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第四章

一言で言うと、魔法の天才

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 リサ王女を救うには、「呪いを解く」か、あるいは「呪いが発動しても問題ない」状態を作ればいい。

 いちばん手っ取り早いのは、魔女を倒すことだ。しかし、広い世界のどこかにいる魔女を探す必要がある上、見つけたとしても、楽に倒せる相手ではない。1日しかない状況を考えると、現実的とは言えない。

 もう一つの方法――呪いが発動しても問題ない状態を作るのは、比較的簡単だ。死後即時蘇生リレイズの魔法を、あらかじめリサ王女にかけておけばいい。

 死後即時蘇生リレイズというのは非常に高度な魔法で――戦闘中に、戦闘不能に陥った仲間を、直後に復活させる効果がある(レアアイテムである、「命の指輪」でも同じ効果があるとされている)。

 つまり、リサ王女が「死の宣告」デス・センテンスで倒れた直後に、死後即時蘇生リレイズで復活すればいいわけだ。

 ただし、ひとつ問題があって、この呪文を唱えられる魔導士は、めったにいない。宮廷魔導士には優秀な魔導士が多く揃っているが……その中の誰一人として、詠唱できるものはいないという。

 「わしはどちらかというと、攻撃魔法が得意じゃからの……」

 ローガンさんは、申し訳なさそうに頭に手をやった。

 「そこで、この回復魔法を唱えられる者を、アーシャの飛竜に飛び乗って大至急、迎えに行こうというわけじゃ。」

 「その賢者って、いったい――」

 僕が問いかけると、ローガンさんはふっと、懐かしいような、それでいて苦笑いするような、不思議な表情を浮かべた。

 「あやつに会うのは久しぶりじゃが……、歓迎されるかどうか。」

 「?」

 「昔の戦友じゃ。魔法の天才じゃよ、一言でいうとな。」

 「ローガン様! 目指す山はあれでしょうか!」

 飛竜の手綱を握っていたアーシャさんが、前方の険しい山を指さした。切り立った崖で囲まれており、秘境という印象を受ける。

 「おおーそうじゃ! エルフと、ドワーフの住む渓谷!」

 ローガンさんが大きな声で答えた後、小さく呟いた。

 「……そこに隠れる、天才賢者。はてさて、人間嫌いは、どこまでなおっているかのう。」


◇◇◇


 崖のふもとの広場につくと、飛竜はアーシャさんの言いつけに従い、おとなしく飛び去った。

 「ローガン様、この笛を強く吹き鳴らせば、また呼びだせます。」

 「うむ、ありがとう。大きなドラゴンに乗ったままだと、迷惑がられるかもしれんからの。」

 ローガンさんは、崖をジグザグに上るように設置されている、細い桟道を眺めていった。

 「ここからは、歩きじゃ。……では、急いで行くとするか。」

 エルフとドワーフの住む渓谷は、“人里離れた山奥”と形容するのがぴったりの場所だった。

 崖に何本も鉄杭が打ち込まれており、それをつなぎあわせるように、ロープと木の板の足場が組んである。

 歩くたびにギシギシ音を立てるようなしろもので、人一人、通るのがやっとだ。それも、ロープをつかみながらおそるおそる上る必要がある。

 ……のだが、アーシャさんは軽いステップで、ぐんぐん上っていく。この女性に恐怖心はないのだろうか。おそらく、いつも飛竜に乗っているから高所耐性があるのだろう。

 ローガンさんも、老人とは思えない身のこなしで、アーシャさんについて行く。二人とも、速い。

 「はあ、はあ……。あの、ローガンさん! 僕はなぜ……この旅に同行することになったのでしょうか!」

 「いい質問じゃ、ソウスケ! そなたは、要注意人物じゃからの!」

 ローガンさんは、からからと高笑いしながら言った。

 「おぬしは、魔女に注目されておる! つまりは、魔女を呼び寄せる危険がある! わしが監視することにしたのじゃよ、おぬしとわしは、どこに行くにも一緒じゃ!」

 冗談めかしているが、本当のことなのだろう。

 僕の不思議な能力は、なぜか魔女に興味を持たれている。僕が姫のそばにいると、危険に巻き込むのだ。

 そこで僕は、はっと気が付いた。

 ――やっと王宮警護兵になれたのに、これじゃあ僕は、王国の外にいたほうがいいんじゃないか――。

 僕は、とんでもない「やっかいもの」になってしまったのか?

 「コラ遅いぞ、低ステータスの下級兵! さっさと歩け!」

 アーシャさんが上から怒鳴る。

 ピンクの髪がさらさら揺れる。彼女は、きれいな顔をしているが、言葉づかいはだいぶキツイ。

 「一刻も早く、リサ様をお救いするのだ、足手まといになるな!」

 「は、はい……今行きます!」

 「口よりも足を動かせ!」

 僕は、ぜぇはあ言いながら、なんとか桟道を上っていった。

 「着いたぞ!」
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