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第二章
第二章
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あれから、一か月が経過した…
あたし達は王国連合盟主国の王都に来ていた…そう、あたし達だ…
「いや~、到着しましたねぇ~」
あたしの左隣にエイファさん。
「まぁ、何とか予定通りだな」
右隣にはサラムさん…
…二頭立ての幌馬車を背にあたし達は王都の見える丘の上に立っていた…
この一か月の間に何があったのか…
まず、あたし一人での旅は危険と言う事で宰相様の奥様が護衛…と言うか、お供の意味合いを込めて、二人を付ける事になった…と言っても、旅をする上での立場的には、あたしがエイファさんの護衛と言う事になるのだが…言ってしまえば、エイファさんの行商の護衛として盟主国の王都に向かう事となった…
身分と言うか、いわゆる『ジョブ』は『魔法使い』と言う事になっている…まぁ、実際には『魔法研究家』なんだけど、効果として発揮されているのは、いわゆる『魔法』系なので、『魔法使い』でいいやって事になった…正直、面倒臭い。
それより、この一か月は怒濤の日々だった…一応、裏道を使わないで、ちゃんと関所を通って来たのに、途中で五回も野盗の襲撃を受けた…無論、全て撃退し、関所に報告したのだが、役人さんの数人が驚いた顔をしていた…撃退した野盗の中に協力者でもいたのだろう…税金からのお給料では生活が成り立たなかったのか、贅沢したいのか…ちなみに、裏道…と言うか、通行料をケチった山道を無理に通ると、前の関所での通過記録がない為、罪人扱いされるらしい…しかも、そう言った山道には野盗の皆様が張り付いており、関所の役人さんと裏で繋がりがあるらしい…なので、被害に遭ったと言っても、関所抜けを疑われ、料金や罰金を二重、三重に徴収される事もあるとか…これはエイファさんからの裏情報だ…
エイファさんの行商は販路拡大の意味も込められている…けど、エイファさんのお店は宰相様の奥様の商会に取り込まれ、メリダ商会と名前を変えている…メリダとは宰相様の奥様の名前で、王国連合内では五本の指に入る大きさの商会…なので、エイファさんの父親の商会から多額の移籍金が支払われたとか…雲の上のお話だな…
行商自体は順調の様で、そこそこ儲けているらしい…案外、事前のリサーチが徹底されているみたいだ…頼もしい…それに、こちらの予定に合わせて、盟主国内を動き回る予定で、盟主国王都のメリダ商会の支店で減った分と必要な分を補充する…
こちらとしては引き続き彼女の行商の護衛をしながら、盟主国内を放浪する予定だ。その間に商会の方であたしが行きたい場所…『盟主領』についての詳細情報を調査してもらう。
あたしの目的地は王都の北部に広がる領域…正式名称はアダム領、別名『盟主領』と呼ばれている。もちろん、アダムと言うのは領主の名前で、五百年前、『神理教』の洗脳を解いた第一王子の名前…現在もご健在らしい…ご存命ではなく、ご健在…現在でも、王都から離れた領地から、お小言が王族達の耳に直接、届くらしい…しかも、定期的でなく、思い付いた様に、唐突に届くらしい…その為か、テレパシーを受け取っている王族の何人かはノイローゼに陥る者が出ているらしい…この情報は約一か月後に、一回目の行商から帰還した際に、あたし達の担当主任から言い渡された情報である…この時、ついでとばかりに、『盟主領』の地図が渡された。
…正直に言って、役立たずである…地図上の面積としては、王都の二倍ほどはある様に見え、周囲を次の行商に向かう領があるのだが、『盟主領』の内部の詳細はほとんどない。あるとすれば、領都を示す点のみ…ああ、王都側から北上する道らしき線が引かれているけど、途中で擦れて…?…まぁ、領都まで延ばされていない…
さて、そんな訳の分からない領域に向かうのはさすがに危険行為…実際、危険らしく、魔獣、魔物の巣窟と言う以外に、犯罪組織、反政府、反連合組織のアジトがあるとか…まぁ、未開の土地であるだけに未採掘の鉱床や、魔獣の墓場的なモノもあるのでは…?と噂されている…最たる例としては、魔族の集落や竜の巣が点在してるのでは?とか…あ、魔族と言うのは、マナ適応が高い人型種族の事で、高過ぎるマナ適性の為、汎ヒト種族とは交配不可能な種族の総称らしい…竜族に関してはいわゆる西洋竜…一応、東洋龍も居るには居るが王国連合の近辺では西洋竜の事を示している…人型やそれ以外の生物に変身可能で究極の生命体とも言われている…ただ、この近辺…王国連合内と近郊では、魔族、竜族はかなり珍しいらしく、遺跡に彼らの遺骨や痕跡が残るくらい…まぁ、実際は、ヒト種族の生息が困難な地域に割と生息していたりする…竜族はもっと厳しい環境に生息しているけど…
何が言いたいか?と言うと、そう言った場所に向かうには国や王都、『盟主領』に接する他の領からの厳格な許可が必要となる…ただ、年に何回か、国や各領、大手商会合同での『盟主領』探索隊が結成されるらしい…が、結果はあまり芳しくない様で、近年の状況としては魔物や魔獣の波状攻撃で国境から五キロ圏で引き返すと言う情けない結果が続いている…その為か、じりじりと、国力が低下…経済力、軍事力では王国連合内ではどれも二番手…発足当時から続いている盟主国の座を追われそうになっているとか…この国の高官さんって博打好きなのかね?
それとは別に突発的に『盟主領』に入れるイベントが発生する。これは王族をノイローゼに陥れるテレパシーでの盟主アダム様の要請である。
これが、案外と面倒らしい。日用品の補充や、新商品の要求等なら、ある程度の融通が利くが、盟主国内で入手困難な金品の要求がかなり面倒…特に、記念硬貨や、賞味期限の短い食品の要求は無茶無謀の極みらしい…更に、『あれ、アレ持って来て‼』と送信され、以降連絡なしな事もあったりとか…もっと明確に、指摘すべきだと思う…せめて、視覚情報を添付する位は後々にでもやっておいても良いかと思うな…
それと特定の人物の招聘。名前が分かっており、盟主国内の人物なら何とかなるが、国外の名前も分からない人物を連れて行くのはかなりの難関…拉致する訳にもいかない上に、名前も知らない人物を特殊な能力だけを頼りに探し当てたら、違う人物だったと言う事が何度もあるらしい…それで、今回、そのお告げがあったとの事。その内容が、『緑色を連れて来い』らしい…これは二回目の地方巡行が終わった時に、支店長から直々に言い渡された。
うん。あたしだな…いい加減、『緑色』にも慣れた…でも、偉い人が『緑色』かぁ…せめて、名前でテレパシー送信してほしい…緑色は特記事項でお願いしたい…まぁ、外見的特徴としは、相当、目立っているけど…
この際、ついでとばかりに日用品等の仕入れを要求され、サラムさん、エイファさんも同行することになった。
「やったー‼」
二人共、大喜びの大はしゃぎ。ま、あたしも今更、別れるのも寂しい位には二人と仲良くはなったし…支店長、良く二人の同行を決断したな…まぁ、商材の管理や不測の事態に備えての人員配置だろうけど、王家に恩を売る絶好の機会か…
それと、何処から聞きつけたのか、他の商会や冒険者連中が支店に押し寄せた。曰く、『盟主領』に同行させろ‼…との事…自分達の優秀性を並べ立てているが、皆、欲望に忠実だ。
「ダメです」
しかし、一刀両断の対応をしたのは『盟主領』からの遣い…名はアルパ。
あたし感覚…と言うか、カエル様感覚ではフツーに感じ取れるメイド服を着ている…ご丁寧に、ヘッドドレスあり…年齢的にはあたしの年齢設定より若干上かな…?ちょっと不満があるとすれば、あたしより胸が膨らんで見える事ぐらいで…
「胸を強調する服を着ているからですよ」
険しい表情を崩さないサラムさんがフォローしてくれる…フォローしてるよね?どのくらい強いのか腕試ししたいとか、考えてないよね?さっき、ガラの悪い冒険者風の大男を投げ飛ばしたけど‼うん、サラムさんもそのくらいできる事は知ってるから、盟主領の領都まで…いや、それ以降も仲良くしよう?ね?
アルパちゃんはメリダ商会で用意した商材のチェックに追い回されている。間違っても、不良品や顧客の意図に反した物品の搬入があってはならないとの事で、チェックは厳格らしい。あたし達の担当主任さんが愚痴っていた…それはそれで受け入れるけど、アルパちゃんがあたしに愚痴を吐くのはどうなんだろう…?…てか、あたしは苦情受付担当?
こうして、多少、ギスギスした状態で一週間が経過し、馬車一台に荷物を積み込んで、あたし達は北に向かう事となった…
もちろん…と言って良いのか分からないが、王都領を出るまでに様々な襲撃を受けた。
盗賊の妨害は言うに及ばず、中小商会の護衛部隊っぽい一団、冒険者らしい集団や、兵隊さんっぽい動きの集団が襲ってきたが、返り討ち。面倒臭いのでその場に放置した。まじめに働いてる警備隊に捕まえてもらいたい…
王都の『盟主領』に辿り着いたのは午後一時頃…五メートルはある高いレンガ壁と金属製の重厚な扉の前に領境を守る兵舎が左側に一つ…
「通行許可、お願いします」
兵舎の中で受け付けに座る兵士に、代表者のエイファさんが特別手形を差し出す。
「…行ってよし」
訝しげな表情で手形を睨みつつも、手形をエイファさんに返却。
すぐ様、目の前の扉がゆっくりと横にスライドして壁の中に納まる…どうやら、魔法で動かしているらしく、壁の中の扉の上下を歯車で挟んで移動させている様だ…
やがて、馬車が通れる程度まで開かれ、停止。
「気を付けて行けよ」
気のない言葉だが、ありがたい。
あたし達は門を抜け、『盟主領』に入った…
しばらくは道なりに馬車は進んでいく…馬車の中は…と言うと、御者を交代したサラムさんと積荷から取り出したお茶を振舞おうとしているエイファさんとその行為に文句を言うべきか悩んでいるあたしが、幌の後方を開けたスペースで一休みしていた…
「我々用に購入したお茶です。飲んでも構いませんよ」
御者席のアルパちゃんの声に、あたしは沈黙…かなりの気配察知能力があるな…
幌の後方から見た外の光景は、最初の方は領境の壁くらいしか見えなかったが、徐々に、
元王都の街並みの廃墟となり、一キロ程過ぎると住居の倒壊化が進み、三キロ程で完全な平原…背丈の高い草原と所々に見受ける細い木々…窪んでいる箇所には水の反射光…とは言え、それも視界全体の三割程度で、殆どが土の荒野…
「領境の民家には人が住んでいますね」
誰に…とでもないサラムさんの呟きに、
「領土割譲の際に、アダム様が強引な線引きをした為、民家があるのです」
アルパちゃんの回答。
「事前の情報では領民はアダム様とお付きの方々だけと聞いてますが?」
「流民が勝手に入居しているのです」
「対策はされていないのですか?
「それは他領の仕事です」
「そちらでは対策されないのですね?」
「何しろ、人手が足りないものですから」
険悪な雰囲気…
「おっと」
馬車のスピードが落ちて、十メートル程で停止。
「私が出て良いですか?」
馬車から降りるアルパちゃんに、
「フォロー入ります‼」
あたしとサラムさんも馬車から降りる。
前に回ると、馬車の先…五メートル前には奇怪な生き物…魔獣が進路を塞いでいた…
「これが魔獣」
目の前の魔獣は三頭で、黒地に白の斑点が入ったイヌ科タイプ…体高はサラブレットサイズ…あたし達を引いている馬より一回り大きい位で、目らしき赤い眼光が五つ…左右に二つずつと上二つの正三角形位置に一つ…角が二本、左右の目の上に突き出ている…それ以外の身体的特徴はイヌ科の容姿に酷似している…あたしが初めて見た魔獣だ。
「喜んでいるな」
アルパちゃんの言葉にあたしの頬が緩んでいる事に気付かされる。
「余裕なことだ」
…って、アルパちゃん、無手?
「物資が豊富ではありませんので」
その言葉と共に、一足跳で、一番手前に居る魔獣の前に現れると、右フックを顔面一発。いや、浮いた所を高速で左右フックが数発入り、最後に喉に右ストレートを一突き。魔獣が腹を見せて、ドゥ…っと仰向けに転倒。
「行きます‼」
すぐ様、アルパちゃんが馬車まで戻り、手綱を取ると、速足を命令する一叩き。
「了解‼」
馬車が走り出すと、サラムさんも馬車を追い、あたしも駆け出す。が、さすがに速度が違い過ぎる。
「跳ぶ‼」
「お願いします‼」
待ち構えるように振り向くサラムさんに、右肩から当たって彼女の腰を抱えると、脚に力を入れる。「グゥ‼」と、サラムさんの呻き声を無視して、一気に跳躍。
「うわ…」
眼下には、残り二頭の魔獣が、倒れた魔獣に襲い掛かっており、一頭は喉元に、もう一頭は腹部に咬みついている…
ついでとばかりに、周囲を見渡してみると、荒野の中にあたし達の馬車と襲ってきた魔獣以外には荒野が広がっている…いや、水辺には、動くモノが僅かに見えて来るし、それ以外の場所でも生命らしき反応を感じる…ただ、道らしき線の傍には生き物の反応は感じられないし、向かってくる気配もない…
そして、速足の馬車の十メートル程手前で着地し、
「しばらくは、敵襲はない‼」
向かってくる馬車に一喝。
「乗ってください‼」
御者に納まっているエイファさんが手綱を引くと、馬車が減速…通り過ぎる頃には、飛び乗れる程度の速度になったので、サラムさんを抱えたまま、飛び乗る。
「偵察ご苦労様でした」
中ではアルパちゃんが、減速時、崩れそうになっている箇所を押さえている…
「一当て位、させてほしかったな」
あたしの肩から降りたサラムさんが溜息一つ。
「あなたには対人で立ち回って頂きたいのですが?」
「魔獣の相手も経験したいのです」
「手強いですよ?」
「覚悟の上ですし…」
と、襲撃してきた魔獣の断末魔が響き渡る。
「対処の方法も学びました」
そのまま、馬車は北上して行った…
三時間ほど北上したところで、馬の速度が多少、落ちて来た。
「そろそろ休みましょう」
御者台のサラムさんが馬の様子を見て、声を掛けて来る。
「そうですね」
アルパちゃんの方向にあたし達の目線が向かう。この場での移動の権限はこの環境を熟知しているであろう彼女に移っている…
なので、彼女が幌から身を乗り出し、外を見回す…と、御者台に向かい、
「あの広場に付けましょう」
サラムさんに指示を出し、
「一泊します‼」
あたし達に向けて一言。確かに、日の傾斜角度が地平線側に大分傾いている。
「了解」
馬に指示を出し、指定されたちょっとした広場に馬車が付けられる。
「よしよし‼ご苦労だったな」
すぐに飼い葉桶を出し、馬の前に置くと、あたしが用意した水の魔法符を樽の上で破る。
すると、符から樽一杯の水がドバドバと産み出されていく。
「…あれ、便利だな…」
飼い葉を用意しているアルパちゃんが聞こえるように呟く。
「そこまで、難しい術式を組んでるわけじゃないから…」
と、あたしが呟くと、
「ご教授頂けませんか⁈」
マッハでアルパちゃんが詰め寄る。
「あ、後でね?」
しかし、食事の用意の為に、竈を造っているあたしは距離を取る。
この数か月であたし達の連携も上がっている。食材、食器の用意はエイファさん、調理の為の食材加工はサラムさん、あたしは火加減調整の為にフライパンを振るったり、鍋を見る担当…こうなると、アルパちゃんはお客様扱い。魔法で作った椅子代わりの土の出っ張りにチョコンとお座り頂いている…
まだ日が高い事もあって、多少時間の掛かる煮込み料理に挑戦。水と調味料と食材を鍋にぶち込み、火に掛けたので後はやることがない…と言う訳にもいかない…サラムさんは武器の整備、エイファさんはあたし達の生活用品の在庫の確認、あたしは魔法符の補充等々、馬車のメンテは交代制だけど、経験則的に、車体の不具合が発生するには早いかな?…まぁ、旅を滞りなく進める為の準備に時間が当てられる…ちなみに、我々以外の生物を完全に遮断する結界は、既に展開済…
その間にも、情報交換は行われる。話の内容は、馬たちの様子や馬車の具合、各々の体調の確認や、一般的雑談…むしろ、雑談がメインになるかな…?あのお店のあのお菓子が美味しかったとか、この場に居ない知り合いのカップリングとか、誰それが付き合っているとか、不倫しているとか…色恋関係が盛り上がるのは、我々が乙女だから‼と言う事にしてください。お願いします。
料理が出来上がったので、アルパちゃんも含めて、ちょっと早い夕食。味はあたし的にはまぁまぁだが、アルパちゃんは感動して大盛お代わり三杯、さすがに四杯目は彼女のお腹の具合を考慮して、双方の合意の上で取り止めとなった…
やがて、日が地平線に沈み、急激に気温が低下していく…多めに作った煮込み料理は明日の朝用に火から外し、竈には湯沸かし用のやかんを置く…鍋はそのまま煮込み過ぎると味が濃くなり過ぎるし、水は生み出せる量の加減が難しいので、温め直す方向で皆の了承を得ている。就寝は全員馬車内。一応、火の番を三交代にしているが、時間は不定期。長い短いに文句は言わない‼まぁ、火の番と言っているが、実際は来訪者対策。緊急で結界に入れて欲しいと旅の商人や冒険者が駆け込んだ事が行商中に四回程あったので、名目上の『火の番』を置くこととなった…とは言え、最終的には、結界の開閉にあたしが必要になるので、暇潰しに二人を道連れにしている状態が多いし、現状もおネムなアルパちゃんを寝かし付け、三人で火を囲んでいる…いや、四人になっている…
「お茶入れますね~」
柔らかな雰囲気のお姉さん…年の頃はエイファさんより少し上かな…?…アルパちゃんとお揃いのメイド服&ヘッドドレス装着だが、姉妹と言うより、先輩後輩・上司部下的関係の偉い方の立ち位置だろうな…と思わせる落ち着きがある。
一応、名前も聞き出している。と言うより、自己紹介してもらっている。
「ベルタと申します」
夜の闇の中、結界の入口をノックするベルタさんが、お手本の様な丁寧なカーテシーを見せる。宮廷にそのまま居てもおかしくないメイドさんだが、彼女の背後に体長五メートル翼幅二十メートルはあるワイバーンが、ぼろぼろな状態で、転がっている…うん、ベルタさんが引き摺って持って来たんだろうな…
「とっても美味しいんですよ?」
そうだろうけど、あの大きさは常軌を逸しています。そして、何故、ここに持ち込んだんですか?あんなモノ、処理しきれませんよ?
「どうやって討伐したんでしょう?」
サラムさん。真似しようとしてませんよね?…一応、ベルタさんに聞いてください。まぁ、あたしの予想ですが、アッパー一発で頭部を吹き飛ばしたんでしょうね…
「勿体ない」
それと、エイファさん。あれを持ち帰るのは諦めて下さい。確かに、あの状態でも高値が付くでしょうけど、買取価格が天文学的数値になるから、買い手が付きませんよ?最悪、メリダ商会から刺客が送り込まれますよ?
「とりあえず、アルパちゃんと合流できたようで良かったです」
ベルタさんが、やかんから茶葉の入ったポットにお湯を入れる。
「アルパちゃんが心配で、こっちに来たんですか?」
「お恥ずかしい話ですが、食糧調達に夢中になって、今日中に戻る事が困難になりまして…」
「討伐じゃなくて、食料調達ですか」
「この程度なら、脅威ではありませんから」
…丁寧な笑顔で、コワい事をさらっと言う…
頭が潰れているワイバーンの方に目線を向けているベルタさんが感慨深げに中空に浮かんでいる月を眺めている…いや、その視線は月の下にある雪を被った山の方に向けられているのだろうか…
…あれ?なんか、あの山、もっと北の方にあったような…?確か、あの山を目指しているとかアルパちゃんが言ってた様な…?
「確かにあの山の麓に我々の領都…と言うより、集落がありますね」
ベルタさんがポットを二・三回軽く振って見せると、各々のコップにお茶を注いでいく。
…山からは涼しい風…視線を落とすと、滲んだ光の粒が五つ…いや、湖に反射した月が五つ…更に、手前の大きい湖の周囲に民家の明かりが、二つか三つ…それが確認できる頃には四千メートル級の単独峰が万年雪の頭部だけを月明かりに晒している…
何が起こっているのか理解が及ばなかった。サラムさんもエイファさんも完全に思考が停止している様だ…あたしだって目に写る現実から逃げ出したい…それでも、あたしは現状を受け止める。そして、あえて、言葉に出して認識する。ベルタさんへの確認の意味も込められているが…
「山が動いている⁈」
思わず裏返ってしまったあたしの声に、サラムさん、エイファさんが現実に帰還。
「ようこそ」
あたしのカップを差し出すベルタさんが近くの竈の灯りに揺れている。
…その笑顔は月明かりの方が映えて見えるだろうな…
…夜が明けた…
うん。確かに、山がある。見事な末広がりの綺麗な円錐形…
麓の湖が風を受けて、日の光をキラキラと反射させている。麓の辺りは窪地になっている様で、今いる場所からは、山頂から湖まで一望できている…
その光景にあたしと、サラムさん、エイファさんが、出発の準備をしていない…それどころか、朝食の準備もしていない…風光明媚と言えば聞こえは良いが、昨日の進路上にあった茶色中心の荒野の光景が記憶に残っているので、違和感しかない。
「おはようございま~す」
…と、アルパちゃんがテトテトと、あたし達に歩み寄って来る…
「…ん?」
そして、目の前の光景に疑問の声を挙げ、
「え?」
朝食用に残していた鍋を運ぶベルタさんに目を向けると、
「アルパちゃん、おはよう‼」
丁寧な笑顔をアルパちゃんに向ける。
「あら?」
そこで、ベルタさん、躓く‼
「あ‼」
そのままコケるベルタさんと、放り出される鍋。
「くぅ‼」
アルパちゃん、鍋に向かってダッシュ‼落下予想地点に0.04秒で到着し、傾きを確認して鍋を中空でキャッチ‼中味を零さない様に微調整移動の結果、中味は縁から垂れる事すらなく確保…
「お見事~‼」
足元のベルタさんが小さな拍手。
「余計なことはしないで下さい‼」
アルパちゃん怒号一発‼飛び退くベルタさん。
「アダム様から注意されているでしょう‼あなたはお茶汲みと狩りと笑顔以外はダメダメなんだから、こういう野外活動の休憩中は大人しくしていろって‼」
「え~?お役に立ちたいよ~?」
「役に立ちたいなら、お茶でも淹れて下さい‼」
アルパちゃんが竈に鍋を置き、一喝。
その一悶着を眺めるあたし達は、ハッとなって、朝食の準備を始める…
「狩りで深追いして戻れなくなったのは仕方ありません」
二杯目をお代わりしつつ、アルパちゃんがぼやいている。
「だからって、『領都』を呼び込むのはどうなんですか?」
厳しい目線がベルタさんに向かうが、
「あら?美味しい」
ベルタさん、マイペース。
「聞いてますか?」
「あ、はい」
何だろう…立場的に、ベルタさんの方が上なのかもだけど、実質、アルパちゃんの方が上なのかな?…いや、アルパちゃんの説教中でも気にせず食べ続けているベルタさんの方が実質的にも上なのかな…?あ、取り上げられた。
そこで語られる説教の内容から『アダム』領の内情がある程度判明した。
元々、『アダム』領のある地域は『マナ』の濃度が高い場所で、自然発生的に魔法的現象が起きているらしい。領主のアダム様は『精霊』の仕業と言っているらしいが…『精霊』と言う観念がこの世界の人々にあるか?は置いといて、『領都』と呼ばれる山と裾野の湖沼一帯は『精霊』なのだそうだ…そう言った特性がある為か、この状態での移動が可能…なのだが、移動可能なのは『アダム』領内だけ…むしろ、この『精霊』の移動範囲…いや、効果範囲を計測して、『アダム』領としたのだろうか…
ん~…この辺はあたしが異世界の…しかも、魔法の存在しない世界から来た人物の魂を継いでいるからかも知れないが、目の前の『領都』、『土』や『地』の魔法効果だけじゃなくて、色んな効果が組み込まれているんだけど、魔法としては単一魔法なんだよなぁ…おそらく、生命が快適に存在できる環境は揃っていると思う…いや、揃えさせたのかも…その辺は謁見の時にでも聞いてみるか…聞けるか?
一頻りの説教&朝食を終えて、『領都』に向かう準備を始める。早速、ベルタさんは馬車に積み込まれて…いや、乗り込んでいる。狩ったワイバーンは『領都』の端をここまで延ばし、領主館近くの湖に持って行くそうだ…その便利機能は我々には適応されないのだろうか?
「『領都』の機嫌次第なので、どうしようも…」
認証試験でもある?
「何もないですけど気に入られなかったであろう人達の再来は今の所、ありませんね」
うん。その人達は無事戻った…のかな?
「ちなみに、『領都』内の人々に無礼を働いた人達の再来はありませんねぇ…」
…似つかわしくない妖しい笑みを見せるアルパちゃん…
…皆さん、お行儀良くしましょう…
十五分程で、準備が整ったので、出発。
『領都』内に入ると、土地自体の雰囲気が転換。空気の湿度や、風の優しさが露出している肌から感じ取れる…一言で言うと、安心感…緊張感が緩んでいく…いかん、いかん‼これから謁見が待っているんだから、引き締めないと‼
湖を周回する道を集落の方向に向かう。話によると、一番大きな建物が領主館で、他は領民の家…領主館で働く皆様は領主館に住んでいる。人口は四十七人…産業は農業と狩猟がメインで、湖で魚を捕まえる事もあるとか…ただし、現状、船も網もなく、釣り針は使い果たしているので、素潜り手掴みとなるとか…
「手掴み?」
…全長一メートルはあるイワナっぽい魚を引き摺る漁帰りの数人を追い越す…
「お客様ですか?」
馬車内のアルパちゃん達を見付けて、声が掛けられると、
「後で領主館にいらして下さいね?」
ベルタさんが声を返す。なんでも今回我々が持ってきた物資を配布するらしい。あと、ワイバーン肉のお裾分けかな…?
次々と人とすれ違う度に、挨拶される。これは老若男女問わずだが、挨拶先はアルパちゃん達であることは了承済みだが、我々に興味津々な目線を向けている者も数人…ああ、子供ばっかりだね…とりあえず、緑色と言うのは止めなさい。
数人の子供達を引き連れて、領主館に到着。真っ先にアルパちゃんが降り立ち、領主館にバタバタと駆け込む。今更ながら、先触れと言うやつかな…?
とりあえず、全員が降車。馬はサラムさんが手綱を握っている…と、
「ようこそ、おいで下さいました」
初老と思われる男性がアルパちゃんが入ったドアから姿を現す。ジャケットは来ていない簡易礼服だが、見た目は完全に執事さんだ。ロマンスグレーのオールバックに口髭と眉毛も頭髪と同じ色合い…
「どうぞ、皆様、お入りください」
領主館のドアが開かれる。執事さんが後ろ手で開けた訳でなく、別の執事服の人物が開けた様で、初老の執事さんは手招き。促されるまま、領主館に入る…
ドアを開けてくれた若手の執事さん…あたしより若干年上な印象の、やんちゃ盛りを無理やり押し込んだ様な男の子が伏し目がちにドアマンをやっている…一部屋分歩くとアルパちゃんが待っている。
「こちらにどうぞ」
右側に招かれ、それに従う。
「何か、言われましたか?」
と、身体を逸らして、先頭のあたしに小声で問う。
「何も」
多分ドアマンやってた彼の事だろう。うん。実際、黙ってた。
「それは良かったです」
上体を戻し、歩幅を失礼のない程度に戻す。
突き当りを左に向かうと、右手数メートル先に一つのドア。
「領主様がお待ちです」
アルパちゃんがドアを開けて、手招き。
「失礼します」
あたし、サラムさん、エイファさんの順に部屋に入る。
「良く来てくれた」
部屋の中にはソファーセット一式と奥に暖炉。それと、一人の青年…品のいい金髪の青年…?いや、少年と言ってもいい程の若作り…いや、狙って、若作りな訳ではないと思うけど、フツーにイケメンなお兄ちゃん…お兄ちゃんてのも無礼かな…?だって、絶対、アダム様だし‼なんか、こっち見て硬直してるし‼
「…あ…」
良かった、動いてくれた…が、何?中国拳法的構え?こっちも合わせるべき?
…とりあえず、合わせるけど…
「…………」
…数秒の沈黙…何これ?そっちは蛇拳の構えだから楽だろうけど、こっちは鶴翼の構えで片足立ちだからキツいんだけど…あ、これって…
「‼」
あたしの気付きに、相手も頷くと、同じ言葉が揃う。
「東〇不敗は王者の風‼」
中略。
「見よ‼〇方は赤く燃えている‼」
その言葉に互いの拳が付き合わされる。勢い的にはグータッチなので痛くない。満足げな笑みを見せるマスター〇ジア…じゃない、アダム様だが、あたしも今まで感じられなかった充足感に不敵な笑顔が浮かんでいる事を感じる…
さて、お互い、異世界出身…しかも、並行世界レベルで近い世界の出身である事は確認できた…少なくともGガン〇ムが放映されている世界だ…
「何をしているんですか?」
そんな中、我々の台詞付き演武を白けた表情で見守っているサラムさんとエイファさん…あたし達は拳を突き合わせたままの状態で、二人に顔を向ける…
思い返すと楽しくなって、色々なポーズを取っていた気がする…最後の方は、拳法とか関係ない面白ポーズだった…今更ながら恥ずかしい…そして、あの一連の台詞を淀みなく、間違えず言えた自分を褒めたい…褒めて良いよね?気持ちを汲んでか、アダム様が頷く…
とりあえず、拳を離し合うと、
「領主のアダムだ」
今更ながら、威厳たっぷりに胸を張っての自己紹介。
…一連の演武は後で二人に説明しておきます…
お互いの挨拶を済ませ。一段落した所でお茶を持ってアルパちゃんが入室。
「一言入れる所だぞ。」
軽い口調でアダム様が窘めると、
「例の謎の演武は如何でしたか?」
棘のあるアルパちゃんの返答…何でも、自称転生者を篩に掛けて、合わせられなかった者を『石〇天驚拳』モドキで撃退していたとの事…いや、あんたの住んでた異世界出身じゃない場合だってあるんだからさぁ…世代的にGガ〇ダム知らない事だってあるし…
「…エギーユ・デ〇ーズ宣戦布告演説の方が…」
ラストの『ジーク・ジ〇ン』を共に叫びたいなら、ガ〇マ・ザビ追悼演説の方がまだ、メジャーだと思うけど…
「俺はザ〇家の独裁を目論む男や、ヒ〇ラーの尻尾じゃないからな」
キメ顔で言われても困る…ってか、ギ〇ン・ザビの亡霊の方を選ぶか…
…いかんな…ヲタ思考が生えて来る…現実から逃げちゃだめだ…
運び込んだ荷物の目録をエイファさんが渡し、アダム様が目を通す。
「魔獣に遭遇したそうだな」
目録を眺めながらのアダム様の呟きに、
「あの獣達からは他者の思惑の介入は感じませんでした」
アダム様の斜め後ろに控えているアルパちゃんが返答。
「不運な遭遇戦だったか」
目録に目を通し終えて、天を仰ぎ、溜め息一つ。
「ついでとは言え、補充物資を搬入してくれて助かる」
我々に、労いの笑みを見せる。キュンとなりそう…あ、サラムさんが墜ちた。
「それで、何故、あたしをここに招聘したのですか?」
気を取り直して、あたしが問う。
「いきなり、ストレートだな」
ここまで来るのに関係各所に迷惑掛けまくっているんですよ?その中にはあから様な見返りを求める者も…
「俺の知る限りでは、唯一の精霊術師はあんただけだ」
あたしが行使・研究しているのは、精霊魔法じゃありません。
「お前が否定しても、周囲が認識してるんだから、諦めて認めたらどうだ?」
…認められません。それに『師』クラスに至る程に、研究は進んでいません。
「精霊を従えられると言う事が重要なんだ」
『使える』と言うだけで、その後の影響を無視して開発を邁進した結果が、前の世界の地球温暖化とエネルギー不足を産み出したんじゃないんですか?やがて、互いの正義を振り翳し、星から脱出する為の技術力とエネルギーを戦争に使っちまう‼そんな前の世界の愚行をこの世界で繰り返せとでも言うのか⁈
「落ち着け」
‼…あ…気が付けば、サラムさんとエイファさんがあたしのマントの裾を引っ張っている…そんな彼女達の表情が不安に歪んでいる…もっとも、言葉はアダム様だが…
「大分考えている様で安心したよ」
試されたか…アダム様の笑みが『合格』と言っている様だ…もっとも、彼にそんな権限があるとも思えないが…
「精霊魔法を極めて見せろ」
そして、何故、精霊魔法?
「もちろん、他の魔法も、魔法以外の全てもな‼」
あ、付け足した。笑って誤魔化しても、この場のみんなは分かってますよ?
どうやら、真っ先に精霊魔法の開発を進めて欲しいらしい…まぁ、『領都』は精霊って話だから、細かい調整とかしたいんだろうか…そう言えば、『領都』は動けるけど、どういう条件で『アダム領』内を移動しているんだろう…しかも、今回は我々を目指して来た…この疑問はいきなり、高等部門か?駆け出しの精霊魔法使いには理解不能か?
謁見はその後も滞りなく進行し、終了。いや、脱線気味にヲタ談義に入ろうとしたデ〇ーズ閣下…じゃなかったアダム様の耳を引っ張って、アルパちゃんが退室。
「憐れ。志を持たぬ者を導こうとした…」
何の隠語か?と疑問に思うサラムさんとエイファさんだが、ただのアニメの台詞だから。
さて。お茶を飲んで一息つきつつ、あたしはこの環境…『領都』を含む精霊についての考察を改める。精霊とは、単一属性の魔法系能力の一種で、生命的な意思があり、集合するとそれこそ生命体を模した姿になり…まぁ、よくよく考えるとゲーム設定だな…カエル様の生きていた世界では昔は、精霊って、もっと奇天烈な存在だったし、それこそ、属性なんて関係ない存在だったらしいし…要約すると、姿なき不思議現象全般から生まれるちょっとした恩恵や悪戯を異端視させない為の言い訳だったんだろう…これが災害とかだったら悪魔の仕業だし、祝福だったら神の御業だ…以前の世界の常識…なのかな…?その辺りは一端置いておいて…『イ』の世界における精霊は実は良く分かっていない。あたしが勝手に名付けている『なんちゃって精霊魔法』は周囲にある物質等にマナを送って、色々な現象を引き起こしてもらう…つまり、使役しているのではなく、お願いしている立場だ。これが正確な『精霊魔法』なのか?と言う疑問は未だに拭えていないのだが…そもそも精霊って何?ほんとに意思を持ってる?本能と言うならどう言った本能的行動を取っている?
…考えているだけでは、頭も回らないか…
「外に出て大丈夫かな?」
誰に…問でもなく問うと、
「もう少し待ってください」
エイファさんがお茶を置く。と、
「失礼します」
扉をノックする音が二回と、男子の声。
「どうぞ」
エイファさんの返答に、扉が開かれると、ドアマンやってた執事風男の子が立っている。
「お部屋に案内いたします」
一礼して、入室すると、カップを片付け始める。退室を促している訳だが、手順が違っていると思うな…と、
「その我々の部屋はどちらですか?」
エイファさんの言葉にハッとなり、
「し、失礼しました‼」
カップを慌てて置き、出入口へと足を向けるが、
「ご案内いたします」
既に、アルパちゃんが扉の前で待機。
「ティーセットの片付けはお願いしますね?」
余裕の笑みを見せて、我々を招くアルパちゃん。それに合わせてあたし達は退室…
「では、後はお願いしますね?」
扉を閉めつつ、アルパちゃんが一言残す。
「…イヂめてない?」
アルパちゃんの耳元で囁くと、
「出来ない方が悪いんです」
ツンとして、上を向くアルパちゃん。あ~…これはアレだ。女子男子間のギスギスか?どっちが役に立つかなんて、こっちはどうでも良いんだけど、無駄に張り合うと、もう少し年齢がいったら後悔するぞ?
「そうだ。ちょっと、外見て回りたいんだけど?」
本題を忘れる所だった。
「でしたら、アイン執事長にお声掛けください」
「その、アインさんって、さっきの?」
「お部屋に案内した後で、ご紹介します」
あ、ちょっと、機嫌が悪い?
「アレと執事長を比べるのは…」
頭を抱えなくても…
程なく、二階の角部屋を案内されるあたし達。サラムさんとエイファさんがその部屋に入り、あたしはアルパちゃんの先導で執務室に案内される…
「失礼します」
家の入口…玄関かな?…そこから近い部屋のドアをノックするアルパちゃん。
「どうぞ」
初老執事ことアインさんの声があり、ドアを開ける。
「どうしました?」
執務室内は正面の大きい机にアダム様、左隣の机にアインさんが座っている。ちなみに右側は本が整然と並ぶ本棚があり、左側もアインさんの背後に並んでいる。
「カエル様が『王都』内を散策なさりたいと仰ってます」
丁寧に一礼して、申し立てるアルパちゃんに、
「急ぎの用がなければ、ご一緒しなさい」
笑顔を向けつつ、アインさんが一言。
「承知しました‼」
大きく一礼して返す、アルパちゃん。ドアが閉まると、
「燥いでますな」
執務室のアインさんが微笑みを浮かべると、
「同じ年頃の同性がここにはいないからな」
目の前の書類に目を通すアダム様…
「その辺は、あいつには済まないと思っているんだ」
「隠し通したいのでしたら、容易に謝罪してはなりませんよ」
そんな話がありつつ、残った二人は粛々と執務を続ける…
一方、あたしはアルパちゃんに引き連れられ、湖の周辺を巡っていた。
確かに、景色のいいの場所を選んでくれている様だけど、あたし的にはアヤシイ所に行ったみたいんだよなぁ…いや、夜のお店的なアヤシイじゃなくてね…
「この周辺では、そう、危険な場所はないのですけど」
そうですか。じゃあ、どの辺が危険なんでしょうか?
「わざわざ、危険な場所に向かう必要はないと思うのですが…」
これも調査の一環なの。
「…お話を伺う限り、自然環境的な危険がある場所は『領都』内ではありませんよ?」
どこまで、人に優しい自然環境なの?
「さすがに、山は危険ですが、あそこは寒冷地の気候があるだけですから、万端な備えがあれば、さほどの危険はありません」
その準備を怠って、山に登ったら?
「一定の標高…いわゆる森林限界を超える事は出来ません」
どういう理屈?
「…う~ん…お互いの棲み分け…人は人のあるべき場所で暮らす事を『領都』は望んでいると、聞いています」
誰に?
「ベルタさん…と言うか、魔族の方々です」
…うん…魔族の存在を隠さないんだね…
…聞けば『領都』のあの集落に住む殆どが魔族らしい…
「ちなむに、ヒト族はアダム様だけで、アイン様とツヴァイは竜族です」
ああ、男性執事二人は竜族なのか。
「他に、あたし達の居る湖の周辺以外にも誰か住んではいるみたいで…」
原住民か、不法移民かな?
「中でも、最近、移住して来た人達が…」
…と、語るアルパちゃんの語る目線の先には三人の集団。
「何でも、学術調査の為に『領都』の環境を調査しているって…」
見た目はフツーにヒト族の集団が、こちらに気付いて、会釈。湖の水を汲んでいたと思われ、手に手に水瓶や壺を抱えている…
「水質調査でもしてるのかな?」
思った事が口からポロリ。
「水棲生物の調査も兼ねてるとか言ってましたけどね」
まぁ、彼らの恰好、どう見ても漁をする格好じゃないわな。
「東の湖の畔をベースにしている様なんですけど、他の湖畔集落の人達とあまり付き合いがないみたいで、たまに、ああやって、他の湖の水を持って行っているらしいんです」
ん~…案外、彼らの集落の湖が、飲料に適してなかったからって事は…
「彼らに移住先を提示したのは、アダム様ですよ?」
…えっと…うん。絶対の信頼があるんだね。
「アダム様、何年生きていると思ってるんですか?」
年齢の分だけ、見る目もあるか。
「ま、まぁ、たまにアレですけど…」
許容してあげなさい。でも、わざわざ、彼らと距離を置いた理由は?
「ウチの集落の者が魔族ばかりだって知られるのはマズいと…あと、彼らの要望で…」
…目論みは違っても、思惑が一致したのか…監視は?
「生活に手一杯で、人手が足りません」
向こうからは?
「さぁ?」
…気にする必要もないって事か…
でも、あたしは気にする性質。彼らが出て行った水辺に向かう。
「どうしました?」
アルパちゃんの声を背に、節の堅い草を倒して簡易の艀にした水場に向かう。
「…う~ん…」
…水はそれ程、濁っていないが、水質に違和感がある…これはどう説明して良いか分からないのだが、あえて言えば、直感…かな?
「…この湖の水以外の水分…」
…探知のマナを湖に放ち、反応を待つ…
…数秒の沈黙…
「…あの…」
と、アルパちゃんが声を掛けると、あたしの前の湖面から、直径一メートル程の水球が浮かび上がる。
「知らない間にかなり放り込まれてたね」
…マナ濃度の濃い水だけを取り出した…とりあえず、凍らせるか…ビシッと言う音と共に球体が凍結。急速冷却で白い。空気を抜こう…うん、徐々に、透明になる…若干、小さくなっている筈だけど、見た目はそれ程変わらない。これで高濃度マナ氷の出来上がり…この湖の大きさから見れば、微々たる量だけど、魔法効果が含まれているのは…
「お?」
これはマズいか?…マズいな…取り除こう…若干、魔法が掛けられている水と純粋マナ水の融点が違うので、中心部分の直径十センチ程が重力に引かれて、地面にポトリ。
「何です?」
あああ‼触っちゃダメ‼これを放った連中の言いなりになるから‼
「隷属水ですか?」
高濃度だから触っただけでも、隷属化するよ‼
「そんな物を…」
まぁ、湖の水全体から見れば、無いに等しい量だし、自然分解できる上に、ここに住んでる皆様方なら、毎日の排泄で効かないから。
「…そうですか…?」
それより、あたしに付いて来て良かったの?
「え?だって…」
いや、ほら。ツヴァイ君がこっちに向かって走ってきているよ?
「げ?」
差し詰め、支給品の仕分け手伝いを彼一人に任せちゃった?
「わ。分かりました。あっちを手伝います‼」
機嫌直して。あたしもゆっくり戻るから。
「…出来るだけ早く、お戻りくださいね?」
…名残惜しそうに、ツヴァイ君に元に、駆け出すアルパちゃん。
その背中を眺めながら、吐息一つ。
「無駄に隠れていないでほしいな」
背後の背の高い草原に向けて言葉を放つと、
「出て来るタイミングが掴めなくて…」
ガサガサと出て来たのは、見知ったメイド服の女性…
「…正確には、女性ですらないのかな…?」
「それは酷くありませんか?」
いつもの笑顔のベルタさんだ。
「さて、あたしは何者でしょう?」
精霊。いや、精霊の分体?
「ははは‼さすが、『神』の分体‼」
どこまで知っている?
「警戒しなくても、何もしないよ」
待って。さっきの答えはどっち?
「どっちでもあるよ。カエルちゃんの思う方で。」
…そこは重要じゃないって事か…
「その高濃度マナ氷。要る?」
何に使うんですか?
「集落の人達の健康促進のためにね」
魔族だから、ある程度のマナを摂取しないといけないのか。
「この大きさなら、彼らの寿命も百年は延びるわね」
村民のマナの摂取があまり芳しくない?
「マナの多い食料は栽培や飼育に向きませんから」
あ~。魔物や魔獣になっちゃうか。
「そのお陰で領民の皆様の戦闘力はかなり低下しておりますが」
それでも、外の兵士百人分なら、蹴散らせると思うけど?
「過剰戦力ではありますが、戦力の低下は問題です」
そこまでしてアダム様を守りたい?
「アダム様は別の方を守りたいようですが?」
アルパちゃん?
「ご存じでしたか?」
警戒しなくて良いですよ。どうこうするつもりはありませんから。
「出来れば、お連れのお二方にもご内密に…」
言われなくとも、愛娘の件は黙っておくよ。
「ああ、私の子ではありませんよ」
あ、違うの?
「確かに、『領都』で生まれたヒトですけど、母親は私でも、精霊でもありません」
ん~…大分、精霊の気配を強く感じたんだけど…
「それはアルパちゃんの母親が、精霊と契約された魔族の方だからですよ」
…え?アダム様って、魔族の方と…
「魔族と人が交わらないと言うのは、誤情報ですよ」
いや、そんな誤情報流して、何の意味が…
「魔族の増殖を食い止めたいのですよ」
魔族がヒト族に何かしたの?
「何かする前に対処したいのでしょう」
どこの誰が?
「さあ?」
敵対する組織が分かっていないって…
「そんな事をする必要がありませんから」
それ程の余裕があるって言えるの?
「領民の数や健康状態の事ですか?」
敵襲は竜族二人任せって事?
「彼らは最終防衛ライン…でもありませんね?」
?どういう事?
「気付いたものが敵対者を討伐していますから」
…あたしも敵対したら排除される?
「そうなったら、死力を尽くさせて頂きますけど?」
カエル様が気まぐれ起こさない事を祈ろう。
でも、それなら、こんな隷属化魔法を放り込む連中、討伐対象じゃないの?
「あたし達相手では効かないって、あなたも分かっているでしょ?」
だから放置?
「対処しようにも沸いてきますから、放置しているのですが…」
あ、それは高濃度隷属水。
「ヒトは学びませんよねぇ」
うわ。隷属氷を手に取ったよ。
「これを放流している組織が学術研究者の集団だって言うのに」
そして、飲み込んだ‼結構な大きさなのに‼
「うふふ…隷属化を反転させて、彼らの細胞を自己崩壊させますか」
飲み込んだ隷属氷の性質が反転して、命令が下された‼
…多分、さっきの水瓶を運んでいた連中も肉塊になってる…命令を下した連中は組織ごとグズグズ状態だろうな…
「そう睨まなくとも、私が処分できるのは彼らに直接命令を下した者達までですよ」
もっと上の組織の命令があるって言うの?
「中々諦めてくれないのよねぇ」
同じ組織の仕業だと?
「術式が同じか、似たり寄ったりですから」
何処です?そのバカな組織は?
「王国連合アカデミー…王国連合最高の頭脳集団」
連合アカデミーって…随分な所に目を付けられましたね。
「だから、こっちも隷属水の汲み取りタイミングをずらしたり、反転命令を変えてみたりしてるんだけどねぇ…」
パターンが見られないから、向こうも本格的な攻勢に出られない…と…
「まぁ、何度来ても返り討ちです。『領都』には手出しさせません」
決意を感じる言葉と瞳の輝きは引く程、凄味があって、引く程、悲壮感が漂っていて…
…話題を変えるか…
「ヒト族と魔族で交配できないって、どこからのデマなんでしょうね?」
あ、気遣いの話題転換に気付かれたかな?
「それこそ、連合アカデミーからですよ」
…え?…まさか、『領都』対策にそこまで?
「その誤情報は、現在の『領都』問題の遥か以前から流れていましたよ?」
その話はアダム様から聞いたの?
「アカデミーの最新研究成果と聞いています」
じゃあ、五百年程度前か…もしかして、それが、アカデミーへの不信に?
「私は元々、ヒト族にも、魔族にも、興味がありませんでした」
どういう経緯で、魔族の女性…アルパちゃんのお母さんはあなたと契約したの?
「彼女の属していた集団で、彼女の能力…と言うか、体質が禁忌だったらしく…」
…集団から追放された?
「今も、彼らは放浪の旅を続けています」
アルパちゃんのお母さんの持ってる体質が精霊を惹き付ける事?
「その辺の体質は彼女も引き継いでいますね」
だったら、アルパちゃんと契約してあげる?
「私の契約者はアルパちゃんの母親ただ一人です」
そんな決まりはないと思うけど?
「これは単純に私の意志です」
精霊の意志?
「私が私である為の…私であり続ける為の我が儘です」
…いつか、その我が儘が身を滅ぼすんじゃないかな?
「それはある意味、本望なのかも知れません」
いい笑顔で語っているけど、永遠であり続ける事に疲れる程、生き続けているの?
「既に幾人かの親しい人達を送っています。私の番が来ても構わないかと」
…そんなモノかなぁ…等と思いつつ、あたし達は集落に向け歩き出す。
昼頃に、集落の住民に支給品の配布が始まる。馬車の前に積み上げられた荷物の前にはアダム様。その前には領民の人垣が出来ている…
「皆‼支給品は欲しいかー‼」
アダム様の掛け声で「おー‼」と歓声が上がる…が、
「ん~…元気が足りないな~…」
不満口調でウロウロ…
「そんな意気では支給品は配れないぞー‼」
煽るアダム様に、ヒートアップする歓声‼
「よしよし‼乗って来たなー‼」
コール&レスポンスが完成した所で、アダム様の一声‼
「ニュー〇ークへ行きたいかぁー‼」
はい。アダム様が馬車の裏に引き摺られていきました…
調整後(?)、再登場。
「罰ゲームは怖くないかー‼」
はい。再度、退場…
「何をやっているのか…?」
あたしとサラムさん、エイファさんの三人はお屋敷の近くにテントを立てていた…
三人で生活するにはあの部屋狭いし、あたしとしては個人で魔法研究したいので、テント設営の許可を頂きました。ちょっくら、空間拡張の魔改造を施しているけど、全員に内緒の仕様…知られたら、どんなことになるか分かったモノではないので…ちなみに、この空間系の能力、魔法ではなく、カエル様からの特殊能力として頂いた能力なので、あたししか操作できない様になっている…もちろん、カエル様の許可があれば操作は可能だけど…この世界のヒトには理解して使うには難しいと思う…
とりあえず、支給品を配られた人に魔法の実演をお願いした。正直、ちゃんとした魔法を見た事がなかったので、これを機にじっくり観察させてもらう事にした…と言っても、生成系と操作系が得意な数人に数回…まぁ、二・三回、披露して頂いた程度なのだが…それで分かった事は、魔法と精霊魔法は似て非なる現象と言う事…では、精霊魔法とは何か?その前に魔法とは?だな…
魔法とは…マナを使って起こす超物理現象の総称で、大別すると二種類。一つは生成系で、もう一つは操作系。生成系と言うのはマナから物質やエネルギーを産み出す能力。操作系は物質やエネルギーを操作する能力。これらの能力を織り交ぜて、様々な現象を引き起こすのが魔法なのだが、物質系の属性は土火水風ではなく、固体・液体・気体の三種類。火はエネルギー系に属される。この辺は科学的な分類が為されているが、それで良いのか…?
ちなみに、世間一般的な魔法は、マナを契約している分だけの効果を発動させている為のマナを魔法に分与しているので、マナ契約魔法とあたし自身は、感じ取っている…ってか、魔法と契約しているって事は、魔法って、精霊的な意思を持っているのかな…?立場としては魔法の方が部下や使用人的な立ち位置っぽいな…精霊魔法的には同列か上の立場に感じてるんだけど…その辺を魔法で意識的にやったら、どうなるんだろうか…?まぁ、あたし自身は魔法を使えないけど…うん、使えない。だって、マナを体内に保持していないから。
魔法…マナ契約魔法は、契約と名が付いている以上、厳格な身分証明が必要になる。その身分証明がマナの色・音・匂い・感触的な個性が魔法発動の初歩の初歩となる。その初歩も持っていないのであたしはマナ契約魔法を使えない。そこで問題になるのはなぜ、わたしがマナを体内に入れていないのか?と同時に、あたし自身からマナを生成していないのか?それは単純に、魔法に対して鋭敏である為…自分自身のマナと他のマナとの混同を防ぐ為である。とは言え、完全に同じマナを持っている人物は確率的にいないけど…
「支給品、ありがとうな‼」
思考が魔法理論の構築から、現実世界に戻ると、アダム様がホクホク顔でこちらに手を振って見せている。その上で、こちらに近付いてくる。
「しばらく、ご厄介になります」
テントが立ったので、苦笑しながら、承認してもらった事に謝意を…おい。その「いや~、それ程でも~」的な社交辞令の笑顔はもう良いから‼二人に対してのパフォーマンスはもう良いから‼
「手伝う事は…もう大丈夫みたいだな」
あ、テントもう張り終わったか。ゴメン。任せちゃって。
「こう言うのは慣れてますから」
軍人…いや、元軍人のサラムさんがいてくれて、助かった。
「さて、我々は部屋に戻りますので」
あたしの荷物をテントの傍らに置いて、サラムさんが一礼。
「こちらに滞在中の食料はこれをお使いください」
エイファさんが馬車の中の箱を一つ持ち上げて見せる。食事は領主館の皆様と一緒と交渉済みなので、食料をある程度、提供する事になった…一応、永住するつもりはないので、ある程度は残して頂きたい…
「話しがあるんだが、良いか?」
アダム様。勝手にテントの入口を開けない。
「良いか?」
…良いから、あたしより先に入ろうとしないでください。
「良いんだよな?」
女子の領域‼あたしを優先しろ‼
その声に、あたしが先にテントに入り、アダム様を招き入れる。
「何だ?フツーのテントだな」
何を期待してるんですか?
「空間拡張系の能力でも使って、広げる予定だろ?」
アダム様が出て行ったら、やってみます。
「見せてくれても、構わんだろ?」
…上の方の許可が要るんですよ。
「お前の上司は怖いのか?」
こう言う要請はした事ないんですよ。
「良い子のつもりか?」
上司にとって、良い部下でありたいんです。
「まぁ、たまに悪い子しても、怒られないだろ?」
どんな雷墜ちるか、コワいんですよ。怒られた事ないから。
「失敗して怒られるよりはマシだと思うぞ」
…で、ご用件は?
「お前だけでも、『領都』に残れないか?」
我々は三人一組で行動しているんです。誰か一人が抜けても我々のチームは機能不全に陥ります。
「いや、三人で、残ってもらえれば、問題ない」
商会への契約不履行で、戻った時に厳罰があるんですけど…それに、馬も馬車もあたし達所有じゃないんですよ?
「それはこっちで対応しておくから」
止めてください。王族の方に迷惑です。盟主国が商会に圧力掛けないでください。圧力に屈するまで王族のヒトにしつこくテレパシー送らないでやってください。これはあたし個人のお願いではなく、王族の皆様からの切望です。何を置いてもそれを伝えてくれと頼まれているんです‼
「分かってるよ」
軽い笑顔で返された。あれは止めないな。
…で、残ってもらいたい理由は?
「『領都』に関してなんだが…」
この不思議環境をどうにかしろと?
「せめて、何、考えてるか?を知りたいんだが…」
いや、ベルタさんがいるでしょ?
「あれと『領都』は、不仲でなぁ…」
属性が逆みたいな?
「そんな問題じゃないんだ」
じゃあ、どんな問題?
「個人的な話なんだが…」
ああ、聞いちゃマズい問題?
…顎に手を当てて、考えてる…見てる分には絵になるな…
「『領都』は、アルパの母親…ベルタの契約者を取り込んだんだ」
沈痛な表情を浮かべ、アダム様が語る…やはり、絵になる…
「…ただ、死んでいるとも言えないらしい…」
どこからの情報ですか?
「ベルタからだ」
肉体を得ていない状態で死んでいないって言うんですか?
「彼女の死生観で死んでいないと、言ってるだけだと思う」
魂は生きているって事か…でも、個人の肉体が残っていないのに、生きているって…
「精霊と言う意味ではベルタだって我々の死生観の外の存在だぞ?」
…ベルタさんはどんな精霊なの?
「…人型の精霊…元の世界の言い方をすれば…原初のエルフか?」
…幻想的な存在っぽく言ってますが、かなり俗っぽく見えますよ…?
「そう教育したからな」
ならば、こちらも彼女の…いや、精霊の情報を得るべきでは?
「向こうが明かしてくれないんだよ」
信頼度の問題?
「契約者でないと明かせない事が多いんだと」
契約の内容は何?
「契約者同士によってそれぞれ違うが、アルパの母親との契約は共存と聞いている」
契約に必要なモノはあるの?
「それも様々だ。契約者の髪の毛一本、血の一滴から、肉体の全てまで…な」
聞いただけだと、悪魔的な存在っぽいけど?
「祈りだけでも、願いを聞いてくれる時もあるけどな」
だからって、『神』でもないんでしょ?
「そんな絶対的存在なんかより、遥かに身近で、目に見えない存在が精霊だ」
…ベルタさんから開示されている精霊の情報は?
「近くにいる上位精霊の位置と種類…いや、名前か?」
もっと根源的な情報はないの?
「…あのなぁ…お前はどうか知らんが、自分に関する事を自分自身が何でも知ってると思うか?それでなくとも、ベルタはアルパの母親と接触するまで、まともに言葉を話せなかったし、言葉を知らなかったんだぞ?」
それはヒトの言葉で伝えられなかっただけじゃ…
「俯瞰からの…いや、上位者の目線だな」
あたしは皆と同じ目線で…
「果たしてそうか?」
どういう意味ですか?
「『神理教』の『神』の『神遊び』の件。お前が関わっているな?」
肯定しますが、耳が早いですね。
「あの『神遊び』では結果として、二柱の『神』が死んだ」
彼らの計画では彼らの死が必要だった。
「死が必要か…それがただのヒトであったとしても、当てはまるのか?」
それならば、別の案を…⁈ …………
「分かっただろ?死なせる必要なんてなかったって事を」
それでも‼あの場では最善の策だった‼
「…まぁ、二柱は天に昇って、輪廻の輪に乗ったみたいだから文句は言わないが…」
アダム様の不老不死が解除されていませんか?
「また、こっちの世界の『神』として転生したみたいで、迷惑してるんだよ」
自分の不老不死が続いているなら、文句はないでしょ?
「だからこそ、他から狙われる」
…ん?花火?上から?この世界で?何で?
「魔族の攻撃だ」
…あ、魔法か…まだ続いてるな…
「今はまだ、『領都』が障壁を張っているが、いつもじゃない」
『領都』の息切れ?
「俺達が『領都』に歓迎されてないだけだ」
何?勝手に居ついてるの?
「あの頃の俺は荒野の環境に慣れてなかったんだよ」
追い出されたこともあった?
「何度か…な…」
…懐かしい思い出ですか?
「…ま、未だに、『領都』は心開いてないが」
何年、住んでいるんですか?
「ここに放り込まれて、すぐだったかな?」
充分、定住許可を得てるんじゃないですか?
「それでも、二・三年に一回は追い出されるぞ」
でも、見た感じ、家はそのままですね?
「残しておいてくれるのは感謝してるが…」
…いつまでもって確約が欲しい?
「その辺はもうどうでもいい」
いや、そんなケロっと返されると‼なんか感慨深げに語ってるのに?
「俺的にはアルパの母親を実体化させて欲しいだけだ」
ああ…寂しいですか?
「アルパの為に、母親は必要だろ?」
…今はそれで良いです…丁度、花火も終わったみたいですし…
「とりあえず、ここに残る事は検討してくれよ」
話が終わりでしたら、お帰り下さい。
「そんな塩対応だと、後々、困るぞ?」
領民の皆様とは上手く、立ち回りますよ?
「そうじゃなくて、戻る時の事だ」
帰さないつもりなんじゃないんですか?
「何かの理由で帰らなければならなくなった時、『領都』が移動してるんだから、どのルートを行けば良いか…」
分かりました‼もう戻って下さい‼
…こうして、アダム様はテントから出て行った…ちょっと、疲れた…
…ひとまず、さっきの花火の音から、精霊魔法の解析でも始めるか…
…別の空間を作って、その中でさっきの音の障壁効果部分を解析…
…あ~…これはヒトには使えない精霊魔法だな…ヒトの能力を完全にオーバーしてる…でも、精霊魔法の原理や発動方法は分かった。ただ、これは言語化は無理っぽいな…ん~…根本的に、魔法とは全く違う系統の超物理現象か…むしろ、自然現象の恣意的強化版かな…?非論理的だけど、モノに宿る意志が抵抗するとか、強化して顕現してるってのが、精霊の力って事なんだろうけど、前の世界の知識で言えば、自然にあるモノが付喪神化した存在が精霊で、それらが『マナ』を使って魔法化してるのが、精霊魔法か…こりゃ、ヒトには使いこなせないか…根本的に、魔法…マナ契約魔法的な感覚とは違うもんね…うん。マナ契約魔法って言い方も、違うか…魔法全体を一括りにして、分類化すると、マナ契約魔法は『魔式』、精霊魔法は『精霊識』…いや、逆か…触り程度なら『式』で、深く進めば『識』かな?
あ、そうなると今まで『なんちゃって』で使っていた『精霊式』は性質的に『精霊』系の現象じゃないかも…その辺は後で考えるか…
『精霊式』をヒトが使うには精霊との契約が必要になる。
…それは分かったけど、『マナ』を扱える…いわゆる『魔法使い』でも扱える様にするには、契約が必要になる。ただ、それでも、抜け道があるみたいだ。代表例が召喚・使役系…『魔式』で呼んで、『精霊式』の能力を発揮する方法…非効率的だな…ってか、これが『なんちゃって』系の『式』だな…しかも、呼び出して効果を発揮しているのが、『魔』なのか『精霊』なのかも分からない『式』だしな…
そんな事を考えながら、あたしは汎用性の高い『精霊式』を組み立て始める。
うん。『魔法』を『式』もしくは『識』と表したのは、コンピュータプログラム的な感覚があるからなのだが、実際は『プログラム』以外に、『物資』と『エネルギー』も含まれているんだよなぁ…それを適宜配分して『式』となり、複合的に組み込まれると『識』となる…的な感じで、極力、『精霊式』になる様に組み立て中である…
「カエルちゃ~ん‼ご飯だよ‼」
試作の『識』が千近く出来上がっていた所で、外から、エイファさんの声が聞こえて来た。
「はぁい‼」
答えて、テントを出ると、昨夜狩ったワイバーンが解体、各部位ごとに切り分けられており、早速、バーベキューが始まっている。
「このソース、ウマ~…」
支給品で配った各種ソースをたっぷり塗り込んだ肉塊にかぶり付くアルパちゃんが、涙を流している…ツヴァイ君はアルパちゃんに負けず劣らずに肉に食い付いており、アインさんは落ち着いて肉を育てている…その光景を、ベルタさんとアダム様が微笑みを浮かべながら、眺めている…いや、その周囲の人々の喧騒を眺めながら…かな…?
「はい‼カエルちゃんの分‼」
彼らを眺めていると、目の前にちょうどいい感じに焼かれた肉の盛られた皿が登場。
「あ、ありがと」
エイファさんから皿を受け取り、一塊を齧り付く。ん‼美味い‼
「よお‼美味いだろ?」
アダム様‼御相伴に預かってます‼
「気にすんな‼お前らの歓迎会だ‼」
あああ‼その場に居て下さい‼こっちから行きます‼
「悪いな‼」
あ、何か、飲み物…
「カエルちゃん‼これ‼」
サラムさんからグラス二つとお酒らしい瓶を一本受け取る。ナイス‼
そして、人ごみをかき分け、アダム様の元へ…
「なるほど。良いチームワークだな」
アダム様にグラスを渡すと、隣のベルタさんにもグラスを渡す。
「あら?良いのかしら?」
あたし、お酒は飲めませんから。
と言いつつ、二人に瓶のワイン…?っぽいお酒を注ぐ。
そう言えば、さっきの襲撃は?
「…撃退はしたんだが…」
煮え切らないですね。何かあったんですか?
「…どうも、『アダム』領内の魔族の襲撃じゃなくてな…」
え?越境したんですか?
「後であなたに鑑定してほしいんだけど…」
?構いませんけど…どうしてですか?
「今回の襲撃者…マナ中毒のヒト族の可能性がある」
…アダム領の東側の外れ…馬車を引いていた馬に乗って、一泊の後、一時間ほど進むと、三人のヒト型が転がっていた…
確かに、マナ中毒特有の皮膚の色をしているのが分かる。
馬上からでも分かる事は、着色していない青や緑色が斑に浮かんでいる事くらい…典型的なマナ中毒症状…この肌の色で、この辺りの人達は魔族の肌色は青や緑色なのではないか?と、勝手に思い込まれている…馬から降りるけど、高さがあって、ちょっとコワい。
「はい」
馬を操作してくれたサラムさんに手を向けられて、馬から降りる。
「乗馬経験はないのか?」
…アダム様、ねぇよ。こっち来て、まだ、それ程経ってないし、この馬にも、餌やり程度しか触れ合ってないし…近付いて分かる事は、男性二人、女性一人…
「どうだ?」
…間近で見て分かった事は、服が綺麗なこと…いや、汗や皮脂の汚れはあるけど、この環境で付着した土や泥汚れみたいなのはあまりないんだよなぁ…それに、この環境で着る服でもないし、荷物らしい荷物も持ってないし…
手を視る…うん。魔法を打った痕が残ってる…しかも、細胞が破壊し掛ける程、強力な魔法をぶっ放してるな…目を視る…ああ、身体を支配する程の暗示に掛けられてたのか…
魔法の実験体。誰かに操られたのか…どこぞの研究施設で廃棄したか、放逐した上での行動実験か…いや、でも、追跡魔法も掛けられてないし、死臭以外の特異な臭いもしないし…
『領都』は、こんな死体をそこそこ拾って来るの?
「いや、拾ってこなかった」
さすがに、攻撃されたから、報復しようとしたか?
「そこまでの感情…いや、知性か…?『領都』にあると思うか?」
アルパちゃんのお母さんの件があるからね。
「『領都』に取り込まれたか?」
告げ口…いや、行動を乗っ取ったかも…
「…焼くか」
随分、あっさり決めるんですね?
「アンデッド化されても面倒だろ?」
…とだけ言うと、アダム様が火の魔法、ぶっ放す‼
いきなりだな‼ってか、アツッ‼
「骨まで焼き尽くすからな‼」
立ち上った三つの火柱が、合わさって、渦を巻く。
…『領都』に異物を取り込ませない為か?
「それもあるけど…いやな予感がしてな…」
やめて下さいよ。年長者のその言葉の後は、大抵、いやな事起きるんですから。
「悪いな。うまい事、言語化できなくて」
言葉とは、最も原始的なデジタル変換。
「…何だ?それ」
分かり易く、かつ、明確な表現だけど、再現には限界がある。
「…行間を読めと?」
それは読者側に求められる能力…って言うか、読者に能力を求めるって、作者の怠慢以外の何物でもないと思うんだけど…
「そこは詐欺に引っ掛からない為の予習だな」
以外に国語の勉強って、世知辛いねぇ…と、燃え尽きたな…
「じゃあ、戻るぞ」
了解…ん?
「どうした?」
その場の空気感…臭い…焼けた動物のそれとは違う芳香系…この匂いは…‼
いやな予感が早速当たりそうだ…‼
「え?おい、何が…」
この場を知られた‼
さっき開発した風系の精霊識を使って、空気中の発見警報と化した芳香成分をつむじ風で纏め、西側に流し込む。後は、焦げ跡を…‼
「危ない‼」
…気が付けば、地面が近い…焦げ跡の熱気がまだ残っている…って言うか、サラムさんの腕の中にいる…あたし、どうなったんですか?
「いきなり倒れたそうになったんですよ‼」
「ダッシュとスライディングで地面に落ちる直前に、彼女が掬い上げた」
…あ‼次は、焦げ跡を……え?身体が…上手く動かない…?
「急激に大掛かりな魔法を放った後だ」
アダム様の言葉…そうか…マナ枯渇…精霊識を使うから体内に必要量のマナを取り込んじゃったのか…‼
「必要量って…百人単位の儀式魔法クラスのマナを練ってただろ?」
「本来なら三日は寝込んでますよ?」
寝込むのは後‼そこの焦げ跡を『領都』の外に…‼
「落ち着け。まず、どういう事か説明してくれ」
化学反応…いや、魔法合成反応だ。あの遺体を焼く事で発見警報の魔法を生み出したんだ。
「化学反応?」
「おい…発見警報って…」
そして、そこの焦げ跡はポイントマーカーになる。早く、削り取って、『領都』の外に‼
「待って下さい‼まずは安静に…」
急がないと、ヤバい連中が押し寄せるぞ。
「だからって、お前が対処しなくていいんだ」
早くやらないと………‼でも、身体が動かない…
無情にも、呟くあたしの瞳に魔法が浸透していく様が写る…
…完全に沈着した…焦げ跡を取り除いても、魔法が残る‼
…見てみろ…と語り、必死にアダム様に向け、手を伸ばす…
「触ればいいのか?」
…め…目元に…
駆け寄るアダム様が、あたしの手を取って、広げた手を目元に触れさせる…
「…‼」
焦げ跡を見たアダム様の身体が一瞬、硬直する。
遺体の胸のあたりからポコポコと黒い魔法の泡が空に浮かび上がる…
「…手遅れか…」
呟くアダム様の声を耳にしつつ、サラムさんにもマーカー発見魔法を掛けてもらう。戦える彼女には今後の警戒の為に見える目を持ってもらう。そう、次に続けて向けての準備‼…をしたいが、あたしの身体が限界…薄れていく意識の中、起きた時に何をすべきか?を思慮しようとしたが、あたしは瞼を閉ざす以外の事をできなかった…
「しまったなぁ…この子の身体、『イ』の世界に合わせ過ぎたか…?いや、この数値の変化は順応化してるのか?相変わらず、体内にマナを取り込んでないし、生成もしていないみたいだな…確かに、『イ』の世界のマナの扱いについては慎重に‼とは言ったけど…」
…あ、カエル様。
「気が付いた?今、身体の方を重点的に精査中だから、魂だけ離させてもらってる」
気絶したのは拒絶反応ですか?
「『イ』の世界の人達でも起こる現象よ。もっとも、限界近くまでマナを放出しないと起こらないみたいだけど」
…お手数お掛けします…
「気にしないで‼…と言いたいけれど、気にするか」
…カエル様の笑顔と笑み交じりの声が心地よい…
「『識』系統の使用許可はあたしが出す」
独断使用はダメですか?
「…まぁ、一回位なら見た目は現状の身体のままで使えるけど、二回以上使えるようにするには外見を変えるくらいの肉体改造が必要になるよ?」
体の見た目が変わるのは勘弁してほしいですね。
「うん。そこで助け舟って訳じゃないけど、提案‼」
何ですか?
「精霊用のマナ変換『式』を開発しなさい」
マナ変換『式』なんですが、どうしても、その段階で『識』になるんです。
「魔の方が『式』なのに、精霊の方が『式』にならないなんて、おかしくない?」
…確かに、そうなんですが…
「その為に『魔式』をオリジナルで作る事‼」
…そうか‼小規模魔法が大量のマナを使わない理由を解明すれば…
「それと、『領都』の件…」
分かってます。カエル様は干渉できない事くらいは。
「直接介入ところか、アドバイスも出来ないのよねぇ」
拗ねないで下さい。世界を扱う上での協定なんですから。
「それとね。マナの扱いは慎重に‼とは言ったけど、取り込んだり、生成したりは禁止していないからね。状況的にそうしなきゃならない時は、マナ生成もその身体でやっていいから」
何だか、約束を破るようで、やりたくないんですが…
「その身体の安全が第一‼魂で拘束していない契約なんだから、もっと思いっきり生きても良いの‼」
…あたし、生きているんですか?
「…そう思って、生きなさい…」
…目が覚めると、テントの中…サラムさんが入れてくれたのかな…?
「生きていると思って、生きる」
…何も考えてないカエル様らしいお言葉に、あたしの頬が緩む…
体内時計的に二日経過かな?…まだ深夜…静寂の中、テントに微風が当たりパタパタと音を立てる…月明かりに浮かぶ外の光景は、昼に見た家の並びと変わっていなかったが、人の声がない静寂は、家の灯りがどこからも漏れていない事で、廃墟の様にも見える…
テントの奥に向かい、拡張空間エリアに入ると、早速、カエル様の宿題に取り掛かる。小規模魔法の作成…マナ変換の過程を知る為に机に齧り付く。今回はしてやられた。向こうがアンデッド化を考慮した罠を仕掛けて来るとは…‼
こんな手の込んだ仕掛けは、間違いなく、連合アカデミーの仕事だ。そして、背後には巨大な権力を持った依頼主…それこそ違法研究を握りつぶせるだけの力を持った組織…一番の候補は、動機的に盟主国関係者だろうけど、違う…そんな簡単なわけがない…
いや、そこは後で幾らでも考察できる‼今は『魔式』生成に集中‼
…外の日が昇るまで、あたしは『魔式』を造り続けた…
「起きろ‼ってか、起きてるか?起きてるな⁈」
昼頃、アダム様に叩き起こされる。何ですか?
「武装集団が攻めて来た‼」
『アダム』領に侵入してきたのは軽装の五人組で、予想通り東側の焦げ跡付近から現れた。が、あの周辺は山以外の目立った目印はない…馬の蹄跡を消していないので、こちらに向かって来るのは時間の問題だろう…それはこの場に居る者達は理解しているだろう…
「それで、どうされますか?」
アインさんが近くのアダム様に問う。
「偵察は続ける。怪しい動向を見せたら、容赦するな」
「畏まりました」
一礼するとアインさんが何歩か下がり、老紳士の姿が黒い鱗を纏った竜と入れ替わる。
「では、行って参ります」
翼を広げ、宙を舞う、アインさん。向こう側には偵察帰りのツヴァイ君が青い竜姿のままで、息を荒げている。
「直接、こっちに向かって飛んできてないよね?」
「…それは…気を付けてる…‼」
少しずつ、人の姿に変わるツヴァイ君に、水を差し入れるアルパちゃん。
その光景を眺めるあたし…臨戦態勢ってヤツだな…
何か、手伝える事はない?
「…逃げる準備はしておけ…」
あれ?永住を薦めてたんじゃないの?
「事、この状況では無関係のお前たちは巻き込めない」
領主の責任?
「そう思ってくれて構わない」
…随分と弱気ね?
「ああ、俺は臆病なんだよ」
たかが斥候部隊が侵入した程度で退くの?
「ああ言うのが一番厄介なんだ‼この場を放棄して山に隠れるんだ‼やり過ごして、通過させるしかないんだ‼」
…ああいう手合いは、しつこいわよ?それに、今の斥候部隊が諦めても、第二、第三の斥候部隊が侵攻してくる…それこそ、この場の安全が確保可能と判断されたら、本格的な攻略部隊を投入してくる…いや、既に、動いているな…
「戦いは数なんだ‼少数精鋭で凌げるのは最初の内だけだ‼」
だから、こっちから攻め込むんだよ‼
「…死兵を配しろと?」
強襲部隊を送るんだよ。
「だが、誰を送る?どこに送る?」
適任の戦力があるじゃん。
と、あたしは、完全にヒト型に戻ったツヴァイに視線を送り、
「ねぇ‼ブレスくらい吐けるんでしょ⁈」
と問いかけると、
「任せろ‼」
片手を掲げて、返すツヴァイ…いい返答だ…
まぁ、あたしも地上から援護するから…彼は絶対に生かして返すから。
「お前…それ、フラグっぽくないか…?」
それは言わないお約束‼
…見つめ合うあたし達…別に惹かれ合っている訳ではない…ので、
「軍から給料は出ませんぞ」
…最後まで見届けるとは言ってねぇぞ…
…『領都』の東側…荒野の中に、一個中隊が整然と並んでいる…
「以前の調査では、こんな所にあんな山なんかなかったらしいぜ?」
鎧を着込んだ一団の一人が隣の男に話し掛けると、
「こんな場所まで調査してなかったんだろ?」
「適当に調べ回りやがって…」
「調査費用を浮かせたんだろ?」
「あ~あ。あんなわけ分からねぇ場所に行くのかよ?」
「ギルドからの正式依頼、しかも、破格の依頼料だぜ‼」
「生息している連中は殲滅でいいのかよ?」
「出来高だとよ‼依頼主は太っ腹だぜ‼」
「じゃあ、早い者勝ちの、恨みっこなしだ‼」
ガヤガヤと纏まりのない喧噪…ああ、傭兵ギルドに集合をかけたのか…しかも、戦争や紛争が仕事の連中か…
「ん?何だ?あの緑色」
あたしを見付けた一人が声を出す。その声を挙げた人物の鎧兜には迷彩のペイントが塗られており、その中には緑色もある…お前等だって緑色だろ‼と言いたい…‼
…一団からは十メートルは離れているだろうか…
「おじさんたちぃいいぃぃ‼撤退しないいいいぃぃぃい⁈」
警告…と言うか、忠告はしたぞ‼
「……‼」
わ‼ナイフ投げてきやがった‼魔法も打ってきやがった‼
…って事は、容赦しねぇぞ‼
「ど~するんだい?」
こ~するんだよ‼
と、左腕を振り回すと、目の前の一団に、上空から炎が降って来る。ツヴァイのブレスだ。数秒続く炎に、約半数が消し炭になり、残り半数が散り散りに退避。
「逃がすかよ」
しかし、残った人員の殆どが、火傷を負っており、僅かに残った、まともに動ける者にしがみついている。その一団の前にあたしは土壁を作り、包囲。
「情報を吐く奴は生かす‼黙秘する奴は殺す‼」
ドーム状に土壁の包囲を狭め、ブレスが吐かれた辺りに一纏めにする。
「た、助けてくれ‼」
「死にたくねぇ‼」
お決まりの命乞いの声が響く中、壁を崩そうと、手持ちの武器で壁を掘る数人…
「あんたら、何か知ってるな?」
土壁の中に降り立ち、壁を掘る一人を捕まえ、土壁の外へ…
「あ…ああ…あぁぁあ‼」
見た感じ、他の傭兵連中と同じ装備だが、佇まいが宮仕え然としている…おまけに随分と慌てている事から、実戦経験のない指揮官だろう…
「知ってることを話してもらう」
胸倉を掴むが背の高さがある事で持ち上げられないので、引き倒し胸倉を掴み上げる。
「し、知らない‼私は上官からこの集団を率いろと…」
どこの軍だ?
「………‼」
何かを語ろうとした瞬間、男は吐血。肺からの出血だったのだろう…言葉どころか声すら上げられず、もがき苦しむ事、数秒後、動かなくなる…
「…口封じか…」
その場に男を放置し、土壁に目を向ける。
「…もう一人くらい、拾い上げるか…」
再び、土壁の中に飛び込む…
「やっていいか?」
上空のツヴァイ君の声が響く。
「いいよ」
もう一人の尋問も、声を挙げることなく息絶える事態に、あたしは感情のない顔と感情のない声で答える…そんな中、待っていたとばかりに土壁の中にツヴァイ君のブレスが叩き込まれ、爆炎が上がる。
その爆音を背に、あたしは引き上げた二人の鎧を剥ぎ、身元を探れそうなモノを探索する…まぁ、この口封じの魔法も連合アカデミー製だろう…ご丁寧に、ベルタさんが隷属魔法を反転させて魔法返しを喰らった研究員が生前に造った魔法の様だ…尻尾切り…ご丁寧なことだ…だが、その丁寧さが、仇になる。魔法を造った者が同じでも、掛けた者は別人…その癖はどうしても出て来る。特に、ヒトを操る系の魔法には倫理観のブレーキの効き方、探求心のアクセルの掛け方がそれぞれに違う。
おっと、最初に引き上げた方は王国連合北部出身で、もう一人の方は盟主国の王都西部の出身か…どうせ、連合アカデミーに出向してたんだろうけど…
「…このまま王都に行く…」
近くに降りたツヴァイ君に告げる。
「え?」
「侵攻軍を潰しながら王都に向かうから、斥候部隊を潰して‼」
その言葉と共に、長距離ジャンプ‼瞬時に上空三百メートル近くまで上昇し、眼下の百人単位の傭兵団の塊が、十か所程、見える…と、あたしは下方に手を向けて、魔力を放出すると、傭兵団の先頭百メートルから土の津波が沸き起こり、目に見える範囲の傭兵団を巻き込んで、押し流していく…
「他は?」
降り立った場所は、最も近い傭兵団が押し流された場所。周囲には傭兵たちの持っていた獲物が数本、頭を出しているが、気を取られる事なく、連続ジャンプで王都を目指す…
傭兵団はアダム領を取り囲む壁の一部を切り開いた場所から出ていた。が、あたしはジャンプで壁を乗り越え、王都に入る。
王宮の方向に三回程ジャンプし、王宮に潜入…
…騎士団の人員名簿のある資料庫を即席の隠蔽の『魔式』を使って目指す…他国であっても、大抵の王宮の配置は同じとの情報を信じ、その場に向かうと、確かに、資料庫を発見。
…騎士団の出身地情報を照らし合わせ、あの場の二人と確定。現在の出向先の情報は事務局近くにあるので、事務局に向かう…
…人の多い事務局を脇目に、騎士団出向関係の書類の山をごっそり持ち出して、人気のない一室で広げる…
「これか」
二人の名前が書いてある書類を見付け、出向先を確認。
「…連合アカデミーの盟主国の西部支部…」
出向先欄の文字を見て、書類をそのままに部屋を出る。
そこに、
「‼」
ドアを開けた先…廊下の向こう側の人物に体が硬直する。
「こんな所に…?」
…だが、すぐ様、予定通りの脱出経路を辿り、王宮から離れる…
…そこに居たのは、メリダ様だった…
…次に向かったのは連合アカデミーの本部。近場と言う事と隠蔽の『魔式』もあった事もあるが、何食わぬ顔で王宮から出る。アカデミーに向かうのは確認の為…二ブロック北にある連合アカデミー本部に向かう。
…別の隠蔽の『魔式』を重ね掛けして、アカデミーに潜入…出入りの業者が使う勝手口から業者と共に潜入する…
「…?」
…運び出される廃棄物に違和感…実験動物の死体を詰めた袋から人の血の匂い…
「…そうか…」
…特有の臭い成分を可視化して、出所を辿っていく…
…廊下を一ブロック左に曲がると、扉がある。誰もいない事を確認し、扉を開けると、上下に開くタイプの引き戸…搬出用のエレベーターに使われるゲートがある。
…臭いはゲートに続いてるが、ゲートの分断部で途切れている…ここで、臭いの可視化を切って、エレベーター部屋から出る。
「…地下か…」
…職員たちの雑談の反響から、建物は地下二階…いや、三階か?三階部分は建物を建てた後に増設した様で、他の階の反響具合と僅かな違和感がある…足元に、数センチの浮遊する『魔式』を掛け、足音と足跡を消しつつ、階段を探る…
一般職員用の階段は地下一階まで、特殊技能持ち職員が持つパスを使って地下二階に行ける。地下一階と二階の踊り場にゲートがあったので、完全に地下二階を確認できなかった。実験区画の様で、踊り場だけでもマナの淀みが一階に比べて濃厚だった。
地下三階への入口が分からない…と言う事もなかった。所長らしい人物から、人の血の臭い…それも袋詰めされた人物の血の臭いがする…
「所長室か」
階段を駆け上り、最上階の『所長室』に向かう。
最上階は役員専用の階で、研究所に来ている役員の部屋には受付に人がいる。現状、所長と一人の役員しか来ていない様だ…受付のいない部屋に音を抑えて入る…建物の構造的に階段がない事は外観から確認済み。
まずは『領都』『アダム領』『アダム様』に関する資料、それに付随する研究成果、現行の最新研究、出資者名簿と彼らの要望の研究進捗を机の引き出しから漁る…
「…ふ~ん…」
…『領都』に関しては何もなかったけど、『アダム様』系で調査しているのは不老不死か…現行で進めているのも不老不死…最大出資者は盟主国、次に王都、『メリダ商会』…
ざっと目を通し、つぎの行動。
「…転移魔法反応は…」
…南東角に敷かれたカーペットの北西角が捲れている…迷うことなく、カーペットを捲り上げると、魔法陣が僅かな赤い光を放っている…転移魔法の反応を感じる…
「別の所に転移しないよな?」
…見た感じ、役員専用の転移魔法陣ではない…が、用心のため、役員机の上に置かれた羽ペンを転移陣に置くと、周囲のマナを吸ってフッと消える…
その反応を見届ける間もなく、役員机の対角線上に身を潜める事、一分程…
「…誰も上がって来ないか…」
立ち上がって、魔法陣の元へ…
「…さて…」
意を決して、魔法陣の上に立つと、瞬時に、あたしの目を闇が覆う。
…暗所対応の為に瞳孔を広げると、足元に羽ペン…天井に申し訳程度の照明が一メートル程先にある扉を見せ、その隙間から一筋の光が漏れている…室内に人の気配はないが、マナ濃度と人の血の臭いが、地下二階入口に比べ、むせかえる程に濃密…
「…さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
…カエルだから、蛇はヤダなぁ…とか思いながら、扉に向かい、取っ手に手を掛ける…
途端、
「ガアアあぁぁああ‼」
直径二十センチはある巨大な指が三本、扉を突き破り、飛び出してくる。
「わ‼」
幻覚ではない‼破壊された扉の破片が頬を掠める感覚は、間違いなく現実だ‼
「何だ⁈」
思わず、後ろに飛び退き、転移陣に乗ってしまう。
瞬時に、光の支配する世界に放り込まれる‼ホワイトアウト‼瞳孔を瞬時に絞ると、足元からの激しい縦揺れ‼
「地下のアレが出て来るのか⁈」
窓辺に駆けて、そのまま突っ込み、アカデミー本部から強行脱出‼
王宮・アカデミー沿いの大通り、反対車線側に降り立つ。
「おいおい…‼」
…地下からの激しい揺れにアカデミーの建物が崩れ始める…地上五階の建物の中に巨大な人型の半身が身を捩っているらしく、一・二階から内部の柱や梁、壁などの建材、筆記用具などの文具や魔法に使う実験器具、埃や破片、人も同様に払い出される。
立ち上がろうと、二階部分に手を置くと、バキバキと音を立てて崩れ出し、背中から倒れる衝撃音に再びの地震。アカデミーの建物が巨人(仮)の頭部側の建物が崩壊する。
「うわぁ、進撃…?」
…魔法世界にアレはないわぁ…屋根を突き破り頭部が露になった…うん、某進撃的大型巨人な筋肉模型的顔…と思ったが、どっちかと言うと、ウ〇トラ怪獣系宇宙人…目に該当する球体を覆う瞼は縦だったり、横だったり、斜めだったり…ああ、色は白いから劇場版の量産型エ〇ァっぽいけど、ウナ〇イヌ顔じゃないな…呼吸器的な穴が五・六個並び、反対側に口とを思わせる切れ目が開いて…うわぁ、歯並びがヒト型…あ、周囲の人を掴んで、口に放り込んでる…あれは肉を食ってるんじゃなく、マナを喰ってるな…
とにかく、キモイ‼あれに人型の意味があるのか⁈いや、それより…
「証拠隠滅の方法が派手‼」
跳躍して、一旦、その場から離れつつ、現状を確認…あれが暴れたら、王都は壊滅…?
「いやいや‼王都には対大型魔法生物部隊がいるだろ‼」
…等と、ひとり言していると、
「やべ‼」
巨人型魔法生物の一つの目が、こっちを捉える。隠蔽が効いてない⁈
「足止め‼」
アカデミーの周囲から十メートル外側を意識して『魔式』を放つ。と、巨人型魔法生物がその場でジャンプし、落とし穴を仕掛けた領域を飛び越えて、こちらに向かって駆けて来る。距離は五百メートル程離れているが、こっちのジャンプ移動と巨人の普通駆け足では駆け足の方がやや早い…
「迎え撃つ‼」
振り向いて、巨人に手を向ける。改めて、顕わになった全身を魔力で凝視。一瞬で思考が明確になり、巨人が『動く肉塊』程度に感じる…それはあまりに無理のある巨大化と人体化と魔法制御…マナを喰らい続けなければ、その巨体を、その姿を維持できない様だ…
とにかく魔系や精霊系の『識』を使わなくとも斃せる‼
「崩れろ‼」
早速、思案していた液属性の『精霊式』を迫る巨人の手に放つ。
巨人に向けた両掌の上、数センチ先に、直径十センチ程の水球が浮かび、巨人の掌の細胞の隙間に入り込む。途端に、巨人の身体が、液体が入り込んだ腕から崩壊し、倒れ込んだ巨人の体躯が、あたしを避けながら崩壊…『動く肉塊』がただの『肉塊』に成り果ててしまう…
「…他のアカデミーの施設も同様の襲撃を受けているか…?」
頭の片隅に浮かぶ疑念…と、逃げないと‼面倒ごとに巻き込まれる‼
あたしは北に跳び、アダム領へと向かう…
…一時間ほどでアダム領の『領都』に到着。
「変わりない?」
集落に到着すると、主要メンバーの顔があるが、浮いた様子がなく、どこか沈痛な
空気が漂っている…
「どうしたの?」
誰に…とでもなく問うと、
「『領都』から退去勧告を受けた」
アダム様が答える。
え?退去勧告?『領都』が何らかの意思を放ったの?
「ベルタがメッセージを受け取った」
本当に『領都』の意志?
「ええ」
頷くベルタさんも沈痛な面持ちだ。
「理由は?」
…との、あたしの声に、
「すまん‼」
ツヴァイ君の謝罪の声。
「調子に乗って、斥候の奴らを焼いた‼」
…あ。斥候部隊の身体にも、魔法合成反応が⁈
「印を多く付けられた事に対する報復だろう」
…そうかな?
「…と言うと?」
さっきからこの地域…って言うか、『領都』全域から精霊的気配が薄れているのよ。
「…そんな事、お前に分かるのか?」
まぁ、ぶっつけだったけど、『精霊式』は発動したから。
と言って、あたしは『精霊式』で作った、安全な水球を皆に見せる。
「…『魔式』ではありませんね」
ベルタさんのお墨付きがもらえた‼
…って言うか、ベルタさんが受け取ったメッセージは退去させなきゃいけない事象を起こすから、避難しろって意味じゃないのかな?
「そんな都合の良い事を…‼」
折衝役に、アルパちゃんのお母さんが就いたんじゃない?
それにツヴァイ君のブレスが契機って訳でもないと思うよ?
「じゃあ、何で⁈」
全員の疑問を代弁するのはアダム様。
…精霊として、最後の力を解放しようとしているんだと思う…
と、あたしは山を指差す。
「彼らが攻め込んできたのは、契機だったかも知れないけど、解放された力に皆を巻き込みたくないって言うのは、『領都』の意志か、アルパちゃんのお母さんの意志か…」
あたしは、そう言葉を紡ぐと、
「『領都』の中の『火』のエネルギーが臨界を迎えようとしている」
「つまり?」
「『領都』のシンボルである、あの山が噴火する」
「標高八千メートル級の独立峰なんて本来有り得ない。それが噴火…いや、山体爆発だって有り得る。火山灰や火山弾がどこまで飛ぶか…火砕流の可能性もある…その後の被害がどこまで及ぶのか…」
アダム様は事の重大さに気付いた様だ。
付け加えるなら、マグマの流出箇所や方向によっては甚大な被害が出る。更に、地下からマグマを供給し出したら。手が付けられなくなる。
「抑え込む事は不可能か?」
…え?何故、そこで、あたしじゃなくて、ベルタさんを見る?
「私の一存ではとても…」
そして、それに何故ベルタさんが答える?しかも、目線をアルパちゃんに向けて…
…そうか…色々と繋がった。
が、今は山の噴火だ。
はっきり言えば、噴火は今すぐと言う訳ではない。今から出来る対処も幾つかある。
まず、ここに住む人達の避難。出来る限り離れた場所にシェルターを造らなければいけないが、どの程度、離れれば良いかが分からない。なので、現在の『領都』がある場所から最も離れた領境…南東側に移るとの結果が出た。生活の利便性を完全に無視した場所ではあるが、その辺は行き当たりばったりで強行しようと思う。それに、アダム様の住んでいる湖畔以外の場所に住んでいる人々への避難勧告もあるが、聞き届いてもらえるか分からない。彼らには彼らの考えがあるんだから…
次に、山に溜まっているマグマの推定量計算。山体の膨張状況から山体内のマグマの容積は算出できる。超音波を当てれば内部の状況もある程度解析可能だが、音波振動でマグマを刺激するのは良くない…いや、その程度でマグマが刺激されないと思うけど、それはカエル様の居た世界の話。こっちの世界だと反応する可能性もある。ただ、少なくとも、『領都』の土砂と山体膨張状態から、噴火時期の予想は付く。とは言え、現状では十日から一年以内と言う、かなり幅のある予測だが…
他に、王家・王都領・他領への警告や、領民への物資的な援助要請、避難候補地に隣接する領地へ向けての先触れ、可能なら他領への移住要望を出す必要がある。勿論、問題はある。多くの領民が魔族である事と彼らが盟主国の市民権を得ていない事。他領への移住となったら、どれ程の無茶な要求があるか分かったモンじゃない。最悪、アダム様も含めて奴隷に堕とされる事だってある。そうなったらアダム様を求めての争奪戦からの内戦、他国からの介入だってあり得る…
…それが狙いか?
…山体観測と称して、あたしは山を眺めている…周囲はあたしが警告した事態への対応にバタバタしている…現状あたしが山体観察と称してボ~…っとしているのは特にやる事がないから…いや、ほんとに…アダム様にも、許可をもらっているし…
…う~ん…こんなのんびりした上に不確定要素の多い作戦なんて通用するか…?
はっきり言って、この噴火騒動、煽り過ぎな気がする。いや、騒いでるのはあたし達…もっと言えば、あたしとアダム様だけか…まぁ、噴火と言えば一大事だけど、現状、体感地震すら感じないんだから、焦る必要はないんだけど…いや、焦るか…地震大国出身の転生体だし…あれ?これ、ほんとに噴火するか?
山体膨張の兆候が見えないし、山からの地震は感じない…そうだ。この山が活火山として機能してない。火山に付随するモノがない。はっきり言えば、温泉がない‼
え?じゃあ、あの火の精霊の気配って何?
確かに見えてもいるし、気配も感じるけど…あれ?火山性のマグマって火のエネルギーだったっけ?いや、そもそも、火の精霊エネルギーが宿っているって事は…山が単体の火の精霊を飲み込んでいる?
「ちょっと山に行ってくる」
立ち上がって誰にとでもなく呟くと、
「え?」
丁度通りかかったサラムさんが答える。
「それと、あたしが戻るまで、集団移転は控えるようにね?」
気付いてくれたので、顔を向けると、山に向かってジャンプ‼
「…さすがに、ひとっ跳びって訳にはいかないかぁ…」
あたしの跳躍は移動しながらだと、最高高度は三百メートルだから、山の頂上までは届かない…とは言え、目標高度は四千メートル位…十回くらい跳べば届く所…
「あれ?」
山の麓の森林地帯まで跳べない…いや、跳躍能力的には届くけど、身体と警戒心が山体に向かう事を拒否している。
『アダム領』の結界‼精霊力の壁が目の前に見える。そして、その壁が『アダム領』が発している能力ではない…腹の中の火の精霊…なるほど、だから森林限界までか…‼
思い立ったが即行動‼液属性の精霊式に冷気エネルギーを纏わせ、槍状に伸ばすと精霊系の氷の槍が出来上がる。長さ五メートル直径三センチの槍がズンっと地面に三十センチ程、突き刺さり、地面の水分がビシビシと凍結していく…
これ以上凍っては引き抜けなくなるので、目標位置を睨み付けて氷の槍に標的を支持する魔力を込めると、ロケットよろしく、真上に高速射出‼標的の高度まで到達すると、ほぼ直角に標的に向けて吶喊。障壁に当たり数秒静止するが、高速回転しつつ、数ミリ溶けながら障壁を貫通。瞬く間もなく、標的に刺突する。
「ギエアアアアア‼」
激しい蒸気が上がる中、怪獣の雄叫びが響き渡り、山体の中腹から全長百メートル程はある爬虫類系の頭部を持った四つ脚…いや、六つ脚が出現。黒い表皮とひび割れた箇所から吹き出す赤い炎に、自分なりに、火蜥蜴と命名。荒れ狂いながら、鼻先に刺さった氷の槍を振り払おうと頭を激しく振るっている。
間髪入れず、氷の槍を生成し火蜥蜴に突き刺すと、火蜥蜴の全体が山から出て来る。ただ、体長は思った通りだったが、尻尾と思われる後方も頭部となっており、二重の咆哮が空に向けて放たれ、真上の雲を消し飛ばす。
…追い払うにしても、こちら側に来なければ良い…そんな事を考えながら、氷の槍を次々と射出していると、火蜥蜴がこっちに向けて駆け下りて来る。
どういう理由で『アダム』領に居付いたのか知らないが、やる気なら相手するぞ‼と気合を入れ直す…いや、無理‼大き過ぎ‼精霊の格で言うなら明らかに上位クラス‼
くっそ~、しくじった‼攻撃系の式じゃなく、防御系にすれば良かったか?それ以前に、敵対行動自体が間違いだったか?…だからって、あんなのと意思疎通できるか?
まるで山崩れの様相で、駆け下りる火蜥蜴。土煙が上がる先端で、炎の息と共に露になる狂気の眼が、明らかにこちらを見据えている。高々、あの程度の攻撃で怒り狂うか?
ああ…攻撃され慣れていないのか?つまり、あれで幼生体…
ハッとなって、火蜥蜴の出て来た辺りに目線を向けると、山体に熱の塊が蠢いているのが分かる…出て来た個体を標準とすると、三、四十匹はいるだろうか…『アダム』領はこいつらの産卵場かよ‼大体、どのくらい昔から、あいつらを抱えていたんだ?って言うか、この手の精霊に卵を産み付ける習性があるのか?いや、火のエネルギー系の精霊だから、本来は自然にマグマを貯めた山に産卵するはず…
ん~…習性的に、こういった山に産卵して、孵化したら地下に向かって掘り進めて、マントルで更に成長するタイプの精霊か…
あ、打開策、見付かったかも。
あたしは火蜥蜴が森林地帯に入る手前に固属性の精霊式で壁を造り湧出させ、元の穴に火蜥蜴を押し戻す。更に、本来の山なら存在する地下へのマグマの通路を、山体内部の土砂や岩石を圧縮しつつ地下に伸ばす。すかさず、形成された地下へのトンネルを火蜥蜴の群れが降り、最後尾が通過すると同時にトンネルを塞いでいく。
約四キロにも及ぶ火蜥蜴の地下への行軍は、マントルから放たれる高熱の影響か、徐々に速度を上げ、先頭が精霊式に追い付き、遂には、自らの力、自らの熱で地下へと掘り進んでいく…ここまで来れば、穿孔の式は不要と判断し、穴埋めは自動お任せに切り替えて、大きく一息…まぁ、自動お任せと言っても、マナは吸われ続けるんだけど…
とりあえず、最善の結果で噴火モドキを抑える事が出来た‼
…最善か?と言われるとちょっとアヤしいが…後は、山体崩壊を防ぐ為に、火蜥蜴が入っていた空洞に詰め物しないとな…
…そんな事を考えていると、後方から人の気配…距離と時間的にアダム様達の所から来た人達とは違う…あたしは森に入り、隠蔽の魔式を使い、様子を窺う…
背の高い草原を掻き分けて、五人の斥候グループが姿を現すと、全員が山体を見上げる。構成は男性三人女性二人かな…?全員が同じ迷彩服、同じ装備で、カエル様の居た世界のレンジャー部隊っぽくも見える。頭部もお揃いの迷彩柄の布を張った帽子で、顔は黒い布で覆われ目元だけが露出している…見た感じ、ダンジョン探索と言うより、戦争の偵察部隊だ…
しばし山体を眺めていた彼らが直径一メートルの円状に散る。目線とハンドサインでの今後の進路を確認する事、十秒程…全員が頷いて、先ほど開いた道を戻る…
撤退だろうか?…ここは後を追うべきか…?いや、クールダウン、クールダウン…火蜥蜴を追い返した事で気が逸っている…冷静にならないと…
まず、やらなきゃいけない事は、アダム様に火山活動の停止を報告する。大分、慌てていたから落ち着かせないと…次に侵攻中の軍の対処。一応、向こうへの行き掛けに、ある程度は潰したけど、他から出ている可能性もあるからな…あと、さっきの連中の行動も随分と怪しいか…一人捕まえて、吐かせるのも手かな…?まぁ、山体の詰め物は全部終わってからでいいか…
その前に火蜥蜴が入っていた穴倉まで跳ぶか。温泉を産まなかった原因となる何かがないかを知りたい…耐熱素材が生成されてるなら、ちょっと興味があるしね…
…五回くらい跳躍したあたりだろうか…空気に異変を感じる…
…硫黄や土砂の焼けた臭いではない…そう、空気の微妙な振動…空を見上げる…‼
マジか⁈
…隕石が迫る気配…儀式魔法で呼び寄せやがった‼
…空の青の向こう側の闇の中に、太陽の光に照らされた岩塊を認識…まだ、距離はあるがかなりの大きさ。『アダム』領の半分の大きさはある。
天…と言うより、隕石に向けて、手を翳すと、気の魔式で逆向きの小型竜巻を生成。
「届け‼」
射出‼直径十センチ程の逆向きの竜巻が天に向けて放たれる。
成層圏を突き抜け、順調に隕石まで伸びる空気のドリル…当てるだけで良い…砕け散らせれば最良だが、軌道を逸らせるだけでも構わない…‼
高速で迫る隕石が熱を持って地面側を赤く照らし出す。地の溶岩から天の溶岩を相手にするって事かよ⁈ってか、熱いんだよ‼汗だくだよ‼
文句が止まらない状況で、あたしは隕石の軌道と逆竜巻の先端を併せる作業を始める。
…なかなか隕石の真下に合わない…自転風…いわゆる偏西風みたいな風の影響で二・三百メートルはズレる…‼その辺を加味して調整すると…合った‼真下を捕らえた‼
後は迎え撃つだけ…当たった‼上空五万メートル‼隕石が崩壊する感覚が伝わる…
やった‼…え?
崩壊する隕石がばらばらと四散する中に、黒い塊…儀式魔法の核となる密度の高い岩塊が山の頂上に偽装した火口に向かって降って来る…‼
意識を黒い岩塊から逃さず、逆竜巻で岩塊を振り払う。
…くぅ~…‼…どんだけ高密度の重量物なんだよ‼気属性の魔式ごときじゃ傷を付ける所か、軌道を変える事も出来ない‼天からの黒い岩塊…自称、真隕石は現状高度四万五千メートル…目を離していても位置は常時把握するくらい可能だ…
…大きさはちょうど偽装された火口と同程度か…大気圏突入部が高熱に晒されているにも関わらず、溶解時の赤色光が見えない…耐熱素材かよ‼
「…耐熱素材?」
思うより早く、脚が火蜥蜴の居た穴倉へと跳び、入口に到着。
「まだ間に合う‼」
未だに熱を持った穴を構成する黒い岩塊…面倒な手順をすっ飛ばして、穴に向けて手を伸ばすと、火蜥蜴達の熱で圧縮された岩塊が更に圧縮&硬化。瞬く間に、直径五センチ程の球体になって、あたしの右の掌の上に浮かび上がる…かなりの熱気…多分、この大きさでトン単位の重量はあると思う…
…真隕石は高度三万五千メートル付近…
「いっけえええぇぇぇええ‼」
ほぼ真上…真隕石に向け、掌の圧縮岩を投げ付ける。
瞬時に、逆竜巻を真隕石に向け形成し、竜巻内部を真空状態にする。更に、圧縮岩を竜巻の中に押し込み、下から風で押し上げる。即席の空気製レールガンから打ち出された圧縮岩が高度二万メートル付近で真隕石と激突‼
「まだまだぁ‼」
圧縮岩に宿った熱量を真隕石に移す。と、真隕石の衝突面からビシビシと罅が入り…
「今っ‼」
圧縮岩に含まれている水分を一気に解放‼真隕石の芯まで到達している罅から瞬時に水分を液体状態のまま沁み込ませ、爆発的に気化。
空の青が、瞬時にホワイトアウトする。
…真隕石が粉砕された…
「やった…」
四散する真隕石と圧縮岩の欠片が尾を引きながら『領都』を避ける様に地上に降り注ぐ…隕石が熱膨張に弱い材質で助かった…最初の罅が入らなかったら、ヤバかった…‼
あたしは力なくその場にへたり込み、上体を後ろに倒す…見上げる先に衝突時に出来た白煙が雲の様に浮かんでいる…高度にもよるが、アレはいずれ、この惑星の赤道付近に、土星の輪っぽくなるかな…?
気が付くと、右腕全体が火傷している…投擲の影響か、脱臼してるっぽい…その上、掌の感覚が殆どない…今更ながら、全身汗だく…体内の水分も大分抜けている…照り付ける太陽……普通に命の危機だな…いや、普通は死んでるか…カエル様の分体だからこの程度で済んでいるんだな…あ、火蜥蜴が全部、マントルに落ちたな…マナの流出が止まった…
「…ははは…」
…今更ながら、自分が『生き物』ではない事を認識する…いや、常識的な『生き物』ではないと言うべきかな…?…頭方向から吹く風が、あたしの自嘲的笑みを掻き消す…近付く足音が複数と…
「何を笑っているんです?」
聞き覚えのある声が聞こえる…この声は…
「…エイファさん…」
視線を上…山の麓方向に向けると、黒い竜とエイファさんの姿…あ、近くにサラムさんもいる…ご丁寧に、アダム様もいるな…
…それだけを認識すると、あたしは気を失った…マナの使い過ぎだ…
…目が覚めた時に最初に見たのは、領主館の天井…某新第三〇京市の決戦兵器パイロットの台詞は、あえて言わない…確かに、見憶えないけど‼
…視線を脇に向けると、左隣にサラムさんとエイファさん、右隣にアルパちゃん…三人共、船漕いでいる…エイファさんはサラムさんに寄り掛かっているけど…時間は朝か夕か…日差しが窓から差し込んでいる…ガラス窓を使っているから賓客用の部屋かな…?
…今更ながら、右腕が全面的に痛い…この世界的でなら切断されてもおかしくない状態だったろうに…そうしなかったのはちゃんと看た結果だろう…左手で右肩部を触れると、包帯のガーゼ感が伝わる…
「…ん…」
布擦れの音と目を見開いたあたしに、アルパちゃんが声を挙げる。
「…あ…」
彼女の声を合図に、左側の二人も目を覚ます。
「…おはよ…で良いのかな?」
三人に声を掛ける。
その後は、大騒ぎのお祭り状態だった。集落の全員が部屋に押し寄せ、お礼の言葉と共に飲めや歌えの宴が開始。日が中天に達する頃には老若男女全員が出来上がり、部屋の丸テーブルをお立ち台に見立てた『マハ〇ジャ』踊りを男女構わず踊り出す始末…定番の音楽と共にキメの一節で「フゥ‼」と叫ぶ一体感はちょっと小気味よかった…あの音楽って誰が流してたんだろう?…あと、この世界に羽扇子なんてあったのか?…即朝、お約束の通り、部屋は散らかり放題の死屍累々…あたしはベッドの上で完徹する羽目になった…
「…ん‼完治した…」
そんな中で右腕に巻かれた包帯を解くと、キレイさっぱり、火傷の後は消えていた。肩の関節も戻っているっぽい。包帯に付与されていた治療魔式の影響もあるが、「こんな事もあろうかと‼」って事で、あらかじめ施しておいた高速代謝が功を奏したようだった…
…剥けた皮膚が包帯に張り付き、パリパリと剝れる…感覚的には乾いた瘡蓋か、日焼けした皮膚を剥がす感じかな…?最も重症な掌は張り付いて剝れない…右掌だけ包帯を巻くか、治療魔式付与の手袋を新たに仕立てるか…
「やっぱり右手は完全じゃないか?」
泥酔者の山の中からアダム様の声。上に乗った領民を押し退けて上体を起こす。
「ここまで治っていれば充分ですよ」
包帯は支給品として配布した品物だが、治療魔式を付与したのは領民の皆様…おそらく、アダム様だろう…謝意として通用するか分からないが、笑顔で一礼する…
「そう言えば、向こう側の斥候がいた筈ですけど…」
頭の片隅にあった事を掘り起こし、アダム様に問うと、
「アインがブレスで対処した」
あたしを迎えに来た時についでに排除したか…と直感的に思い浮べるが、あたしのお迎えがついでだった可能性もあるな…
「…一人、逃がしたがな…」
あれ?ブレスで一掃したんじゃないの?
「障壁で防がれた様だ」
…ドラゴンのブレスを?…ふぅん…
「何か気になる事でもあるか?」
…見た目、斥候っぽかったけど、その一人が儀式魔法のキーだったのかな…って…
「逃がしたのは痛手だったか?」
儀式魔法は彼らの切り札だろうから、しばらくは手を出せないでしょうね。
「さすがに諦めてはくれないか」
連合アカデミーの長年の研究テーマが『不老不死』ですからね。
「厄介な祝福を受け取ったモンだ」
…自嘲しないで下さい…それに相応しいから授かったんですよ…
…しばしの沈黙…住民たちの寝息と鼾が間を埋め…
「少し話があるんですが…」
あたしが話を切り出す。
「じゃあ、外に…」
いえ、執務室でお願いします。生き残った斥候の件もあるんで。
「分かった」
…あたし達は住民たちを掻き分けつつ、廊下に出る…
「それで話とは?」
アダム様が定位置の執務机の椅子に座る…いや、アダム様。ソファーにしませんか?執務机だとあたし立ちっぱになるんですが…
…あたしの提案にアダム様がソファーに座ってくれる…
…まず、あなたが異世界に転生した経緯を教えてもらえませんか?
「それが『領都』が狙われる事に関係しているのか?」
あたしの予想が正しければ…ですが…
…と、アダム様が大きく息を吐き、
「元々、俺の魂は、この世界…『イ』の世界に転生する予定ではなかったんだ」
…え?何らかの手違い?
「いや、生まれ変わる最中に予定の世界への転生が拒絶されて、『イ』の世界が受け入れてくれた…ってカンジかな…?」
転生先を強制キャンセルされた?
「…転生予定の世界に入ろうとしても、入れなかったからなぁ…」
…アダム様が生まれ変わる前に、転生管理者…『神』が入れ替わったのか…
「『神』…まぁ、転生まで管理するモノの視点で言えば、その可能性もあるか…」
アダム様を呼び寄せた『神』は、認識可能ですか…いや、認識可能でしたか?
「ん?どういう意味だ?」
あの、ほら‼魂だけの時に自然にその世界に流されて行ったのか?呼ばれた感覚があったか、それとも導かれたのか…
「随分、昔だから、覚えてないなぁ…」
ん~…じゃあ、前の世界の死因は?
「お約束の事故死」
え?…それは単独?複数?
「…スピード違反の信号無視トラックに生身で突っ込まれたから…一応、単独か…」
‼…ああ…そう言うことですか…納得しました…
「いや、一人で納得されても、俺にはさっぱりなんだが…」
アダム様…いえ、あなたは交通事故で死ぬ必要がなかった魂なんです。
「え?」
今更かもしれませんが、あなたは異界の『神』に殺されたんです。
「いや、待て…え?『神』に殺されたって…?」
本来の転生予定だった世界を管理していた『神』に殺されたんです。
「…『神』に殺されたって言うのは、まだ納得できないが…そもそもの理由はなんだ?」
…その世界において抗い難い異質な力を、『神』の奇跡の名の下に振るって欲しい…手っ取り早い話をするなら、あなたに『勇者』になってほしかったんじゃないでしょうか…?そして、転生予定世界に入れなかったのは、あなたを召喚した『神』がその座を追われたから…つまり、『神』が『神』じゃなくなったから…
「…そして、ここからが重要なポイント…」
興奮気味の息を整えて、大きく息を吸い込み、あたしは告げる。
「あなたを追って元『神』が、『イ』の世界に転生しています」
「それは問題なのか?」
神妙な面持ちのアダム様にあたしは続ける。
転生したなら、『神』である事を忘れて、人として生きるならばそれでいい。だが、その転生体が前の世界の『神』と同様の扱いを望むなら、人の望む『神』らしい行いをするしかない…それでも生きている間は『神』として扱われる事はないかも知れないが…ただ、『神』の条件として欠かせない要素を、普通の人は持つ事はできない。
「それは『不老不死』」
あたしの言葉に、数秒の沈黙…
「…まさか、俺の『不老不死』を狙って…?」
『祝福』によって得られる『不老不死』は、『神』の『不老不死』ではありません。
「どう言う意味だ?」
『祝福』を授けると言う事は、『異能』を授けるのに適切な身体や精神に変換する事ですから…それに、『神』が本来、『不老不死』を得るには、他者からの授かるのではなく、自らの『異能』…『全知全能』で得るモノなんです。
「つまり、俺の『不老不死』を狙っているのは…」
…『神』になろうとして『神』になれない…いや、本質的な『神』と言う存在を理解していない者…要するに身の程知らず…
「それでも、それなりの能力を持っている…か…」
悲観する必要はありません。隕石落としが失敗してますし、あれ以上となると人をやめたモノじゃないと使えませんから。
「相手がヒトをやめる事はないのか?」
そこまでの根性はないでしょうし、『神』になる事が目的のモノが『神』たり得ない行いをするのは避けるでしょう。
「『悪魔』や『祟り神』になるつもりはないと?」
そんな存在を『神』と認めないでしょうね。
「その口振りだと、その『神』願望者が誰なのか?分かっている様だな?」
大胆な事をするヒトですよ。
あたしは俯き加減に笑みを見せる…一区切りの空気をアダム様が察してくれると、
「ベルタさんとアルパちゃんの件、どうするんですか?」
自分でも分かるゲスい笑みを見せる。
「何のことだ?」
とぼけても無駄ですよ?ベルタさんってアルパちゃんの母親なんですよね?
「おいおい…ベルタは精霊だって…」
アルパちゃんのお母さんの肉体と魂を取り込んだ精霊でしょ?
「…あの姿は元々だぞ?」
元々は人型であっても、必要最低限の人型だったんでしょ?
「どうして、そう思う?」
精霊系の魔法を使うと分かるんですよ。いくら高位の精霊であっても、自然にあの姿になるなんて、有り得ないって。
「…そう言う事は黙っててくれると、嬉しかったんだがな」
そういう訳にはいきませんよ。
「…アルパに話したか?」
ご自分で告白してください。
「…頑張るよ…」
そうしてください…それと、
「終わりじゃないのか?」
サラムさんとエイファさんの事、お願いします。
「連れて行かないのか?」
二人には納得できない事情ですから…
そう言って、あたしは立ち上がる。
「戻って来る予定は?」
ありません。
「じゃあ、お別れくらい言って行け」
イヤですよ。メンドくさい。
そう言いつつ、あたしは執務室の出入口に到着し、
「では、ごきげんよう」
そのまま部屋を出て、外に向かう…
数時間後、あたしは国境の町に来ていた。
そこで探していたのは政府高官用の馬車…外見の豪華さと言うよりは、乗車時の質を追求した造り…現在、早朝…と言うより、開ける前…
「…あれか…」
…見つけた‼関所からUターンしてくる。関所の開門時間前だから、通過できなかったんだろうな…関所での手続きも済ませていない様だし…
…あたしは徐に馬車に近付く…御者や中の人に感付かれない様に…
到着したのは酒場兼宿…高級感はないが、宿泊客の安全をしっかり保てる営業形態でその筋では有名…ただし宿泊料金次第…
馬車から降りて来たのは、二人の紳士と、一人の淑女…
「奇遇ですね?」
勿論、偶然ではない。そして、誰がいるかは分かっている。
「‼あなた…」
淑女さんが驚きの声を挙げる。ベール付きの帽子を被って、顔は分かりずらいが、声で淑女の正体は分かっている。
「メリダ様?」
月明かりから日の光が主役に変わる時間…東から白けた空が少しずつ赤く染まる中に、メリダ様の驚く顔が見えて来る…
いつから、いらしたのですか?
「あ?ああ…三日前かしら?」
何の目的で?
「支店の視察と、お得意先のご挨拶廻りよ」
お早い、お帰りなんですね?
「あなたは知らないでしょうけど、王都の連合アカデミーで巨人が出たのよ‼それ以外のアカデミーのある都市でも巨人が出たから…」
お怪我…いえ、火傷は大丈夫ですか?
「?」
スカートの裾から包帯が巻かれた脚が見えてますよ?
「え?ええ…お茶を零されてしまいまして…」
……………
「そうそう‼巨人が出て来た時に、給仕が…」
……………
「応急処置は済ませてあるから…ああ‼でも、殆ど直っているのよ‼大げさにして、周りが帰りましょう…って…」
……………
「…何故、火傷しているって知っているの?」
…やはり、あなたは『神』の器を持っていない…
「え?どういう意味?」
そもそも、あなたは法律の『神』だった。
「な、何言っているの?」
…侵攻して来た異教徒に対抗するために異世界から『勇者』を呼んだ…でも、あなたが律するべき一族は、あなたが『勇者』を呼んだ時点で、異教徒の『教義』によって大半が改宗済…まぁ、異教徒の教えは一神教だから、『神』の教えこそ唯一の教えであり、『神』が戒める事は戒律になるか…それでも侵攻して来た『神』の教えの中にはそっちの教義…いや、戒律も含まれていたんだろうけど、あなたが制定したとされる戒律と異教徒の戒律を同一視する事を嫌悪し、それがあなたと異教徒を決定的に敵対させる事になる…いや、あなたを信仰する人々によって、あなたは異教徒にとっての最終的な脅威となった…まったく、あなたは、ただの象徴神…元々、人の創造の産物でしかなかったのに…
「…‼」
この世界に転生し、人として生きる事になったあなたは、前世の記憶を頼りに要領良く生きた…けど、要領が良過ぎた…自分の存在の優位性を示す為に、本来のタイミングで起こすべきでない技術革新や政変を起こした事で、どれ程の人物が日の目を見なかったか…いや、どれ程の人々の生死が振り回されたか…って言うのは『死神』の言い分…
「…あなたはどう思っているの?」
煩わしいだけです。それに便利な発明って言うのは、押し売りじゃなく、口コミで広めてこそ、価値が上がると思いますよ?
「参考になります」
それが出来なかったから、あなたの『イ』の世界での功績は歴史に残らなかった…いや、そこは残さなかったのかな?自分が『神』に至れないと判断したら、即座に周りを巻き込んで、転生したんですから。
「…そんな覚えてもいない前世の事を…」
いえ。あなたは前世の記憶を持っている。
「何故、そんな事が分かるのです?」
あなたが使った『隕石落とし』の魔法…オリジナルは『イ』の世界の魔法じゃない事も調査済みです。それに、本来は核になる硬質物体はもう一つ内包されていたけど、それは元の世界の『隕石落とし』魔法用の隕石の仕込みですから。
「まあ‼隕石を降らせる魔法なんて…」
いい加減、認めて下さい。そもそも、あたしはあなたを信用も信頼していません。
「…危険な事を指示した事は、謝るわ…でも…」
…初対面の時に、あなた方夫婦と女の子を一緒に描いた絵がありましたね?
「娘との思い出よ」
…女の子の顔の塗料が、大分、分厚く塗られていましたね?
「そ、それは招いた絵師が…」
…一番上の塗料の乾き具合が甘かったですよ。
「それは…」
しかも、ついさっき塗ったような…強制的に水分を抜いたような乾かし方…だから、あの部屋の中に焦げかけた塗料の臭いが漂っていたんですね?
「…………」
あの肖像画の顔をあたしに似せたのは、あたしの気を引く為だったのでしょうけど、あなたの技量ではさすがに経年劣化の演出まで出来ませんでしたか…
「…………」
いや、逆に、元の女の子の顔からあたしの顔の系列に修正した腕前は、大したモノです。あの肖像画の塗料の分厚さから、何人かの女の子を、同様に騙して、便利なコマとして使ってきたんでしょうけど…前のコは、戦争孤児ですか?疫病の生き残りですか?
「…………黙れ…外の『神』の分体ごときが…‼」
…ようやく、正体を現してくれた…
…さっきまで、纏っていた雰囲気が吹き飛び、冷徹な空気がピリピリと張り詰める…
…なるほど、この程度の神聖威圧は可能ですか?
「…我は元『神』ぞ?…人に身を落としても、『神』の智を持つ我に敵うのか…?」
…あなたごときがあたしに勝てるとでも…?
「手負いごときが‼」
言われて、包帯を巻いたままの右手を見る。
…まぁ、問題ないでしょ…?
「余裕か?」
…油断はしてませんよ…?それにしても、おかしな事を言い出しますね?
「なんの事だ?」
だって、元々『法』を司る『神』なのに、『神』の智なんて…
「それのどこがおかしい?」
『法』なんて、その時々で変わるし、人の心情を考慮した『法』だってあるし…
「そんなモノは『邪法』だ‼『神』によって定められた『法』こそ、真なる『法』だ‼」
人は変わって行くモノだよ。あんたが守って来た氏族の人数なら、あんたの示すところの『法』でも治められただろうけど、いずれ、限界が来ただろうな。
「それでも真理を元にした『法』だ‼」
『法』によって守るべき民を殺しても?
「必要な犠牲だ‼彼女達の犠牲で『法』がなった…」
元の世界のやり方を、こっちの世界に持ち込む?
「生贄は最も力を得るのに効果的な行為だからな‼」
だからって、処女の生贄なんて…ああ、三流邪神の例に漏れず、『神』に選ばれし『勇者』の導き手…『巫女』の誕生を封じる為か…
…この会話の間にも体術と魔法の応酬があった。その間にメリダの性質が、人から外れて行く…魔法の多重行使、四つの目が前後左右に配され、耳の位置が左右で段違いに配置。爪が伸縮自在になり、牙の咬撃に特化した顔に変化。その口から吐かれるブレスは、火炎だったり、吹雪だったり、雷撃だったり…体毛が鱗に退化し、身体が二回り巨大化。
…もはや、『ヒト』の姿を保っていない…そして、この場の異常性に気付いていない…
そろそろ、潮時か。
「そんな事は…‼」
ああ、もう良いです。
こちらに飛んで来る魔法を全て弾くと、あたしはメリダの正面に立つ…
「まだ、我は…」
納得できなくて良いです。もう準備は整いましたから。
「…何を…?」
あなたを閉鎖空間に封じました。
「⁈」
…今更、気付きましたか?あなたの護衛か、側近がいないでしょ?
「ならば、貴様を斃して…」
それも不可能です。だって、あなたはあたしの声に魅了されていますから。
「音声催眠など…」
魅了と言いましたけど、実際は違います。あたしの声はカエル様から与えられた特殊個性ですから。外の『神』でも絶対的な力を持つ『神』からの『恩恵』ですよ?
「…くっ…‼」
耳を塞いでも無駄です。あなたの身体が物質で出来ている限り、あらゆる振動であなたの聴覚神経を刺激します。
「ど、どうするつもりだ⁈」
聞きたいことがあるだけです。でも、あなた程度の『神』では知らないでしょう…
「…バカにするな…」
この世界の『神』…それこそ、創造を司る『神』の行方など…
「それは…⁈」
答えようとした途端に、メリダが声を詰まらせる。
…ちっ‼転生時に呪いを掛けられたな‼
「あ…な…がぁ⁈」
見る間にメリダの身体が更に膨れ上がり、王都で暴れた巨人の姿に変貌する。
呪い返しに見せ掛けているつもりか⁈
「オオオオォォォオアアアア!」
知性の欠片もない巨人の掌があたしに振り下ろされるが、単純な動きで容易に躱せる。
余程、あたしに知られたくないの⁈
…でも、まだあの身体を構成する細胞や物質はあたしの支配下にある…とは言え、あんな化け物に言葉が理解できるとも思えない…
…『神歌』を使うか…
振り回される巨人の腕を搔い潜り、一旦、距離を取ると、あたしは『神声』を発する。
『神声』とは、カエル様の声の真似ではない。幾重もの和音や不協和音を一息で発するおよそ普通の生物では発生不可能な発声法である。ホーミーの様に音階が一定ではなく、高速細切れで声を発している訳でない…現在、あたしがやっている発声練習でも、オーロラの様だと、『七福』の面々が褒め称えている。
…詩は『かえるの唄』で良いか…
この『かえるの唄』はカエル様のオリジナルだが、冒頭の部分の歌詞に問題がある。
♪かぁえろ かえろぉ かえるがなくからかぁえろぉ
…本来は『かごめかごめ』らしいが、そんな事情は知らない。それに、決して、カエル様が歌詞を間違えた訳ではない。続く歌詞がちゃんと存在するのだから…まぁ、確かに、パクった…と言うか、オマージュが過ぎるとも思うが…歌唱は子守歌系…
そして、巨人にも変化が見られていく…歌い続けて行くと、逆再生の様に巨人が縮んでいき、メリダと同じ身長程になると、その姿も元の女性の姿に戻る…
…だが、まだだ。もっと、戻って…いや、還ってもらう。
歌い続けると、更に若返り、狂乱状態が徐々に落ち着いてく…だが、もっと、もっと‼
妙齢な女性から少女、幼女、赤子に変わり、胎児にまで戻ると、別の人生の老婆が現れる…前世のメリダ…前々世のメリダ…三代前、四代前と寿命から生まれるまでを何度もその場で繰り返される…それにしても全部女性で、全部メリダの名か…
少しずつ、若年での転生となり、夭折と言うには早すぎる転生が繰り返され…
「…ここまでか…」
…胎児の姿から離れた魂が、神像の姿を現す…『イ』の世界に来た当初のメリダが姿を現した…なるほど、神の名が『メリダ』なのか…いや、『メリダ』と言うのは『神』を定義した女性神官の名前で、『神』の顕現の為に生贄にされたのか…
ちょっと、戻し過ぎたか?
「…な?」
険しい表情のメリダが、唐突の事態に混乱している様にも見える。
「落ち着いてほしい‼裁定の『神』よ‼」
声を掛ける。まぁ、この段階で、元の世界に裏切られたんだから、怒り心頭だろうし、あたしの声が聞こえているかも、疑わしい。
それでも、彼女から発せられる念を読み取る。
…伝わってくるのは、激しい憎悪の念と、僅かな驚き…その驚きの中に見える映像は…
「ご苦労様です」
『死神』の声が背後から聞こえる。
「今?」
困惑と言うよりは苛立ちが先に立つ。
「後はお任せください」
待って‼とのあたしの要請より先に、メリダの背後から『死後』の世界への空間が開かれ、メリダの身体が吸い込まれてると、
「では、ごきげんよう」
同じように『死神』も『死後』の世界に吸い込まれて、空間の裂け目が閉ざされる…
「くっ‼」
…ここで右手の痛みが再発…握り締めた掌から血の滲む感覚が伝わる…
…『死後』の世界…
「…ここは…?」
メリダが周辺を見渡し、警戒する。以前の世界に向けられる敵意は溢れたままだが、ここが、『死後』の世界であることは肌間で理解している…それと同時に、現状の自分が生存本能を備えた魂である事を認識する。より強い…いや、彼女の思う最強の容姿と能力、武装を持った姿を自らに顕現させる。
「これで万全だ」
…その姿は無駄を一切省き、引き締まった身体を持ったアダムそのもの…彼女の中の最強『勇者』のレベルMAX状態…しかも、武器防具は最強装備…
「その姿でよろしいのですか?」
と、『死神』が彼女…いや、彼の前に現れる。
「『死神』か‼」
正眼に構える偽アダム。
「知って頂けているとは、光栄です」
礼儀正しく、一礼しれ見せる『死神』。
「さて、大人しく消滅を受け入れてもらえませんか?」
顔を挙げて、丁寧な笑みを見せると、
「何故、私が消滅せねばならん‼私は『神』たる魂だぞ⁈」
背後から迫る、黒い球体を旋回一閃し、叩き斬る。
「ふむ…では、賭けをしませんか?」
その光景に『死神』が顎髭を抓み、思案して見せる。
「賭け?」
「あなたが勝ったら『死神』の座を譲りましょう」
「そんなモノは…」
「あなたが望む『神』の座ですよ?」
数秒の沈黙が流れ…
「受けよう」
大上段に剣を構える偽アダム。
「助かりますよ」
と、虚空から刺突用の細剣が『死神』の手に持たれる。
「そんなレイピアで…」
鼻で笑う偽アダムに向けて、フェンシングの礼を取る『死神』…
「あ、そうそう」
『死神』の言葉に反応する偽アダム。
「ここ、何かついていますよ?」
胸元を指差す『死神』の言葉に、目線を向けると、
「‼」
いつの間にか『死神』の細剣が胸に突き刺さっており、その状態で手首を左右に振るうと、偽アダムの身体が両断され、『死後』の世界の塵となって、消えてしまう…
「未熟‼」
血を払うように細剣を振るい、終了の礼を見せる『死神』の一声。崩れる前の偽アダムが「卑怯者」と言っている様にも見える…
…あたしはトボトボと王都の道への道を歩いていた…この速度なら三日で到着かな…?
「お待たせしました」
と、あたしの前に『死神』が降り立つ。いつの間に?とは思わない。『神』と名乗るからには距離を無視した存在なんだろう…時間に対しての干渉は不可能なんだろうか…?
…こちらの欲しい情報でも持って来たんですか?
「さすがに創造の『神』の所在は分かりません」
…分からないって…調べないの?…って言うか、やっぱ、四年待ち?
「居られなくても、この通り、世界は回っております」
…いつか痛い目、見るぞ?
「これ以上、痛い目には合わないでしょうけど?」
…人死にが、結構出たモンね…
「お陰で、試験官の仕事に支障が出ておりますけどね」
あたしに愚痴られても、どうにもならないと思うな。
…そう言って、あたしは『死神』の脇を抜ける…
「ああ、そうそう。これからどちらに向かわれるのですか?」
…四年後の『顕現』に備えて、どこかに潜伏したいんだけど…
「…そうですか…」
…顎髭を抓んで、虚空を眺める『死神』…
「…西の大洋のほぼ中央辺りにこの国の王都ほどの大きさの無人島があります…」
そこまで、どうやって行くんですか?
「そこは造船業ギルドに頼むなり、ご自身の魔法なりで対処なさってください」
そう言われたら、魔法の一択でしょうが。
「では、頑張ってください」
あ、そうそう。宰相様に今の浮気相手は止めておいた方が良いって、忠告してください。あの人は、お金しか興味ないですから。
「しかと、お伝えします。それでは…」
その言葉と共に、『死神』の気配が消える…
…一方、アダム領の『領都』…
「…母…なのですか?」
アダムの屋敷の執務室…アダム、アルパ、ベルタがソファーに座り、親子としての三者面談開始の言葉を、アルパが放つ。
「…この姿も、私の中の記憶も、あなたの母親のモノです…」
そんなアルパの言葉に、ベルタが首を横に振る…勿論、否定の意味である。
「ですが、あたし自身は精霊です。あなたの母親ではありません」
「そうですか」
二人のやり取りに、間に入るアダムが居心地悪そうに事態を見守っている…むしろ、こっちに飛び火しない事を願っている様である…
「今更、私を母と呼べますか?」
ベルタの問い掛けに、
「呼べと言われれば…まぁ、呼ぶだけなら」
答えるアルパ。
「心を込めては、呼べませんか?」
「ん~…あたしの中では、お茶と笑顔と狩りしか出来ない先輩メイドですね」
「辛辣ねぇ」
「もっと、何でも出来る方なら、尊敬も出来るんですが」
「ごめんねぇ…ダメダメメイドで…」
溜め息が思わず零れるアルパ。
「ただ、あなたはどうなのですか?」
と、ジト目でベルタを見据える。
「それは母親としてですか?」
「そう言う意味ではありません」
「じゃあ、どういう意味?」
「あなたはあたしを娘として扱えますか?」
「その様な扱いを望むなら」
「あなたはあたしの母親として振舞えますか?」
「望むならね」
「じゃあ、あたしを愛する事が出来ますか?」
「…あなたが望むなら…」
「あなたを愛してもいいのですか?」
「…それも、あなたが望むなら…」
「父であるアダム様も?」
「…それは…」
…言葉を詰まらせるベルタ…
「それは言い方が悪いぞ」
堪らず、アダムが助けに入る。
「精霊と言うのは、元々、人としての感情がないんだ。例え、持っていたしても、お前が思う以上に希薄なんだ」
「これまで、何年も人と…まぁ、魔族ですけど、人と一緒に居たのなら、ある程度は人の感情が、分かるでしょう?その上、母の魂を取り入れているのですから」
「まぁ、そうなんだが…」
アダムが引っ込んでしまう…
そして、ベルタは、相変わらず、苦しそうに俯く…
「分かりました」
と、アルパが大きく吐息一つ。
「アダム様。まずは、ベルタさんを愛してください」
「え?」
思わず声が出るアダム。
「そして、ベルタさんはアダム様を愛してください」
「でも、そんな事をしても…」
ベルタが反論の言葉を返すが、
「ベルタさんは振りでも良いんです‼それこそ、母の魂にあった感情をアダム様に向けてくれて構いませんから」
「でも、それはアルパちゃんのお母さんの感情で…」
「今更、取り込んだ人の感情に遠慮してどうするんですか?」
「それは…そうだけど…」
再び、俯き加減になるベルタ…
「…あたし、思うんです…母は父と共に在りたかったんだろうなって…」
と、遠い目でアルパが語り出し、
「俺の『不老不死』か」
アダムが相槌を打つ。
「魔族が長命と言っても、『不老不死』には敵いませんからね」
そう言い放つと、アルパは席を立ち、
「あたしが戻ってくるまでは、仲の良い夫婦になっていて下さいね?」
執務室のドアを開け放ち、退室し、出口方面に待つサラムとエイファに向き直る。
「では、行きましょうか?」
アルパの言葉。
「良いの?」
確認の意味が多分に含まれるサラムの言葉に、
「はい‼」
アルパは飛び切りの笑顔を見せる。
…大陸の西側の海岸線に到着したのは二週間後だった…
連続ジャンプでも良かったのだが、さすがに疲れるので、国境を超える時だけに限定して、ジャンプすることにしていた…途中、大きな街に寄って、盟主国がどうなったのか等の情報を仕入れると、周辺諸国からの援助を受けて再建している最中らしい…もっとも、援助に掛かる費用の捻出に苦慮するだろうとは、護衛していた行商人の言葉…そうそう、メリダ商会は会長が行方不明でしばらく上層部が慌ただしかったらしいが、会長不在の長期化で、今まで抑え込まれていた派閥抗争が勃発。各国の都にある支店がその国の支店を纏め上げている最中らしい…
…港町までの護衛が終わると、ギルドで依頼料を受け取り、海辺に向かう…
港には大型船が一隻と中型船が三隻…砂浜には漁業用の小型船が二十艘程、打ち上がっている…その光景を眺めつつ、あたしは岩礁地帯へと向かう。
事前の聞き込みで、海に向けて開いている、ちょうどいい大きさの洞穴があるらしい。
そこで、船を造って、大洋の中心に浮かぶ孤島を目指す事にする。船体は木造に偽装したカーボンファイバー製で、推進力には『液』系の魔式を船底に付与。ダミーとして船体中央に帆を建てる。魔法力推進の技術がこの周辺では未発達なので、あくまで偽装だ。とは言え、風に逆らって進んでいれば、言い訳にもならないのだが…
造船そのものは、一週間ほどで完成。海に浮かべての操作にある程度慣れるまで、三日程を費やす事となった…予定外だったのは船の大きさ…一人乗りを考えていたのだが、外洋は波が荒いかも知れないと思い、十人乗り程度の小さめの中型船になってしまった。
…思えば、進水式も洞穴周辺の試験運行も一人だった…まぁ、この一か月程で、一人には慣れた…筈だが、やはり、置いて来たサラムさん達は少し心配だ…あの集落の生活に馴染めるだろうか…無理をして怪我をしていないか…ご飯は好き嫌いなく食べているだろうか…お酒飲み過ぎて、お腹出して寝ちゃって、寝冷えしていないか…そして…
「…時々、あたしの事、思い出してるかな…?」
晴れて、本日は出港の日‼
「いや~、船出日和ですね~」
「風も良いし、波も穏やか」
…あたし達は出港の準備をしていた…そう、あたし達だ…
…え~と…まず、何で居るの?
「メリダ商会は落ち目ですからね」
「泥船に乗るつもりはありません」
…うん。サラムさんとエイファさん。それはあたしも感じるけど…
「なので、新天地を目指すのも悪くないかと…」
それより、何でアルパちゃんがいるの?
「ダメですか?」
…そんな上目遣いでおねだりされると…嫌とは言えんだろ…‼
…そんなわけで、我々は、新天地に向けて、船出した…
あたし達は王国連合盟主国の王都に来ていた…そう、あたし達だ…
「いや~、到着しましたねぇ~」
あたしの左隣にエイファさん。
「まぁ、何とか予定通りだな」
右隣にはサラムさん…
…二頭立ての幌馬車を背にあたし達は王都の見える丘の上に立っていた…
この一か月の間に何があったのか…
まず、あたし一人での旅は危険と言う事で宰相様の奥様が護衛…と言うか、お供の意味合いを込めて、二人を付ける事になった…と言っても、旅をする上での立場的には、あたしがエイファさんの護衛と言う事になるのだが…言ってしまえば、エイファさんの行商の護衛として盟主国の王都に向かう事となった…
身分と言うか、いわゆる『ジョブ』は『魔法使い』と言う事になっている…まぁ、実際には『魔法研究家』なんだけど、効果として発揮されているのは、いわゆる『魔法』系なので、『魔法使い』でいいやって事になった…正直、面倒臭い。
それより、この一か月は怒濤の日々だった…一応、裏道を使わないで、ちゃんと関所を通って来たのに、途中で五回も野盗の襲撃を受けた…無論、全て撃退し、関所に報告したのだが、役人さんの数人が驚いた顔をしていた…撃退した野盗の中に協力者でもいたのだろう…税金からのお給料では生活が成り立たなかったのか、贅沢したいのか…ちなみに、裏道…と言うか、通行料をケチった山道を無理に通ると、前の関所での通過記録がない為、罪人扱いされるらしい…しかも、そう言った山道には野盗の皆様が張り付いており、関所の役人さんと裏で繋がりがあるらしい…なので、被害に遭ったと言っても、関所抜けを疑われ、料金や罰金を二重、三重に徴収される事もあるとか…これはエイファさんからの裏情報だ…
エイファさんの行商は販路拡大の意味も込められている…けど、エイファさんのお店は宰相様の奥様の商会に取り込まれ、メリダ商会と名前を変えている…メリダとは宰相様の奥様の名前で、王国連合内では五本の指に入る大きさの商会…なので、エイファさんの父親の商会から多額の移籍金が支払われたとか…雲の上のお話だな…
行商自体は順調の様で、そこそこ儲けているらしい…案外、事前のリサーチが徹底されているみたいだ…頼もしい…それに、こちらの予定に合わせて、盟主国内を動き回る予定で、盟主国王都のメリダ商会の支店で減った分と必要な分を補充する…
こちらとしては引き続き彼女の行商の護衛をしながら、盟主国内を放浪する予定だ。その間に商会の方であたしが行きたい場所…『盟主領』についての詳細情報を調査してもらう。
あたしの目的地は王都の北部に広がる領域…正式名称はアダム領、別名『盟主領』と呼ばれている。もちろん、アダムと言うのは領主の名前で、五百年前、『神理教』の洗脳を解いた第一王子の名前…現在もご健在らしい…ご存命ではなく、ご健在…現在でも、王都から離れた領地から、お小言が王族達の耳に直接、届くらしい…しかも、定期的でなく、思い付いた様に、唐突に届くらしい…その為か、テレパシーを受け取っている王族の何人かはノイローゼに陥る者が出ているらしい…この情報は約一か月後に、一回目の行商から帰還した際に、あたし達の担当主任から言い渡された情報である…この時、ついでとばかりに、『盟主領』の地図が渡された。
…正直に言って、役立たずである…地図上の面積としては、王都の二倍ほどはある様に見え、周囲を次の行商に向かう領があるのだが、『盟主領』の内部の詳細はほとんどない。あるとすれば、領都を示す点のみ…ああ、王都側から北上する道らしき線が引かれているけど、途中で擦れて…?…まぁ、領都まで延ばされていない…
さて、そんな訳の分からない領域に向かうのはさすがに危険行為…実際、危険らしく、魔獣、魔物の巣窟と言う以外に、犯罪組織、反政府、反連合組織のアジトがあるとか…まぁ、未開の土地であるだけに未採掘の鉱床や、魔獣の墓場的なモノもあるのでは…?と噂されている…最たる例としては、魔族の集落や竜の巣が点在してるのでは?とか…あ、魔族と言うのは、マナ適応が高い人型種族の事で、高過ぎるマナ適性の為、汎ヒト種族とは交配不可能な種族の総称らしい…竜族に関してはいわゆる西洋竜…一応、東洋龍も居るには居るが王国連合の近辺では西洋竜の事を示している…人型やそれ以外の生物に変身可能で究極の生命体とも言われている…ただ、この近辺…王国連合内と近郊では、魔族、竜族はかなり珍しいらしく、遺跡に彼らの遺骨や痕跡が残るくらい…まぁ、実際は、ヒト種族の生息が困難な地域に割と生息していたりする…竜族はもっと厳しい環境に生息しているけど…
何が言いたいか?と言うと、そう言った場所に向かうには国や王都、『盟主領』に接する他の領からの厳格な許可が必要となる…ただ、年に何回か、国や各領、大手商会合同での『盟主領』探索隊が結成されるらしい…が、結果はあまり芳しくない様で、近年の状況としては魔物や魔獣の波状攻撃で国境から五キロ圏で引き返すと言う情けない結果が続いている…その為か、じりじりと、国力が低下…経済力、軍事力では王国連合内ではどれも二番手…発足当時から続いている盟主国の座を追われそうになっているとか…この国の高官さんって博打好きなのかね?
それとは別に突発的に『盟主領』に入れるイベントが発生する。これは王族をノイローゼに陥れるテレパシーでの盟主アダム様の要請である。
これが、案外と面倒らしい。日用品の補充や、新商品の要求等なら、ある程度の融通が利くが、盟主国内で入手困難な金品の要求がかなり面倒…特に、記念硬貨や、賞味期限の短い食品の要求は無茶無謀の極みらしい…更に、『あれ、アレ持って来て‼』と送信され、以降連絡なしな事もあったりとか…もっと明確に、指摘すべきだと思う…せめて、視覚情報を添付する位は後々にでもやっておいても良いかと思うな…
それと特定の人物の招聘。名前が分かっており、盟主国内の人物なら何とかなるが、国外の名前も分からない人物を連れて行くのはかなりの難関…拉致する訳にもいかない上に、名前も知らない人物を特殊な能力だけを頼りに探し当てたら、違う人物だったと言う事が何度もあるらしい…それで、今回、そのお告げがあったとの事。その内容が、『緑色を連れて来い』らしい…これは二回目の地方巡行が終わった時に、支店長から直々に言い渡された。
うん。あたしだな…いい加減、『緑色』にも慣れた…でも、偉い人が『緑色』かぁ…せめて、名前でテレパシー送信してほしい…緑色は特記事項でお願いしたい…まぁ、外見的特徴としは、相当、目立っているけど…
この際、ついでとばかりに日用品等の仕入れを要求され、サラムさん、エイファさんも同行することになった。
「やったー‼」
二人共、大喜びの大はしゃぎ。ま、あたしも今更、別れるのも寂しい位には二人と仲良くはなったし…支店長、良く二人の同行を決断したな…まぁ、商材の管理や不測の事態に備えての人員配置だろうけど、王家に恩を売る絶好の機会か…
それと、何処から聞きつけたのか、他の商会や冒険者連中が支店に押し寄せた。曰く、『盟主領』に同行させろ‼…との事…自分達の優秀性を並べ立てているが、皆、欲望に忠実だ。
「ダメです」
しかし、一刀両断の対応をしたのは『盟主領』からの遣い…名はアルパ。
あたし感覚…と言うか、カエル様感覚ではフツーに感じ取れるメイド服を着ている…ご丁寧に、ヘッドドレスあり…年齢的にはあたしの年齢設定より若干上かな…?ちょっと不満があるとすれば、あたしより胸が膨らんで見える事ぐらいで…
「胸を強調する服を着ているからですよ」
険しい表情を崩さないサラムさんがフォローしてくれる…フォローしてるよね?どのくらい強いのか腕試ししたいとか、考えてないよね?さっき、ガラの悪い冒険者風の大男を投げ飛ばしたけど‼うん、サラムさんもそのくらいできる事は知ってるから、盟主領の領都まで…いや、それ以降も仲良くしよう?ね?
アルパちゃんはメリダ商会で用意した商材のチェックに追い回されている。間違っても、不良品や顧客の意図に反した物品の搬入があってはならないとの事で、チェックは厳格らしい。あたし達の担当主任さんが愚痴っていた…それはそれで受け入れるけど、アルパちゃんがあたしに愚痴を吐くのはどうなんだろう…?…てか、あたしは苦情受付担当?
こうして、多少、ギスギスした状態で一週間が経過し、馬車一台に荷物を積み込んで、あたし達は北に向かう事となった…
もちろん…と言って良いのか分からないが、王都領を出るまでに様々な襲撃を受けた。
盗賊の妨害は言うに及ばず、中小商会の護衛部隊っぽい一団、冒険者らしい集団や、兵隊さんっぽい動きの集団が襲ってきたが、返り討ち。面倒臭いのでその場に放置した。まじめに働いてる警備隊に捕まえてもらいたい…
王都の『盟主領』に辿り着いたのは午後一時頃…五メートルはある高いレンガ壁と金属製の重厚な扉の前に領境を守る兵舎が左側に一つ…
「通行許可、お願いします」
兵舎の中で受け付けに座る兵士に、代表者のエイファさんが特別手形を差し出す。
「…行ってよし」
訝しげな表情で手形を睨みつつも、手形をエイファさんに返却。
すぐ様、目の前の扉がゆっくりと横にスライドして壁の中に納まる…どうやら、魔法で動かしているらしく、壁の中の扉の上下を歯車で挟んで移動させている様だ…
やがて、馬車が通れる程度まで開かれ、停止。
「気を付けて行けよ」
気のない言葉だが、ありがたい。
あたし達は門を抜け、『盟主領』に入った…
しばらくは道なりに馬車は進んでいく…馬車の中は…と言うと、御者を交代したサラムさんと積荷から取り出したお茶を振舞おうとしているエイファさんとその行為に文句を言うべきか悩んでいるあたしが、幌の後方を開けたスペースで一休みしていた…
「我々用に購入したお茶です。飲んでも構いませんよ」
御者席のアルパちゃんの声に、あたしは沈黙…かなりの気配察知能力があるな…
幌の後方から見た外の光景は、最初の方は領境の壁くらいしか見えなかったが、徐々に、
元王都の街並みの廃墟となり、一キロ程過ぎると住居の倒壊化が進み、三キロ程で完全な平原…背丈の高い草原と所々に見受ける細い木々…窪んでいる箇所には水の反射光…とは言え、それも視界全体の三割程度で、殆どが土の荒野…
「領境の民家には人が住んでいますね」
誰に…とでもないサラムさんの呟きに、
「領土割譲の際に、アダム様が強引な線引きをした為、民家があるのです」
アルパちゃんの回答。
「事前の情報では領民はアダム様とお付きの方々だけと聞いてますが?」
「流民が勝手に入居しているのです」
「対策はされていないのですか?
「それは他領の仕事です」
「そちらでは対策されないのですね?」
「何しろ、人手が足りないものですから」
険悪な雰囲気…
「おっと」
馬車のスピードが落ちて、十メートル程で停止。
「私が出て良いですか?」
馬車から降りるアルパちゃんに、
「フォロー入ります‼」
あたしとサラムさんも馬車から降りる。
前に回ると、馬車の先…五メートル前には奇怪な生き物…魔獣が進路を塞いでいた…
「これが魔獣」
目の前の魔獣は三頭で、黒地に白の斑点が入ったイヌ科タイプ…体高はサラブレットサイズ…あたし達を引いている馬より一回り大きい位で、目らしき赤い眼光が五つ…左右に二つずつと上二つの正三角形位置に一つ…角が二本、左右の目の上に突き出ている…それ以外の身体的特徴はイヌ科の容姿に酷似している…あたしが初めて見た魔獣だ。
「喜んでいるな」
アルパちゃんの言葉にあたしの頬が緩んでいる事に気付かされる。
「余裕なことだ」
…って、アルパちゃん、無手?
「物資が豊富ではありませんので」
その言葉と共に、一足跳で、一番手前に居る魔獣の前に現れると、右フックを顔面一発。いや、浮いた所を高速で左右フックが数発入り、最後に喉に右ストレートを一突き。魔獣が腹を見せて、ドゥ…っと仰向けに転倒。
「行きます‼」
すぐ様、アルパちゃんが馬車まで戻り、手綱を取ると、速足を命令する一叩き。
「了解‼」
馬車が走り出すと、サラムさんも馬車を追い、あたしも駆け出す。が、さすがに速度が違い過ぎる。
「跳ぶ‼」
「お願いします‼」
待ち構えるように振り向くサラムさんに、右肩から当たって彼女の腰を抱えると、脚に力を入れる。「グゥ‼」と、サラムさんの呻き声を無視して、一気に跳躍。
「うわ…」
眼下には、残り二頭の魔獣が、倒れた魔獣に襲い掛かっており、一頭は喉元に、もう一頭は腹部に咬みついている…
ついでとばかりに、周囲を見渡してみると、荒野の中にあたし達の馬車と襲ってきた魔獣以外には荒野が広がっている…いや、水辺には、動くモノが僅かに見えて来るし、それ以外の場所でも生命らしき反応を感じる…ただ、道らしき線の傍には生き物の反応は感じられないし、向かってくる気配もない…
そして、速足の馬車の十メートル程手前で着地し、
「しばらくは、敵襲はない‼」
向かってくる馬車に一喝。
「乗ってください‼」
御者に納まっているエイファさんが手綱を引くと、馬車が減速…通り過ぎる頃には、飛び乗れる程度の速度になったので、サラムさんを抱えたまま、飛び乗る。
「偵察ご苦労様でした」
中ではアルパちゃんが、減速時、崩れそうになっている箇所を押さえている…
「一当て位、させてほしかったな」
あたしの肩から降りたサラムさんが溜息一つ。
「あなたには対人で立ち回って頂きたいのですが?」
「魔獣の相手も経験したいのです」
「手強いですよ?」
「覚悟の上ですし…」
と、襲撃してきた魔獣の断末魔が響き渡る。
「対処の方法も学びました」
そのまま、馬車は北上して行った…
三時間ほど北上したところで、馬の速度が多少、落ちて来た。
「そろそろ休みましょう」
御者台のサラムさんが馬の様子を見て、声を掛けて来る。
「そうですね」
アルパちゃんの方向にあたし達の目線が向かう。この場での移動の権限はこの環境を熟知しているであろう彼女に移っている…
なので、彼女が幌から身を乗り出し、外を見回す…と、御者台に向かい、
「あの広場に付けましょう」
サラムさんに指示を出し、
「一泊します‼」
あたし達に向けて一言。確かに、日の傾斜角度が地平線側に大分傾いている。
「了解」
馬に指示を出し、指定されたちょっとした広場に馬車が付けられる。
「よしよし‼ご苦労だったな」
すぐに飼い葉桶を出し、馬の前に置くと、あたしが用意した水の魔法符を樽の上で破る。
すると、符から樽一杯の水がドバドバと産み出されていく。
「…あれ、便利だな…」
飼い葉を用意しているアルパちゃんが聞こえるように呟く。
「そこまで、難しい術式を組んでるわけじゃないから…」
と、あたしが呟くと、
「ご教授頂けませんか⁈」
マッハでアルパちゃんが詰め寄る。
「あ、後でね?」
しかし、食事の用意の為に、竈を造っているあたしは距離を取る。
この数か月であたし達の連携も上がっている。食材、食器の用意はエイファさん、調理の為の食材加工はサラムさん、あたしは火加減調整の為にフライパンを振るったり、鍋を見る担当…こうなると、アルパちゃんはお客様扱い。魔法で作った椅子代わりの土の出っ張りにチョコンとお座り頂いている…
まだ日が高い事もあって、多少時間の掛かる煮込み料理に挑戦。水と調味料と食材を鍋にぶち込み、火に掛けたので後はやることがない…と言う訳にもいかない…サラムさんは武器の整備、エイファさんはあたし達の生活用品の在庫の確認、あたしは魔法符の補充等々、馬車のメンテは交代制だけど、経験則的に、車体の不具合が発生するには早いかな?…まぁ、旅を滞りなく進める為の準備に時間が当てられる…ちなみに、我々以外の生物を完全に遮断する結界は、既に展開済…
その間にも、情報交換は行われる。話の内容は、馬たちの様子や馬車の具合、各々の体調の確認や、一般的雑談…むしろ、雑談がメインになるかな…?あのお店のあのお菓子が美味しかったとか、この場に居ない知り合いのカップリングとか、誰それが付き合っているとか、不倫しているとか…色恋関係が盛り上がるのは、我々が乙女だから‼と言う事にしてください。お願いします。
料理が出来上がったので、アルパちゃんも含めて、ちょっと早い夕食。味はあたし的にはまぁまぁだが、アルパちゃんは感動して大盛お代わり三杯、さすがに四杯目は彼女のお腹の具合を考慮して、双方の合意の上で取り止めとなった…
やがて、日が地平線に沈み、急激に気温が低下していく…多めに作った煮込み料理は明日の朝用に火から外し、竈には湯沸かし用のやかんを置く…鍋はそのまま煮込み過ぎると味が濃くなり過ぎるし、水は生み出せる量の加減が難しいので、温め直す方向で皆の了承を得ている。就寝は全員馬車内。一応、火の番を三交代にしているが、時間は不定期。長い短いに文句は言わない‼まぁ、火の番と言っているが、実際は来訪者対策。緊急で結界に入れて欲しいと旅の商人や冒険者が駆け込んだ事が行商中に四回程あったので、名目上の『火の番』を置くこととなった…とは言え、最終的には、結界の開閉にあたしが必要になるので、暇潰しに二人を道連れにしている状態が多いし、現状もおネムなアルパちゃんを寝かし付け、三人で火を囲んでいる…いや、四人になっている…
「お茶入れますね~」
柔らかな雰囲気のお姉さん…年の頃はエイファさんより少し上かな…?…アルパちゃんとお揃いのメイド服&ヘッドドレス装着だが、姉妹と言うより、先輩後輩・上司部下的関係の偉い方の立ち位置だろうな…と思わせる落ち着きがある。
一応、名前も聞き出している。と言うより、自己紹介してもらっている。
「ベルタと申します」
夜の闇の中、結界の入口をノックするベルタさんが、お手本の様な丁寧なカーテシーを見せる。宮廷にそのまま居てもおかしくないメイドさんだが、彼女の背後に体長五メートル翼幅二十メートルはあるワイバーンが、ぼろぼろな状態で、転がっている…うん、ベルタさんが引き摺って持って来たんだろうな…
「とっても美味しいんですよ?」
そうだろうけど、あの大きさは常軌を逸しています。そして、何故、ここに持ち込んだんですか?あんなモノ、処理しきれませんよ?
「どうやって討伐したんでしょう?」
サラムさん。真似しようとしてませんよね?…一応、ベルタさんに聞いてください。まぁ、あたしの予想ですが、アッパー一発で頭部を吹き飛ばしたんでしょうね…
「勿体ない」
それと、エイファさん。あれを持ち帰るのは諦めて下さい。確かに、あの状態でも高値が付くでしょうけど、買取価格が天文学的数値になるから、買い手が付きませんよ?最悪、メリダ商会から刺客が送り込まれますよ?
「とりあえず、アルパちゃんと合流できたようで良かったです」
ベルタさんが、やかんから茶葉の入ったポットにお湯を入れる。
「アルパちゃんが心配で、こっちに来たんですか?」
「お恥ずかしい話ですが、食糧調達に夢中になって、今日中に戻る事が困難になりまして…」
「討伐じゃなくて、食料調達ですか」
「この程度なら、脅威ではありませんから」
…丁寧な笑顔で、コワい事をさらっと言う…
頭が潰れているワイバーンの方に目線を向けているベルタさんが感慨深げに中空に浮かんでいる月を眺めている…いや、その視線は月の下にある雪を被った山の方に向けられているのだろうか…
…あれ?なんか、あの山、もっと北の方にあったような…?確か、あの山を目指しているとかアルパちゃんが言ってた様な…?
「確かにあの山の麓に我々の領都…と言うより、集落がありますね」
ベルタさんがポットを二・三回軽く振って見せると、各々のコップにお茶を注いでいく。
…山からは涼しい風…視線を落とすと、滲んだ光の粒が五つ…いや、湖に反射した月が五つ…更に、手前の大きい湖の周囲に民家の明かりが、二つか三つ…それが確認できる頃には四千メートル級の単独峰が万年雪の頭部だけを月明かりに晒している…
何が起こっているのか理解が及ばなかった。サラムさんもエイファさんも完全に思考が停止している様だ…あたしだって目に写る現実から逃げ出したい…それでも、あたしは現状を受け止める。そして、あえて、言葉に出して認識する。ベルタさんへの確認の意味も込められているが…
「山が動いている⁈」
思わず裏返ってしまったあたしの声に、サラムさん、エイファさんが現実に帰還。
「ようこそ」
あたしのカップを差し出すベルタさんが近くの竈の灯りに揺れている。
…その笑顔は月明かりの方が映えて見えるだろうな…
…夜が明けた…
うん。確かに、山がある。見事な末広がりの綺麗な円錐形…
麓の湖が風を受けて、日の光をキラキラと反射させている。麓の辺りは窪地になっている様で、今いる場所からは、山頂から湖まで一望できている…
その光景にあたしと、サラムさん、エイファさんが、出発の準備をしていない…それどころか、朝食の準備もしていない…風光明媚と言えば聞こえは良いが、昨日の進路上にあった茶色中心の荒野の光景が記憶に残っているので、違和感しかない。
「おはようございま~す」
…と、アルパちゃんがテトテトと、あたし達に歩み寄って来る…
「…ん?」
そして、目の前の光景に疑問の声を挙げ、
「え?」
朝食用に残していた鍋を運ぶベルタさんに目を向けると、
「アルパちゃん、おはよう‼」
丁寧な笑顔をアルパちゃんに向ける。
「あら?」
そこで、ベルタさん、躓く‼
「あ‼」
そのままコケるベルタさんと、放り出される鍋。
「くぅ‼」
アルパちゃん、鍋に向かってダッシュ‼落下予想地点に0.04秒で到着し、傾きを確認して鍋を中空でキャッチ‼中味を零さない様に微調整移動の結果、中味は縁から垂れる事すらなく確保…
「お見事~‼」
足元のベルタさんが小さな拍手。
「余計なことはしないで下さい‼」
アルパちゃん怒号一発‼飛び退くベルタさん。
「アダム様から注意されているでしょう‼あなたはお茶汲みと狩りと笑顔以外はダメダメなんだから、こういう野外活動の休憩中は大人しくしていろって‼」
「え~?お役に立ちたいよ~?」
「役に立ちたいなら、お茶でも淹れて下さい‼」
アルパちゃんが竈に鍋を置き、一喝。
その一悶着を眺めるあたし達は、ハッとなって、朝食の準備を始める…
「狩りで深追いして戻れなくなったのは仕方ありません」
二杯目をお代わりしつつ、アルパちゃんがぼやいている。
「だからって、『領都』を呼び込むのはどうなんですか?」
厳しい目線がベルタさんに向かうが、
「あら?美味しい」
ベルタさん、マイペース。
「聞いてますか?」
「あ、はい」
何だろう…立場的に、ベルタさんの方が上なのかもだけど、実質、アルパちゃんの方が上なのかな?…いや、アルパちゃんの説教中でも気にせず食べ続けているベルタさんの方が実質的にも上なのかな…?あ、取り上げられた。
そこで語られる説教の内容から『アダム』領の内情がある程度判明した。
元々、『アダム』領のある地域は『マナ』の濃度が高い場所で、自然発生的に魔法的現象が起きているらしい。領主のアダム様は『精霊』の仕業と言っているらしいが…『精霊』と言う観念がこの世界の人々にあるか?は置いといて、『領都』と呼ばれる山と裾野の湖沼一帯は『精霊』なのだそうだ…そう言った特性がある為か、この状態での移動が可能…なのだが、移動可能なのは『アダム』領内だけ…むしろ、この『精霊』の移動範囲…いや、効果範囲を計測して、『アダム』領としたのだろうか…
ん~…この辺はあたしが異世界の…しかも、魔法の存在しない世界から来た人物の魂を継いでいるからかも知れないが、目の前の『領都』、『土』や『地』の魔法効果だけじゃなくて、色んな効果が組み込まれているんだけど、魔法としては単一魔法なんだよなぁ…おそらく、生命が快適に存在できる環境は揃っていると思う…いや、揃えさせたのかも…その辺は謁見の時にでも聞いてみるか…聞けるか?
一頻りの説教&朝食を終えて、『領都』に向かう準備を始める。早速、ベルタさんは馬車に積み込まれて…いや、乗り込んでいる。狩ったワイバーンは『領都』の端をここまで延ばし、領主館近くの湖に持って行くそうだ…その便利機能は我々には適応されないのだろうか?
「『領都』の機嫌次第なので、どうしようも…」
認証試験でもある?
「何もないですけど気に入られなかったであろう人達の再来は今の所、ありませんね」
うん。その人達は無事戻った…のかな?
「ちなみに、『領都』内の人々に無礼を働いた人達の再来はありませんねぇ…」
…似つかわしくない妖しい笑みを見せるアルパちゃん…
…皆さん、お行儀良くしましょう…
十五分程で、準備が整ったので、出発。
『領都』内に入ると、土地自体の雰囲気が転換。空気の湿度や、風の優しさが露出している肌から感じ取れる…一言で言うと、安心感…緊張感が緩んでいく…いかん、いかん‼これから謁見が待っているんだから、引き締めないと‼
湖を周回する道を集落の方向に向かう。話によると、一番大きな建物が領主館で、他は領民の家…領主館で働く皆様は領主館に住んでいる。人口は四十七人…産業は農業と狩猟がメインで、湖で魚を捕まえる事もあるとか…ただし、現状、船も網もなく、釣り針は使い果たしているので、素潜り手掴みとなるとか…
「手掴み?」
…全長一メートルはあるイワナっぽい魚を引き摺る漁帰りの数人を追い越す…
「お客様ですか?」
馬車内のアルパちゃん達を見付けて、声が掛けられると、
「後で領主館にいらして下さいね?」
ベルタさんが声を返す。なんでも今回我々が持ってきた物資を配布するらしい。あと、ワイバーン肉のお裾分けかな…?
次々と人とすれ違う度に、挨拶される。これは老若男女問わずだが、挨拶先はアルパちゃん達であることは了承済みだが、我々に興味津々な目線を向けている者も数人…ああ、子供ばっかりだね…とりあえず、緑色と言うのは止めなさい。
数人の子供達を引き連れて、領主館に到着。真っ先にアルパちゃんが降り立ち、領主館にバタバタと駆け込む。今更ながら、先触れと言うやつかな…?
とりあえず、全員が降車。馬はサラムさんが手綱を握っている…と、
「ようこそ、おいで下さいました」
初老と思われる男性がアルパちゃんが入ったドアから姿を現す。ジャケットは来ていない簡易礼服だが、見た目は完全に執事さんだ。ロマンスグレーのオールバックに口髭と眉毛も頭髪と同じ色合い…
「どうぞ、皆様、お入りください」
領主館のドアが開かれる。執事さんが後ろ手で開けた訳でなく、別の執事服の人物が開けた様で、初老の執事さんは手招き。促されるまま、領主館に入る…
ドアを開けてくれた若手の執事さん…あたしより若干年上な印象の、やんちゃ盛りを無理やり押し込んだ様な男の子が伏し目がちにドアマンをやっている…一部屋分歩くとアルパちゃんが待っている。
「こちらにどうぞ」
右側に招かれ、それに従う。
「何か、言われましたか?」
と、身体を逸らして、先頭のあたしに小声で問う。
「何も」
多分ドアマンやってた彼の事だろう。うん。実際、黙ってた。
「それは良かったです」
上体を戻し、歩幅を失礼のない程度に戻す。
突き当りを左に向かうと、右手数メートル先に一つのドア。
「領主様がお待ちです」
アルパちゃんがドアを開けて、手招き。
「失礼します」
あたし、サラムさん、エイファさんの順に部屋に入る。
「良く来てくれた」
部屋の中にはソファーセット一式と奥に暖炉。それと、一人の青年…品のいい金髪の青年…?いや、少年と言ってもいい程の若作り…いや、狙って、若作りな訳ではないと思うけど、フツーにイケメンなお兄ちゃん…お兄ちゃんてのも無礼かな…?だって、絶対、アダム様だし‼なんか、こっち見て硬直してるし‼
「…あ…」
良かった、動いてくれた…が、何?中国拳法的構え?こっちも合わせるべき?
…とりあえず、合わせるけど…
「…………」
…数秒の沈黙…何これ?そっちは蛇拳の構えだから楽だろうけど、こっちは鶴翼の構えで片足立ちだからキツいんだけど…あ、これって…
「‼」
あたしの気付きに、相手も頷くと、同じ言葉が揃う。
「東〇不敗は王者の風‼」
中略。
「見よ‼〇方は赤く燃えている‼」
その言葉に互いの拳が付き合わされる。勢い的にはグータッチなので痛くない。満足げな笑みを見せるマスター〇ジア…じゃない、アダム様だが、あたしも今まで感じられなかった充足感に不敵な笑顔が浮かんでいる事を感じる…
さて、お互い、異世界出身…しかも、並行世界レベルで近い世界の出身である事は確認できた…少なくともGガン〇ムが放映されている世界だ…
「何をしているんですか?」
そんな中、我々の台詞付き演武を白けた表情で見守っているサラムさんとエイファさん…あたし達は拳を突き合わせたままの状態で、二人に顔を向ける…
思い返すと楽しくなって、色々なポーズを取っていた気がする…最後の方は、拳法とか関係ない面白ポーズだった…今更ながら恥ずかしい…そして、あの一連の台詞を淀みなく、間違えず言えた自分を褒めたい…褒めて良いよね?気持ちを汲んでか、アダム様が頷く…
とりあえず、拳を離し合うと、
「領主のアダムだ」
今更ながら、威厳たっぷりに胸を張っての自己紹介。
…一連の演武は後で二人に説明しておきます…
お互いの挨拶を済ませ。一段落した所でお茶を持ってアルパちゃんが入室。
「一言入れる所だぞ。」
軽い口調でアダム様が窘めると、
「例の謎の演武は如何でしたか?」
棘のあるアルパちゃんの返答…何でも、自称転生者を篩に掛けて、合わせられなかった者を『石〇天驚拳』モドキで撃退していたとの事…いや、あんたの住んでた異世界出身じゃない場合だってあるんだからさぁ…世代的にGガ〇ダム知らない事だってあるし…
「…エギーユ・デ〇ーズ宣戦布告演説の方が…」
ラストの『ジーク・ジ〇ン』を共に叫びたいなら、ガ〇マ・ザビ追悼演説の方がまだ、メジャーだと思うけど…
「俺はザ〇家の独裁を目論む男や、ヒ〇ラーの尻尾じゃないからな」
キメ顔で言われても困る…ってか、ギ〇ン・ザビの亡霊の方を選ぶか…
…いかんな…ヲタ思考が生えて来る…現実から逃げちゃだめだ…
運び込んだ荷物の目録をエイファさんが渡し、アダム様が目を通す。
「魔獣に遭遇したそうだな」
目録を眺めながらのアダム様の呟きに、
「あの獣達からは他者の思惑の介入は感じませんでした」
アダム様の斜め後ろに控えているアルパちゃんが返答。
「不運な遭遇戦だったか」
目録に目を通し終えて、天を仰ぎ、溜め息一つ。
「ついでとは言え、補充物資を搬入してくれて助かる」
我々に、労いの笑みを見せる。キュンとなりそう…あ、サラムさんが墜ちた。
「それで、何故、あたしをここに招聘したのですか?」
気を取り直して、あたしが問う。
「いきなり、ストレートだな」
ここまで来るのに関係各所に迷惑掛けまくっているんですよ?その中にはあから様な見返りを求める者も…
「俺の知る限りでは、唯一の精霊術師はあんただけだ」
あたしが行使・研究しているのは、精霊魔法じゃありません。
「お前が否定しても、周囲が認識してるんだから、諦めて認めたらどうだ?」
…認められません。それに『師』クラスに至る程に、研究は進んでいません。
「精霊を従えられると言う事が重要なんだ」
『使える』と言うだけで、その後の影響を無視して開発を邁進した結果が、前の世界の地球温暖化とエネルギー不足を産み出したんじゃないんですか?やがて、互いの正義を振り翳し、星から脱出する為の技術力とエネルギーを戦争に使っちまう‼そんな前の世界の愚行をこの世界で繰り返せとでも言うのか⁈
「落ち着け」
‼…あ…気が付けば、サラムさんとエイファさんがあたしのマントの裾を引っ張っている…そんな彼女達の表情が不安に歪んでいる…もっとも、言葉はアダム様だが…
「大分考えている様で安心したよ」
試されたか…アダム様の笑みが『合格』と言っている様だ…もっとも、彼にそんな権限があるとも思えないが…
「精霊魔法を極めて見せろ」
そして、何故、精霊魔法?
「もちろん、他の魔法も、魔法以外の全てもな‼」
あ、付け足した。笑って誤魔化しても、この場のみんなは分かってますよ?
どうやら、真っ先に精霊魔法の開発を進めて欲しいらしい…まぁ、『領都』は精霊って話だから、細かい調整とかしたいんだろうか…そう言えば、『領都』は動けるけど、どういう条件で『アダム領』内を移動しているんだろう…しかも、今回は我々を目指して来た…この疑問はいきなり、高等部門か?駆け出しの精霊魔法使いには理解不能か?
謁見はその後も滞りなく進行し、終了。いや、脱線気味にヲタ談義に入ろうとしたデ〇ーズ閣下…じゃなかったアダム様の耳を引っ張って、アルパちゃんが退室。
「憐れ。志を持たぬ者を導こうとした…」
何の隠語か?と疑問に思うサラムさんとエイファさんだが、ただのアニメの台詞だから。
さて。お茶を飲んで一息つきつつ、あたしはこの環境…『領都』を含む精霊についての考察を改める。精霊とは、単一属性の魔法系能力の一種で、生命的な意思があり、集合するとそれこそ生命体を模した姿になり…まぁ、よくよく考えるとゲーム設定だな…カエル様の生きていた世界では昔は、精霊って、もっと奇天烈な存在だったし、それこそ、属性なんて関係ない存在だったらしいし…要約すると、姿なき不思議現象全般から生まれるちょっとした恩恵や悪戯を異端視させない為の言い訳だったんだろう…これが災害とかだったら悪魔の仕業だし、祝福だったら神の御業だ…以前の世界の常識…なのかな…?その辺りは一端置いておいて…『イ』の世界における精霊は実は良く分かっていない。あたしが勝手に名付けている『なんちゃって精霊魔法』は周囲にある物質等にマナを送って、色々な現象を引き起こしてもらう…つまり、使役しているのではなく、お願いしている立場だ。これが正確な『精霊魔法』なのか?と言う疑問は未だに拭えていないのだが…そもそも精霊って何?ほんとに意思を持ってる?本能と言うならどう言った本能的行動を取っている?
…考えているだけでは、頭も回らないか…
「外に出て大丈夫かな?」
誰に…問でもなく問うと、
「もう少し待ってください」
エイファさんがお茶を置く。と、
「失礼します」
扉をノックする音が二回と、男子の声。
「どうぞ」
エイファさんの返答に、扉が開かれると、ドアマンやってた執事風男の子が立っている。
「お部屋に案内いたします」
一礼して、入室すると、カップを片付け始める。退室を促している訳だが、手順が違っていると思うな…と、
「その我々の部屋はどちらですか?」
エイファさんの言葉にハッとなり、
「し、失礼しました‼」
カップを慌てて置き、出入口へと足を向けるが、
「ご案内いたします」
既に、アルパちゃんが扉の前で待機。
「ティーセットの片付けはお願いしますね?」
余裕の笑みを見せて、我々を招くアルパちゃん。それに合わせてあたし達は退室…
「では、後はお願いしますね?」
扉を閉めつつ、アルパちゃんが一言残す。
「…イヂめてない?」
アルパちゃんの耳元で囁くと、
「出来ない方が悪いんです」
ツンとして、上を向くアルパちゃん。あ~…これはアレだ。女子男子間のギスギスか?どっちが役に立つかなんて、こっちはどうでも良いんだけど、無駄に張り合うと、もう少し年齢がいったら後悔するぞ?
「そうだ。ちょっと、外見て回りたいんだけど?」
本題を忘れる所だった。
「でしたら、アイン執事長にお声掛けください」
「その、アインさんって、さっきの?」
「お部屋に案内した後で、ご紹介します」
あ、ちょっと、機嫌が悪い?
「アレと執事長を比べるのは…」
頭を抱えなくても…
程なく、二階の角部屋を案内されるあたし達。サラムさんとエイファさんがその部屋に入り、あたしはアルパちゃんの先導で執務室に案内される…
「失礼します」
家の入口…玄関かな?…そこから近い部屋のドアをノックするアルパちゃん。
「どうぞ」
初老執事ことアインさんの声があり、ドアを開ける。
「どうしました?」
執務室内は正面の大きい机にアダム様、左隣の机にアインさんが座っている。ちなみに右側は本が整然と並ぶ本棚があり、左側もアインさんの背後に並んでいる。
「カエル様が『王都』内を散策なさりたいと仰ってます」
丁寧に一礼して、申し立てるアルパちゃんに、
「急ぎの用がなければ、ご一緒しなさい」
笑顔を向けつつ、アインさんが一言。
「承知しました‼」
大きく一礼して返す、アルパちゃん。ドアが閉まると、
「燥いでますな」
執務室のアインさんが微笑みを浮かべると、
「同じ年頃の同性がここにはいないからな」
目の前の書類に目を通すアダム様…
「その辺は、あいつには済まないと思っているんだ」
「隠し通したいのでしたら、容易に謝罪してはなりませんよ」
そんな話がありつつ、残った二人は粛々と執務を続ける…
一方、あたしはアルパちゃんに引き連れられ、湖の周辺を巡っていた。
確かに、景色のいいの場所を選んでくれている様だけど、あたし的にはアヤシイ所に行ったみたいんだよなぁ…いや、夜のお店的なアヤシイじゃなくてね…
「この周辺では、そう、危険な場所はないのですけど」
そうですか。じゃあ、どの辺が危険なんでしょうか?
「わざわざ、危険な場所に向かう必要はないと思うのですが…」
これも調査の一環なの。
「…お話を伺う限り、自然環境的な危険がある場所は『領都』内ではありませんよ?」
どこまで、人に優しい自然環境なの?
「さすがに、山は危険ですが、あそこは寒冷地の気候があるだけですから、万端な備えがあれば、さほどの危険はありません」
その準備を怠って、山に登ったら?
「一定の標高…いわゆる森林限界を超える事は出来ません」
どういう理屈?
「…う~ん…お互いの棲み分け…人は人のあるべき場所で暮らす事を『領都』は望んでいると、聞いています」
誰に?
「ベルタさん…と言うか、魔族の方々です」
…うん…魔族の存在を隠さないんだね…
…聞けば『領都』のあの集落に住む殆どが魔族らしい…
「ちなむに、ヒト族はアダム様だけで、アイン様とツヴァイは竜族です」
ああ、男性執事二人は竜族なのか。
「他に、あたし達の居る湖の周辺以外にも誰か住んではいるみたいで…」
原住民か、不法移民かな?
「中でも、最近、移住して来た人達が…」
…と、語るアルパちゃんの語る目線の先には三人の集団。
「何でも、学術調査の為に『領都』の環境を調査しているって…」
見た目はフツーにヒト族の集団が、こちらに気付いて、会釈。湖の水を汲んでいたと思われ、手に手に水瓶や壺を抱えている…
「水質調査でもしてるのかな?」
思った事が口からポロリ。
「水棲生物の調査も兼ねてるとか言ってましたけどね」
まぁ、彼らの恰好、どう見ても漁をする格好じゃないわな。
「東の湖の畔をベースにしている様なんですけど、他の湖畔集落の人達とあまり付き合いがないみたいで、たまに、ああやって、他の湖の水を持って行っているらしいんです」
ん~…案外、彼らの集落の湖が、飲料に適してなかったからって事は…
「彼らに移住先を提示したのは、アダム様ですよ?」
…えっと…うん。絶対の信頼があるんだね。
「アダム様、何年生きていると思ってるんですか?」
年齢の分だけ、見る目もあるか。
「ま、まぁ、たまにアレですけど…」
許容してあげなさい。でも、わざわざ、彼らと距離を置いた理由は?
「ウチの集落の者が魔族ばかりだって知られるのはマズいと…あと、彼らの要望で…」
…目論みは違っても、思惑が一致したのか…監視は?
「生活に手一杯で、人手が足りません」
向こうからは?
「さぁ?」
…気にする必要もないって事か…
でも、あたしは気にする性質。彼らが出て行った水辺に向かう。
「どうしました?」
アルパちゃんの声を背に、節の堅い草を倒して簡易の艀にした水場に向かう。
「…う~ん…」
…水はそれ程、濁っていないが、水質に違和感がある…これはどう説明して良いか分からないのだが、あえて言えば、直感…かな?
「…この湖の水以外の水分…」
…探知のマナを湖に放ち、反応を待つ…
…数秒の沈黙…
「…あの…」
と、アルパちゃんが声を掛けると、あたしの前の湖面から、直径一メートル程の水球が浮かび上がる。
「知らない間にかなり放り込まれてたね」
…マナ濃度の濃い水だけを取り出した…とりあえず、凍らせるか…ビシッと言う音と共に球体が凍結。急速冷却で白い。空気を抜こう…うん、徐々に、透明になる…若干、小さくなっている筈だけど、見た目はそれ程変わらない。これで高濃度マナ氷の出来上がり…この湖の大きさから見れば、微々たる量だけど、魔法効果が含まれているのは…
「お?」
これはマズいか?…マズいな…取り除こう…若干、魔法が掛けられている水と純粋マナ水の融点が違うので、中心部分の直径十センチ程が重力に引かれて、地面にポトリ。
「何です?」
あああ‼触っちゃダメ‼これを放った連中の言いなりになるから‼
「隷属水ですか?」
高濃度だから触っただけでも、隷属化するよ‼
「そんな物を…」
まぁ、湖の水全体から見れば、無いに等しい量だし、自然分解できる上に、ここに住んでる皆様方なら、毎日の排泄で効かないから。
「…そうですか…?」
それより、あたしに付いて来て良かったの?
「え?だって…」
いや、ほら。ツヴァイ君がこっちに向かって走ってきているよ?
「げ?」
差し詰め、支給品の仕分け手伝いを彼一人に任せちゃった?
「わ。分かりました。あっちを手伝います‼」
機嫌直して。あたしもゆっくり戻るから。
「…出来るだけ早く、お戻りくださいね?」
…名残惜しそうに、ツヴァイ君に元に、駆け出すアルパちゃん。
その背中を眺めながら、吐息一つ。
「無駄に隠れていないでほしいな」
背後の背の高い草原に向けて言葉を放つと、
「出て来るタイミングが掴めなくて…」
ガサガサと出て来たのは、見知ったメイド服の女性…
「…正確には、女性ですらないのかな…?」
「それは酷くありませんか?」
いつもの笑顔のベルタさんだ。
「さて、あたしは何者でしょう?」
精霊。いや、精霊の分体?
「ははは‼さすが、『神』の分体‼」
どこまで知っている?
「警戒しなくても、何もしないよ」
待って。さっきの答えはどっち?
「どっちでもあるよ。カエルちゃんの思う方で。」
…そこは重要じゃないって事か…
「その高濃度マナ氷。要る?」
何に使うんですか?
「集落の人達の健康促進のためにね」
魔族だから、ある程度のマナを摂取しないといけないのか。
「この大きさなら、彼らの寿命も百年は延びるわね」
村民のマナの摂取があまり芳しくない?
「マナの多い食料は栽培や飼育に向きませんから」
あ~。魔物や魔獣になっちゃうか。
「そのお陰で領民の皆様の戦闘力はかなり低下しておりますが」
それでも、外の兵士百人分なら、蹴散らせると思うけど?
「過剰戦力ではありますが、戦力の低下は問題です」
そこまでしてアダム様を守りたい?
「アダム様は別の方を守りたいようですが?」
アルパちゃん?
「ご存じでしたか?」
警戒しなくて良いですよ。どうこうするつもりはありませんから。
「出来れば、お連れのお二方にもご内密に…」
言われなくとも、愛娘の件は黙っておくよ。
「ああ、私の子ではありませんよ」
あ、違うの?
「確かに、『領都』で生まれたヒトですけど、母親は私でも、精霊でもありません」
ん~…大分、精霊の気配を強く感じたんだけど…
「それはアルパちゃんの母親が、精霊と契約された魔族の方だからですよ」
…え?アダム様って、魔族の方と…
「魔族と人が交わらないと言うのは、誤情報ですよ」
いや、そんな誤情報流して、何の意味が…
「魔族の増殖を食い止めたいのですよ」
魔族がヒト族に何かしたの?
「何かする前に対処したいのでしょう」
どこの誰が?
「さあ?」
敵対する組織が分かっていないって…
「そんな事をする必要がありませんから」
それ程の余裕があるって言えるの?
「領民の数や健康状態の事ですか?」
敵襲は竜族二人任せって事?
「彼らは最終防衛ライン…でもありませんね?」
?どういう事?
「気付いたものが敵対者を討伐していますから」
…あたしも敵対したら排除される?
「そうなったら、死力を尽くさせて頂きますけど?」
カエル様が気まぐれ起こさない事を祈ろう。
でも、それなら、こんな隷属化魔法を放り込む連中、討伐対象じゃないの?
「あたし達相手では効かないって、あなたも分かっているでしょ?」
だから放置?
「対処しようにも沸いてきますから、放置しているのですが…」
あ、それは高濃度隷属水。
「ヒトは学びませんよねぇ」
うわ。隷属氷を手に取ったよ。
「これを放流している組織が学術研究者の集団だって言うのに」
そして、飲み込んだ‼結構な大きさなのに‼
「うふふ…隷属化を反転させて、彼らの細胞を自己崩壊させますか」
飲み込んだ隷属氷の性質が反転して、命令が下された‼
…多分、さっきの水瓶を運んでいた連中も肉塊になってる…命令を下した連中は組織ごとグズグズ状態だろうな…
「そう睨まなくとも、私が処分できるのは彼らに直接命令を下した者達までですよ」
もっと上の組織の命令があるって言うの?
「中々諦めてくれないのよねぇ」
同じ組織の仕業だと?
「術式が同じか、似たり寄ったりですから」
何処です?そのバカな組織は?
「王国連合アカデミー…王国連合最高の頭脳集団」
連合アカデミーって…随分な所に目を付けられましたね。
「だから、こっちも隷属水の汲み取りタイミングをずらしたり、反転命令を変えてみたりしてるんだけどねぇ…」
パターンが見られないから、向こうも本格的な攻勢に出られない…と…
「まぁ、何度来ても返り討ちです。『領都』には手出しさせません」
決意を感じる言葉と瞳の輝きは引く程、凄味があって、引く程、悲壮感が漂っていて…
…話題を変えるか…
「ヒト族と魔族で交配できないって、どこからのデマなんでしょうね?」
あ、気遣いの話題転換に気付かれたかな?
「それこそ、連合アカデミーからですよ」
…え?…まさか、『領都』対策にそこまで?
「その誤情報は、現在の『領都』問題の遥か以前から流れていましたよ?」
その話はアダム様から聞いたの?
「アカデミーの最新研究成果と聞いています」
じゃあ、五百年程度前か…もしかして、それが、アカデミーへの不信に?
「私は元々、ヒト族にも、魔族にも、興味がありませんでした」
どういう経緯で、魔族の女性…アルパちゃんのお母さんはあなたと契約したの?
「彼女の属していた集団で、彼女の能力…と言うか、体質が禁忌だったらしく…」
…集団から追放された?
「今も、彼らは放浪の旅を続けています」
アルパちゃんのお母さんの持ってる体質が精霊を惹き付ける事?
「その辺の体質は彼女も引き継いでいますね」
だったら、アルパちゃんと契約してあげる?
「私の契約者はアルパちゃんの母親ただ一人です」
そんな決まりはないと思うけど?
「これは単純に私の意志です」
精霊の意志?
「私が私である為の…私であり続ける為の我が儘です」
…いつか、その我が儘が身を滅ぼすんじゃないかな?
「それはある意味、本望なのかも知れません」
いい笑顔で語っているけど、永遠であり続ける事に疲れる程、生き続けているの?
「既に幾人かの親しい人達を送っています。私の番が来ても構わないかと」
…そんなモノかなぁ…等と思いつつ、あたし達は集落に向け歩き出す。
昼頃に、集落の住民に支給品の配布が始まる。馬車の前に積み上げられた荷物の前にはアダム様。その前には領民の人垣が出来ている…
「皆‼支給品は欲しいかー‼」
アダム様の掛け声で「おー‼」と歓声が上がる…が、
「ん~…元気が足りないな~…」
不満口調でウロウロ…
「そんな意気では支給品は配れないぞー‼」
煽るアダム様に、ヒートアップする歓声‼
「よしよし‼乗って来たなー‼」
コール&レスポンスが完成した所で、アダム様の一声‼
「ニュー〇ークへ行きたいかぁー‼」
はい。アダム様が馬車の裏に引き摺られていきました…
調整後(?)、再登場。
「罰ゲームは怖くないかー‼」
はい。再度、退場…
「何をやっているのか…?」
あたしとサラムさん、エイファさんの三人はお屋敷の近くにテントを立てていた…
三人で生活するにはあの部屋狭いし、あたしとしては個人で魔法研究したいので、テント設営の許可を頂きました。ちょっくら、空間拡張の魔改造を施しているけど、全員に内緒の仕様…知られたら、どんなことになるか分かったモノではないので…ちなみに、この空間系の能力、魔法ではなく、カエル様からの特殊能力として頂いた能力なので、あたししか操作できない様になっている…もちろん、カエル様の許可があれば操作は可能だけど…この世界のヒトには理解して使うには難しいと思う…
とりあえず、支給品を配られた人に魔法の実演をお願いした。正直、ちゃんとした魔法を見た事がなかったので、これを機にじっくり観察させてもらう事にした…と言っても、生成系と操作系が得意な数人に数回…まぁ、二・三回、披露して頂いた程度なのだが…それで分かった事は、魔法と精霊魔法は似て非なる現象と言う事…では、精霊魔法とは何か?その前に魔法とは?だな…
魔法とは…マナを使って起こす超物理現象の総称で、大別すると二種類。一つは生成系で、もう一つは操作系。生成系と言うのはマナから物質やエネルギーを産み出す能力。操作系は物質やエネルギーを操作する能力。これらの能力を織り交ぜて、様々な現象を引き起こすのが魔法なのだが、物質系の属性は土火水風ではなく、固体・液体・気体の三種類。火はエネルギー系に属される。この辺は科学的な分類が為されているが、それで良いのか…?
ちなみに、世間一般的な魔法は、マナを契約している分だけの効果を発動させている為のマナを魔法に分与しているので、マナ契約魔法とあたし自身は、感じ取っている…ってか、魔法と契約しているって事は、魔法って、精霊的な意思を持っているのかな…?立場としては魔法の方が部下や使用人的な立ち位置っぽいな…精霊魔法的には同列か上の立場に感じてるんだけど…その辺を魔法で意識的にやったら、どうなるんだろうか…?まぁ、あたし自身は魔法を使えないけど…うん、使えない。だって、マナを体内に保持していないから。
魔法…マナ契約魔法は、契約と名が付いている以上、厳格な身分証明が必要になる。その身分証明がマナの色・音・匂い・感触的な個性が魔法発動の初歩の初歩となる。その初歩も持っていないのであたしはマナ契約魔法を使えない。そこで問題になるのはなぜ、わたしがマナを体内に入れていないのか?と同時に、あたし自身からマナを生成していないのか?それは単純に、魔法に対して鋭敏である為…自分自身のマナと他のマナとの混同を防ぐ為である。とは言え、完全に同じマナを持っている人物は確率的にいないけど…
「支給品、ありがとうな‼」
思考が魔法理論の構築から、現実世界に戻ると、アダム様がホクホク顔でこちらに手を振って見せている。その上で、こちらに近付いてくる。
「しばらく、ご厄介になります」
テントが立ったので、苦笑しながら、承認してもらった事に謝意を…おい。その「いや~、それ程でも~」的な社交辞令の笑顔はもう良いから‼二人に対してのパフォーマンスはもう良いから‼
「手伝う事は…もう大丈夫みたいだな」
あ、テントもう張り終わったか。ゴメン。任せちゃって。
「こう言うのは慣れてますから」
軍人…いや、元軍人のサラムさんがいてくれて、助かった。
「さて、我々は部屋に戻りますので」
あたしの荷物をテントの傍らに置いて、サラムさんが一礼。
「こちらに滞在中の食料はこれをお使いください」
エイファさんが馬車の中の箱を一つ持ち上げて見せる。食事は領主館の皆様と一緒と交渉済みなので、食料をある程度、提供する事になった…一応、永住するつもりはないので、ある程度は残して頂きたい…
「話しがあるんだが、良いか?」
アダム様。勝手にテントの入口を開けない。
「良いか?」
…良いから、あたしより先に入ろうとしないでください。
「良いんだよな?」
女子の領域‼あたしを優先しろ‼
その声に、あたしが先にテントに入り、アダム様を招き入れる。
「何だ?フツーのテントだな」
何を期待してるんですか?
「空間拡張系の能力でも使って、広げる予定だろ?」
アダム様が出て行ったら、やってみます。
「見せてくれても、構わんだろ?」
…上の方の許可が要るんですよ。
「お前の上司は怖いのか?」
こう言う要請はした事ないんですよ。
「良い子のつもりか?」
上司にとって、良い部下でありたいんです。
「まぁ、たまに悪い子しても、怒られないだろ?」
どんな雷墜ちるか、コワいんですよ。怒られた事ないから。
「失敗して怒られるよりはマシだと思うぞ」
…で、ご用件は?
「お前だけでも、『領都』に残れないか?」
我々は三人一組で行動しているんです。誰か一人が抜けても我々のチームは機能不全に陥ります。
「いや、三人で、残ってもらえれば、問題ない」
商会への契約不履行で、戻った時に厳罰があるんですけど…それに、馬も馬車もあたし達所有じゃないんですよ?
「それはこっちで対応しておくから」
止めてください。王族の方に迷惑です。盟主国が商会に圧力掛けないでください。圧力に屈するまで王族のヒトにしつこくテレパシー送らないでやってください。これはあたし個人のお願いではなく、王族の皆様からの切望です。何を置いてもそれを伝えてくれと頼まれているんです‼
「分かってるよ」
軽い笑顔で返された。あれは止めないな。
…で、残ってもらいたい理由は?
「『領都』に関してなんだが…」
この不思議環境をどうにかしろと?
「せめて、何、考えてるか?を知りたいんだが…」
いや、ベルタさんがいるでしょ?
「あれと『領都』は、不仲でなぁ…」
属性が逆みたいな?
「そんな問題じゃないんだ」
じゃあ、どんな問題?
「個人的な話なんだが…」
ああ、聞いちゃマズい問題?
…顎に手を当てて、考えてる…見てる分には絵になるな…
「『領都』は、アルパの母親…ベルタの契約者を取り込んだんだ」
沈痛な表情を浮かべ、アダム様が語る…やはり、絵になる…
「…ただ、死んでいるとも言えないらしい…」
どこからの情報ですか?
「ベルタからだ」
肉体を得ていない状態で死んでいないって言うんですか?
「彼女の死生観で死んでいないと、言ってるだけだと思う」
魂は生きているって事か…でも、個人の肉体が残っていないのに、生きているって…
「精霊と言う意味ではベルタだって我々の死生観の外の存在だぞ?」
…ベルタさんはどんな精霊なの?
「…人型の精霊…元の世界の言い方をすれば…原初のエルフか?」
…幻想的な存在っぽく言ってますが、かなり俗っぽく見えますよ…?
「そう教育したからな」
ならば、こちらも彼女の…いや、精霊の情報を得るべきでは?
「向こうが明かしてくれないんだよ」
信頼度の問題?
「契約者でないと明かせない事が多いんだと」
契約の内容は何?
「契約者同士によってそれぞれ違うが、アルパの母親との契約は共存と聞いている」
契約に必要なモノはあるの?
「それも様々だ。契約者の髪の毛一本、血の一滴から、肉体の全てまで…な」
聞いただけだと、悪魔的な存在っぽいけど?
「祈りだけでも、願いを聞いてくれる時もあるけどな」
だからって、『神』でもないんでしょ?
「そんな絶対的存在なんかより、遥かに身近で、目に見えない存在が精霊だ」
…ベルタさんから開示されている精霊の情報は?
「近くにいる上位精霊の位置と種類…いや、名前か?」
もっと根源的な情報はないの?
「…あのなぁ…お前はどうか知らんが、自分に関する事を自分自身が何でも知ってると思うか?それでなくとも、ベルタはアルパの母親と接触するまで、まともに言葉を話せなかったし、言葉を知らなかったんだぞ?」
それはヒトの言葉で伝えられなかっただけじゃ…
「俯瞰からの…いや、上位者の目線だな」
あたしは皆と同じ目線で…
「果たしてそうか?」
どういう意味ですか?
「『神理教』の『神』の『神遊び』の件。お前が関わっているな?」
肯定しますが、耳が早いですね。
「あの『神遊び』では結果として、二柱の『神』が死んだ」
彼らの計画では彼らの死が必要だった。
「死が必要か…それがただのヒトであったとしても、当てはまるのか?」
それならば、別の案を…⁈ …………
「分かっただろ?死なせる必要なんてなかったって事を」
それでも‼あの場では最善の策だった‼
「…まぁ、二柱は天に昇って、輪廻の輪に乗ったみたいだから文句は言わないが…」
アダム様の不老不死が解除されていませんか?
「また、こっちの世界の『神』として転生したみたいで、迷惑してるんだよ」
自分の不老不死が続いているなら、文句はないでしょ?
「だからこそ、他から狙われる」
…ん?花火?上から?この世界で?何で?
「魔族の攻撃だ」
…あ、魔法か…まだ続いてるな…
「今はまだ、『領都』が障壁を張っているが、いつもじゃない」
『領都』の息切れ?
「俺達が『領都』に歓迎されてないだけだ」
何?勝手に居ついてるの?
「あの頃の俺は荒野の環境に慣れてなかったんだよ」
追い出されたこともあった?
「何度か…な…」
…懐かしい思い出ですか?
「…ま、未だに、『領都』は心開いてないが」
何年、住んでいるんですか?
「ここに放り込まれて、すぐだったかな?」
充分、定住許可を得てるんじゃないですか?
「それでも、二・三年に一回は追い出されるぞ」
でも、見た感じ、家はそのままですね?
「残しておいてくれるのは感謝してるが…」
…いつまでもって確約が欲しい?
「その辺はもうどうでもいい」
いや、そんなケロっと返されると‼なんか感慨深げに語ってるのに?
「俺的にはアルパの母親を実体化させて欲しいだけだ」
ああ…寂しいですか?
「アルパの為に、母親は必要だろ?」
…今はそれで良いです…丁度、花火も終わったみたいですし…
「とりあえず、ここに残る事は検討してくれよ」
話が終わりでしたら、お帰り下さい。
「そんな塩対応だと、後々、困るぞ?」
領民の皆様とは上手く、立ち回りますよ?
「そうじゃなくて、戻る時の事だ」
帰さないつもりなんじゃないんですか?
「何かの理由で帰らなければならなくなった時、『領都』が移動してるんだから、どのルートを行けば良いか…」
分かりました‼もう戻って下さい‼
…こうして、アダム様はテントから出て行った…ちょっと、疲れた…
…ひとまず、さっきの花火の音から、精霊魔法の解析でも始めるか…
…別の空間を作って、その中でさっきの音の障壁効果部分を解析…
…あ~…これはヒトには使えない精霊魔法だな…ヒトの能力を完全にオーバーしてる…でも、精霊魔法の原理や発動方法は分かった。ただ、これは言語化は無理っぽいな…ん~…根本的に、魔法とは全く違う系統の超物理現象か…むしろ、自然現象の恣意的強化版かな…?非論理的だけど、モノに宿る意志が抵抗するとか、強化して顕現してるってのが、精霊の力って事なんだろうけど、前の世界の知識で言えば、自然にあるモノが付喪神化した存在が精霊で、それらが『マナ』を使って魔法化してるのが、精霊魔法か…こりゃ、ヒトには使いこなせないか…根本的に、魔法…マナ契約魔法的な感覚とは違うもんね…うん。マナ契約魔法って言い方も、違うか…魔法全体を一括りにして、分類化すると、マナ契約魔法は『魔式』、精霊魔法は『精霊識』…いや、逆か…触り程度なら『式』で、深く進めば『識』かな?
あ、そうなると今まで『なんちゃって』で使っていた『精霊式』は性質的に『精霊』系の現象じゃないかも…その辺は後で考えるか…
『精霊式』をヒトが使うには精霊との契約が必要になる。
…それは分かったけど、『マナ』を扱える…いわゆる『魔法使い』でも扱える様にするには、契約が必要になる。ただ、それでも、抜け道があるみたいだ。代表例が召喚・使役系…『魔式』で呼んで、『精霊式』の能力を発揮する方法…非効率的だな…ってか、これが『なんちゃって』系の『式』だな…しかも、呼び出して効果を発揮しているのが、『魔』なのか『精霊』なのかも分からない『式』だしな…
そんな事を考えながら、あたしは汎用性の高い『精霊式』を組み立て始める。
うん。『魔法』を『式』もしくは『識』と表したのは、コンピュータプログラム的な感覚があるからなのだが、実際は『プログラム』以外に、『物資』と『エネルギー』も含まれているんだよなぁ…それを適宜配分して『式』となり、複合的に組み込まれると『識』となる…的な感じで、極力、『精霊式』になる様に組み立て中である…
「カエルちゃ~ん‼ご飯だよ‼」
試作の『識』が千近く出来上がっていた所で、外から、エイファさんの声が聞こえて来た。
「はぁい‼」
答えて、テントを出ると、昨夜狩ったワイバーンが解体、各部位ごとに切り分けられており、早速、バーベキューが始まっている。
「このソース、ウマ~…」
支給品で配った各種ソースをたっぷり塗り込んだ肉塊にかぶり付くアルパちゃんが、涙を流している…ツヴァイ君はアルパちゃんに負けず劣らずに肉に食い付いており、アインさんは落ち着いて肉を育てている…その光景を、ベルタさんとアダム様が微笑みを浮かべながら、眺めている…いや、その周囲の人々の喧騒を眺めながら…かな…?
「はい‼カエルちゃんの分‼」
彼らを眺めていると、目の前にちょうどいい感じに焼かれた肉の盛られた皿が登場。
「あ、ありがと」
エイファさんから皿を受け取り、一塊を齧り付く。ん‼美味い‼
「よお‼美味いだろ?」
アダム様‼御相伴に預かってます‼
「気にすんな‼お前らの歓迎会だ‼」
あああ‼その場に居て下さい‼こっちから行きます‼
「悪いな‼」
あ、何か、飲み物…
「カエルちゃん‼これ‼」
サラムさんからグラス二つとお酒らしい瓶を一本受け取る。ナイス‼
そして、人ごみをかき分け、アダム様の元へ…
「なるほど。良いチームワークだな」
アダム様にグラスを渡すと、隣のベルタさんにもグラスを渡す。
「あら?良いのかしら?」
あたし、お酒は飲めませんから。
と言いつつ、二人に瓶のワイン…?っぽいお酒を注ぐ。
そう言えば、さっきの襲撃は?
「…撃退はしたんだが…」
煮え切らないですね。何かあったんですか?
「…どうも、『アダム』領内の魔族の襲撃じゃなくてな…」
え?越境したんですか?
「後であなたに鑑定してほしいんだけど…」
?構いませんけど…どうしてですか?
「今回の襲撃者…マナ中毒のヒト族の可能性がある」
…アダム領の東側の外れ…馬車を引いていた馬に乗って、一泊の後、一時間ほど進むと、三人のヒト型が転がっていた…
確かに、マナ中毒特有の皮膚の色をしているのが分かる。
馬上からでも分かる事は、着色していない青や緑色が斑に浮かんでいる事くらい…典型的なマナ中毒症状…この肌の色で、この辺りの人達は魔族の肌色は青や緑色なのではないか?と、勝手に思い込まれている…馬から降りるけど、高さがあって、ちょっとコワい。
「はい」
馬を操作してくれたサラムさんに手を向けられて、馬から降りる。
「乗馬経験はないのか?」
…アダム様、ねぇよ。こっち来て、まだ、それ程経ってないし、この馬にも、餌やり程度しか触れ合ってないし…近付いて分かる事は、男性二人、女性一人…
「どうだ?」
…間近で見て分かった事は、服が綺麗なこと…いや、汗や皮脂の汚れはあるけど、この環境で付着した土や泥汚れみたいなのはあまりないんだよなぁ…それに、この環境で着る服でもないし、荷物らしい荷物も持ってないし…
手を視る…うん。魔法を打った痕が残ってる…しかも、細胞が破壊し掛ける程、強力な魔法をぶっ放してるな…目を視る…ああ、身体を支配する程の暗示に掛けられてたのか…
魔法の実験体。誰かに操られたのか…どこぞの研究施設で廃棄したか、放逐した上での行動実験か…いや、でも、追跡魔法も掛けられてないし、死臭以外の特異な臭いもしないし…
『領都』は、こんな死体をそこそこ拾って来るの?
「いや、拾ってこなかった」
さすがに、攻撃されたから、報復しようとしたか?
「そこまでの感情…いや、知性か…?『領都』にあると思うか?」
アルパちゃんのお母さんの件があるからね。
「『領都』に取り込まれたか?」
告げ口…いや、行動を乗っ取ったかも…
「…焼くか」
随分、あっさり決めるんですね?
「アンデッド化されても面倒だろ?」
…とだけ言うと、アダム様が火の魔法、ぶっ放す‼
いきなりだな‼ってか、アツッ‼
「骨まで焼き尽くすからな‼」
立ち上った三つの火柱が、合わさって、渦を巻く。
…『領都』に異物を取り込ませない為か?
「それもあるけど…いやな予感がしてな…」
やめて下さいよ。年長者のその言葉の後は、大抵、いやな事起きるんですから。
「悪いな。うまい事、言語化できなくて」
言葉とは、最も原始的なデジタル変換。
「…何だ?それ」
分かり易く、かつ、明確な表現だけど、再現には限界がある。
「…行間を読めと?」
それは読者側に求められる能力…って言うか、読者に能力を求めるって、作者の怠慢以外の何物でもないと思うんだけど…
「そこは詐欺に引っ掛からない為の予習だな」
以外に国語の勉強って、世知辛いねぇ…と、燃え尽きたな…
「じゃあ、戻るぞ」
了解…ん?
「どうした?」
その場の空気感…臭い…焼けた動物のそれとは違う芳香系…この匂いは…‼
いやな予感が早速当たりそうだ…‼
「え?おい、何が…」
この場を知られた‼
さっき開発した風系の精霊識を使って、空気中の発見警報と化した芳香成分をつむじ風で纏め、西側に流し込む。後は、焦げ跡を…‼
「危ない‼」
…気が付けば、地面が近い…焦げ跡の熱気がまだ残っている…って言うか、サラムさんの腕の中にいる…あたし、どうなったんですか?
「いきなり倒れたそうになったんですよ‼」
「ダッシュとスライディングで地面に落ちる直前に、彼女が掬い上げた」
…あ‼次は、焦げ跡を……え?身体が…上手く動かない…?
「急激に大掛かりな魔法を放った後だ」
アダム様の言葉…そうか…マナ枯渇…精霊識を使うから体内に必要量のマナを取り込んじゃったのか…‼
「必要量って…百人単位の儀式魔法クラスのマナを練ってただろ?」
「本来なら三日は寝込んでますよ?」
寝込むのは後‼そこの焦げ跡を『領都』の外に…‼
「落ち着け。まず、どういう事か説明してくれ」
化学反応…いや、魔法合成反応だ。あの遺体を焼く事で発見警報の魔法を生み出したんだ。
「化学反応?」
「おい…発見警報って…」
そして、そこの焦げ跡はポイントマーカーになる。早く、削り取って、『領都』の外に‼
「待って下さい‼まずは安静に…」
急がないと、ヤバい連中が押し寄せるぞ。
「だからって、お前が対処しなくていいんだ」
早くやらないと………‼でも、身体が動かない…
無情にも、呟くあたしの瞳に魔法が浸透していく様が写る…
…完全に沈着した…焦げ跡を取り除いても、魔法が残る‼
…見てみろ…と語り、必死にアダム様に向け、手を伸ばす…
「触ればいいのか?」
…め…目元に…
駆け寄るアダム様が、あたしの手を取って、広げた手を目元に触れさせる…
「…‼」
焦げ跡を見たアダム様の身体が一瞬、硬直する。
遺体の胸のあたりからポコポコと黒い魔法の泡が空に浮かび上がる…
「…手遅れか…」
呟くアダム様の声を耳にしつつ、サラムさんにもマーカー発見魔法を掛けてもらう。戦える彼女には今後の警戒の為に見える目を持ってもらう。そう、次に続けて向けての準備‼…をしたいが、あたしの身体が限界…薄れていく意識の中、起きた時に何をすべきか?を思慮しようとしたが、あたしは瞼を閉ざす以外の事をできなかった…
「しまったなぁ…この子の身体、『イ』の世界に合わせ過ぎたか…?いや、この数値の変化は順応化してるのか?相変わらず、体内にマナを取り込んでないし、生成もしていないみたいだな…確かに、『イ』の世界のマナの扱いについては慎重に‼とは言ったけど…」
…あ、カエル様。
「気が付いた?今、身体の方を重点的に精査中だから、魂だけ離させてもらってる」
気絶したのは拒絶反応ですか?
「『イ』の世界の人達でも起こる現象よ。もっとも、限界近くまでマナを放出しないと起こらないみたいだけど」
…お手数お掛けします…
「気にしないで‼…と言いたいけれど、気にするか」
…カエル様の笑顔と笑み交じりの声が心地よい…
「『識』系統の使用許可はあたしが出す」
独断使用はダメですか?
「…まぁ、一回位なら見た目は現状の身体のままで使えるけど、二回以上使えるようにするには外見を変えるくらいの肉体改造が必要になるよ?」
体の見た目が変わるのは勘弁してほしいですね。
「うん。そこで助け舟って訳じゃないけど、提案‼」
何ですか?
「精霊用のマナ変換『式』を開発しなさい」
マナ変換『式』なんですが、どうしても、その段階で『識』になるんです。
「魔の方が『式』なのに、精霊の方が『式』にならないなんて、おかしくない?」
…確かに、そうなんですが…
「その為に『魔式』をオリジナルで作る事‼」
…そうか‼小規模魔法が大量のマナを使わない理由を解明すれば…
「それと、『領都』の件…」
分かってます。カエル様は干渉できない事くらいは。
「直接介入ところか、アドバイスも出来ないのよねぇ」
拗ねないで下さい。世界を扱う上での協定なんですから。
「それとね。マナの扱いは慎重に‼とは言ったけど、取り込んだり、生成したりは禁止していないからね。状況的にそうしなきゃならない時は、マナ生成もその身体でやっていいから」
何だか、約束を破るようで、やりたくないんですが…
「その身体の安全が第一‼魂で拘束していない契約なんだから、もっと思いっきり生きても良いの‼」
…あたし、生きているんですか?
「…そう思って、生きなさい…」
…目が覚めると、テントの中…サラムさんが入れてくれたのかな…?
「生きていると思って、生きる」
…何も考えてないカエル様らしいお言葉に、あたしの頬が緩む…
体内時計的に二日経過かな?…まだ深夜…静寂の中、テントに微風が当たりパタパタと音を立てる…月明かりに浮かぶ外の光景は、昼に見た家の並びと変わっていなかったが、人の声がない静寂は、家の灯りがどこからも漏れていない事で、廃墟の様にも見える…
テントの奥に向かい、拡張空間エリアに入ると、早速、カエル様の宿題に取り掛かる。小規模魔法の作成…マナ変換の過程を知る為に机に齧り付く。今回はしてやられた。向こうがアンデッド化を考慮した罠を仕掛けて来るとは…‼
こんな手の込んだ仕掛けは、間違いなく、連合アカデミーの仕事だ。そして、背後には巨大な権力を持った依頼主…それこそ違法研究を握りつぶせるだけの力を持った組織…一番の候補は、動機的に盟主国関係者だろうけど、違う…そんな簡単なわけがない…
いや、そこは後で幾らでも考察できる‼今は『魔式』生成に集中‼
…外の日が昇るまで、あたしは『魔式』を造り続けた…
「起きろ‼ってか、起きてるか?起きてるな⁈」
昼頃、アダム様に叩き起こされる。何ですか?
「武装集団が攻めて来た‼」
『アダム』領に侵入してきたのは軽装の五人組で、予想通り東側の焦げ跡付近から現れた。が、あの周辺は山以外の目立った目印はない…馬の蹄跡を消していないので、こちらに向かって来るのは時間の問題だろう…それはこの場に居る者達は理解しているだろう…
「それで、どうされますか?」
アインさんが近くのアダム様に問う。
「偵察は続ける。怪しい動向を見せたら、容赦するな」
「畏まりました」
一礼するとアインさんが何歩か下がり、老紳士の姿が黒い鱗を纏った竜と入れ替わる。
「では、行って参ります」
翼を広げ、宙を舞う、アインさん。向こう側には偵察帰りのツヴァイ君が青い竜姿のままで、息を荒げている。
「直接、こっちに向かって飛んできてないよね?」
「…それは…気を付けてる…‼」
少しずつ、人の姿に変わるツヴァイ君に、水を差し入れるアルパちゃん。
その光景を眺めるあたし…臨戦態勢ってヤツだな…
何か、手伝える事はない?
「…逃げる準備はしておけ…」
あれ?永住を薦めてたんじゃないの?
「事、この状況では無関係のお前たちは巻き込めない」
領主の責任?
「そう思ってくれて構わない」
…随分と弱気ね?
「ああ、俺は臆病なんだよ」
たかが斥候部隊が侵入した程度で退くの?
「ああ言うのが一番厄介なんだ‼この場を放棄して山に隠れるんだ‼やり過ごして、通過させるしかないんだ‼」
…ああいう手合いは、しつこいわよ?それに、今の斥候部隊が諦めても、第二、第三の斥候部隊が侵攻してくる…それこそ、この場の安全が確保可能と判断されたら、本格的な攻略部隊を投入してくる…いや、既に、動いているな…
「戦いは数なんだ‼少数精鋭で凌げるのは最初の内だけだ‼」
だから、こっちから攻め込むんだよ‼
「…死兵を配しろと?」
強襲部隊を送るんだよ。
「だが、誰を送る?どこに送る?」
適任の戦力があるじゃん。
と、あたしは、完全にヒト型に戻ったツヴァイに視線を送り、
「ねぇ‼ブレスくらい吐けるんでしょ⁈」
と問いかけると、
「任せろ‼」
片手を掲げて、返すツヴァイ…いい返答だ…
まぁ、あたしも地上から援護するから…彼は絶対に生かして返すから。
「お前…それ、フラグっぽくないか…?」
それは言わないお約束‼
…見つめ合うあたし達…別に惹かれ合っている訳ではない…ので、
「軍から給料は出ませんぞ」
…最後まで見届けるとは言ってねぇぞ…
…『領都』の東側…荒野の中に、一個中隊が整然と並んでいる…
「以前の調査では、こんな所にあんな山なんかなかったらしいぜ?」
鎧を着込んだ一団の一人が隣の男に話し掛けると、
「こんな場所まで調査してなかったんだろ?」
「適当に調べ回りやがって…」
「調査費用を浮かせたんだろ?」
「あ~あ。あんなわけ分からねぇ場所に行くのかよ?」
「ギルドからの正式依頼、しかも、破格の依頼料だぜ‼」
「生息している連中は殲滅でいいのかよ?」
「出来高だとよ‼依頼主は太っ腹だぜ‼」
「じゃあ、早い者勝ちの、恨みっこなしだ‼」
ガヤガヤと纏まりのない喧噪…ああ、傭兵ギルドに集合をかけたのか…しかも、戦争や紛争が仕事の連中か…
「ん?何だ?あの緑色」
あたしを見付けた一人が声を出す。その声を挙げた人物の鎧兜には迷彩のペイントが塗られており、その中には緑色もある…お前等だって緑色だろ‼と言いたい…‼
…一団からは十メートルは離れているだろうか…
「おじさんたちぃいいぃぃ‼撤退しないいいいぃぃぃい⁈」
警告…と言うか、忠告はしたぞ‼
「……‼」
わ‼ナイフ投げてきやがった‼魔法も打ってきやがった‼
…って事は、容赦しねぇぞ‼
「ど~するんだい?」
こ~するんだよ‼
と、左腕を振り回すと、目の前の一団に、上空から炎が降って来る。ツヴァイのブレスだ。数秒続く炎に、約半数が消し炭になり、残り半数が散り散りに退避。
「逃がすかよ」
しかし、残った人員の殆どが、火傷を負っており、僅かに残った、まともに動ける者にしがみついている。その一団の前にあたしは土壁を作り、包囲。
「情報を吐く奴は生かす‼黙秘する奴は殺す‼」
ドーム状に土壁の包囲を狭め、ブレスが吐かれた辺りに一纏めにする。
「た、助けてくれ‼」
「死にたくねぇ‼」
お決まりの命乞いの声が響く中、壁を崩そうと、手持ちの武器で壁を掘る数人…
「あんたら、何か知ってるな?」
土壁の中に降り立ち、壁を掘る一人を捕まえ、土壁の外へ…
「あ…ああ…あぁぁあ‼」
見た感じ、他の傭兵連中と同じ装備だが、佇まいが宮仕え然としている…おまけに随分と慌てている事から、実戦経験のない指揮官だろう…
「知ってることを話してもらう」
胸倉を掴むが背の高さがある事で持ち上げられないので、引き倒し胸倉を掴み上げる。
「し、知らない‼私は上官からこの集団を率いろと…」
どこの軍だ?
「………‼」
何かを語ろうとした瞬間、男は吐血。肺からの出血だったのだろう…言葉どころか声すら上げられず、もがき苦しむ事、数秒後、動かなくなる…
「…口封じか…」
その場に男を放置し、土壁に目を向ける。
「…もう一人くらい、拾い上げるか…」
再び、土壁の中に飛び込む…
「やっていいか?」
上空のツヴァイ君の声が響く。
「いいよ」
もう一人の尋問も、声を挙げることなく息絶える事態に、あたしは感情のない顔と感情のない声で答える…そんな中、待っていたとばかりに土壁の中にツヴァイ君のブレスが叩き込まれ、爆炎が上がる。
その爆音を背に、あたしは引き上げた二人の鎧を剥ぎ、身元を探れそうなモノを探索する…まぁ、この口封じの魔法も連合アカデミー製だろう…ご丁寧に、ベルタさんが隷属魔法を反転させて魔法返しを喰らった研究員が生前に造った魔法の様だ…尻尾切り…ご丁寧なことだ…だが、その丁寧さが、仇になる。魔法を造った者が同じでも、掛けた者は別人…その癖はどうしても出て来る。特に、ヒトを操る系の魔法には倫理観のブレーキの効き方、探求心のアクセルの掛け方がそれぞれに違う。
おっと、最初に引き上げた方は王国連合北部出身で、もう一人の方は盟主国の王都西部の出身か…どうせ、連合アカデミーに出向してたんだろうけど…
「…このまま王都に行く…」
近くに降りたツヴァイ君に告げる。
「え?」
「侵攻軍を潰しながら王都に向かうから、斥候部隊を潰して‼」
その言葉と共に、長距離ジャンプ‼瞬時に上空三百メートル近くまで上昇し、眼下の百人単位の傭兵団の塊が、十か所程、見える…と、あたしは下方に手を向けて、魔力を放出すると、傭兵団の先頭百メートルから土の津波が沸き起こり、目に見える範囲の傭兵団を巻き込んで、押し流していく…
「他は?」
降り立った場所は、最も近い傭兵団が押し流された場所。周囲には傭兵たちの持っていた獲物が数本、頭を出しているが、気を取られる事なく、連続ジャンプで王都を目指す…
傭兵団はアダム領を取り囲む壁の一部を切り開いた場所から出ていた。が、あたしはジャンプで壁を乗り越え、王都に入る。
王宮の方向に三回程ジャンプし、王宮に潜入…
…騎士団の人員名簿のある資料庫を即席の隠蔽の『魔式』を使って目指す…他国であっても、大抵の王宮の配置は同じとの情報を信じ、その場に向かうと、確かに、資料庫を発見。
…騎士団の出身地情報を照らし合わせ、あの場の二人と確定。現在の出向先の情報は事務局近くにあるので、事務局に向かう…
…人の多い事務局を脇目に、騎士団出向関係の書類の山をごっそり持ち出して、人気のない一室で広げる…
「これか」
二人の名前が書いてある書類を見付け、出向先を確認。
「…連合アカデミーの盟主国の西部支部…」
出向先欄の文字を見て、書類をそのままに部屋を出る。
そこに、
「‼」
ドアを開けた先…廊下の向こう側の人物に体が硬直する。
「こんな所に…?」
…だが、すぐ様、予定通りの脱出経路を辿り、王宮から離れる…
…そこに居たのは、メリダ様だった…
…次に向かったのは連合アカデミーの本部。近場と言う事と隠蔽の『魔式』もあった事もあるが、何食わぬ顔で王宮から出る。アカデミーに向かうのは確認の為…二ブロック北にある連合アカデミー本部に向かう。
…別の隠蔽の『魔式』を重ね掛けして、アカデミーに潜入…出入りの業者が使う勝手口から業者と共に潜入する…
「…?」
…運び出される廃棄物に違和感…実験動物の死体を詰めた袋から人の血の匂い…
「…そうか…」
…特有の臭い成分を可視化して、出所を辿っていく…
…廊下を一ブロック左に曲がると、扉がある。誰もいない事を確認し、扉を開けると、上下に開くタイプの引き戸…搬出用のエレベーターに使われるゲートがある。
…臭いはゲートに続いてるが、ゲートの分断部で途切れている…ここで、臭いの可視化を切って、エレベーター部屋から出る。
「…地下か…」
…職員たちの雑談の反響から、建物は地下二階…いや、三階か?三階部分は建物を建てた後に増設した様で、他の階の反響具合と僅かな違和感がある…足元に、数センチの浮遊する『魔式』を掛け、足音と足跡を消しつつ、階段を探る…
一般職員用の階段は地下一階まで、特殊技能持ち職員が持つパスを使って地下二階に行ける。地下一階と二階の踊り場にゲートがあったので、完全に地下二階を確認できなかった。実験区画の様で、踊り場だけでもマナの淀みが一階に比べて濃厚だった。
地下三階への入口が分からない…と言う事もなかった。所長らしい人物から、人の血の臭い…それも袋詰めされた人物の血の臭いがする…
「所長室か」
階段を駆け上り、最上階の『所長室』に向かう。
最上階は役員専用の階で、研究所に来ている役員の部屋には受付に人がいる。現状、所長と一人の役員しか来ていない様だ…受付のいない部屋に音を抑えて入る…建物の構造的に階段がない事は外観から確認済み。
まずは『領都』『アダム領』『アダム様』に関する資料、それに付随する研究成果、現行の最新研究、出資者名簿と彼らの要望の研究進捗を机の引き出しから漁る…
「…ふ~ん…」
…『領都』に関しては何もなかったけど、『アダム様』系で調査しているのは不老不死か…現行で進めているのも不老不死…最大出資者は盟主国、次に王都、『メリダ商会』…
ざっと目を通し、つぎの行動。
「…転移魔法反応は…」
…南東角に敷かれたカーペットの北西角が捲れている…迷うことなく、カーペットを捲り上げると、魔法陣が僅かな赤い光を放っている…転移魔法の反応を感じる…
「別の所に転移しないよな?」
…見た感じ、役員専用の転移魔法陣ではない…が、用心のため、役員机の上に置かれた羽ペンを転移陣に置くと、周囲のマナを吸ってフッと消える…
その反応を見届ける間もなく、役員机の対角線上に身を潜める事、一分程…
「…誰も上がって来ないか…」
立ち上がって、魔法陣の元へ…
「…さて…」
意を決して、魔法陣の上に立つと、瞬時に、あたしの目を闇が覆う。
…暗所対応の為に瞳孔を広げると、足元に羽ペン…天井に申し訳程度の照明が一メートル程先にある扉を見せ、その隙間から一筋の光が漏れている…室内に人の気配はないが、マナ濃度と人の血の臭いが、地下二階入口に比べ、むせかえる程に濃密…
「…さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
…カエルだから、蛇はヤダなぁ…とか思いながら、扉に向かい、取っ手に手を掛ける…
途端、
「ガアアあぁぁああ‼」
直径二十センチはある巨大な指が三本、扉を突き破り、飛び出してくる。
「わ‼」
幻覚ではない‼破壊された扉の破片が頬を掠める感覚は、間違いなく現実だ‼
「何だ⁈」
思わず、後ろに飛び退き、転移陣に乗ってしまう。
瞬時に、光の支配する世界に放り込まれる‼ホワイトアウト‼瞳孔を瞬時に絞ると、足元からの激しい縦揺れ‼
「地下のアレが出て来るのか⁈」
窓辺に駆けて、そのまま突っ込み、アカデミー本部から強行脱出‼
王宮・アカデミー沿いの大通り、反対車線側に降り立つ。
「おいおい…‼」
…地下からの激しい揺れにアカデミーの建物が崩れ始める…地上五階の建物の中に巨大な人型の半身が身を捩っているらしく、一・二階から内部の柱や梁、壁などの建材、筆記用具などの文具や魔法に使う実験器具、埃や破片、人も同様に払い出される。
立ち上がろうと、二階部分に手を置くと、バキバキと音を立てて崩れ出し、背中から倒れる衝撃音に再びの地震。アカデミーの建物が巨人(仮)の頭部側の建物が崩壊する。
「うわぁ、進撃…?」
…魔法世界にアレはないわぁ…屋根を突き破り頭部が露になった…うん、某進撃的大型巨人な筋肉模型的顔…と思ったが、どっちかと言うと、ウ〇トラ怪獣系宇宙人…目に該当する球体を覆う瞼は縦だったり、横だったり、斜めだったり…ああ、色は白いから劇場版の量産型エ〇ァっぽいけど、ウナ〇イヌ顔じゃないな…呼吸器的な穴が五・六個並び、反対側に口とを思わせる切れ目が開いて…うわぁ、歯並びがヒト型…あ、周囲の人を掴んで、口に放り込んでる…あれは肉を食ってるんじゃなく、マナを喰ってるな…
とにかく、キモイ‼あれに人型の意味があるのか⁈いや、それより…
「証拠隠滅の方法が派手‼」
跳躍して、一旦、その場から離れつつ、現状を確認…あれが暴れたら、王都は壊滅…?
「いやいや‼王都には対大型魔法生物部隊がいるだろ‼」
…等と、ひとり言していると、
「やべ‼」
巨人型魔法生物の一つの目が、こっちを捉える。隠蔽が効いてない⁈
「足止め‼」
アカデミーの周囲から十メートル外側を意識して『魔式』を放つ。と、巨人型魔法生物がその場でジャンプし、落とし穴を仕掛けた領域を飛び越えて、こちらに向かって駆けて来る。距離は五百メートル程離れているが、こっちのジャンプ移動と巨人の普通駆け足では駆け足の方がやや早い…
「迎え撃つ‼」
振り向いて、巨人に手を向ける。改めて、顕わになった全身を魔力で凝視。一瞬で思考が明確になり、巨人が『動く肉塊』程度に感じる…それはあまりに無理のある巨大化と人体化と魔法制御…マナを喰らい続けなければ、その巨体を、その姿を維持できない様だ…
とにかく魔系や精霊系の『識』を使わなくとも斃せる‼
「崩れろ‼」
早速、思案していた液属性の『精霊式』を迫る巨人の手に放つ。
巨人に向けた両掌の上、数センチ先に、直径十センチ程の水球が浮かび、巨人の掌の細胞の隙間に入り込む。途端に、巨人の身体が、液体が入り込んだ腕から崩壊し、倒れ込んだ巨人の体躯が、あたしを避けながら崩壊…『動く肉塊』がただの『肉塊』に成り果ててしまう…
「…他のアカデミーの施設も同様の襲撃を受けているか…?」
頭の片隅に浮かぶ疑念…と、逃げないと‼面倒ごとに巻き込まれる‼
あたしは北に跳び、アダム領へと向かう…
…一時間ほどでアダム領の『領都』に到着。
「変わりない?」
集落に到着すると、主要メンバーの顔があるが、浮いた様子がなく、どこか沈痛な
空気が漂っている…
「どうしたの?」
誰に…とでもなく問うと、
「『領都』から退去勧告を受けた」
アダム様が答える。
え?退去勧告?『領都』が何らかの意思を放ったの?
「ベルタがメッセージを受け取った」
本当に『領都』の意志?
「ええ」
頷くベルタさんも沈痛な面持ちだ。
「理由は?」
…との、あたしの声に、
「すまん‼」
ツヴァイ君の謝罪の声。
「調子に乗って、斥候の奴らを焼いた‼」
…あ。斥候部隊の身体にも、魔法合成反応が⁈
「印を多く付けられた事に対する報復だろう」
…そうかな?
「…と言うと?」
さっきからこの地域…って言うか、『領都』全域から精霊的気配が薄れているのよ。
「…そんな事、お前に分かるのか?」
まぁ、ぶっつけだったけど、『精霊式』は発動したから。
と言って、あたしは『精霊式』で作った、安全な水球を皆に見せる。
「…『魔式』ではありませんね」
ベルタさんのお墨付きがもらえた‼
…って言うか、ベルタさんが受け取ったメッセージは退去させなきゃいけない事象を起こすから、避難しろって意味じゃないのかな?
「そんな都合の良い事を…‼」
折衝役に、アルパちゃんのお母さんが就いたんじゃない?
それにツヴァイ君のブレスが契機って訳でもないと思うよ?
「じゃあ、何で⁈」
全員の疑問を代弁するのはアダム様。
…精霊として、最後の力を解放しようとしているんだと思う…
と、あたしは山を指差す。
「彼らが攻め込んできたのは、契機だったかも知れないけど、解放された力に皆を巻き込みたくないって言うのは、『領都』の意志か、アルパちゃんのお母さんの意志か…」
あたしは、そう言葉を紡ぐと、
「『領都』の中の『火』のエネルギーが臨界を迎えようとしている」
「つまり?」
「『領都』のシンボルである、あの山が噴火する」
「標高八千メートル級の独立峰なんて本来有り得ない。それが噴火…いや、山体爆発だって有り得る。火山灰や火山弾がどこまで飛ぶか…火砕流の可能性もある…その後の被害がどこまで及ぶのか…」
アダム様は事の重大さに気付いた様だ。
付け加えるなら、マグマの流出箇所や方向によっては甚大な被害が出る。更に、地下からマグマを供給し出したら。手が付けられなくなる。
「抑え込む事は不可能か?」
…え?何故、そこで、あたしじゃなくて、ベルタさんを見る?
「私の一存ではとても…」
そして、それに何故ベルタさんが答える?しかも、目線をアルパちゃんに向けて…
…そうか…色々と繋がった。
が、今は山の噴火だ。
はっきり言えば、噴火は今すぐと言う訳ではない。今から出来る対処も幾つかある。
まず、ここに住む人達の避難。出来る限り離れた場所にシェルターを造らなければいけないが、どの程度、離れれば良いかが分からない。なので、現在の『領都』がある場所から最も離れた領境…南東側に移るとの結果が出た。生活の利便性を完全に無視した場所ではあるが、その辺は行き当たりばったりで強行しようと思う。それに、アダム様の住んでいる湖畔以外の場所に住んでいる人々への避難勧告もあるが、聞き届いてもらえるか分からない。彼らには彼らの考えがあるんだから…
次に、山に溜まっているマグマの推定量計算。山体の膨張状況から山体内のマグマの容積は算出できる。超音波を当てれば内部の状況もある程度解析可能だが、音波振動でマグマを刺激するのは良くない…いや、その程度でマグマが刺激されないと思うけど、それはカエル様の居た世界の話。こっちの世界だと反応する可能性もある。ただ、少なくとも、『領都』の土砂と山体膨張状態から、噴火時期の予想は付く。とは言え、現状では十日から一年以内と言う、かなり幅のある予測だが…
他に、王家・王都領・他領への警告や、領民への物資的な援助要請、避難候補地に隣接する領地へ向けての先触れ、可能なら他領への移住要望を出す必要がある。勿論、問題はある。多くの領民が魔族である事と彼らが盟主国の市民権を得ていない事。他領への移住となったら、どれ程の無茶な要求があるか分かったモンじゃない。最悪、アダム様も含めて奴隷に堕とされる事だってある。そうなったらアダム様を求めての争奪戦からの内戦、他国からの介入だってあり得る…
…それが狙いか?
…山体観測と称して、あたしは山を眺めている…周囲はあたしが警告した事態への対応にバタバタしている…現状あたしが山体観察と称してボ~…っとしているのは特にやる事がないから…いや、ほんとに…アダム様にも、許可をもらっているし…
…う~ん…こんなのんびりした上に不確定要素の多い作戦なんて通用するか…?
はっきり言って、この噴火騒動、煽り過ぎな気がする。いや、騒いでるのはあたし達…もっと言えば、あたしとアダム様だけか…まぁ、噴火と言えば一大事だけど、現状、体感地震すら感じないんだから、焦る必要はないんだけど…いや、焦るか…地震大国出身の転生体だし…あれ?これ、ほんとに噴火するか?
山体膨張の兆候が見えないし、山からの地震は感じない…そうだ。この山が活火山として機能してない。火山に付随するモノがない。はっきり言えば、温泉がない‼
え?じゃあ、あの火の精霊の気配って何?
確かに見えてもいるし、気配も感じるけど…あれ?火山性のマグマって火のエネルギーだったっけ?いや、そもそも、火の精霊エネルギーが宿っているって事は…山が単体の火の精霊を飲み込んでいる?
「ちょっと山に行ってくる」
立ち上がって誰にとでもなく呟くと、
「え?」
丁度通りかかったサラムさんが答える。
「それと、あたしが戻るまで、集団移転は控えるようにね?」
気付いてくれたので、顔を向けると、山に向かってジャンプ‼
「…さすがに、ひとっ跳びって訳にはいかないかぁ…」
あたしの跳躍は移動しながらだと、最高高度は三百メートルだから、山の頂上までは届かない…とは言え、目標高度は四千メートル位…十回くらい跳べば届く所…
「あれ?」
山の麓の森林地帯まで跳べない…いや、跳躍能力的には届くけど、身体と警戒心が山体に向かう事を拒否している。
『アダム領』の結界‼精霊力の壁が目の前に見える。そして、その壁が『アダム領』が発している能力ではない…腹の中の火の精霊…なるほど、だから森林限界までか…‼
思い立ったが即行動‼液属性の精霊式に冷気エネルギーを纏わせ、槍状に伸ばすと精霊系の氷の槍が出来上がる。長さ五メートル直径三センチの槍がズンっと地面に三十センチ程、突き刺さり、地面の水分がビシビシと凍結していく…
これ以上凍っては引き抜けなくなるので、目標位置を睨み付けて氷の槍に標的を支持する魔力を込めると、ロケットよろしく、真上に高速射出‼標的の高度まで到達すると、ほぼ直角に標的に向けて吶喊。障壁に当たり数秒静止するが、高速回転しつつ、数ミリ溶けながら障壁を貫通。瞬く間もなく、標的に刺突する。
「ギエアアアアア‼」
激しい蒸気が上がる中、怪獣の雄叫びが響き渡り、山体の中腹から全長百メートル程はある爬虫類系の頭部を持った四つ脚…いや、六つ脚が出現。黒い表皮とひび割れた箇所から吹き出す赤い炎に、自分なりに、火蜥蜴と命名。荒れ狂いながら、鼻先に刺さった氷の槍を振り払おうと頭を激しく振るっている。
間髪入れず、氷の槍を生成し火蜥蜴に突き刺すと、火蜥蜴の全体が山から出て来る。ただ、体長は思った通りだったが、尻尾と思われる後方も頭部となっており、二重の咆哮が空に向けて放たれ、真上の雲を消し飛ばす。
…追い払うにしても、こちら側に来なければ良い…そんな事を考えながら、氷の槍を次々と射出していると、火蜥蜴がこっちに向けて駆け下りて来る。
どういう理由で『アダム』領に居付いたのか知らないが、やる気なら相手するぞ‼と気合を入れ直す…いや、無理‼大き過ぎ‼精霊の格で言うなら明らかに上位クラス‼
くっそ~、しくじった‼攻撃系の式じゃなく、防御系にすれば良かったか?それ以前に、敵対行動自体が間違いだったか?…だからって、あんなのと意思疎通できるか?
まるで山崩れの様相で、駆け下りる火蜥蜴。土煙が上がる先端で、炎の息と共に露になる狂気の眼が、明らかにこちらを見据えている。高々、あの程度の攻撃で怒り狂うか?
ああ…攻撃され慣れていないのか?つまり、あれで幼生体…
ハッとなって、火蜥蜴の出て来た辺りに目線を向けると、山体に熱の塊が蠢いているのが分かる…出て来た個体を標準とすると、三、四十匹はいるだろうか…『アダム』領はこいつらの産卵場かよ‼大体、どのくらい昔から、あいつらを抱えていたんだ?って言うか、この手の精霊に卵を産み付ける習性があるのか?いや、火のエネルギー系の精霊だから、本来は自然にマグマを貯めた山に産卵するはず…
ん~…習性的に、こういった山に産卵して、孵化したら地下に向かって掘り進めて、マントルで更に成長するタイプの精霊か…
あ、打開策、見付かったかも。
あたしは火蜥蜴が森林地帯に入る手前に固属性の精霊式で壁を造り湧出させ、元の穴に火蜥蜴を押し戻す。更に、本来の山なら存在する地下へのマグマの通路を、山体内部の土砂や岩石を圧縮しつつ地下に伸ばす。すかさず、形成された地下へのトンネルを火蜥蜴の群れが降り、最後尾が通過すると同時にトンネルを塞いでいく。
約四キロにも及ぶ火蜥蜴の地下への行軍は、マントルから放たれる高熱の影響か、徐々に速度を上げ、先頭が精霊式に追い付き、遂には、自らの力、自らの熱で地下へと掘り進んでいく…ここまで来れば、穿孔の式は不要と判断し、穴埋めは自動お任せに切り替えて、大きく一息…まぁ、自動お任せと言っても、マナは吸われ続けるんだけど…
とりあえず、最善の結果で噴火モドキを抑える事が出来た‼
…最善か?と言われるとちょっとアヤしいが…後は、山体崩壊を防ぐ為に、火蜥蜴が入っていた空洞に詰め物しないとな…
…そんな事を考えていると、後方から人の気配…距離と時間的にアダム様達の所から来た人達とは違う…あたしは森に入り、隠蔽の魔式を使い、様子を窺う…
背の高い草原を掻き分けて、五人の斥候グループが姿を現すと、全員が山体を見上げる。構成は男性三人女性二人かな…?全員が同じ迷彩服、同じ装備で、カエル様の居た世界のレンジャー部隊っぽくも見える。頭部もお揃いの迷彩柄の布を張った帽子で、顔は黒い布で覆われ目元だけが露出している…見た感じ、ダンジョン探索と言うより、戦争の偵察部隊だ…
しばし山体を眺めていた彼らが直径一メートルの円状に散る。目線とハンドサインでの今後の進路を確認する事、十秒程…全員が頷いて、先ほど開いた道を戻る…
撤退だろうか?…ここは後を追うべきか…?いや、クールダウン、クールダウン…火蜥蜴を追い返した事で気が逸っている…冷静にならないと…
まず、やらなきゃいけない事は、アダム様に火山活動の停止を報告する。大分、慌てていたから落ち着かせないと…次に侵攻中の軍の対処。一応、向こうへの行き掛けに、ある程度は潰したけど、他から出ている可能性もあるからな…あと、さっきの連中の行動も随分と怪しいか…一人捕まえて、吐かせるのも手かな…?まぁ、山体の詰め物は全部終わってからでいいか…
その前に火蜥蜴が入っていた穴倉まで跳ぶか。温泉を産まなかった原因となる何かがないかを知りたい…耐熱素材が生成されてるなら、ちょっと興味があるしね…
…五回くらい跳躍したあたりだろうか…空気に異変を感じる…
…硫黄や土砂の焼けた臭いではない…そう、空気の微妙な振動…空を見上げる…‼
マジか⁈
…隕石が迫る気配…儀式魔法で呼び寄せやがった‼
…空の青の向こう側の闇の中に、太陽の光に照らされた岩塊を認識…まだ、距離はあるがかなりの大きさ。『アダム』領の半分の大きさはある。
天…と言うより、隕石に向けて、手を翳すと、気の魔式で逆向きの小型竜巻を生成。
「届け‼」
射出‼直径十センチ程の逆向きの竜巻が天に向けて放たれる。
成層圏を突き抜け、順調に隕石まで伸びる空気のドリル…当てるだけで良い…砕け散らせれば最良だが、軌道を逸らせるだけでも構わない…‼
高速で迫る隕石が熱を持って地面側を赤く照らし出す。地の溶岩から天の溶岩を相手にするって事かよ⁈ってか、熱いんだよ‼汗だくだよ‼
文句が止まらない状況で、あたしは隕石の軌道と逆竜巻の先端を併せる作業を始める。
…なかなか隕石の真下に合わない…自転風…いわゆる偏西風みたいな風の影響で二・三百メートルはズレる…‼その辺を加味して調整すると…合った‼真下を捕らえた‼
後は迎え撃つだけ…当たった‼上空五万メートル‼隕石が崩壊する感覚が伝わる…
やった‼…え?
崩壊する隕石がばらばらと四散する中に、黒い塊…儀式魔法の核となる密度の高い岩塊が山の頂上に偽装した火口に向かって降って来る…‼
意識を黒い岩塊から逃さず、逆竜巻で岩塊を振り払う。
…くぅ~…‼…どんだけ高密度の重量物なんだよ‼気属性の魔式ごときじゃ傷を付ける所か、軌道を変える事も出来ない‼天からの黒い岩塊…自称、真隕石は現状高度四万五千メートル…目を離していても位置は常時把握するくらい可能だ…
…大きさはちょうど偽装された火口と同程度か…大気圏突入部が高熱に晒されているにも関わらず、溶解時の赤色光が見えない…耐熱素材かよ‼
「…耐熱素材?」
思うより早く、脚が火蜥蜴の居た穴倉へと跳び、入口に到着。
「まだ間に合う‼」
未だに熱を持った穴を構成する黒い岩塊…面倒な手順をすっ飛ばして、穴に向けて手を伸ばすと、火蜥蜴達の熱で圧縮された岩塊が更に圧縮&硬化。瞬く間に、直径五センチ程の球体になって、あたしの右の掌の上に浮かび上がる…かなりの熱気…多分、この大きさでトン単位の重量はあると思う…
…真隕石は高度三万五千メートル付近…
「いっけえええぇぇぇええ‼」
ほぼ真上…真隕石に向け、掌の圧縮岩を投げ付ける。
瞬時に、逆竜巻を真隕石に向け形成し、竜巻内部を真空状態にする。更に、圧縮岩を竜巻の中に押し込み、下から風で押し上げる。即席の空気製レールガンから打ち出された圧縮岩が高度二万メートル付近で真隕石と激突‼
「まだまだぁ‼」
圧縮岩に宿った熱量を真隕石に移す。と、真隕石の衝突面からビシビシと罅が入り…
「今っ‼」
圧縮岩に含まれている水分を一気に解放‼真隕石の芯まで到達している罅から瞬時に水分を液体状態のまま沁み込ませ、爆発的に気化。
空の青が、瞬時にホワイトアウトする。
…真隕石が粉砕された…
「やった…」
四散する真隕石と圧縮岩の欠片が尾を引きながら『領都』を避ける様に地上に降り注ぐ…隕石が熱膨張に弱い材質で助かった…最初の罅が入らなかったら、ヤバかった…‼
あたしは力なくその場にへたり込み、上体を後ろに倒す…見上げる先に衝突時に出来た白煙が雲の様に浮かんでいる…高度にもよるが、アレはいずれ、この惑星の赤道付近に、土星の輪っぽくなるかな…?
気が付くと、右腕全体が火傷している…投擲の影響か、脱臼してるっぽい…その上、掌の感覚が殆どない…今更ながら、全身汗だく…体内の水分も大分抜けている…照り付ける太陽……普通に命の危機だな…いや、普通は死んでるか…カエル様の分体だからこの程度で済んでいるんだな…あ、火蜥蜴が全部、マントルに落ちたな…マナの流出が止まった…
「…ははは…」
…今更ながら、自分が『生き物』ではない事を認識する…いや、常識的な『生き物』ではないと言うべきかな…?…頭方向から吹く風が、あたしの自嘲的笑みを掻き消す…近付く足音が複数と…
「何を笑っているんです?」
聞き覚えのある声が聞こえる…この声は…
「…エイファさん…」
視線を上…山の麓方向に向けると、黒い竜とエイファさんの姿…あ、近くにサラムさんもいる…ご丁寧に、アダム様もいるな…
…それだけを認識すると、あたしは気を失った…マナの使い過ぎだ…
…目が覚めた時に最初に見たのは、領主館の天井…某新第三〇京市の決戦兵器パイロットの台詞は、あえて言わない…確かに、見憶えないけど‼
…視線を脇に向けると、左隣にサラムさんとエイファさん、右隣にアルパちゃん…三人共、船漕いでいる…エイファさんはサラムさんに寄り掛かっているけど…時間は朝か夕か…日差しが窓から差し込んでいる…ガラス窓を使っているから賓客用の部屋かな…?
…今更ながら、右腕が全面的に痛い…この世界的でなら切断されてもおかしくない状態だったろうに…そうしなかったのはちゃんと看た結果だろう…左手で右肩部を触れると、包帯のガーゼ感が伝わる…
「…ん…」
布擦れの音と目を見開いたあたしに、アルパちゃんが声を挙げる。
「…あ…」
彼女の声を合図に、左側の二人も目を覚ます。
「…おはよ…で良いのかな?」
三人に声を掛ける。
その後は、大騒ぎのお祭り状態だった。集落の全員が部屋に押し寄せ、お礼の言葉と共に飲めや歌えの宴が開始。日が中天に達する頃には老若男女全員が出来上がり、部屋の丸テーブルをお立ち台に見立てた『マハ〇ジャ』踊りを男女構わず踊り出す始末…定番の音楽と共にキメの一節で「フゥ‼」と叫ぶ一体感はちょっと小気味よかった…あの音楽って誰が流してたんだろう?…あと、この世界に羽扇子なんてあったのか?…即朝、お約束の通り、部屋は散らかり放題の死屍累々…あたしはベッドの上で完徹する羽目になった…
「…ん‼完治した…」
そんな中で右腕に巻かれた包帯を解くと、キレイさっぱり、火傷の後は消えていた。肩の関節も戻っているっぽい。包帯に付与されていた治療魔式の影響もあるが、「こんな事もあろうかと‼」って事で、あらかじめ施しておいた高速代謝が功を奏したようだった…
…剥けた皮膚が包帯に張り付き、パリパリと剝れる…感覚的には乾いた瘡蓋か、日焼けした皮膚を剥がす感じかな…?最も重症な掌は張り付いて剝れない…右掌だけ包帯を巻くか、治療魔式付与の手袋を新たに仕立てるか…
「やっぱり右手は完全じゃないか?」
泥酔者の山の中からアダム様の声。上に乗った領民を押し退けて上体を起こす。
「ここまで治っていれば充分ですよ」
包帯は支給品として配布した品物だが、治療魔式を付与したのは領民の皆様…おそらく、アダム様だろう…謝意として通用するか分からないが、笑顔で一礼する…
「そう言えば、向こう側の斥候がいた筈ですけど…」
頭の片隅にあった事を掘り起こし、アダム様に問うと、
「アインがブレスで対処した」
あたしを迎えに来た時についでに排除したか…と直感的に思い浮べるが、あたしのお迎えがついでだった可能性もあるな…
「…一人、逃がしたがな…」
あれ?ブレスで一掃したんじゃないの?
「障壁で防がれた様だ」
…ドラゴンのブレスを?…ふぅん…
「何か気になる事でもあるか?」
…見た目、斥候っぽかったけど、その一人が儀式魔法のキーだったのかな…って…
「逃がしたのは痛手だったか?」
儀式魔法は彼らの切り札だろうから、しばらくは手を出せないでしょうね。
「さすがに諦めてはくれないか」
連合アカデミーの長年の研究テーマが『不老不死』ですからね。
「厄介な祝福を受け取ったモンだ」
…自嘲しないで下さい…それに相応しいから授かったんですよ…
…しばしの沈黙…住民たちの寝息と鼾が間を埋め…
「少し話があるんですが…」
あたしが話を切り出す。
「じゃあ、外に…」
いえ、執務室でお願いします。生き残った斥候の件もあるんで。
「分かった」
…あたし達は住民たちを掻き分けつつ、廊下に出る…
「それで話とは?」
アダム様が定位置の執務机の椅子に座る…いや、アダム様。ソファーにしませんか?執務机だとあたし立ちっぱになるんですが…
…あたしの提案にアダム様がソファーに座ってくれる…
…まず、あなたが異世界に転生した経緯を教えてもらえませんか?
「それが『領都』が狙われる事に関係しているのか?」
あたしの予想が正しければ…ですが…
…と、アダム様が大きく息を吐き、
「元々、俺の魂は、この世界…『イ』の世界に転生する予定ではなかったんだ」
…え?何らかの手違い?
「いや、生まれ変わる最中に予定の世界への転生が拒絶されて、『イ』の世界が受け入れてくれた…ってカンジかな…?」
転生先を強制キャンセルされた?
「…転生予定の世界に入ろうとしても、入れなかったからなぁ…」
…アダム様が生まれ変わる前に、転生管理者…『神』が入れ替わったのか…
「『神』…まぁ、転生まで管理するモノの視点で言えば、その可能性もあるか…」
アダム様を呼び寄せた『神』は、認識可能ですか…いや、認識可能でしたか?
「ん?どういう意味だ?」
あの、ほら‼魂だけの時に自然にその世界に流されて行ったのか?呼ばれた感覚があったか、それとも導かれたのか…
「随分、昔だから、覚えてないなぁ…」
ん~…じゃあ、前の世界の死因は?
「お約束の事故死」
え?…それは単独?複数?
「…スピード違反の信号無視トラックに生身で突っ込まれたから…一応、単独か…」
‼…ああ…そう言うことですか…納得しました…
「いや、一人で納得されても、俺にはさっぱりなんだが…」
アダム様…いえ、あなたは交通事故で死ぬ必要がなかった魂なんです。
「え?」
今更かもしれませんが、あなたは異界の『神』に殺されたんです。
「いや、待て…え?『神』に殺されたって…?」
本来の転生予定だった世界を管理していた『神』に殺されたんです。
「…『神』に殺されたって言うのは、まだ納得できないが…そもそもの理由はなんだ?」
…その世界において抗い難い異質な力を、『神』の奇跡の名の下に振るって欲しい…手っ取り早い話をするなら、あなたに『勇者』になってほしかったんじゃないでしょうか…?そして、転生予定世界に入れなかったのは、あなたを召喚した『神』がその座を追われたから…つまり、『神』が『神』じゃなくなったから…
「…そして、ここからが重要なポイント…」
興奮気味の息を整えて、大きく息を吸い込み、あたしは告げる。
「あなたを追って元『神』が、『イ』の世界に転生しています」
「それは問題なのか?」
神妙な面持ちのアダム様にあたしは続ける。
転生したなら、『神』である事を忘れて、人として生きるならばそれでいい。だが、その転生体が前の世界の『神』と同様の扱いを望むなら、人の望む『神』らしい行いをするしかない…それでも生きている間は『神』として扱われる事はないかも知れないが…ただ、『神』の条件として欠かせない要素を、普通の人は持つ事はできない。
「それは『不老不死』」
あたしの言葉に、数秒の沈黙…
「…まさか、俺の『不老不死』を狙って…?」
『祝福』によって得られる『不老不死』は、『神』の『不老不死』ではありません。
「どう言う意味だ?」
『祝福』を授けると言う事は、『異能』を授けるのに適切な身体や精神に変換する事ですから…それに、『神』が本来、『不老不死』を得るには、他者からの授かるのではなく、自らの『異能』…『全知全能』で得るモノなんです。
「つまり、俺の『不老不死』を狙っているのは…」
…『神』になろうとして『神』になれない…いや、本質的な『神』と言う存在を理解していない者…要するに身の程知らず…
「それでも、それなりの能力を持っている…か…」
悲観する必要はありません。隕石落としが失敗してますし、あれ以上となると人をやめたモノじゃないと使えませんから。
「相手がヒトをやめる事はないのか?」
そこまでの根性はないでしょうし、『神』になる事が目的のモノが『神』たり得ない行いをするのは避けるでしょう。
「『悪魔』や『祟り神』になるつもりはないと?」
そんな存在を『神』と認めないでしょうね。
「その口振りだと、その『神』願望者が誰なのか?分かっている様だな?」
大胆な事をするヒトですよ。
あたしは俯き加減に笑みを見せる…一区切りの空気をアダム様が察してくれると、
「ベルタさんとアルパちゃんの件、どうするんですか?」
自分でも分かるゲスい笑みを見せる。
「何のことだ?」
とぼけても無駄ですよ?ベルタさんってアルパちゃんの母親なんですよね?
「おいおい…ベルタは精霊だって…」
アルパちゃんのお母さんの肉体と魂を取り込んだ精霊でしょ?
「…あの姿は元々だぞ?」
元々は人型であっても、必要最低限の人型だったんでしょ?
「どうして、そう思う?」
精霊系の魔法を使うと分かるんですよ。いくら高位の精霊であっても、自然にあの姿になるなんて、有り得ないって。
「…そう言う事は黙っててくれると、嬉しかったんだがな」
そういう訳にはいきませんよ。
「…アルパに話したか?」
ご自分で告白してください。
「…頑張るよ…」
そうしてください…それと、
「終わりじゃないのか?」
サラムさんとエイファさんの事、お願いします。
「連れて行かないのか?」
二人には納得できない事情ですから…
そう言って、あたしは立ち上がる。
「戻って来る予定は?」
ありません。
「じゃあ、お別れくらい言って行け」
イヤですよ。メンドくさい。
そう言いつつ、あたしは執務室の出入口に到着し、
「では、ごきげんよう」
そのまま部屋を出て、外に向かう…
数時間後、あたしは国境の町に来ていた。
そこで探していたのは政府高官用の馬車…外見の豪華さと言うよりは、乗車時の質を追求した造り…現在、早朝…と言うより、開ける前…
「…あれか…」
…見つけた‼関所からUターンしてくる。関所の開門時間前だから、通過できなかったんだろうな…関所での手続きも済ませていない様だし…
…あたしは徐に馬車に近付く…御者や中の人に感付かれない様に…
到着したのは酒場兼宿…高級感はないが、宿泊客の安全をしっかり保てる営業形態でその筋では有名…ただし宿泊料金次第…
馬車から降りて来たのは、二人の紳士と、一人の淑女…
「奇遇ですね?」
勿論、偶然ではない。そして、誰がいるかは分かっている。
「‼あなた…」
淑女さんが驚きの声を挙げる。ベール付きの帽子を被って、顔は分かりずらいが、声で淑女の正体は分かっている。
「メリダ様?」
月明かりから日の光が主役に変わる時間…東から白けた空が少しずつ赤く染まる中に、メリダ様の驚く顔が見えて来る…
いつから、いらしたのですか?
「あ?ああ…三日前かしら?」
何の目的で?
「支店の視察と、お得意先のご挨拶廻りよ」
お早い、お帰りなんですね?
「あなたは知らないでしょうけど、王都の連合アカデミーで巨人が出たのよ‼それ以外のアカデミーのある都市でも巨人が出たから…」
お怪我…いえ、火傷は大丈夫ですか?
「?」
スカートの裾から包帯が巻かれた脚が見えてますよ?
「え?ええ…お茶を零されてしまいまして…」
……………
「そうそう‼巨人が出て来た時に、給仕が…」
……………
「応急処置は済ませてあるから…ああ‼でも、殆ど直っているのよ‼大げさにして、周りが帰りましょう…って…」
……………
「…何故、火傷しているって知っているの?」
…やはり、あなたは『神』の器を持っていない…
「え?どういう意味?」
そもそも、あなたは法律の『神』だった。
「な、何言っているの?」
…侵攻して来た異教徒に対抗するために異世界から『勇者』を呼んだ…でも、あなたが律するべき一族は、あなたが『勇者』を呼んだ時点で、異教徒の『教義』によって大半が改宗済…まぁ、異教徒の教えは一神教だから、『神』の教えこそ唯一の教えであり、『神』が戒める事は戒律になるか…それでも侵攻して来た『神』の教えの中にはそっちの教義…いや、戒律も含まれていたんだろうけど、あなたが制定したとされる戒律と異教徒の戒律を同一視する事を嫌悪し、それがあなたと異教徒を決定的に敵対させる事になる…いや、あなたを信仰する人々によって、あなたは異教徒にとっての最終的な脅威となった…まったく、あなたは、ただの象徴神…元々、人の創造の産物でしかなかったのに…
「…‼」
この世界に転生し、人として生きる事になったあなたは、前世の記憶を頼りに要領良く生きた…けど、要領が良過ぎた…自分の存在の優位性を示す為に、本来のタイミングで起こすべきでない技術革新や政変を起こした事で、どれ程の人物が日の目を見なかったか…いや、どれ程の人々の生死が振り回されたか…って言うのは『死神』の言い分…
「…あなたはどう思っているの?」
煩わしいだけです。それに便利な発明って言うのは、押し売りじゃなく、口コミで広めてこそ、価値が上がると思いますよ?
「参考になります」
それが出来なかったから、あなたの『イ』の世界での功績は歴史に残らなかった…いや、そこは残さなかったのかな?自分が『神』に至れないと判断したら、即座に周りを巻き込んで、転生したんですから。
「…そんな覚えてもいない前世の事を…」
いえ。あなたは前世の記憶を持っている。
「何故、そんな事が分かるのです?」
あなたが使った『隕石落とし』の魔法…オリジナルは『イ』の世界の魔法じゃない事も調査済みです。それに、本来は核になる硬質物体はもう一つ内包されていたけど、それは元の世界の『隕石落とし』魔法用の隕石の仕込みですから。
「まあ‼隕石を降らせる魔法なんて…」
いい加減、認めて下さい。そもそも、あたしはあなたを信用も信頼していません。
「…危険な事を指示した事は、謝るわ…でも…」
…初対面の時に、あなた方夫婦と女の子を一緒に描いた絵がありましたね?
「娘との思い出よ」
…女の子の顔の塗料が、大分、分厚く塗られていましたね?
「そ、それは招いた絵師が…」
…一番上の塗料の乾き具合が甘かったですよ。
「それは…」
しかも、ついさっき塗ったような…強制的に水分を抜いたような乾かし方…だから、あの部屋の中に焦げかけた塗料の臭いが漂っていたんですね?
「…………」
あの肖像画の顔をあたしに似せたのは、あたしの気を引く為だったのでしょうけど、あなたの技量ではさすがに経年劣化の演出まで出来ませんでしたか…
「…………」
いや、逆に、元の女の子の顔からあたしの顔の系列に修正した腕前は、大したモノです。あの肖像画の塗料の分厚さから、何人かの女の子を、同様に騙して、便利なコマとして使ってきたんでしょうけど…前のコは、戦争孤児ですか?疫病の生き残りですか?
「…………黙れ…外の『神』の分体ごときが…‼」
…ようやく、正体を現してくれた…
…さっきまで、纏っていた雰囲気が吹き飛び、冷徹な空気がピリピリと張り詰める…
…なるほど、この程度の神聖威圧は可能ですか?
「…我は元『神』ぞ?…人に身を落としても、『神』の智を持つ我に敵うのか…?」
…あなたごときがあたしに勝てるとでも…?
「手負いごときが‼」
言われて、包帯を巻いたままの右手を見る。
…まぁ、問題ないでしょ…?
「余裕か?」
…油断はしてませんよ…?それにしても、おかしな事を言い出しますね?
「なんの事だ?」
だって、元々『法』を司る『神』なのに、『神』の智なんて…
「それのどこがおかしい?」
『法』なんて、その時々で変わるし、人の心情を考慮した『法』だってあるし…
「そんなモノは『邪法』だ‼『神』によって定められた『法』こそ、真なる『法』だ‼」
人は変わって行くモノだよ。あんたが守って来た氏族の人数なら、あんたの示すところの『法』でも治められただろうけど、いずれ、限界が来ただろうな。
「それでも真理を元にした『法』だ‼」
『法』によって守るべき民を殺しても?
「必要な犠牲だ‼彼女達の犠牲で『法』がなった…」
元の世界のやり方を、こっちの世界に持ち込む?
「生贄は最も力を得るのに効果的な行為だからな‼」
だからって、処女の生贄なんて…ああ、三流邪神の例に漏れず、『神』に選ばれし『勇者』の導き手…『巫女』の誕生を封じる為か…
…この会話の間にも体術と魔法の応酬があった。その間にメリダの性質が、人から外れて行く…魔法の多重行使、四つの目が前後左右に配され、耳の位置が左右で段違いに配置。爪が伸縮自在になり、牙の咬撃に特化した顔に変化。その口から吐かれるブレスは、火炎だったり、吹雪だったり、雷撃だったり…体毛が鱗に退化し、身体が二回り巨大化。
…もはや、『ヒト』の姿を保っていない…そして、この場の異常性に気付いていない…
そろそろ、潮時か。
「そんな事は…‼」
ああ、もう良いです。
こちらに飛んで来る魔法を全て弾くと、あたしはメリダの正面に立つ…
「まだ、我は…」
納得できなくて良いです。もう準備は整いましたから。
「…何を…?」
あなたを閉鎖空間に封じました。
「⁈」
…今更、気付きましたか?あなたの護衛か、側近がいないでしょ?
「ならば、貴様を斃して…」
それも不可能です。だって、あなたはあたしの声に魅了されていますから。
「音声催眠など…」
魅了と言いましたけど、実際は違います。あたしの声はカエル様から与えられた特殊個性ですから。外の『神』でも絶対的な力を持つ『神』からの『恩恵』ですよ?
「…くっ…‼」
耳を塞いでも無駄です。あなたの身体が物質で出来ている限り、あらゆる振動であなたの聴覚神経を刺激します。
「ど、どうするつもりだ⁈」
聞きたいことがあるだけです。でも、あなた程度の『神』では知らないでしょう…
「…バカにするな…」
この世界の『神』…それこそ、創造を司る『神』の行方など…
「それは…⁈」
答えようとした途端に、メリダが声を詰まらせる。
…ちっ‼転生時に呪いを掛けられたな‼
「あ…な…がぁ⁈」
見る間にメリダの身体が更に膨れ上がり、王都で暴れた巨人の姿に変貌する。
呪い返しに見せ掛けているつもりか⁈
「オオオオォォォオアアアア!」
知性の欠片もない巨人の掌があたしに振り下ろされるが、単純な動きで容易に躱せる。
余程、あたしに知られたくないの⁈
…でも、まだあの身体を構成する細胞や物質はあたしの支配下にある…とは言え、あんな化け物に言葉が理解できるとも思えない…
…『神歌』を使うか…
振り回される巨人の腕を搔い潜り、一旦、距離を取ると、あたしは『神声』を発する。
『神声』とは、カエル様の声の真似ではない。幾重もの和音や不協和音を一息で発するおよそ普通の生物では発生不可能な発声法である。ホーミーの様に音階が一定ではなく、高速細切れで声を発している訳でない…現在、あたしがやっている発声練習でも、オーロラの様だと、『七福』の面々が褒め称えている。
…詩は『かえるの唄』で良いか…
この『かえるの唄』はカエル様のオリジナルだが、冒頭の部分の歌詞に問題がある。
♪かぁえろ かえろぉ かえるがなくからかぁえろぉ
…本来は『かごめかごめ』らしいが、そんな事情は知らない。それに、決して、カエル様が歌詞を間違えた訳ではない。続く歌詞がちゃんと存在するのだから…まぁ、確かに、パクった…と言うか、オマージュが過ぎるとも思うが…歌唱は子守歌系…
そして、巨人にも変化が見られていく…歌い続けて行くと、逆再生の様に巨人が縮んでいき、メリダと同じ身長程になると、その姿も元の女性の姿に戻る…
…だが、まだだ。もっと、戻って…いや、還ってもらう。
歌い続けると、更に若返り、狂乱状態が徐々に落ち着いてく…だが、もっと、もっと‼
妙齢な女性から少女、幼女、赤子に変わり、胎児にまで戻ると、別の人生の老婆が現れる…前世のメリダ…前々世のメリダ…三代前、四代前と寿命から生まれるまでを何度もその場で繰り返される…それにしても全部女性で、全部メリダの名か…
少しずつ、若年での転生となり、夭折と言うには早すぎる転生が繰り返され…
「…ここまでか…」
…胎児の姿から離れた魂が、神像の姿を現す…『イ』の世界に来た当初のメリダが姿を現した…なるほど、神の名が『メリダ』なのか…いや、『メリダ』と言うのは『神』を定義した女性神官の名前で、『神』の顕現の為に生贄にされたのか…
ちょっと、戻し過ぎたか?
「…な?」
険しい表情のメリダが、唐突の事態に混乱している様にも見える。
「落ち着いてほしい‼裁定の『神』よ‼」
声を掛ける。まぁ、この段階で、元の世界に裏切られたんだから、怒り心頭だろうし、あたしの声が聞こえているかも、疑わしい。
それでも、彼女から発せられる念を読み取る。
…伝わってくるのは、激しい憎悪の念と、僅かな驚き…その驚きの中に見える映像は…
「ご苦労様です」
『死神』の声が背後から聞こえる。
「今?」
困惑と言うよりは苛立ちが先に立つ。
「後はお任せください」
待って‼とのあたしの要請より先に、メリダの背後から『死後』の世界への空間が開かれ、メリダの身体が吸い込まれてると、
「では、ごきげんよう」
同じように『死神』も『死後』の世界に吸い込まれて、空間の裂け目が閉ざされる…
「くっ‼」
…ここで右手の痛みが再発…握り締めた掌から血の滲む感覚が伝わる…
…『死後』の世界…
「…ここは…?」
メリダが周辺を見渡し、警戒する。以前の世界に向けられる敵意は溢れたままだが、ここが、『死後』の世界であることは肌間で理解している…それと同時に、現状の自分が生存本能を備えた魂である事を認識する。より強い…いや、彼女の思う最強の容姿と能力、武装を持った姿を自らに顕現させる。
「これで万全だ」
…その姿は無駄を一切省き、引き締まった身体を持ったアダムそのもの…彼女の中の最強『勇者』のレベルMAX状態…しかも、武器防具は最強装備…
「その姿でよろしいのですか?」
と、『死神』が彼女…いや、彼の前に現れる。
「『死神』か‼」
正眼に構える偽アダム。
「知って頂けているとは、光栄です」
礼儀正しく、一礼しれ見せる『死神』。
「さて、大人しく消滅を受け入れてもらえませんか?」
顔を挙げて、丁寧な笑みを見せると、
「何故、私が消滅せねばならん‼私は『神』たる魂だぞ⁈」
背後から迫る、黒い球体を旋回一閃し、叩き斬る。
「ふむ…では、賭けをしませんか?」
その光景に『死神』が顎髭を抓み、思案して見せる。
「賭け?」
「あなたが勝ったら『死神』の座を譲りましょう」
「そんなモノは…」
「あなたが望む『神』の座ですよ?」
数秒の沈黙が流れ…
「受けよう」
大上段に剣を構える偽アダム。
「助かりますよ」
と、虚空から刺突用の細剣が『死神』の手に持たれる。
「そんなレイピアで…」
鼻で笑う偽アダムに向けて、フェンシングの礼を取る『死神』…
「あ、そうそう」
『死神』の言葉に反応する偽アダム。
「ここ、何かついていますよ?」
胸元を指差す『死神』の言葉に、目線を向けると、
「‼」
いつの間にか『死神』の細剣が胸に突き刺さっており、その状態で手首を左右に振るうと、偽アダムの身体が両断され、『死後』の世界の塵となって、消えてしまう…
「未熟‼」
血を払うように細剣を振るい、終了の礼を見せる『死神』の一声。崩れる前の偽アダムが「卑怯者」と言っている様にも見える…
…あたしはトボトボと王都の道への道を歩いていた…この速度なら三日で到着かな…?
「お待たせしました」
と、あたしの前に『死神』が降り立つ。いつの間に?とは思わない。『神』と名乗るからには距離を無視した存在なんだろう…時間に対しての干渉は不可能なんだろうか…?
…こちらの欲しい情報でも持って来たんですか?
「さすがに創造の『神』の所在は分かりません」
…分からないって…調べないの?…って言うか、やっぱ、四年待ち?
「居られなくても、この通り、世界は回っております」
…いつか痛い目、見るぞ?
「これ以上、痛い目には合わないでしょうけど?」
…人死にが、結構出たモンね…
「お陰で、試験官の仕事に支障が出ておりますけどね」
あたしに愚痴られても、どうにもならないと思うな。
…そう言って、あたしは『死神』の脇を抜ける…
「ああ、そうそう。これからどちらに向かわれるのですか?」
…四年後の『顕現』に備えて、どこかに潜伏したいんだけど…
「…そうですか…」
…顎髭を抓んで、虚空を眺める『死神』…
「…西の大洋のほぼ中央辺りにこの国の王都ほどの大きさの無人島があります…」
そこまで、どうやって行くんですか?
「そこは造船業ギルドに頼むなり、ご自身の魔法なりで対処なさってください」
そう言われたら、魔法の一択でしょうが。
「では、頑張ってください」
あ、そうそう。宰相様に今の浮気相手は止めておいた方が良いって、忠告してください。あの人は、お金しか興味ないですから。
「しかと、お伝えします。それでは…」
その言葉と共に、『死神』の気配が消える…
…一方、アダム領の『領都』…
「…母…なのですか?」
アダムの屋敷の執務室…アダム、アルパ、ベルタがソファーに座り、親子としての三者面談開始の言葉を、アルパが放つ。
「…この姿も、私の中の記憶も、あなたの母親のモノです…」
そんなアルパの言葉に、ベルタが首を横に振る…勿論、否定の意味である。
「ですが、あたし自身は精霊です。あなたの母親ではありません」
「そうですか」
二人のやり取りに、間に入るアダムが居心地悪そうに事態を見守っている…むしろ、こっちに飛び火しない事を願っている様である…
「今更、私を母と呼べますか?」
ベルタの問い掛けに、
「呼べと言われれば…まぁ、呼ぶだけなら」
答えるアルパ。
「心を込めては、呼べませんか?」
「ん~…あたしの中では、お茶と笑顔と狩りしか出来ない先輩メイドですね」
「辛辣ねぇ」
「もっと、何でも出来る方なら、尊敬も出来るんですが」
「ごめんねぇ…ダメダメメイドで…」
溜め息が思わず零れるアルパ。
「ただ、あなたはどうなのですか?」
と、ジト目でベルタを見据える。
「それは母親としてですか?」
「そう言う意味ではありません」
「じゃあ、どういう意味?」
「あなたはあたしを娘として扱えますか?」
「その様な扱いを望むなら」
「あなたはあたしの母親として振舞えますか?」
「望むならね」
「じゃあ、あたしを愛する事が出来ますか?」
「…あなたが望むなら…」
「あなたを愛してもいいのですか?」
「…それも、あなたが望むなら…」
「父であるアダム様も?」
「…それは…」
…言葉を詰まらせるベルタ…
「それは言い方が悪いぞ」
堪らず、アダムが助けに入る。
「精霊と言うのは、元々、人としての感情がないんだ。例え、持っていたしても、お前が思う以上に希薄なんだ」
「これまで、何年も人と…まぁ、魔族ですけど、人と一緒に居たのなら、ある程度は人の感情が、分かるでしょう?その上、母の魂を取り入れているのですから」
「まぁ、そうなんだが…」
アダムが引っ込んでしまう…
そして、ベルタは、相変わらず、苦しそうに俯く…
「分かりました」
と、アルパが大きく吐息一つ。
「アダム様。まずは、ベルタさんを愛してください」
「え?」
思わず声が出るアダム。
「そして、ベルタさんはアダム様を愛してください」
「でも、そんな事をしても…」
ベルタが反論の言葉を返すが、
「ベルタさんは振りでも良いんです‼それこそ、母の魂にあった感情をアダム様に向けてくれて構いませんから」
「でも、それはアルパちゃんのお母さんの感情で…」
「今更、取り込んだ人の感情に遠慮してどうするんですか?」
「それは…そうだけど…」
再び、俯き加減になるベルタ…
「…あたし、思うんです…母は父と共に在りたかったんだろうなって…」
と、遠い目でアルパが語り出し、
「俺の『不老不死』か」
アダムが相槌を打つ。
「魔族が長命と言っても、『不老不死』には敵いませんからね」
そう言い放つと、アルパは席を立ち、
「あたしが戻ってくるまでは、仲の良い夫婦になっていて下さいね?」
執務室のドアを開け放ち、退室し、出口方面に待つサラムとエイファに向き直る。
「では、行きましょうか?」
アルパの言葉。
「良いの?」
確認の意味が多分に含まれるサラムの言葉に、
「はい‼」
アルパは飛び切りの笑顔を見せる。
…大陸の西側の海岸線に到着したのは二週間後だった…
連続ジャンプでも良かったのだが、さすがに疲れるので、国境を超える時だけに限定して、ジャンプすることにしていた…途中、大きな街に寄って、盟主国がどうなったのか等の情報を仕入れると、周辺諸国からの援助を受けて再建している最中らしい…もっとも、援助に掛かる費用の捻出に苦慮するだろうとは、護衛していた行商人の言葉…そうそう、メリダ商会は会長が行方不明でしばらく上層部が慌ただしかったらしいが、会長不在の長期化で、今まで抑え込まれていた派閥抗争が勃発。各国の都にある支店がその国の支店を纏め上げている最中らしい…
…港町までの護衛が終わると、ギルドで依頼料を受け取り、海辺に向かう…
港には大型船が一隻と中型船が三隻…砂浜には漁業用の小型船が二十艘程、打ち上がっている…その光景を眺めつつ、あたしは岩礁地帯へと向かう。
事前の聞き込みで、海に向けて開いている、ちょうどいい大きさの洞穴があるらしい。
そこで、船を造って、大洋の中心に浮かぶ孤島を目指す事にする。船体は木造に偽装したカーボンファイバー製で、推進力には『液』系の魔式を船底に付与。ダミーとして船体中央に帆を建てる。魔法力推進の技術がこの周辺では未発達なので、あくまで偽装だ。とは言え、風に逆らって進んでいれば、言い訳にもならないのだが…
造船そのものは、一週間ほどで完成。海に浮かべての操作にある程度慣れるまで、三日程を費やす事となった…予定外だったのは船の大きさ…一人乗りを考えていたのだが、外洋は波が荒いかも知れないと思い、十人乗り程度の小さめの中型船になってしまった。
…思えば、進水式も洞穴周辺の試験運行も一人だった…まぁ、この一か月程で、一人には慣れた…筈だが、やはり、置いて来たサラムさん達は少し心配だ…あの集落の生活に馴染めるだろうか…無理をして怪我をしていないか…ご飯は好き嫌いなく食べているだろうか…お酒飲み過ぎて、お腹出して寝ちゃって、寝冷えしていないか…そして…
「…時々、あたしの事、思い出してるかな…?」
晴れて、本日は出港の日‼
「いや~、船出日和ですね~」
「風も良いし、波も穏やか」
…あたし達は出港の準備をしていた…そう、あたし達だ…
…え~と…まず、何で居るの?
「メリダ商会は落ち目ですからね」
「泥船に乗るつもりはありません」
…うん。サラムさんとエイファさん。それはあたしも感じるけど…
「なので、新天地を目指すのも悪くないかと…」
それより、何でアルパちゃんがいるの?
「ダメですか?」
…そんな上目遣いでおねだりされると…嫌とは言えんだろ…‼
…そんなわけで、我々は、新天地に向けて、船出した…
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