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【プロローグ】
第1話 火消し少女と僕
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花灯さんは〝火消し〟である。
と言っても、彼女は二十一世紀を生きる高校生であって、江戸時代の町火消や大名火消ではない。また、彼女の父や祖父とは違って、119番で現場に呼び出される消防士でもない。
それでも花灯さんは、れっきとした火消しだった。
「――行きますよ、尚幸」
「はい! 花灯さん」
放課後、特注ベルトを巻いた腰の左右に消火器をセットし、制服の上に防火素材のコートを羽織って、僕らは今日もどこかの炎上を止めにいく。
予知した〝炎上〟が現実に燃え広がる前に事件を解決せんとする彼女を探偵と呼ぶならば、僕はその助手という役柄になるのだろう。
僕らの関係が始まったのは、高校二年の始業式の日。朝の通学電車にて。
転校先への初登校にドキドキし、ワイヤレスイヤホンを手汗で滑らせた僕は、ころりと落としたソレに手を伸ばしかけ――背後から声を掛けられた。
『火事と喧嘩は江戸の華……とは言いますけれど』と。
えっ? と首だけで振り向けば、見えたのは汗ばむ少女の顔で。深海みたいな青の瞳で。
あどけなくかわいらしい顔立ちをした、しかし無表情な女子高生がひとり立っていた。
そしてダーリンがなんだと意味不明なことを言いながら、彼女は僕の手をとったのだ。
「――花灯さんって、本当、人助けが下手っぴだよね。不器用っていうか」
「…………なぜに唐突にディスられました? もしや喧嘩したい?? する?」
「いや、なんかさ、出会った時のこと思い出して。唐突に」
実際は、彼女と手を繋いだことで思い出したのだけれど。それは脇に置いておく。
「出会った時……? アイドルさんのこと?」
ちょっと違うけど「まあ」と曖昧に頷く。彼女も無関係ではない。
「うつつを抜かすのは、事件解決後にしてください?」
「ごめんなさい」きっとまた無表情なんだろうな。と思いつつ、彼女の横顔をちらりと盗み見た。「――あ」ハッとする。
花灯さんは、もちろん泣いたり笑ったりはしていない。
「どうしました?」
「いえ。べつに。今日もかわいいなって」
「かわいくないです」
ぴしゃりと言われ、僕は誤魔化すようにハハハと笑う。
授業中とほぼ変わらぬ表情の彼女だが、ただ一点――深海の瞳には闘志が宿っていた。
もう彼女は事件に心を向けているのだと気づかされ、こういうところから、自分は永遠に助手どまりなのだろうとふと思う。僕は事件に巻き込まれることは多々あっても、彼女ほどには解決に熱意を注げない。
あの時も、彼女が現れて未然に救ってくれなければ、また――……
「さあ、尚幸」彼女は僕の手をやさしい力で引っぱって、無表情のまま淡々と囁いた。「しっかりと、わたしの恋人のフリをするのですよ」
「はい!」恋人、という言葉に情けなく頬を緩めて。フリ、という言葉に心をしぼませて。平気なフリして返事する。「……わかってますよ」
仕返しとばかりに彼女の手をぎゅっとして、正面にある建物を見上げた。
なんでもない〝現在〟を脳に焼き付け、目を瞑る。食い止めるべき〝未来〟を想像する。
――放課後に燃えるカラオケ店。
たくさんの青春を見守ってきたその場所に煙がもくもくと満ち、みんなの思い出の地が崩れていく。壊れていく。
――SNSに投稿される罵詈雑言。
無数の言葉の刃に切りつけられた女子高生は、マンションのベランダから飛び降りる。その事件が、また新たな悲劇を、ネット炎上の火種を生む。
花灯さんが〝視た〟であろう景色を、この足りない頭で思い描いて。
彼女の才能が抱えた責任を、この頼りない僕に支えさせてほしくて。
「行けますか? 尚幸」
「……うん、大丈夫。――行けます!」
目を開け、彼女と一緒に、今日の戦地に乗り込んだ。
と言っても、彼女は二十一世紀を生きる高校生であって、江戸時代の町火消や大名火消ではない。また、彼女の父や祖父とは違って、119番で現場に呼び出される消防士でもない。
それでも花灯さんは、れっきとした火消しだった。
「――行きますよ、尚幸」
「はい! 花灯さん」
放課後、特注ベルトを巻いた腰の左右に消火器をセットし、制服の上に防火素材のコートを羽織って、僕らは今日もどこかの炎上を止めにいく。
予知した〝炎上〟が現実に燃え広がる前に事件を解決せんとする彼女を探偵と呼ぶならば、僕はその助手という役柄になるのだろう。
僕らの関係が始まったのは、高校二年の始業式の日。朝の通学電車にて。
転校先への初登校にドキドキし、ワイヤレスイヤホンを手汗で滑らせた僕は、ころりと落としたソレに手を伸ばしかけ――背後から声を掛けられた。
『火事と喧嘩は江戸の華……とは言いますけれど』と。
えっ? と首だけで振り向けば、見えたのは汗ばむ少女の顔で。深海みたいな青の瞳で。
あどけなくかわいらしい顔立ちをした、しかし無表情な女子高生がひとり立っていた。
そしてダーリンがなんだと意味不明なことを言いながら、彼女は僕の手をとったのだ。
「――花灯さんって、本当、人助けが下手っぴだよね。不器用っていうか」
「…………なぜに唐突にディスられました? もしや喧嘩したい?? する?」
「いや、なんかさ、出会った時のこと思い出して。唐突に」
実際は、彼女と手を繋いだことで思い出したのだけれど。それは脇に置いておく。
「出会った時……? アイドルさんのこと?」
ちょっと違うけど「まあ」と曖昧に頷く。彼女も無関係ではない。
「うつつを抜かすのは、事件解決後にしてください?」
「ごめんなさい」きっとまた無表情なんだろうな。と思いつつ、彼女の横顔をちらりと盗み見た。「――あ」ハッとする。
花灯さんは、もちろん泣いたり笑ったりはしていない。
「どうしました?」
「いえ。べつに。今日もかわいいなって」
「かわいくないです」
ぴしゃりと言われ、僕は誤魔化すようにハハハと笑う。
授業中とほぼ変わらぬ表情の彼女だが、ただ一点――深海の瞳には闘志が宿っていた。
もう彼女は事件に心を向けているのだと気づかされ、こういうところから、自分は永遠に助手どまりなのだろうとふと思う。僕は事件に巻き込まれることは多々あっても、彼女ほどには解決に熱意を注げない。
あの時も、彼女が現れて未然に救ってくれなければ、また――……
「さあ、尚幸」彼女は僕の手をやさしい力で引っぱって、無表情のまま淡々と囁いた。「しっかりと、わたしの恋人のフリをするのですよ」
「はい!」恋人、という言葉に情けなく頬を緩めて。フリ、という言葉に心をしぼませて。平気なフリして返事する。「……わかってますよ」
仕返しとばかりに彼女の手をぎゅっとして、正面にある建物を見上げた。
なんでもない〝現在〟を脳に焼き付け、目を瞑る。食い止めるべき〝未来〟を想像する。
――放課後に燃えるカラオケ店。
たくさんの青春を見守ってきたその場所に煙がもくもくと満ち、みんなの思い出の地が崩れていく。壊れていく。
――SNSに投稿される罵詈雑言。
無数の言葉の刃に切りつけられた女子高生は、マンションのベランダから飛び降りる。その事件が、また新たな悲劇を、ネット炎上の火種を生む。
花灯さんが〝視た〟であろう景色を、この足りない頭で思い描いて。
彼女の才能が抱えた責任を、この頼りない僕に支えさせてほしくて。
「行けますか? 尚幸」
「……うん、大丈夫。――行けます!」
目を開け、彼女と一緒に、今日の戦地に乗り込んだ。
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