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1【ヒーローレッド先輩の炎上】

第4話 炎上。生命の脅威と人生の崩壊源。

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 僕がこの学校に転校してきてすぐの頃――本当にすぐのこと。まだ事件が起きる前、あるいは、花灯さんに最初の事件を防いでもらった後。始業式の日、朝八時すぎ、HRの時間を待つ教室で。
 自分の席でじっとしていた僕は、新たなクラスメイトたちの会話を盗み聞きしていた。
 それが趣味というわけではなく、自然と。知り合いもおらず、適当な話し相手がいなかったので。イヤホンも通学中に紛失していたので。いや、正直、イヤホンのことは言い訳だけど。
 こういうの、ぼっちにはよくあることだと思う。ラジオを聞き流すように、みんなの話を聞いていたんだ。
 春休み中、カラオケ店やネットカフェの個室でカノジョといちゃついてさ――という陽キャらしきヤツの自慢話(?)を耳にした時、なんというか、僕には遠い世界の話だなと思ったものだ。
 そんな青春、僕には手に入りっこない。叶わない。この学校でも無理だろう。友人もつくれない僕に、恋人などつくれようがない。
 女の子とカラオケやネカフェに行くなんて、あり得ない。
 …………と、思っていたこともありました。

 かたかた、かたかた、たん。と隣から小さな音がする。僕らはパソコン画面と向き合っている。
 良い意味の予想外も起こり得るのだと、僕は花灯さんのおかげで知った。
 デート、ではないけれど、いちゃいちゃもしないけれど。恋人ではない僕と花灯さんは、ふたりきりで、ネットカフェにいる。
 鍵付きの完全個室ではなく、四方を壁と扉で囲まれ、個々に区切られたブース。仕切りの壁をスライド式で開けられるようになっているタイプで、ふたつのブースを連結する形で使っている。
[これ 調べて https://……]
[了解]
 やりとりはチャットアプリでし、無言で会話。それぞれのパソコンで別の画面を開く。花灯さんは、日本最大級の某ネット掲示板や、学校裏サイトなどを閲覧していた。
 僕は彼女から送られてきた指示に従って今度の事件に関わる知識を入れながら、彼女とは違う視点で物事を見られるよう、もうひとつの頭脳として事件のことを考え続ける。
 そう、僕らは今、ヒロ先輩の炎上事件を防ぐための情報収集や推理を進めているのだ。

[先輩の炎上は【若者のやらかし】かつ【バズりからの化けの皮はがれ】ってところみたい バズ時にはしゃいでた人たちの手のひら返しがエグかった]
[バズりの元画像は、個人ブログに載せてあったんだよね? 恋のポエムらしきもの付きで]
[そう 先輩のこと好きなひとっぽい 撮影はヒーローショーのバイト関係者か しかも盗撮?]
[あの【暴行動画】の撮影者は、いまのところ不明だよね]
[女性関係のゴタゴタの線が濃さそう……――]

 ここで、花灯さんの異能と、彼女が本日未明に予知した炎上事件について、現時点の僕が知っていることをまとめておこう。
 なお、今度の炎上予知の詳細については、先ほど彼女からメッセージアプリで送られてきた内容に加筆することにする。

 ***

【花灯さんの異能について】
・=〝七日後の炎上〟を予知すること。
・炎上予知の異能は、先祖から継がれた遺伝性のものだと言われている。異能を活かした人助けは、彼女の一族の家業である。
・〝七日後〟についての詳細。彼女が予知した時点の七日後(きっかり一六八時間後)には、対象物/対象者は、すでに燃えている。これは、リアルの火災でも、ネットの炎上でも同様のこと。
・花灯さんが睡眠中に夢の形で予知した場合、その発生時点は就寝~起床の間のどこかになる。例えば、今回の炎上なら、今から六日後の二十三時~翌三時の間のどこかで事が起こる。
・異能には適応範囲が存在し、世の中のすべての炎上を予知できるわけではない。
・花灯さんの場合は、自分の周囲(この定義は曖昧だ)にいる人間の生命が脅かされる、誰かの人生の崩壊に関わる〝炎上〟を予知できる。
・制約。予知した炎上を防ぎたいときでも、その〝火種〟は観測しなければならない。火種が生まれる前に事を起こせば、予知できない未来にズレてしまう――

【H(仮名)先輩炎上事件について】
・ネット炎上である。
・五月三十日(火)二十三時~五月三十一日(水)三時の間に起こる。つまり、遅くとも、五月三十一日の午前三時には燃えている。
・この炎上により、誰の生命が脅かされるのか、誰の人生が崩壊するのか、その形は未だ不明。
・花灯さんが視たのは、いわゆる晒し系と呼ばれる類のSNSインフルエンサーがまとめた投稿とそれに連なる反応。H先輩が何者かを殴っているショート動画に、別の〝再現度すげえ一枚〟の画像も添付されていた。
・〝再現度すげえ一枚〟とは、ヒーローショーバイトのステージ後のH先輩を関係者が盗撮したと思われる画像のことである。
・個人ブログに上げられていたその画像は、とある漫画キャラのコスプレ画像として某掲示板サイトに転載され、さらに某SNSにも転載された。
・界隈で沸騰中のBL漫画『ヒーロー様の裏の顔』に登場する苦労性イケメンキャラのとあるシーンに雰囲気も構図もそっくりだ、と主に好意的な意味で拡散され、炎上前にバズる。
・バズり後、その〝ヒーロー様〟が一般人を殴るというショート動画が投稿される。それがBLおよびコスプレ界隈の者の目にも留まって物議を醸しだし、晒し系の投稿から完全に炎上状態に至る模様。
・なお、実際のところ、あれは『ヒーロー様の裏の顔』のコスプレではない。角度と切り取り方から判別しづらくはなっているが、バズった画像のH先輩が着ている衣装は現在日曜朝に放送されているヒーロー番組の戦士の衣装であって、漫画キャラのコスチュームではない。
・ヒーローバイトの演者だという情報も拡散されれば、かえって延焼する可能性もあり――……

 ***

 ネットカフェでの調べ物や情報整理をひとしきり終え、僕らの今日の活動は終わった。支払いを済ませて外に出ると、彼女が「尚幸」と僕を呼ぶ。
「はい、花灯さん」
「今度の土曜日、わたしとデートしましょうか」
「はい、……はい?」
 耳を疑う僕に、花灯さんはいつもの無表情のまま続けた。
「ゆうえんち」
 その一単語の言い方が、なんとなく普段より子どもっぽくて、何かに甘えるような可愛らしさを感じた。ずきゅんと心臓が矢に刺され、不覚にもときめく。
「ヒロ先輩のヒーローショー、一緒に見学しにいきましょう?」
 ……あっ、そういう。なるほど。そりゃそうか。僕と一緒にいたいんじゃなくて、ヒロ先輩のために……。そっか。うんうん。わかってた。
「了解。調査の一環ってことだよね」
 僕はしっかり強く頷く。表情は崩さない。先輩に負けた感を顔に出したらダサいから。
「デート。男女が約束して出かけるから、デート」
「うん。オッケー。デートね。うん」
 花灯さんは、こう言いながらも、べつに僕を恋愛対象として見てくれているわけではないんだろう。僕と違ってぜんぜん意識もしていないんだろう。うん。まあ。でも。
 好きな女の子と休日に出かけられるなら、僕にとっては、まんざらでもない。
 それに花灯さんがそう言うなら、そう。
 ――デート、だ。

 翌日、木曜日。
 今日の花灯さんはしっかり眠れたようだった。七日後の炎上を予知してからの七日間は、また炎上に関する新たな情報を夢に見ることもあるそうなのだが……今朝はまったく視なかったとのこと。安眠できたなら何よりだ。彼女にはぐっすりよく眠って健康でいてほしい。
 放課後、僕らは電車に乗りながらスマホをいじり、また昨日のように調べ物と推理を進めた。暴行事件の現場になると見られる公園にも行った。
「わっ、はなびのおねーちゃん!」
「こんにちはー」
 相変わらず無表情の花灯さんに、小さな子どもがにこにこと駆け寄る。「ここ、うちの近所でして」と花灯さんは僕に向けて補足した。なるほど。だから、はなびのおねーちゃん。
 結局、僕と彼女は子どもたちの遊びに付き合わされることになった。けっこう楽しかった。
 そういえば、今回の事件では、花灯さんは対象者につきまとったりしないみたい。昨日今日は母の担当にしているので大丈夫です。と言っていた。
 守秘義務もあるだろうから詳しく訊いたりはしなかったけど、花灯さんのお母さんは探偵だ。そちらの予定とうまく合わせて対応してもらっているのかもしれない。
 さらに次の日、金曜日。
[部室 きて 尚幸]
 またまた僕は朝から彼女に呼び出された。部室に行けば、今日の彼女はヒロ先輩の筋トレマットの上に寝転んで、ただただ天井を見つめている。
「……おはよ、花灯さん。どうした?」
「先輩、刺される」
「え?」
「女に、ナイフで、刺される。……どうしよう…………」
 彼女の表情は、こんな時でも変わらない。声はこんなにも震えているのに。
「それが、今回の炎上で脅かされる生命と、崩壊する人生か……。なるほどな」
 花灯さんが予知する炎上は、誰かの生命や人生に魔の手を伸ばす。
 彼女や同族の異能者が動かなければ、こういう人たちは本当に大変な目に遭って、取り返しのつかないところまで行ってしまう。
「これは、失敗できません。尚幸」
「ああ。一緒に頑張ろう」
 深いブルーの瞳で僕を見て、花灯さんは「明日のデート、忘れないでください」と続けた。このタイミングでって、なんだかおかしくなりながら、僕は「忘れるわけないじゃん」と頷き笑う。

 そして、土曜日。
「お待たせしました、尚幸」
「……おはよ、花灯さん」
 僕らは遊園地に行く。火種を探しに。

 これから四日後に炎上する先輩を救うために。
 未来の彼が、ナイフで刺されて死なないように。
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みんなの感想(3件)

葛城騰成
2023.10.24 葛城騰成

第四話まで読みました。表情が変らない花灯さんと、その彼女に恋をする尚幸の炎上防止タッグは見ていて面白いですね。ヒロ先輩の炎上を二人が止められるのか、刺されてしまう未来を回避できるのか、続きが気になりますね。

幽八花あかね・朧星ここね
2023.10.24 幽八花あかね・朧星ここね

ご感想ありがとうございます!
ふたりのタッグを面白いとおっしゃっていただけて嬉しいです(^_^)

続きが気になるとのお言葉、ありがとうございます。亀の歩みですが完結まで頑張ります…!

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照焼
2023.05.18 照焼

一、二話感想

尚幸と花灯の会話からは思いやりと信頼が感じられますね!
異能を持つ少女と普通の高校生のコンビネーションや恋人のフリという要素も物語の魅力になっているように感じましたw
尚幸と花灯の関係や内面の葛藤を描くことで、恋愛や友情の複雑さが上手く表現されていると思います……!

二話全体として、物語の展開に緊張感を持たせながら、登場人物の心情や関係性の発展を描かれているので今後どう変化していくのか気になります!

幽八花あかね・朧星ここね
2023.05.18 幽八花あかね・朧星ここね

ご感想ありがとうございます(^^)
温かいお言葉をいただけて嬉しいです。遅筆ですが、今後もお楽しみいただけるよう励んでまいります。
お読みくださいまして、ありがとうございました!

解除
葛城騰成
2023.04.02 葛城騰成

ほほう。火消しといってもSNSの火ですか。
着眼点が面白いですね。今は会社の採用にも響くSNSでの発言。大事になる前に救ってくれる人がいれば、それは火どころか未来まで救ってくれる凄い人ということになる。どんな展開になるのか、これからが楽しみです。

幽八花あかね・朧星ここね
2023.04.02 幽八花あかね・朧星ここね

ご感想ありがとうございます(^^)
はい! 現代社会の〝炎上〟をメインテーマに、いくつかの身近な事件とそれに立ち向かう二人の青春を描きます。
ありがとうございます! よりお楽しみいただける作品に仕上げられるよう、執筆に励んでまいります。しばらくは不定期更新となる予定ですので、のんびりとお待ちいただけますと幸いです(^^)
お読みくださいまして、ありがとうございました!

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