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冬の黎明
18 梟の天文台
しおりを挟む魔女の城-書庫
「あー…、おはようございます…。」
ここまで送ってくれたジル様は、僕に“それじゃあ頑張ってな”と一言だけ言ってすぐに転移で去ってしまった。
転移の際に発生した風で、今朝ジル様から貰った胸元のペンダントがふわりと揺れた。
僕はてっきり、ジル様は中までついてきてくれるものだと思っていたので、少しだけ寂しい気分になった。
魔女の城での生活を始めた子狐は、恐る恐る書庫の扉の前に立った。
扉は自動的に、ぎいっと鈍い音を立ててゆっくりと開いた。
子狐の朝の挨拶が、宙に散って溶けてゆく。
僕は今日から、ジル様の使役している悪魔達に色々なことを教えてもらう。
まずは文字からだ!
そこはやはり、相変わらず暗くて不気味な感じがした。
扉がぎしぎしと音を立てながら閉まった。
その前で立ち止まってもう一度悪魔達を呼んだが返事がない。
とてとてと、小さな足音を立てながら部屋の真ん中まで進んだ。
「あのー、誰か…」
んん?あれ…?
昨日はあんなのなかったはずなんだけど…。
真ん中から上を見上げると、正面の本棚に窪みが出来ていた。
なかなか大きな穴だ。
その窪みにぴったりと入っている、1体の大きな梟。
梟は、じっと微動だにもせずにある一点を見つめていた。
あれれー、確かあの梟さん…。
突然、梟が首をこちらに向けて、三日月のように細めた鋭い眼で僕を見た。
「ホーホー、お待ちしておりましたぞ。ルグラン様。」
僕はごくっと息をのんだ。
梟は茶色い翼を大きく広げて、窪みから僕の前にひらりと降り立った。
それから、ぼんっと音がして人化した梟が姿を見せる。
「ストラスさん!わああ!変身、凄いです!」
僕はぱたぱた尾っぽを振って、見事に人化した彼に熱い視線を送っていた。
人化してもなお腕に残る茶色の羽。
茶色い髪と髭はどちらも長く、紐でひとくくりにしている。
里のじいさまくらいの年齢に見える彼は、近付いて僕を抱き上げた。
「よく来たのう。昨日はよく休めたかな?」
「はい、とっても!」
「では早速なんじゃが、儂が今日から文字を教える…が、文字だけなら1日も要らんじゃろう。儂がお主に説くのはまた違う学びじゃ。」
僕は、彼の言葉に疑問を抱いてぱちくりと瞬いた。
「ええっ?そうなんですか?…僕の里のにいさまたちが、文字は何種類もあって難しいから1年はかかるって言ってたのに…!」
それを聞いたストラスは、にやりと笑みを浮かべて言った。
「お主は特別だからのう。それに…里の天狐は儂から教わってはおらんだろう?」
ほっほっと、羽を震わせながら笑うストラスさんに僕もつられて笑顔になった。
笑いながらストラスさんは僕を抱いたまま、右の扉へと歩を進めた。
「さあ、行こうか。お主には学ばねばならぬことが沢山あるのじゃ。きっと忙しいぞ?」
✱
右の扉の中はそこもまた、円形の部屋だった。
暗い空間の中で、ストラスはルグランを抱いた反対側の手を少し上げた。
すると、部屋に薄く灯りがともり、それからストラスの体が浮いた。
「わああああ!」
「ホーホー、大丈夫じゃ。ちゃんと摑まっておれ。」
僕は、急に襲ってきた浮遊感に思わずストラスさんにしがみついた。
がっちりと僕を支えてくれているストラスさん。
うーん、何かこうぐいっと、何かに引っ張られているような…。
下から吹き付ける風を体中で受けながら、ストラスさんはどんどん上に引っ張られていった。
どんっという着地の感覚と共に浮遊感が消えた。
辺りを見ると、どうやら部屋についたようだ。
「さあ、ついたぞ。見よ、儂の部屋じゃ。」
「…うわああ!」
僕は、目を見張った。
ストラスさんは自慢気にホーホーと鳴いた。
やはりここも、下と同じような造りの円形の部屋であった。
黒い石でできた床と壁。
部屋の2階部分は吹き抜けになっていて、1階から階段がかかっていた。
2階まで連なる壁には、大量の本がぎっちり詰まっている。
大きく違うところと言えば、天井がガラス張りになっている点であった。
ジル様のお部屋と同じ仕組みなのかな?
それから、この部屋で1番目立つものが2階に置かれていた。
「どうじゃ?凄いじゃろう?この城の天文台じゃ。儂は大抵、いつもここにおる。」
「ストラスさん!あれってー!」
僕は大きなその目立つものを見たことがあった。
たしか、里では空を読むばばさまがあれに似たものを使っていたっけ。
「…見たことがあるようじゃの。そうじゃ、あれは望遠鏡。儂はあれを使って星を読んでいる。」
「だいぶおっきいですねー!」
「まあそうじゃのう。あれは少し特殊でな、そうそう星を読む術も教えてやる。使うのはその時じゃな。」
「えっ!僕でもできるんですか?」
部屋の真ん中には黒い石の机が置かれていて、ストラスさんが机に近寄るとぽこんぽこんと、椅子が2脚出てきた。
ストラスさんが僕を椅子に座らせる。
「…寧ろルグラン様には必然的に読めるじゃろうな。」
ストラスさんはそうぽつりと漏らして、僕の頭をぽんと撫でた。
それから、壁に詰められた本を取り出しに行った。
「今日は他の皆さんはいないんですかー?」
僕は数冊を抱えてこちらに戻ってくるストラスさんに問いかけた。
彼は、長く括られた髭を撫でながら答えた。
「そうじゃのう…皆自分の仕事をするか、聖域内をうろうろするか、城の中で怠惰に過ごしているか、ああ、そう言えば。帰りはナベリウスがお主を送ると言っていたかな。」
「ナベリウスさん…!」
「さあ!時間が無くなってしまう。始めようかの。」
ストラスは黒い机の上に持ってきた4冊の本を重ねて置いた。
「はい!よろしくお願いします!」
僕は、ストラスさんの教えを少しも逃すまいと真剣に彼を見つめた。
何としてでも早く文字を読めるようになりたい!
すると、ストラスさんはその目をすーっと細めた。
「ホーホー、何か勘違いしてるようじゃが、儂は文字などをいちいち教えたりする真似はせん。もっと手っ取り早い方法があるからのう。今から悪魔の術をルグラン様にかけるのじゃよ?」
「…へ?」
ぽかんと口を開ける僕を見つめてにやりと笑みを浮かべたストラスは、元の大きな梟の姿に戻った。
風で天井の窓がガタガタと鳴き、辺りに黒い魔力が満ちた。
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