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湖城での療養 九
しおりを挟む男物の服が多いことからもわかるように、アルシュは元々男性体を好む人間だ。婚約パーティーで『姫』となり、女性の肉親の代役をつとめたのも、キリエと兄である現カルブンクルス国王が頭を下げて頼みこんだからである。そうでなければ気まぐれでも起こさないかぎり、女性の姿を取ることはほとんどない。
「勘違いするな」
思い至ったように取ってきた布をクラバットのようにキリエの首に巻き、キリエ自身認識していない切り傷を隠しながら、アルシュがピシャリと言った。
「別にお前のためじゃない。男が男を慰めている場面とか、絵面的によくないだろうと私が勝手にやっていることだ。……お前も始終同性に慰められるのは、むさ苦しくて嫌だろう」
なんだかんだ言って結局はキリエのためである。遠回しな幼馴染の気遣いに、キリエは目頭が再び熱くなるのを感じた。
自身を案じてくれる者がいる。それが今のキリエにとって、どれほどありがたくて喜ばしい存在か。
しかし哀しみに浸り尽くした心に灯された仄かなあたたかさは、再び凍てつくことになる。
「……よし。では行くぞ」
「行くって……どこへ?」
「強いて言うなら、お前が今後考え得る憂いを一つ晴らしに、だな。……母上が、お前の目が覚めたら顔を出させるようにと命じてきた」
「え……」
アルシュの母君。サプフィールを治める賢王。キリエは己の血がざっと引いた音を聞いた。
他国に寄れば王に謁見し、挨拶を述べるのが習わしだ。今までに何度も行なっていることではあるし、サプフィール国王からは毎回快い歓迎を受けている。
しかしそれは『第二王子』という身分を前提にした上でのこと。今のキリエは王族ではない。それどころか罪人だ。
アルシュがサプフィールの代表と代理を兼ねて婚約パーティーに参加したため、サプフィール国王は不参加だった。しかし元婚約者エメとキリエの破談にまつわるいざこざは、アルシュなり王族貴族の交流網なりで多少は存じ上げているだろう。
ましてや御子であるアルシュにまで不名誉の一端に関わらせてしまったのだ。キリエに対して何を思うのか。想像に難くない。
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