくれ」
ネープの指示にジューベーは答えた。
「やってみます」
人造人間の返事は頼もしげだったが、レーダースクリーンを見たネープは、食い下がっている敵艦の速度が思いのほか早いのを知って目を細めた。まさに狂ったように獲物を追う猛獣の勢いだった。
敵も必死なのだ……
確かにエンザ=コウ・ラは必死だった。
亡き皇帝が残してきたゴンドロウワの軍勢が立ちはだかるという想像もしていなかった事態に、さっきまでの優位に感じていた余裕は完全に失われていた。もはや、あの娘のスター・サブを拿捕するなどという悠長な手段はとっていられない。こうなったら、なんとしてもあの艦を撃沈し、本来の目的を果たさねばならぬ。
幸いにして、この旗艦のシールドは艦隊一の堅固さを誇っており、ゴンドロウワたちの攻撃にも立派に耐えている。だが、スター・サブに追いつくまでもつかどうかは微妙だった。
「駆逐艦〈血吸竜《ブラグーン》〉、増速して本艦と敵艦との間に入れ! 旗艦を守るのだ!」
コルーゴン将軍は僚艦を盾にしてでも主君を守るつもりで指揮を続けていた。
エンザは最後の手段にうったえることを決断した。
「将軍、必要最低限のクルーを伴い、ドッキングベイへ向かう用意をせよ」
将軍は一瞬、驚きの表情を見せたが、すぐにいつもの態度に戻った。
「脱出準備、でありますか」
「違う。最後の一手に出るのだ。あの娘とネープの小僧だけは、何としても宇宙の塵にしてやる」
堅固を極めたように見えるゼラノドン級旗艦のシールドも、ついにほころび始めた。
追いすがるゴンドロウワ艦隊の執拗な攻撃によって、過負荷状態のシールドから赤い火花が飛び散った。その様子をビュースクリーンで見ながら、シェンガは期待を込めて言った。
「あと少しだ。逃げ切れそうだぞ」
だが、ネープはまだまだ安心出来なかった。どうも、おかしな気配がある……ゼラノドン級は確かに撃沈寸前に見えたが、その奥に何か剣呑な意図を持ち、いまにも牙を剥きそうな様子に見えるのだ。
「あ、やった!」
ティプトリーが歓声をあげた。
ついに白色光弾の火線が旗艦の本体を灼き、大きな爆発が起こった。だが、それと同時に艦体の一部が大きく開き、ドッキングベイの中に隠れていた真紅の搭載艦が姿を現した。
「スター・ガンボートだ」
ネープが指差した。
旗艦の船殻が大きく割れ、中から異常反応を起こしたエネルギーが光となって噴き上がった。亀裂はすぐに広がり、艦体が崩壊し始める……と、同時にスター・ガンボートがドッキング・ベイから射出された。
さながら巨龍が燃え上がりながら、断末魔に炎を吐き出したように見えた。
「慣性で初速に勢いがついている。このままだと追いつかれるぞ」
シェンガがさっきまでの楽観的な見通しを撤回した
「ネープ、あの艦が攻撃してくるようになるのは、どのあたり?」
空里が聞いた。
「ガンボートの赤色熱弾砲の射程に入るのは……このままのコースで衛星軌道に到達したあたりです」
つまり、月までたどり着けるかどうかというところだ。
「やっぱり助かりそうもないのね……」
ティプトリーの悲観的な言葉に、クアンタは同意しなかった。
「まあ、待て。我らが皇位継承者が皇冠《クラウン》から何か打開策を引き出すかもしれん」
そんな都合よくいくもんですか……
思いながらも、空里の脳裏には確かに一つの突破口が形を取り始めていた。それを具体的に実現するには……
「ネープ、このスター・サブの設計図と装備一覧を見せて」
間髪を入れず、少年はブリッジの中空に指示通りのもの投射した。
探せ……探せ……
空里には、その声が意識の外から来ているのか、自分自身のものなのか、区別がつかなくなっていた。だが、目的のものを一つ一つ見つけながら、明快そのものプランが組み上がっていく。
私、こんなに頭良くない……これは間違いなく皇冠《クラウン》の力だわ……
見通しへの自信と裏腹に、奇妙な自己嫌悪が湧き上がる。
そんなことにとらわれている場合か? 生き延びるためには、とにかくやるべきことを実行するだけだろう?
そう呼びかけているのも、自分なのか皇冠《クラウン》なのかわからない……
どっちでもいいじゃない。
進むべき道を決めているのが自分なのか、皇冠《クラウン》なのか。
すべて終わってからゆっくり考えよう。
「スター・サブを……月に墜落させます。私はそこへ、玉座機《スロノギア》と降下します。みんなはスター・コルベットに移乗して脱出。すぐに準備開始します」
あまりに意外な打開策に、クアンタは慌てた。
「衛星に降下する? 玉座機《スロノギア》だけでは無理だぞ。あのサイズの星でも、重力は危険なほど……」
「そこでお願いです。コルベットを基点にして、月との間に重力の橋を……重力導線を造ってください。クアンタ卿なら出来ますよね?」
クアンタは腕組みをして口元に手を当てた。
「出来なくは……ない。念のため〈青砂〉で、仕事に使うものは調達してコルベットに積んできたから……だが、この規模となると肝心のものが足りん」
「星百合《スターリリィ》の種子?」
「そうだ。手持ちのものだけでは力が足りんのだ。よもやそんなものが……」
ミン・ガンがシャッと息を呑む音がした。
空里は振り返ると、身を固くしているシェンガに歩み寄った。
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「俺に……これを差し出せっていうことか?」
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