ニートの俺を誰も救ってくれないから、もう俺が救う!

鎌ゴッド

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勇者、学校へ行く

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 効率が落ちてきたレベリング作業にも一区切りつけた俺は、マンホールから顔だけを覗かせた。よし、周囲には誰の姿もない。芋虫のように這い出る。
 作業中、頭を空っぽにしてもレベリングがこなせるよう最適化された俺は、脳みそを別のことに働かせた。
 そこで考えたのは、寝床についての問題である。
 言うまでもなく、自宅には帰れない。我が家は魔王によって占拠されているからだ。
 次いで、候補として挙げられるのは、マジの宿屋……つまりホテルを利用することであるわけだが、魔王城がある街の宿屋の値段は高いのだ。法外の値段を求められてしまう。所持金の1700Gでは圧倒的に足りない。
「まったく、ふざけやがって……500Gとかであれ!!」とは思うのだが、嘆いても仕方がないので、潔く思考を切り替える。
 公園に寝泊まりするのは却下である。地面、固い、めっちゃ痛い! あれでは疲労を回復するどころか、逆に疲れてしまう。
 そうやって考えを巡らせていくと、結論は自ずと限られる。

「そうだぜ! 学校へ行くぜ!」

 無駄に元気だった。空元気ともいう。

「よもや、再びあの魔界空間に足を踏み入れることになろうとは、な……ッ!」

 カッと目を見開き、前髪をなびかせ、感傷に浸る。
 こうして、おちゃらけた調子にならなくては、とてもじゃないが心穏やかではいられない。
 行くことを決意しただけで心拍数が上昇していくんだから、あの場所では心臓が爆発してしまうかもしれないなあ。わはは。笑えないのである。
 手足、それと髪の毛を洗うために公園へ赴く。警察と戦うにはレベルが足りないと判断したので、今朝とは別の公園だ。
 あと、ついでにスウェットも洗っておいた。今は鼻がバカになっているから気付いていないだけで、相当な悪臭を放っているに違いない。すれ違い様に人が失神するという稀有な体験から、それを思い知った俺である。あれは、精神にクるものがある。
 公園にあった時計を確認すれば、長針と短針がちょうど真上を指していたが、幸い空腹感はなかった。モンスターとの戦闘後に食欲が湧くほどの異常者ではないつもりだ。

 身綺麗になった俺は、道すがら出現する警察から身を潜めるスニーキングミッションをこなしつつ、通常の三倍以上の時間をかけて登校に成功する。山に登ったとき同様の達成感があった。……登頂したことないから知らんけど、きっとそうなのだ!

「さて……行きますかあ……」

 俺は両頬を叩いて気合いを注入してから、校門を超える。
 学校というのは、避難場所に指定されるくらいなのだから、それなりに宿泊設備も充実しているはずだし、なにより、昼のうちならば侵入が容易だった。
 それに、一応まだこの高校に籍を置く俺は、侵入が見咎められることもない。何故なら、それはただの登校に過ぎないからである。
 いいや、むしろ、不登校児だった勇者の凱旋なわけだから、もしかしなくても大歓迎……ひょっとすると、学校を挙げての大騒ぎにまで発展するやもしれない……な?
 ふひひ。そうなれば、学校中の女子(ブスは女子ではなく妖怪である)にチューしてもらっちゃおうかしらん。それも、特別に濃厚なヤツをだぜ。でゅふふ。
 なんだか勇気が湧いてきたぜ! これでこそ勇者なんだぜ!
 俺はスキップしながら職員室へ。顔を知った先生と目が合う。ギョッとされたが気にしない。ハッピーな気分だからな。気にならない。そこで、二年への進級によって分からなくなった俺のクラスを訊き出すと、今度は踊るように軽やかなステップで我が教室へ。

「ぬぅわぁっはははは! 皆の衆、喜べッ! 勇者の凱旋であるぞ!」

 ガラッと力いっぱいドアをスライドさせ、大声で挨拶をする。
 静寂に染まり、白けきった教室。どうやら授業中だったみたいだ。
 黒板、手元のスマホ、舟を漕いで虚空を彷徨っていた……そんなありとあらゆる視線が、一斉に俺へと突き刺さった。
 なんて清々しい気分なんだろうか! 俺ってば、注目されちゃってるぅ!
 高揚感で胸いっぱいの俺は使命を思い出したので、ポカンと呆ける教師に代わって生徒たちに教えてやることにした。

「皆の衆、聞けッ! この街に、魔王がやってきたんだッ! 俺の傍にいれば守ってやれるが、貴様ら全員に安心と安全をお届けするには身体が足りん。そういうことだから、今すぐにでもできるだけ遠くへ逃げろッ! 死にたくなければなッ!」

 だというのに、依然としてクラスの連中は静黙していた。バカにもほどがある……。

「……なに言ってんだこいつ?」
「なにって、さっき言っただろうが! 魔王がやってくるんだってば!」

 俺が言うと、一転して、クラスの連中はゲラゲラとバカ笑い。
 ……ああ? こいつら、状況がまるでわかってねえぞ……!
 頭が痛くなる。脳がキューっと収縮してるような感じだ。

「だーかーらーッ! 俺は選ばれし勇者なんだよ! だから誰もが気付きもしない魔力の乱れにも気付けたのーッ! 魔王が世界征服しちまうのーッ!」

 俺は勢いを増して叫ぶが、大爆笑に拍車をかけるばかりであった。

「チッ……まあ、いいよ。――死ねばいいんだ。そうやって笑いながら、魔物に殺されてしまうといい。……ほんとうにヤバくなっても絶対に助けてやんねぇんだかんな……覚悟しとけよ、バカどもが……」

 そう吐き捨てて、俺が教室を出ようとすると、何者かに肩を引かれた。

「落ち着けよ、永遠っち。そんなふうに熱くなるなんて、君らしくもない」

 振り返ると、イケメンが立っていた。その整った顔で、困ったように笑っている。
 池 面太郎(いけ めんたろう)。あだ名も顔も、まごうことなきイケメン。
 その男は、リア充であった。そして……かつて、友人だった男だ。

「池は信じてくれるだろ? ほんとうに俺は勇者なんだよ。……そうだ、おまえんちってさ、金持ちだったよな? 協力だけでもしてくれないか? 具体的には……へへっ、お金の話になっちゃうんだけどな。資金援助だよ。……勇者としての活動資金がカツカツでさあ。……最悪、使ってない別荘とか、部屋とか、そういう支援でもいいけど?」

 俺は池の肩をむんずと掴んで、熱心に説得する。人の目を見て話すのが苦手な俺だが、このときばかりはマジに視線で訴えた。上目遣いに、猫撫で声のコンボだぜ!

「なあ、おいぃ? 頼むよぉう? 池くぅん?」
「……やめてくれよ、そういうの。僕はただ、授業中に君が騒ぐから注意しようと思っただけだ。それに、頭がおかしい人を家にあげるわけがないだろう」
「なんだよッ、じゃあもういいよッ! ボケ! バーカ! 死ねハゲ!」

 冷徹に肩を払った池に、俺は思いつく限りの悪口を言ってから、今度こそ教室を出ようとする。しかし、今度は別の者にそれを阻まれてしまう。
 ……なんだよぅ、ホントは俺のこと大好きなのか、こいつらぁ?
 そう思いながらニマニマと振り返ると、その顔を思いっきり殴られた。「――はぁ?」
 頬が破裂したのかと勘違いするほど痛烈な一撃だった。そのあまりの衝撃に、俺はみっともなく後方へズッコケてしまう。

「てめェ、ひきこもりすぎて頭がどうかしちまったんじゃあねェか?」

 キツネのような目をしたヤンキー(名前なんか知らん)が、こちらを睥睨していた。その屈辱的な構図に、頬を押さえた俺は激しい怒りを覚える。
 猛抗議してやる必要があるだろう。いっそのこと殺してしまうのもよかろう。

 ……にしても、クラスの連中、俺のことをクレイジー呼ばわりするくせして、イキリヤンキーが俺を殴った途端、悲鳴ではなく、黄色い叫声をあげるとか……クレイジーなのはどっちなんだか。
 それに、教師も教師だ。この状況をどうするわけでもなく、ずうっと静観してやがる。オロオロすらしてない。表情がない顔のまま、注意をする素振りもない。……事なかれ主義も、ここまでくると狂気だな。

「なにぶつくさ喋ってんだァ? きっしょいんじゃ、ボケがッ!」

 倒れ伏した俺の腹部を、ヤンキーの鋭い蹴りが襲う。回避する間もなく直撃した。臓器が押し上げられる感覚があった。呼吸の仕方を忘れてしまうほどの激痛が走り抜ける。
 俺がうずくまった態勢のまま首だけをヤンキーに向けると、クソビッチの九頭 美智子(くず びちこ)がヤンキーにしなだれかかって腕を組んでいるところだった。

「ギャハハハっ! リョウタってば、ひっどーい! 超ウケるんですケドーっ!」

 九頭は下品に笑う。それが嘲笑なのは明らかだった。
 どうでもいいことだが、九頭が「リョウタ」と呼んだことで、ヤンキーの名前を思い出した。たしか、腐 良太(ふ りょうた)だった。ヘンな名前だなあ、ろくな親の元に生まれてないのだなあ、と、心の中でせせら笑ったのを憶えている。

「いいんだよ、べつによォ……こんなキチガイにはなにしても超法規的措置ですべてが許されるんだぜェ? ……だから、こーゆーことしても、大丈夫だったりして――オラッ!」

 良太の攻撃を見て即座に頭部を庇ったところ、そのまま上から踏み抜かれる。
 ゴチンと、額が床とキスをする。極めつけに熱烈なヤツだ。頭がぐわんぐわんとする。

「なァ、新藤(にいとう)よォ? なんでガッコ来てんだよ? イジメ足りんかったかァ? もっとしてほしいです、ってかァ~~~? コラ、なんとか言えよッ!」

 やばっ――反射的にそう思い、咄嗟に身を引いて躱すが、逃げ遅れた右手を踏ん付けられる。奥歯を噛みしめることで絶叫を喉元に留めた。
 そのとき、視界の端にチラリと彩音を捉える。彼女はこちらにスマホを向けて、察するに、動画撮影をしているらしかった。
 その、俺の幼馴染による、あまりにもあんまりな行為に目を奪われた一瞬、その隙を良太が見逃してくれるはずもなく、気付けば、彼は空中だった。それは、重力に逆らうことなく、俺の背中に振ってきた。
 その衝撃から、俺は、衆人環視の中で、失禁をしてしまうのであった。

   ×

 学校を逃げ出した俺は暗澹たる心持ちのままに、あてどもなく街をフラついた。
 
「クソ……圧倒的にレベリングが足りなかった……クソがッ!」

 悔やんでも悔やみきれない。俺は顔をクシャクシャにしながら足元にあった石ころを蹴飛ばす。そこに痛みはない。足には靴が装備されていた。腹いせに良太の靴を盗んでやったのである。ざまあみろ、バーカ!

「はあぁああぁぁあああ……」

 学校を出てからというもの、こんな具合のながーい嘆息が止まらない。
 そんな中、道を進んでいると、歩道橋を発見する。
 その下では、老婆が杖と大荷物を抱えてオロオロと困り果てていた。

「なんということだ! 急いで行かねえと!」

 俺は老婆の傍まで慌てて駆け寄って、優しい言葉を掛ける。それは、人魚姫もびっくりなほどの美声だったという。

「お婆さん、なにかお困りですか?」
「ああ、ちょうどえがった。向こうに行きたいんじゃが、ほれ、この階段だ。それに、この荷物。……どうにも腰が上がらんくてのう」
「おお! それは大変じゃないですか! お手伝いさせてください!」

 俺は項垂れていた老婆に笑顔を見せつける。そして、ニカッと口角を上げ、黄色い歯を覗かせた。

「この荷物は俺がお持ちしますね? ホントはお婆さんごと運んでしまいたいくらいですが、いかんせん非力なものでして、たははー」
「いやいやぁ、ほんに助かるよぉ……。ありがとうねぇ。……ほら、飴ちゃんお食べ?」

「いただきます」と口に含んで、「ペッ」即座に吐き棄てる俺。

「――え?」
「なにか?」
「……あぁいやいや、なんでもないんじゃよ。きっと見間違いに決まっとる」

 老婆はわずかに困惑した顔を見せたが、俺がニコニコ笑顔なので見間違いとして処理したようだ。一緒にテクテクと階段を登る。ペースを合わせてあげる俺はどこまでも紳士的だった。

「お婆さん、その杖も俺が持ってあげましょうか?」
「ひえひえひえっ。そんなことされたら降りれないじゃあないのさ」
「いや、マジで。持ってやろうかって聞いてんだけど?」
「……えっ、そのぅ、大丈夫です。……ごめんねぇ? 耳が遠いのかしら……?」

 そうして、歩道橋の階段を踏破する。
 ふぃーっ。それなりに重労働だったので、さっそく対価を頂戴するとしましょうか。

「うわあーごめんなさーい! たいへんだあ、手足がとんでもなく滑ってしまったぞう! ほんと、わざとじゃないのにー! これはまずいぞう!」

 俺は心にもない言葉を並べ立てて、せっせと運んだ荷物を歩道橋の下へと放り投げた。
 老婆は懸命に手を伸ばすも、高齢者の衰退しきった反射神経と運動能力では、宙に浮いた荷物をキャッチするなど出来るはずもない。少し遅れて、荷物の中身は知らんが、それは大きな音を立てて砕け散った。

 ……さて、これがわざと、つまり悪意によるものであると、いったい誰が証明できようか?

 そんなことは不可能なのである。如何なる天才でさえも、論破すること能わず。
 完全犯罪ならぬ、完全嫌がらせなのだッ!
 しかし、心優しい俺は、正直に自白するのであった。

「バーカ。人を信じて頼ろうとするから、そうなるんだよ。さっさと死んどけや、ボケナス。老害の分際で、生きてんじゃねえよ」
「あ、あぁ……そ、そんな……あれには大切な……」
「あひゃひゃっ! うひっ! うひひぃいっ! うこけけけっ!」

 愉快ッ! 痛快ッ! 爽快ィィィッ!
 これほどまでに楽しい遊びが他にあるだろうか、いや、ない。
 真っ青になりながら慌てふためいていた老婆だったが、俺の言葉と笑い声でその真意を悟ったらしく、みるみるうちに怒りで顔が真っ赤に染まる。

「殺すぞ! 死ね! 死に晒せ! 殺してやる!」

 老婆がなにやら喚き散らしているようだが、俺にその声は届かない。
 竹槍ではない、ただの杖を振り回す、老婆の非力な暴力が、実に心地いい。
 それは天まで昇ろうかというほどの慶福で、荒んだ心が満たされていくようだった。
 しかし、残念ながら時間は有限なのであり、通報されてはかなわんので、早々に退散することにするぜ。

「――だけどその前に、っと」

 俺は老婆の杖を奪い取り、荷物と同じようにポイ捨てした。
 温厚だったときと比べると別人のように豹変した老婆の罵詈雑言の数々を背中に浴びながら、俺はあてどもない闊歩を再開する。

「すっげー楽しいはずなのに、どうしてこうも虚しいんだろうな……?」

 誰にともなく独りで呟きながら、俺は心の中で静かに、クラス連中に対して、凄惨なる復讐を誓うのであった。

『特殊スキル:【全方位敵愾心】≪オールマーダー≫を獲得しました』
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