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第二章
32.彼の視点② 後編(2)
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『──穿き凍て果てろ、氷の矛』
胸の前に翳した右の掌から氷の矛が複数生成され、前方の敵を貫いていく。
手から射出される氷の矛の速度は凄まじく、自分で出現させておきながらもその矛は肉眼で辛うじて捉えることが出来るぐらいに速い。
「「───ギュアアアァァァァァア!!!!」」
脚が6脚もある蜥蜴の様な見た目をした大きな魔物、通称“沼蜥蜴“は鋭い氷の矛に貫かれ、貫かれた箇所から凍てつき絶命していく。
『氷の矛』
次々と木の影から飛び出してくる魔物達に容赦なく氷の矛を撃ち込む。
「──これで全部か?」
「そうだね。周囲の魔物の反応は全て消滅した」
自分と団員の周囲には円を描くように魔物の死骸が積み重なっている。
「にしても兄さん、僕の出る幕全く無かったよ。気合い入りすぎじゃない?何かあった?」
サラっと青みがかった黒髪をかきあげ、何かを察する天才魔道士の弟。
いつもならこういう時はユキが着いてくるのだが、ユキは長期の遠征により王宮内で行う雑務が溜まってしまっている(手伝うと言ったが丁寧に断られた)とのことで急遽ノアが代わりとして来ることになった。
団員20名程度に加えて第1騎士団の団長である自分と第3騎士団の団長のノアが派遣されるなんて過剰戦力だと思ったが、今回は広範囲に渡っての巡回と討伐だったので遠征時にも発揮されたノアの魔力探知能力が必要とされた事もあったと後に聞いた。
「と、特段いつもと変わりはないと思うが」
「……ふーん。まあいいや。じゃあ死骸、焼いちゃうよ」
ノアは左手を前に差し出し詠唱を始める。
『──激しく燃え盛る炎よ、我の目の前へと立ちはばかる厄災を焼き払え──地獄の業火』
魔物の死骸は激しい炎に焼き尽くされていき、炎の激しさに周囲の気温は上がり、なんとも言えない不快な焦げ臭さが漂う。
激しい炎は死骸だけでなく周囲の木々に燃え移ってしまいそうであるが、ノアがコントロールしているのかギリギリの所で周辺には燃え移ることはない。
「死骸を焼くのに地獄の業火を使うだなんて流石だな」
「ちまちま焼いていくのって大変なんだもん……。兄さんの氷面世界で凍らせてから叩き割るのでも良いけどさ、アレは逆に僕らが危ないしね」
地獄の業火は炎属性の魔法の中でも高位な魔法でとてつもない魔力を消費する。
使える術者も国内で限られているが、使う場面があるとすれば強い魔物に対峙した時や多くの魔物を一度に葬り去りたい時など切り札として使うだろう。氷面世界だって強力すぎるし周囲を巻き込みかねないので使う場面を選ぶ。それなのに、魔物の死骸処理だけで地獄の業火を周囲に被害が及ばないように範囲をきっちりと指定しつつ詠唱して炎を巻き起こすなんて高位な事を軽々とやってのけ、消費魔力も凄まじい物だろうに何事もなかったのかのようにピンピンしているノアは異質であり、天才という言葉以外彼を表すのに適切な表現はないと思う。
討伐が終わり魔物を全て焼き切った頃には、明るかった空は茜色に染まり始め、日が落ちようとしていた。
「……それにしてもこの周囲の森では、沼蜥蜴なんて出たことは無かったと思うが。国境付近の魔物の増殖といい最近様子がおかしいな」
「そうだね。魔物を探知した時もこの周囲で多くの反応は無かったはず。詳しく調べる必要があると思う」
今まで王都付近の森では弱い魔物しか出なかった。沼蜥蜴は高位の魔物。先程は氷の矛で飛びかかって来ると同時に対処した為、大した怪我人も出ずに済んだが沼蜥蜴は毒の粘液を周囲に吐き散らす攻撃を主に行う。その粘液を浴びると身体は酸を浴びたように爛れて溶けてしまう為、距離を取り魔法攻撃で仕留めるのが一般的である。その為、魔術師がいないパーティや魔力の低い一般兵少人数で討伐するとなると簡単に命を奪われかねない強敵である。
この森は王都から1番近い為、魔物が森を抜けて郊外へ現れた場合には甚大な被害をもたらす事になるだろう。
そのような事態を引き起こす前に騎士団で巡回し討伐をしなければならないが……。
「この状況では今の体制だと重傷者が出てしまうかもしれない。人員配置を増やして巡回にあたった方がいいな。それに全騎士団で協力して体勢を整えた方がいい」
「うん、僕もそう思う。巡回はそれぞれの騎士団から数名ずつを組み込んだチームをつくるべきだね。万能な第1騎士団、主戦力の第2騎士団、魔法攻撃援助メインの第3騎士団……って言う感じに連携してね。明後日の会議で提案してみようか」
「そうだな。明後日は国王様も参加される会議だし、提案してみよう。国王様なら承諾して下さるだろう」
***
「──にしてもさ、兄さん」
「どうした?」
「今日、スミレさん……って人とルーにいが2人で食事に行くって言ってたけど、彼女はどんな人なの?」
馬を歩かせ列となり、王都へ向かう帰り道。森を抜けて暫く歩き、あと10分もすれば王都郊外へ到着しそうな頃。
列の最前列にてノアと雑談をしていたが、突然された思わぬ質問に自分の唾液で噎せこんでしまう。
「……だっ、大丈夫?? そんな動揺するなんて」
「どっ、動揺などしてはいない」
「……ふーん。ルーにいが女性と2人で食事っていうのは珍しくないけどさ、僕にわざわざ言うぐらいの関係ってことはスミレさんって人はルーにいの恋人なのかな?」
「そっ、そんなことは──」
──脳裏に過ぎるニヤりと微笑む白銀の狼の顔にハッとする。
きっとハッタリ……だと思う。
ルーが俺の気持ちを知っていながら、今のタイミングで“2人きりで出かけるなんて“するわけが無い。
しかし。2人で食事をして彼女が俺に抱いてる気持ちを聞き出そうとしていたら?
奴は世話焼きの兄貴分。
俺を心配する気持ちは嬉しいが、やりかねない。
「ノア。ルーは何処で何時頃に待ち合わせるとか言っていたか?」
「……確か夕方にスミレさんの仕事が終わるから職場に迎えに行ってその場で誘うとか言ってた……かな?」
「すまん、先に王宮へ行く。報告書は明日提出するからノアと兵士達は先に解散していていい」
「……えっ?兄さん??」
もし目的がスミレの今の気持ちを確かめる事だとしても、それは人づてではなく自分の耳で彼女の言葉で聞きたい。
例えこの想いが届かなかった場合でも──だ。
困惑するノアを置いて、馬を走らせ王都へと向かった。
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