異世界でナース始めました。

るん。

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第一章

10.夜の時間

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──王女様への経管チューブ挿入が終わった頃、すっかり空は暗くなっていた。



経管チューブは挿入直後から使用可能であるため、今晩から白湯を少量流して胃を慣らして行く。

経管栄養は前の世界であれば1度繋いだら他の仕事の合間合間の観察で大丈夫であったが、今回の場合は物品は医療メーカーが作成している訳ではなく私の記憶による再現なのでどんなに職人さん達の腕が良くても完璧な物品ではない。

故に、栄養剤の流量を調節するクレンメの性能も前の世界の物に比べると劣ることから栄養剤が一気に流れてしまう可能性リスクを考えたことや、経管栄養実施前、実施中、実施後の観察できる者が私しかいないため、栄養状態が回復するまで本日から毎日王女様に付き添うことになったが、

それでは私の負担が大きいとのことで、
「スミレ様のいた世界の医療知識に大変興味があります。是非私にも経管栄養注入にあたっての観察項目を御指導お願いします。」
と、マーシュ先生が観察者を名乗り出てくれたので、2人で交代しながら様子を見ていくことになったのであった。



──夜の白湯注入は問題なく終了した。


明日は朝に白湯を入れ、問題なければ昼から少量の栄養剤と白湯を注入していく。

栄養剤は、ほぼ水である消化に良い栄養剤と栄養価たっぷりスープの栄養剤の2種類を分けて製作してもらった。

暫く何も入っていない胃に、いきなりスープを入れてしまうと消化不良を起こす可能性があるためだ。

その為、最初はさらさらのほぼ水の栄養剤から注入していき、次第に高カロリーな栄養剤へと切り替えていく。

そのため、明日の昼は白湯を注入した後に問題なければ殆ど水であるスープから注入していくことになっている。






「疲れた……」

私は例の庭園に来ていた。
疲れると無意識のうちにこの庭園を訪れている。

相変わらず淡いライトブルーのような瑠璃色のような魔法のライトアップが幻想的で美しい。

この空間に癒される目的……とは別にあの青年に会えるかもしれない、といった浮ついた心がないといったら嘘になるが、会えればラッキー、ぐらいの気持ちだ。



それにしても、ルー様だとかいう獣人の男性の力はとても強くて正直怖かった。

彼に掴まれた肩はマーシュ先生がさりげなく治癒魔法をかけてくれた。


ダヴィッドさんから聞いた話によるとルー様の身分はこの国の公爵家に当たるらしく、本名は『ルー=サブマ=シャルム』で、現国王のグラン=エスポワール=シャルムの弟、マージェス=サブマ=シャルムの長男であるらしい。

つまり、彼は王族だ。


「俺様……か」

……一人称が俺様っていう人を初めて見た。
現代日本で一人称がそれなら大分痛いが、王族らしい堂々たる様とあの容姿なら違和感は何一つ仕事をすることがないだろう。

そして、彼の一人称や容姿以外に印象に残っているのが、あの耳。
彼は狼系の獣人であるらしく、白銀の毛色とライトイエローの瞳はシルバーウルフ族というとても貴重な血筋の特徴らしい。

国王様やその弟のマージェス公爵は人族であるため、母方が獣族なのであろう。

人族が治める国の王族に獣人がいると、国王様の愛人の子だとか勝手な偏見を持っていたが、ルー様は正妻との長男だというし、獣人は昨日街を訪れた際にもチラホラ見かけていたので、よくファンタジー系物語にある異種族の差別やイザコザはこの王国にはないのかもしれない。



例の白いベンチへと腰をかけ、空を仰ぐ。

庭園はライトアップされている為明るいが、空は澄んでいて星空がよく見える。

満天の星空、数え切れない程の星々がきらきらと輝いていて、とても綺麗。

……星なんて久しぶりに見たなぁ。
最後にちゃんと見たのは何時だったけか。




星空を堪能した後、暫くあの青年が来ないかと淡い期待をして時間を潰していたが、特に現れることもなかったので、部屋へ帰ろうとベンチを立ち上がったその時、


「……あ」
  
「こんばんわ。
また前の世界ニホンの話の続き、聞かせてくれないかな」

目の前には、白金に近いブロンドの髪に淡いライトブルーの瞳を持つ大変美しい青年が立っていた。



「──前の世界は魚を生で食べるんだな。この世界では誰もやっているのを見たことがない。
しかし、食べてみたい。
スシとやらは、ニホン以外の国でも人気だったんだろう?」


今彼は寿司の話に興味津々だ。
この世界では、やはり日本のように生で魚を刺身・寿司の様に食すことはないようだ。

日本食の話でテンション上がっている青年は少し可愛い。




ふと庭園広場の時計をみると、青年と出会ってから1時間近く経過していた。

……彼と話していると、気が合うというか、話の波長が合うというか一緒にいてとても居心地がいいので時間があっという間に過ぎる。

どんなに下らない内容でもしっかりと聞いてくれて興味を持ち、聞くだけではなく話を広げたり質問をしてくれたりするので永遠と会話が途切れない。

本当に会話のもっていき方や言葉のキャッチボールが上手い人だと思う。


「へぇ、スミレはニホンでナースだったのか。召喚された巫女様が、王女様を助けようと色々してるって噂も聞いたけどナースだったのが関係が?」


あれこれ話しているうちに、自然と前の世界での看護師としての話と現在の状況を彼に話していた。


「私は王女様を救うべく巫女として召喚されたのに魔法が使えなかったんです。
でも今の王女様の状況は、私の前の世界の知識を使えれば改善出来るかもしれないと思ってダヴィッドさんやマーシュさん、他にも沢山の人達の協力があって色々させて頂いてます。

……前の世界では看護師ナースである事にとても疲れていて、異世界転移という不本意な形ではありますが仕事から離れられる機会があったのに、結局ナースとして王女様の力になれればと思ってできる限りの事はしていて……。

王女様を救いたくない訳ではないんです。
寧ろ早く良くなって欲しいです。

ただ、疲れていたのに自ら進んでナースとして働くなんて変ですよね」


あ。またやってしまった、ネガティブ発言。
こういうのは、仲が良い友達でも困る時があるのに、この人には何故こう話してしまうのだろう。

「……スミレは人が好きなんだな」

こちらを見つめ、優しく微笑む青年に顔が火照っていくのが分かる。

「俺は色々話をしていると、その人の人柄がなんとなく分かってくる気がするんだが、

話を聞いていてナースはとても過酷で辛そうな仕事だけど、人が好きで支えたいからこそ、スミレは前の世界でもこの世界でも人を助けようと頑張っているんじゃないか?」


優しい声色と言葉。
ただでさえ顔が火照っていて前を向けないでいるのに今度は涙腺が緩んでいく。

「……あと、スミレは人が好きなだけじゃなくて、 

誰よりも人に対して”誠実”なんだと思う。

人が好きで優しいだけでは、ここまで人と向き合えない。

誠実さがあるからこそ、疲れていても自分が出来ることを全力でしようとした。

その結果が力の使い方も分からず得体の知れない巫女としてではなく、いままでの知識や経験を元に確実性の高いナースとして王女様を助けようとしたことに繋がってる……のかな。

変どころか立派だよ」



……この人はどうしてこう、心の奥を見透かしてしまうのだろう。

ずっと誰かに言って欲しかった言葉をくれる。

悪い方で真面目すぎると言われ、誠実さを否定された前の世界。

彼の優しさと言葉に視界が滲み、涙がポロポロと出てきてしまった。

「……スミレ?」



泣きたくないのに涙が止まらない。

しかし、いきなり泣き出してしまうとは我ながら情緒不安定すぎる。


急いで涙を拭こうとするが、

「大丈夫。隠さなくていい」
と青年は私の涙に戸惑うこともなく、指で涙をすくってくれた。





「……すみません。もう大丈夫です」

声を出して泣いたりはしなかったが、青年の優しさに涙が止まらず落ち着くまで少し時間が掛かってしまった。

その間、青年はただ静かに私の頭を優しく撫でてくれていた。

青年がなだめてくれている間、泣き出した勢いで前の世界での辛かったこと、異世界へ転移して前の世界への心残りが患者さんだけであったこと、不安な中 王女様を助けなければいけないという責任の重さなどを一気に吐き出してしまった。

「 ……大変だったな 。1人で背負いすぎだ」

青年は優しい表情で言う。

「……すみませんでした。困りますよね。ほぼ初対面の人間なのにいきなり泣き出して、訳の分からない愚痴をこぼして」

出会ってたった2回目で大泣きした上にここまで愚痴を吐き出してしまい、彼には本当に申し訳ない。

しかし青年は、

「……なんで謝るんだ?
悪いことなんて何もしていないのに。

それに、俺こそ会ったばかりなのにスミレの性格を勝手に決めつけるような発言をしている。すまなかった」

と優しく微笑み、
再び優しく私の頭を撫でるのであった。



その後、私たちは自然と自分たちの生まれ育ちの話をしていた。



私の身の上話はどうでもいいので割愛するが、

青年は現在、王宮の騎士団に所属していてこちらの庭園には毎晩息抜きに来ていること、青年には弟がいてとても優秀な魔法使いであること、年齢は私と同い年で今年で26歳になることなど……。

他には、青年は『レイ』という名前であることを知ることが出来た。


「レイは同い年だったんですね。
もう少しお若いかと思いました」

「スミレこそ、かなり若く見えた」



若く見られるのは26歳のアラサーは嬉しいことだ。まあ前の世界では日本人はとても若く見られると聞くのでそういうことであろうけど。

レイの場合は容姿が幼いというよりは、その美しい顔面と髪や肌ツヤの良さなどから若く見えていた。



そして、レイからは話す時に敬語を使わないでほしいと言われた。

彼はとても私と気さくに話をしてくれてはいるが、所作や仕草から溢れ出る上品さは貴族王族のような気がして、言われたあとも高頻度で敬語を使ってしまい変な話し方になっている。

敬語を使う度、やめてほしいと笑顔で(というか脅迫じみた勢いのスマイルで)念押しされるので使わないように努力してみよう。





「そろそろ、部屋まで送る」

「あ、ありがとうございま…」

不意に出る敬語に笑顔で威圧してくるレイ。
眩しいぐらいの美しさだが、この笑顔は少し怖い。

「……ありがとう。
でも本当にすぐそこだからいいのに」

「いいんだ。というか、俺が送りたいんだ。部屋まで。

……ギリギリまでスミレと話したいんだ。」



そう言って、少し俯きながら微笑む彼の顔は、少し赤いようにも見えた気がするが……。

夜で暗くてよく見えなかったし、私の勘違いだろう。



こうして、彼に部屋まで送り届けてもらい、3日目の夜が終わった。
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