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友の剣に捧ぐ
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黒煙が常夜に煌く星々へ手を伸ばさんとするかの如く、猛々しく盛り尽くしている。
しがないピュールの村の隅々が火の粉を散らし、まるで竜が舞っているようだ。
このような長閑であること以外に取り柄の無い農村区にまで、遂にゼスティファール軍は手を伸ばした。
狂気に染まる人々。
他者を助けようと自分を犠牲にする者もいれば、或いは我先にと他者を見捨てでも逃げ延びようとする者も居たのだろう。泣き叫ぶ者もいれば、近場にあった釜を取り、立ち向かうものも居たのだろう。
だが彼らは皆等しく虚無に還る。
老若男女皆等しく、逞しく悪しく鍛え上げられたゼスティファールの軍人達によって塵となる。
救いなどない。
標的にされたその時点から、命運は「死」という一点に定まっている。
ニールはこの日、ピュールが堕ちる際も、至極当然の敗北を喫した。
そして、自分の指が潰れるほどに拳を握りしめながら、幾多の者を弔った。
ある日も敗北。そのまたある日も敗北。そのまたまたある日も敗北。
敗北を繰り返す中で、彼は何度、血製の涙を晒したことだろう。
だが彼は弱かった。
彼には、生まれついてより奇跡があった。
それは、ゼスティファールの軍に幾度斬られても蘇ることができるという不死鳥アルロフィアの加護だった。
ゆえに、彼は戦場では死ななかった。
ただ、それは「死に続けない」というわけではなかった。
その戦場で戦い続けられるという訳ではなかった。
一度死ねば、回復までは相応の時間がかかるのだった。
ゆえに彼は、このピュール陥落の日。雑兵程度に嘲笑され弄ばれ、それでも懸命に死闘をしてなお、あっさりと横腹から斬り落とされた際、当然のことながら絶命した。
そして日が経ち、目覚めるともう、そこに転がっているのはただピュール村の人々の亡骸だけだった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
言葉にならない怒りや哀しみを咆哮に変え、喉が千切れてしまおうとも構わないというぐらいに彼は天に向かって叫んだ。
ただそれは何も生み出さず、現実はかくあるままであった。
ニールは農村の生まれだった。
だが、出生地もゼスティファールによって灰にされ、幼い頃より軍を強く志願した。
されど、彼には軍人としての才覚が露ほども無かった。
剣も満足に扱えなければ、弓を一矢も的に当てることが叶わない。馬には跨る度に落馬する。
無論彼は必死だった。失くした家族のため。友ため。
苦しさを顧みず、身体を徹底的に痛めつけ、扱き上げ、全身を筋肉の鎧で覆った。
しかし、肉がつけばつくほど、更に剣の扱いは雑になり、鈍くなった。
挙句には、女性の兵士にさえ、いとも簡単に剣を地面に叩き落とされて笑われる始末だった。
だが、ゆとりのない都市軍は彼を仕方なしに戦場へ連れて行った。
その初陣で初めて彼は自分が蘇ることを、体内に眠る不死鳥アルロフィアより聞き受けた。
しかしながら、その日も当然即座に切り落とされ絶命した。
ただ生き返った彼を人々は、奇跡と呼んだ。
はじめの内は不死鳥の英雄として、持て囃され戦場に何度も繰り出した。
だが勿論、その後も、彼は一度も勝つことなく、仲間を失っていくのみだった。
そして、次第にニールは人々から呆れられ始めた。
「蘇ったところで、敵兵を一人も打ち取れず、すぐに死ぬのなら何の意味もない」
彼はどこかしこでも酷い苛めを受けた。
毎日のように彼は苦悩し、涙を流した。
多くの人々を救いたい。それだけのことが、これほどの加護を授かっておきながらなぜできない。
戦場で蘇ることのできるのは自分だけなんだ。
それはある意味では奇跡にして唯一ゼスティファールに一矢報いれる力であるはずなんだ。
戦場で真っ先に命を顧みず斬り込み隊長となれるのは自分だけなのに。
どうして。どうして。
歯痒さが脳髄の先まで駆け巡り続ける日々だった。
ピュール村での敗北から暫くした後。
ある時、ニールはまたある軍を追い出されて別の都市軍に配属された。
そこでも当然のことながら、「蘇るのに糞の役にも立たない農村兵士」と苛めを受けたニールであったが、一人、見立ての良い気の良い男が居た。
名をハルトと言った。
「なぁ、ニール、酒でも飲むか」
彼は口が達者で、最初のうちはニールをしばしば揶揄っているだけだったが、しかし堅物のニールとは単純に相性が良かった。
ニールは相変わらず苛められ続けていたものの、ハルトだけは、余暇を一緒にしたり、剣の稽古に付き合ってくれたりした。無論、それでニールの腕があがるわけはなかったが、ニールにとって、これほど気が安らぐ時は無かった。
仲良くなる中で、ニールは気になっていたことを尋ねた。
ハルトは剣の腕が非常に立ち、また同じ剣を使い続けるという拘りを持っていたのだ。
だが、彼の剣はとても古びていて、剣先もしっかりしておらず、妙なカーブまでしていた。
とても良さそうではなかったため、ニールは質問した。
「ああ。この剣は鍛冶職人の親父お手製のやつさ。ウチの親父は腕が無くてな、軍には全くの不評なんだ。それでも毎日作り続けてやがった。そんな親父もこの前病気でポックリ逝っちまったけどな。俺は自分にも才能がないことが薄々わかってたから鍛冶職人は継がなかったが、なんとなく心残りでこいつを使い続けてるんだ」
ニールはそれを聞くと、やはりハルトは根は良い奴なのだと思った。
そんな彼らの友情を育む季節もあっという間に過ぎ行き、再びゼスティファールの軍が攻め入ると報が入った。
ニールとハルトは戦場に出陣した。
ハルトは非常に腕の立つ騎兵であった。
ニールはろくに馬に跨ることが叶わなかったのだが、この日、「そんなにニールが好きなら御守りでもしてろ」と隊長から小馬鹿にされたハルトがニールを馬に同乗させた。
ニールは、これまで全く上手くいくことのなかった乗馬が、ハルトの背に捕まるだけで初めて出来た。
乗馬した状態の高い視線から眺める景色は圧巻で、その馬の疾走たるや、途方もない解放感を生んだ。
開戦後もハルトは十二分の強さを見せた。
部隊の先頭に立ち、バサリ、バサリと華麗に敵兵を打ち取っていく姿は、まさしくニールが憧れ切望していた切り込み隊長のそれだった。
勝てる。
その場にいた兵士の誰もが、予想外のハルトの剛腕を前に士気を高め、敵を打ち取っていった。
だが、間もなく、本軍と思しき、黒い鎧を纏ったゼスティファール軍がやってきた。
この黒い鎧の者達を打ち取った兵は未だかつて皆無で、その黒い鎧の中身は人間ではないとさえ噂されていた。
ハルトの馬は、いの一番に黒鎧達の前に出た。
「悪いな、ニール」
そして、ニールは馬から振り落とされた。
「おい、ハルト!」
落馬には慣れていたニールはすぐに地面から立ち上がり叫んだ。
無論、ニールを後ろに乗せていては、馬が本気のスピードを出すことができないからであろうことはニールもわかっていた。
だが、彼から離れると、途端額に汗の滲む感覚がした。
「かかってこいよ、黒鎧ども」
ハルトの挑発を合図に複数の黒鎧とハルトの死闘が始まった。
幾重の剣をかわし、敵の隙をついてすかさず剣を叩き込むその姿は美しく、まさに蝶のように舞い蜂のように刺すという言葉通りだった。
だが、更にやってきた敵の援軍がハルトに斬りかかってきた。
「あぶない!」
ニールは言うが早いか全速力で走った。
だが、間に合わず、ハルトの馬はきつい一撃を浴び、ついにハルトは落馬した。
その間もなんと、黒鎧に恐れおののいている味方の兵士はハルトへ誰も加勢に入ろうとはしない。
あるいは、ニールと仲良くしていたことでハルトはまた、知らぬ内に兵士達から差別を受けているのかもしれなかった。
自分がいくしかないのだ。
ニールはもとよりそのつもりだった。
あらん限りの力をこめて、まずは黒鎧でない援軍の雑兵に体当たりして押し倒し、即座、身体を捻らせ、ハルトに駆け寄ろうとする。
だが既に黒鎧達が、ハルト自身に一太刀を浴びせようとしている。
「うおおおおおおおおおおお」
ニールは全身全霊を込めて、黒鎧達に突進した。どうせロクに剣も弓も使えぬ自分にとってできることはこの身をぶつけることぐらいだとニールは知っていた。
ニールが数名に体当たりし、何とかその一太刀を防ぐことができた。
黒鎧達とともに地面に倒れたニールは少し安堵した。だが、黒鎧のうち、一人だけよろけ具合の薄いものが居た。
その黒鎧はすぐに立ち上がり、ニールの眼前に立った。
不味い、殺される。ニールはそう直感した。
だが、ニールは斬られることなど何度も経験していたし、自分が犠牲になるならば安いものだと思った。また黒鎧が自分に隙の大きい一太刀を浴びせる間に、ハルトが持ち直して、彼らを屠ってくれればよかった。
とても単純な話だった。
黒鎧が剣を上段に構え、予定通りニールへと、その一太刀を放った。
また肉が割かれる痛みを浴びるか。
そう予期して目をつむったニールに、しかし、その激痛はやってこなかった。
「え……?」
不思議に思って目を開けると、なんとそこにはハルトの背中があった。
ハルトはすぐさまこちらに崩れ落ちてきた。
ニールがハルトを見ると、目を覆いたくなるぐらい、腹から夥しい量の血が噴き出していた。
「ああ、ああ、ハルト、ハルト、お、お、お前、いったい何をやっているんだ」
ニールは目の前の現実が信じられず、激しく狼狽した。
口から血を噴き出しながらも、ハルトは言った。
「わ……りぃ、なんか……お前が生き返るとは聞いちゃいたが……。いまいち……信じられない話で……。なんか、お前が……死ぬのが……嫌だった……」
それだけを述べるとハルトは目を閉じ、動かなくなった。
「あ、あ、あ……」
ニールは目に映るすべてが夢だと思いたかった。されど、現実はかくあった。
皮肉なことに死んでも構わない自分ではなく、ハルトがニールの身代わりになって切り伏せられた。
こんなことがあって良いはずがない。
なぜ、俺が死なぬ。
なぜ、ハルトが死なねばならぬ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
またも、ニールは言葉にならない怒りを咆哮に変換した。
そのあまりに大きい怒号は、周囲の兵士全員の注目を集めた。
即座、本能的に彼は、ハルトが握っていた、あまり見栄えの良くない剣を握った。
何も考えず、ただただ彼は、目の前の黒鎧にあらゆる憎しみや哀しみのありったけをぶつけたくて一太刀を放った。
すると、あろうことか、それは間違いなく、黒鎧に決定的な一撃を与えた。
黒鎧は呻き声をあげると、なんと、黒い炭のような煙を出しながら消失した。
人間ではないと噂されていたが、その絶命の瞬間は周囲の兵士に衝撃を与えた。
だがニールはそのようなことはどうでもよかった。
ただ、とにかく、止まらなかった。
頭に浮かんでいたのは、様々なハルトとの思い出だった。そして彼の流麗な剣技だった。
あるいはそれをハルトの剣が憶えているのかもしれなかったし、ニールが自然のうちに学んでいたのかもしれなかった。
いずれにせよ、今まで一度たりともロクに剣の扱えなかったニールは、友の剣を手に取ったことで、何者も寄せ付けぬ、百万の軍に相違ない剣技を携えていた。
残った黒鎧をものの数刻の間に、再び黒い煙に変えた。
恐れおののいた敵の残党は、全て退却した。
その日、黒鎧を伴った敵勢に対し、都市軍は初めての勝利を手に入れた。
かくして、ニールはその友の剣とともに、ゼスティファール軍を滅すると誓った。
だが、彼の心は一向に晴れることはなく、あれほどに欲した強さを手に入れたというに虚しさが心を埋め尽くすのだった。
しがないピュールの村の隅々が火の粉を散らし、まるで竜が舞っているようだ。
このような長閑であること以外に取り柄の無い農村区にまで、遂にゼスティファール軍は手を伸ばした。
狂気に染まる人々。
他者を助けようと自分を犠牲にする者もいれば、或いは我先にと他者を見捨てでも逃げ延びようとする者も居たのだろう。泣き叫ぶ者もいれば、近場にあった釜を取り、立ち向かうものも居たのだろう。
だが彼らは皆等しく虚無に還る。
老若男女皆等しく、逞しく悪しく鍛え上げられたゼスティファールの軍人達によって塵となる。
救いなどない。
標的にされたその時点から、命運は「死」という一点に定まっている。
ニールはこの日、ピュールが堕ちる際も、至極当然の敗北を喫した。
そして、自分の指が潰れるほどに拳を握りしめながら、幾多の者を弔った。
ある日も敗北。そのまたある日も敗北。そのまたまたある日も敗北。
敗北を繰り返す中で、彼は何度、血製の涙を晒したことだろう。
だが彼は弱かった。
彼には、生まれついてより奇跡があった。
それは、ゼスティファールの軍に幾度斬られても蘇ることができるという不死鳥アルロフィアの加護だった。
ゆえに、彼は戦場では死ななかった。
ただ、それは「死に続けない」というわけではなかった。
その戦場で戦い続けられるという訳ではなかった。
一度死ねば、回復までは相応の時間がかかるのだった。
ゆえに彼は、このピュール陥落の日。雑兵程度に嘲笑され弄ばれ、それでも懸命に死闘をしてなお、あっさりと横腹から斬り落とされた際、当然のことながら絶命した。
そして日が経ち、目覚めるともう、そこに転がっているのはただピュール村の人々の亡骸だけだった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
言葉にならない怒りや哀しみを咆哮に変え、喉が千切れてしまおうとも構わないというぐらいに彼は天に向かって叫んだ。
ただそれは何も生み出さず、現実はかくあるままであった。
ニールは農村の生まれだった。
だが、出生地もゼスティファールによって灰にされ、幼い頃より軍を強く志願した。
されど、彼には軍人としての才覚が露ほども無かった。
剣も満足に扱えなければ、弓を一矢も的に当てることが叶わない。馬には跨る度に落馬する。
無論彼は必死だった。失くした家族のため。友ため。
苦しさを顧みず、身体を徹底的に痛めつけ、扱き上げ、全身を筋肉の鎧で覆った。
しかし、肉がつけばつくほど、更に剣の扱いは雑になり、鈍くなった。
挙句には、女性の兵士にさえ、いとも簡単に剣を地面に叩き落とされて笑われる始末だった。
だが、ゆとりのない都市軍は彼を仕方なしに戦場へ連れて行った。
その初陣で初めて彼は自分が蘇ることを、体内に眠る不死鳥アルロフィアより聞き受けた。
しかしながら、その日も当然即座に切り落とされ絶命した。
ただ生き返った彼を人々は、奇跡と呼んだ。
はじめの内は不死鳥の英雄として、持て囃され戦場に何度も繰り出した。
だが勿論、その後も、彼は一度も勝つことなく、仲間を失っていくのみだった。
そして、次第にニールは人々から呆れられ始めた。
「蘇ったところで、敵兵を一人も打ち取れず、すぐに死ぬのなら何の意味もない」
彼はどこかしこでも酷い苛めを受けた。
毎日のように彼は苦悩し、涙を流した。
多くの人々を救いたい。それだけのことが、これほどの加護を授かっておきながらなぜできない。
戦場で蘇ることのできるのは自分だけなんだ。
それはある意味では奇跡にして唯一ゼスティファールに一矢報いれる力であるはずなんだ。
戦場で真っ先に命を顧みず斬り込み隊長となれるのは自分だけなのに。
どうして。どうして。
歯痒さが脳髄の先まで駆け巡り続ける日々だった。
ピュール村での敗北から暫くした後。
ある時、ニールはまたある軍を追い出されて別の都市軍に配属された。
そこでも当然のことながら、「蘇るのに糞の役にも立たない農村兵士」と苛めを受けたニールであったが、一人、見立ての良い気の良い男が居た。
名をハルトと言った。
「なぁ、ニール、酒でも飲むか」
彼は口が達者で、最初のうちはニールをしばしば揶揄っているだけだったが、しかし堅物のニールとは単純に相性が良かった。
ニールは相変わらず苛められ続けていたものの、ハルトだけは、余暇を一緒にしたり、剣の稽古に付き合ってくれたりした。無論、それでニールの腕があがるわけはなかったが、ニールにとって、これほど気が安らぐ時は無かった。
仲良くなる中で、ニールは気になっていたことを尋ねた。
ハルトは剣の腕が非常に立ち、また同じ剣を使い続けるという拘りを持っていたのだ。
だが、彼の剣はとても古びていて、剣先もしっかりしておらず、妙なカーブまでしていた。
とても良さそうではなかったため、ニールは質問した。
「ああ。この剣は鍛冶職人の親父お手製のやつさ。ウチの親父は腕が無くてな、軍には全くの不評なんだ。それでも毎日作り続けてやがった。そんな親父もこの前病気でポックリ逝っちまったけどな。俺は自分にも才能がないことが薄々わかってたから鍛冶職人は継がなかったが、なんとなく心残りでこいつを使い続けてるんだ」
ニールはそれを聞くと、やはりハルトは根は良い奴なのだと思った。
そんな彼らの友情を育む季節もあっという間に過ぎ行き、再びゼスティファールの軍が攻め入ると報が入った。
ニールとハルトは戦場に出陣した。
ハルトは非常に腕の立つ騎兵であった。
ニールはろくに馬に跨ることが叶わなかったのだが、この日、「そんなにニールが好きなら御守りでもしてろ」と隊長から小馬鹿にされたハルトがニールを馬に同乗させた。
ニールは、これまで全く上手くいくことのなかった乗馬が、ハルトの背に捕まるだけで初めて出来た。
乗馬した状態の高い視線から眺める景色は圧巻で、その馬の疾走たるや、途方もない解放感を生んだ。
開戦後もハルトは十二分の強さを見せた。
部隊の先頭に立ち、バサリ、バサリと華麗に敵兵を打ち取っていく姿は、まさしくニールが憧れ切望していた切り込み隊長のそれだった。
勝てる。
その場にいた兵士の誰もが、予想外のハルトの剛腕を前に士気を高め、敵を打ち取っていった。
だが、間もなく、本軍と思しき、黒い鎧を纏ったゼスティファール軍がやってきた。
この黒い鎧の者達を打ち取った兵は未だかつて皆無で、その黒い鎧の中身は人間ではないとさえ噂されていた。
ハルトの馬は、いの一番に黒鎧達の前に出た。
「悪いな、ニール」
そして、ニールは馬から振り落とされた。
「おい、ハルト!」
落馬には慣れていたニールはすぐに地面から立ち上がり叫んだ。
無論、ニールを後ろに乗せていては、馬が本気のスピードを出すことができないからであろうことはニールもわかっていた。
だが、彼から離れると、途端額に汗の滲む感覚がした。
「かかってこいよ、黒鎧ども」
ハルトの挑発を合図に複数の黒鎧とハルトの死闘が始まった。
幾重の剣をかわし、敵の隙をついてすかさず剣を叩き込むその姿は美しく、まさに蝶のように舞い蜂のように刺すという言葉通りだった。
だが、更にやってきた敵の援軍がハルトに斬りかかってきた。
「あぶない!」
ニールは言うが早いか全速力で走った。
だが、間に合わず、ハルトの馬はきつい一撃を浴び、ついにハルトは落馬した。
その間もなんと、黒鎧に恐れおののいている味方の兵士はハルトへ誰も加勢に入ろうとはしない。
あるいは、ニールと仲良くしていたことでハルトはまた、知らぬ内に兵士達から差別を受けているのかもしれなかった。
自分がいくしかないのだ。
ニールはもとよりそのつもりだった。
あらん限りの力をこめて、まずは黒鎧でない援軍の雑兵に体当たりして押し倒し、即座、身体を捻らせ、ハルトに駆け寄ろうとする。
だが既に黒鎧達が、ハルト自身に一太刀を浴びせようとしている。
「うおおおおおおおおおおお」
ニールは全身全霊を込めて、黒鎧達に突進した。どうせロクに剣も弓も使えぬ自分にとってできることはこの身をぶつけることぐらいだとニールは知っていた。
ニールが数名に体当たりし、何とかその一太刀を防ぐことができた。
黒鎧達とともに地面に倒れたニールは少し安堵した。だが、黒鎧のうち、一人だけよろけ具合の薄いものが居た。
その黒鎧はすぐに立ち上がり、ニールの眼前に立った。
不味い、殺される。ニールはそう直感した。
だが、ニールは斬られることなど何度も経験していたし、自分が犠牲になるならば安いものだと思った。また黒鎧が自分に隙の大きい一太刀を浴びせる間に、ハルトが持ち直して、彼らを屠ってくれればよかった。
とても単純な話だった。
黒鎧が剣を上段に構え、予定通りニールへと、その一太刀を放った。
また肉が割かれる痛みを浴びるか。
そう予期して目をつむったニールに、しかし、その激痛はやってこなかった。
「え……?」
不思議に思って目を開けると、なんとそこにはハルトの背中があった。
ハルトはすぐさまこちらに崩れ落ちてきた。
ニールがハルトを見ると、目を覆いたくなるぐらい、腹から夥しい量の血が噴き出していた。
「ああ、ああ、ハルト、ハルト、お、お、お前、いったい何をやっているんだ」
ニールは目の前の現実が信じられず、激しく狼狽した。
口から血を噴き出しながらも、ハルトは言った。
「わ……りぃ、なんか……お前が生き返るとは聞いちゃいたが……。いまいち……信じられない話で……。なんか、お前が……死ぬのが……嫌だった……」
それだけを述べるとハルトは目を閉じ、動かなくなった。
「あ、あ、あ……」
ニールは目に映るすべてが夢だと思いたかった。されど、現実はかくあった。
皮肉なことに死んでも構わない自分ではなく、ハルトがニールの身代わりになって切り伏せられた。
こんなことがあって良いはずがない。
なぜ、俺が死なぬ。
なぜ、ハルトが死なねばならぬ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
またも、ニールは言葉にならない怒りを咆哮に変換した。
そのあまりに大きい怒号は、周囲の兵士全員の注目を集めた。
即座、本能的に彼は、ハルトが握っていた、あまり見栄えの良くない剣を握った。
何も考えず、ただただ彼は、目の前の黒鎧にあらゆる憎しみや哀しみのありったけをぶつけたくて一太刀を放った。
すると、あろうことか、それは間違いなく、黒鎧に決定的な一撃を与えた。
黒鎧は呻き声をあげると、なんと、黒い炭のような煙を出しながら消失した。
人間ではないと噂されていたが、その絶命の瞬間は周囲の兵士に衝撃を与えた。
だがニールはそのようなことはどうでもよかった。
ただ、とにかく、止まらなかった。
頭に浮かんでいたのは、様々なハルトとの思い出だった。そして彼の流麗な剣技だった。
あるいはそれをハルトの剣が憶えているのかもしれなかったし、ニールが自然のうちに学んでいたのかもしれなかった。
いずれにせよ、今まで一度たりともロクに剣の扱えなかったニールは、友の剣を手に取ったことで、何者も寄せ付けぬ、百万の軍に相違ない剣技を携えていた。
残った黒鎧をものの数刻の間に、再び黒い煙に変えた。
恐れおののいた敵の残党は、全て退却した。
その日、黒鎧を伴った敵勢に対し、都市軍は初めての勝利を手に入れた。
かくして、ニールはその友の剣とともに、ゼスティファール軍を滅すると誓った。
だが、彼の心は一向に晴れることはなく、あれほどに欲した強さを手に入れたというに虚しさが心を埋め尽くすのだった。
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