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27話
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「ほら、ガーベラ、丘まで競争」
アズサが唐突にズシリとした重厚感のある声で言った。
先程のカレーの件は要するにサクラコの責任だったのだが、未だにカモミールと顔を合わせたがらない様子で、明らかにあまり機嫌が良くない。どうやら、カモミールの料理を楽しみにしていたのもまた事実で、それゆえにその反動も大きいようであった。
しばしば、アイバナビルのトレーニングルームで黙々と筋トレをしている時の表情と似ていた。
何か、遠くのものに途方もない憤りを感じ、敵意を燃やしているような顔。
諸々を察したのか、アベリアが乗った。
「よし、じゃあ、お姉さんがちょっと本気出しちゃおっかなー」
無論、アズサの機嫌を取り戻す片棒をかつぐ意味合いもあったのだろうが、元陸上部のアベリアは走ることそのものに対しても満更でもない顔だ。
「えええ? アベリア、ヒールじゃん。無理でしょ」
ガーベラが突っ込みを入れた。
「あ、そっか。忘れてた。あはは。あー、ちょっとリナリアー、ごめん、靴交換しない?」
「良いよ。じゃあ私は歩いて行くね」
運動靴を履いていたリナリアは全く拒否反応を示すこともなく、むしろテキパキと自分の靴を脱いでアベリアの真紅のヒールと瞬く間に交換を成立させた。
小柄な二人であったため、靴のサイズ的にもちょうど同じぐらいで、両者足に問題なくフィットした。
「じゃあ、行っくよー」
アベリアはとアズサは、早々とこなれたクラウチングスタートの姿勢を取った。
ガーベラは特に何も態勢を取ることもなくそのままの姿勢で「ふっふっふー。もしかして私に勝てると思ってるのかなー、チミ達。私はねー、学生時代これでも頭脳明晰運動神経抜群の傾国系美女と評判だったんだから」などと自慢げに言った。
「まぁ、嘘なんだけどね」
すかさずリナリアが言う。
「こら、そこ、余計な事言わないの!」
ガーベラは「本当のことなのにぃ」と拗ねていた。
リナリアはガーベラへの突っ込みが相変わらず達者で、特にその会話の一端からは何も違和感がないように感じられた者がほとんどだったろうが、しかし心無しか声のトーンが僅かに沈んでいるようだったのをサクラコは見逃さなかった。
「ハス、ピストルの準備を」
アズサがキリリとした眼差しでハスを見つめる。
ハスはいきなり自分に声がかかってかなり狼狽した。あるいは、アズサの素敵な眼差しに男心が揺り動かされドギマギしてしまったのかもしれない。
「そ、そんな目で見つめられても、当然私はピストルなど所持していない訳だが……。えー、まぁ承知した。掛け声でも大丈夫だろうか?」
アズサは頷いた。
「構わない、よし、行くぞ」
そうして、やるからにはしっかりやる、とばかりの大きなハスの「位置について、用意、ドン!」という掛け声とともに、彼女らは山道を勢いよく駆け上がり始めた。
「ふぅ。じゃあ、僕らも行くとしようか」
意外にもガーベラを含めてほぼ横一列で険しい山道を駆け上がり始めた彼女らの姿が小さくなると、
カモミールがそう述べた。
「はぁ、アズサは端正な顔をしていながら、相変わらずなかなか迫力がある。まるであれは獲物を狙う虎の如しだ。思わず肝を冷やしたよ」
ハスはそう言及しているが、サクラコとしては、やっぱりあのフェイスで見つめられたら、既に婚約者のいるハスでさえ、男心を燻られるのかしら、と邪推せざるを得なかった。
「はん。本当に、まったく……」
一方ギボウシは、あるいはそこでアズサへ悪態でもついてやろうかという調子の台詞を述べようとしたのかもしれなかったが、どうやら心の内に留めたようだった。サクラコはそんなギボウシの様子を見て、変わらず笑んでいた。
さて、と、サクラコも既に前を歩き始めたカモミールらの背を追おうとしたが、ふと、後方にいたリナリアに袖を掴まれた。
「サクラコ、ちょっとだけ良い?」
今までリナリアに呼び止められる経験などまずなかったサクラコは、ちょっとびっくりしつつも「ええ、何かしら?」と優しく返答した。
「うん、ちょっとだけ話さない? ガベちゃんがいない今だけ」
サクラコはそれを聞くと何かを察したかのように無言で首を縦に振った。
そして、カモミールらに「ちょっと、私とリナリアは遅れて向かうわ」と大きな声で言うと、カモミールがこちらを向いた。
すると、事情を察したのかカモミールは、とてもニッコリとした表情で「暗いから気をつけるんだよ」とそれだけを述べた。そしてハスとギボウシに何かを伝えると、彼らは特に何も言わず歩みを進めた。
サクラコはそんなカモミールらの背中を見送りつつ、「ありがとう」と心中で思った。
アズサが唐突にズシリとした重厚感のある声で言った。
先程のカレーの件は要するにサクラコの責任だったのだが、未だにカモミールと顔を合わせたがらない様子で、明らかにあまり機嫌が良くない。どうやら、カモミールの料理を楽しみにしていたのもまた事実で、それゆえにその反動も大きいようであった。
しばしば、アイバナビルのトレーニングルームで黙々と筋トレをしている時の表情と似ていた。
何か、遠くのものに途方もない憤りを感じ、敵意を燃やしているような顔。
諸々を察したのか、アベリアが乗った。
「よし、じゃあ、お姉さんがちょっと本気出しちゃおっかなー」
無論、アズサの機嫌を取り戻す片棒をかつぐ意味合いもあったのだろうが、元陸上部のアベリアは走ることそのものに対しても満更でもない顔だ。
「えええ? アベリア、ヒールじゃん。無理でしょ」
ガーベラが突っ込みを入れた。
「あ、そっか。忘れてた。あはは。あー、ちょっとリナリアー、ごめん、靴交換しない?」
「良いよ。じゃあ私は歩いて行くね」
運動靴を履いていたリナリアは全く拒否反応を示すこともなく、むしろテキパキと自分の靴を脱いでアベリアの真紅のヒールと瞬く間に交換を成立させた。
小柄な二人であったため、靴のサイズ的にもちょうど同じぐらいで、両者足に問題なくフィットした。
「じゃあ、行っくよー」
アベリアはとアズサは、早々とこなれたクラウチングスタートの姿勢を取った。
ガーベラは特に何も態勢を取ることもなくそのままの姿勢で「ふっふっふー。もしかして私に勝てると思ってるのかなー、チミ達。私はねー、学生時代これでも頭脳明晰運動神経抜群の傾国系美女と評判だったんだから」などと自慢げに言った。
「まぁ、嘘なんだけどね」
すかさずリナリアが言う。
「こら、そこ、余計な事言わないの!」
ガーベラは「本当のことなのにぃ」と拗ねていた。
リナリアはガーベラへの突っ込みが相変わらず達者で、特にその会話の一端からは何も違和感がないように感じられた者がほとんどだったろうが、しかし心無しか声のトーンが僅かに沈んでいるようだったのをサクラコは見逃さなかった。
「ハス、ピストルの準備を」
アズサがキリリとした眼差しでハスを見つめる。
ハスはいきなり自分に声がかかってかなり狼狽した。あるいは、アズサの素敵な眼差しに男心が揺り動かされドギマギしてしまったのかもしれない。
「そ、そんな目で見つめられても、当然私はピストルなど所持していない訳だが……。えー、まぁ承知した。掛け声でも大丈夫だろうか?」
アズサは頷いた。
「構わない、よし、行くぞ」
そうして、やるからにはしっかりやる、とばかりの大きなハスの「位置について、用意、ドン!」という掛け声とともに、彼女らは山道を勢いよく駆け上がり始めた。
「ふぅ。じゃあ、僕らも行くとしようか」
意外にもガーベラを含めてほぼ横一列で険しい山道を駆け上がり始めた彼女らの姿が小さくなると、
カモミールがそう述べた。
「はぁ、アズサは端正な顔をしていながら、相変わらずなかなか迫力がある。まるであれは獲物を狙う虎の如しだ。思わず肝を冷やしたよ」
ハスはそう言及しているが、サクラコとしては、やっぱりあのフェイスで見つめられたら、既に婚約者のいるハスでさえ、男心を燻られるのかしら、と邪推せざるを得なかった。
「はん。本当に、まったく……」
一方ギボウシは、あるいはそこでアズサへ悪態でもついてやろうかという調子の台詞を述べようとしたのかもしれなかったが、どうやら心の内に留めたようだった。サクラコはそんなギボウシの様子を見て、変わらず笑んでいた。
さて、と、サクラコも既に前を歩き始めたカモミールらの背を追おうとしたが、ふと、後方にいたリナリアに袖を掴まれた。
「サクラコ、ちょっとだけ良い?」
今までリナリアに呼び止められる経験などまずなかったサクラコは、ちょっとびっくりしつつも「ええ、何かしら?」と優しく返答した。
「うん、ちょっとだけ話さない? ガベちゃんがいない今だけ」
サクラコはそれを聞くと何かを察したかのように無言で首を縦に振った。
そして、カモミールらに「ちょっと、私とリナリアは遅れて向かうわ」と大きな声で言うと、カモミールがこちらを向いた。
すると、事情を察したのかカモミールは、とてもニッコリとした表情で「暗いから気をつけるんだよ」とそれだけを述べた。そしてハスとギボウシに何かを伝えると、彼らは特に何も言わず歩みを進めた。
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