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20話「両家顔合わせ」 (1)
しおりを挟む「──ようこそおいでくださいました。クラレンス侯、ミリーゼ夫人。それにルタ様」
「丁寧なご迎えありがとうございます。お初にお目にかかりますねローズ夫人。私はルタ=クラレンスと申します」
上品に貴族式の挨拶をして頭を下げ、漆黒の髪がふわりと揺らめくルタ様はとても美しい。
ルタ様との婚約から1週間後。
ロレーヌ家にて両家顔合わせが行われる事となった。
本来であればクラレンス家よりも位が低いロレーヌ家側がクラレンス家に来訪し挨拶をするのがこの国での常識ではあるが、父親と継母のローズは「妊娠初期の妹の体調が心配だから家を離れる訳にはいかない」といい、クラレンス家の両親と私達がロレーヌ家に足を運ぶことになった。
「遠いところわざわざ御足労頂いてありがとうございます。我が末娘のロージュが身重な身でしてな、家を離れる訳にはいかないのです」
妹はまだ妊娠初期であるし、心配であれば医者を雇い1日くらい家を離れてもいいだろうに私の両親は妹に対して過剰すぎる……と思う。
「……事情があるのは仕方がありませんし、お気になさらないでください。しかしロレーヌ侯。遠いところから足を運んだのはケイも同じです。先程から彼女に対して労う言葉が見受けられないのですが」
父親と継母に向けられていた、にこやかなルタ様の視線は一気に鋭く冷たい視線へと変わった。
先程から父親や継母がルタ様やルタ様の両親に労いの言葉を掛けているが私には全くないことをルタ様は気がついていたようだ。
私にとっては父親や継母からのこの態度は慣れてしまったもので何も感じなかったが、ルタ様の顔は非常に不快だということを表情で示した。
「……す、すみません。ケイもクラレンス領から来ていましたね」
「おほほ……すみません。まだ日が経っていませんし、家を離れていたとは思えなくて……」
この謝罪は私にでは無くルタ様に向けられたものだ。
両家顔合わせだというのに私はクラレンス家に着いてきたオマケだとも言いたげな言い方。
ルタ様の顔はどんどん暗くなっていき、周囲の空気が冷たくなっていくのを感じた。
両親の私への扱いを見てか、彼の両親のクラレンス侯とミリーゼ夫人も彼と同じ視線を両親へ向けていた。
「……み、皆様。お食事の準備が出来ていますのよ。お疲れでしょうから、さっそく頂きましょう」
張り詰めた空気感の中、継母が手をパンっと叩き話を切り替えるように食事の準備が出来ていると言い、私達はダイニングへと案内された。
***
──ダイニングに入ると白を基調とした室内は所々に淡い薄桃色のカーテンや家具で華やかに彩られていた。私が家を出る前よりも家具は豪華になりより一層煌びやかになったような気がする。
昔は、エメラルドグリーンの家具で統一されており落ち着いた雰囲気だったのけれど、薄桃色で華やかに彩られた室内は実家のはずなのに何だか落ち着かなかった。
そして、薄桃色のロングテーブルには豪華な料理が並べられており、ロレーヌ領で採れた新鮮な野菜がふんだんに使用されているのがひと目で分かった。
「──ラインハルト……様。それにロージュ。何故ここに……?」
しかし、部屋に入って内装や料理よりもまず目に入ったのは、ダイニングの椅子へ既に腰をかけて座っているラインハルト様と妹のロージュだった。
「初めましてクラレンス侯、ミリーゼ夫人、ルタ様。お初にお目にかかります、ロージュ=ロレーヌと申します。姉が大変お世話になっております」
席を立ち上がり貴族式の挨拶をして見せるのは、美しい淡い桃色の髪を縦ロールに巻き、エメラルドの様な美しく大きな瞳を持つ腹違いの妹ロージュ。
因みにこの桃色の髪は継母譲りで、グリーンの瞳の色は父譲りだ。部屋の内装を継母やロージュの髪の色で揃えているところから、彼女がいかに家族から愛されているかが分かる。
「……はじめましてロージュ嬢。貴女がこちらの場へいらっしゃるのは分かるのですが、何故ここにラインハルト侯がいらっしゃるのです?」
両家顔合わせという家族同士が参加する場に当然のような顔をして居座るラインハルト様に疑問を持ったのは私だけではなかった。
「……ははは。気になるか? それはな、俺がロージュの婚約者でつまりロレーヌ家の家族だからだ」
銀色の肩まで伸びた髪を無造作に結び、少し長い前髪から覗かせる顔はルタ様に引けを取らない彫刻のように完成された非常に美しい顔を持つ。瞳の色はサファイアの様に透き通っており、彼の銀髪の毛先は瞳の色と同じ色に染まっている。身に纏う衣服や煌びやかな宝石のアクセサリーは派手ではあるが、彼の美しさをより引き立ててとても華やかであった。
しかも彼の性格を表すかのように態度は悪く、来客が来たのにも関わらずに椅子にだらしなく腰をかけて足を組み座っている。
美しくも傲慢なラインハルト様。
私の婚約者……だった男。
幼い頃から私を地味だと貶し、妹と比較し、その妹と不貞関係を持って婚約を解消した男。
「……おうケイ。久しいな。楽しくやってるか? 前よりは大分マシになったみてぇだが、また捨てられないように気をつけろよ?はははっ」
「……」
冷めた目で冷たく笑うラインハルト様は、姿だけ見ればとても美しかった。
しかし、その笑顔を向けられた途端に鳥肌が立つ。
……久しぶりに顔を合わせたと思えばこれだ。
会うのは婚約破棄をされた日以来か。
『ケイ。君との婚約を破棄させてもらいたい。ロージュには俺の子供が宿っている。責任を取らなくてはいけない』
今でも鮮明に思い出すことが出来るあの時の彼の顔と言葉。
責任を取る……?
婚約者の私を捨てて、私の責任を取らずに何の責任を取るというのだろう。
「ラインハルト。クラレンス家の皆様に挨拶をしなさい」
「……これは失礼。私はラインハルト=フォルクングと申します。ルタ様は騎士団で面識がありますがご両親は初対面でしたね。ロージュ=ロレーヌの婚約者です。お見知り置きを」
先程の横暴さからは想像もできない綺麗な礼をする。
それにしても、ロレーヌ家の人間とラインハルト様は今日がロレーヌ家長女の婚約に伴う両家顔合わせだということを忘れているのだろうか。
「……にしてもルタ様。貴方にはこの地味令嬢では勿体ないんじゃないか? 他にも女がいるんじゃねぇの?」
……ラインハルト様は呆れるくらいに失礼な人だ。
いくらでも私が地味で冴えない令嬢だとしても、優しいルタ様がラインハルト様と同じ事をするなんて今の時点では考えられない。
ラインハルト様とルタ様を同類にしないで欲しい。
ルタ様の魅力は美しい事や騎士として有能なだけではない。
優しいルタ様。
こんな傷物の私を妻として娶りたいと申し出てくれた。
自分を傷つける原因となった過去を忘れていた私を許してくれた。
ルタ様と関わったことで、今まで受けてきた仕打ちの酷さに改めて気がつくことが出来た。
──冷めていた感情が昂り、喉元で堪えていたものが溢れだしそうになる。
「ラ、ラインハルト様。私は今──」
「……大分無礼な口の利き方だな」
私が話し出す前に、私の口にそっと人差し指当てて先にルタ様が話し出した。
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