赫銀伝記-炎氷の天狐-

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邂逅

8 銀陽と天狐の里(上)

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ルグラン、なぜ目覚めないのだ。
私は早くお前と話がしたいのに。
お前の名を呼んでやりたいのに。
そのために毎日…。
子狐の尽きかけていた魔力は溜まっていく感じもしないが、その受け取りを拒否している感じもしなかった。
…うーん、どうしたものか。

「はい、ジルさまー。次はこちらですー…って、ジルさまー?」
「あ、ああ。すまない。なんだ?」
「はい。城と神殿の工事に関する事だとかー。」
「わかった。」
「…プロムー、悪いけどお茶を淹れてくれないー?」

すると部屋の隅の影が揺れ、そこからティーポットを持ったプロムが現れる。
何も言わずにお茶を淹れ、ジルとルグランの元へと運んだ。

ジルは執務室で側近のルグランと溜まりに溜まった書類の山を崩していた。

‐通知
‐城内別塔の建築と神殿の改装において
‐アルド山脈に棲むドラゴンによる被害が増加しており作業に遅れが出る可能性あり

一通り目を通して羽ペンにサインをさせる。
サインした書類の文字だけが浮かび上がり空中に消え、白紙の紙が残った。
残った紙をドルキスの獣魔がむしゃむしゃ食べている。
うさぎちゃんフォルムなのに。
紙食べてる。
なぜ??

「うーん…。東の山脈に棲むドラゴンか…。あいつらは同族も見境なく襲うからなあ。」

ジルは困った顔をした。
話聞いてくれるかな。

「ドラゴンのことですしー、ベラトーラさんを向かわせて様子をみますかー?」
「それがいいな。適任だろう。」

ああ、面倒だ。
のんびりだらだら暮らしたい。
書類の山を見ながら思うのであった。

「ジル様!!!」

急にドアが開いてレピダが駆け込んできた。
古い本を抱えて目を輝かせている。

「ルグランちゃんが目覚めない理由が分かりましたよ!!!」
「…ほんとうか!」
「はい、これを見てください。エルフに伝わる術の本なんですけど…」

レピダが広げたページにはある術の陣がエルフの言葉で書かれてあった。

「これは…、ルグランの表面にうっすら残っている術に似ているが…。」
「はい!彼のものとは少し違いますが、この術はエルフに伝わる守護術の1つなんです。だからもしたらーって思いまして!」

僅かに残った守護術の類が私の魔力注入を阻害していたのか…。
ジルは納得した。

「レピダがこんな本持ってるとはねー。」
「伊達に1500年生きてないわよ。」
「お手柄じゃんー。」
「本当だな、レピダありがとう。」
「それにしてもこんな強力な術、だれがかけたのかしら。」

レピダは本を閉じながら尋ねる。

「天狐は魔力が弱い分、術を使うのに長けた者が多いからな。ルグランの事情を知っている里の者だろう。」

これは…、魔力抑制の薬を作る必要があるな…。

「さあジルさまー、続きをしましょうかー?」

ドルキスがジルを呼んだ。
見ると、無表情な側近が黙々とジルの手元に書類の山を築き上げていた。

「…ああ。」





















ジルはふよふよと空中を漂いながら胡坐をかいて窓の外を眺めた。
城の森の秋は深まり、木々は差し込む夕焼けと同じ色をしている。
子狐を拾ってからもう既に1ヶ月と半分が経過していた。
ジルは業務が終わり次第すぐ部屋に籠り、子狐の様子を見る生活をしていた。

薄暗い部屋のベッドに横たわる未だ目覚めぬ子狐。
魔力を注ぎ続けていたから、もう少しで目覚めるだろうと思っていた。
しかし子狐が目覚める気配はなかった。
ジルは仰向けに浮かびながらだらーんと手足を自由にする。

クリーム色の毛皮がゆっくりと上下している。
綺麗な色だ。
なんだかあいつに似てる。
ああ、そういえば。
あいつの顔を見ていないぞ…。

『ラグ出てこーい。』

部屋の床に黄金の陣が浮かび発光すると、大きな魔獣が現れた。
金の毛並みに白銀の鬣が流れるように体を覆う立派な獅子であった。

『…ジル様、お久しぶりでございます。』
「ああ、お前にも心配をかけた。元気だったか?」
『はい、ジル様のお陰でございます。』
「ならよかった。ラグはどこも変わらないな。」

ジルは獅子の体にぽんぽんと触れた。
…こいつもなかなか良いもふもふ具合なんだよな。

『…で、ジル様、そちらの小物は?』
「ああ、拾った天狐の子供だ。」
『聖獣のようですね。』
「だよなあ、そんな気はしてたんだがやはりそうかー。最初からラグに聞けばよかったなあ。聖獣同士なにか感じるか?」

笑顔で尋ねる。
ジルの契約獣魔である獅子のラグは光の聖獣であった。
ラグは無表情のまま人化する。
光とともに体躯の良い金髪の青年が現れた。
ジルも床に降りて椅子に腰かける。

『私は貴女に呼ばれないとここに来られないんですから。もっと頻繁に呼んでください。』
「ああ、すまない。忘れていたわけではないのだ。業務やらなんやらで…で、何か感じたのか?」
『…はあ、私のことをこんな風に扱うのは貴女くらいですよ。そこが良いんですけど。
それからは私と同じ魔力の波を感じます。』
「ほう、それは心強い。私はこの子狐を育てるつもりなのだ。ラグに聞けば何でも分かるな。」
『はあ…?育てる…?』

呆れ顔のラグを見つめながらジルは考えていた。

行くなら先に使いを出すのが礼儀というものだよな…。
だがしかし、業務以外で文を書くなど、うーん、面倒だな。

ジルは腕を組みながら微笑んだ。
思い立ったらすぐ行動に限る!

「それでだなラグ、今夜連れて行って欲しい所があるのだが…」


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