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銀色の家
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歩けばすぐそこに銀色の家がある。
あの家は私の全てを満たしてくれた。
その中にもう入れなくても良い。
その玄関の戸を叩かなくとも良い。
その家を見るだけで心に安寧を得ることが出来る。
そこにそれが存在しているのだという安心感。
今日もまたそこに辿り着くことが出来たという充実感。
私はそれを得たいだけなのだった。或いはもうそれが私の人生の全てと言っても良かった。
しかし道すがら、銀色の家を目指して歩いた時には今まで一度もなかった、雨が降って来た。
始めはポツポツと小降りだったのに、次第に雨は強さを増した。
雨具など持ってこなかった私の衣服や髪は、いとも簡単にずぶ濡れになった。
当然のことながら私はすごく不快な気持ちになったが、どこかで雨宿りをするつもりなど毛頭なかった。
何時の間にか強風が加わり、周囲の木々は激しく揺れ、ビュービューという不安を煽る音が聞こえてくる。徐々に地面は水分を吸収し、土がぬかるんできた。
この前あしらえたばかりの新しいブーツは泥の餌食となる。
おまけに雷まで鳴り出してきた。まるでこれ以上歩けばお前の頭上に落としてやるとでも言いたげに、空に走る閃光とけたたましい雷音はほぼ同時だった。
しかし、あの銀色の家までもうすぐなのである。
本当に歩いてしまえばあとちょっとの距離なのだった。
だから私は例え嵐に見舞われようと、足を止める気など毛頭なかった。
ブーツに更なる汚れが付着することを省みず、むしろ晴天の時よりも堂々とした足並みで、私はグングンと突き進む。
それに対するかのように、自然は私を威嚇することを辞めない。
下着まで明らかにぐしょぐしょとなり、最早、髪の形は原型を留めていなかった。
さりとて、そんな下品な容貌となった私に注視する人間などこの世に最早一人たりとも居ないだろうことは私にはわかっていた。
どうでも良いのだ。
あぁ、早く早く。銀色の家の所に行きたい。
私はもうそれに縋るだけの亡霊か何かであり、そしてそうであることを受容してもいた。
だが逆にそうなってしまうということは、ある一つの絶大で致命的なリスクを抱えることもわかっていた。
わかっていた。
こうなるであろうことは。
全身の水分はピークに達し、もはや衣類ではなく防弾チョッキでも纏っているのではないかというずっしりとした重みを感じる。雨に打たれ続け体温は低下したのか手は青白くなっている。恐らく唇も足のつま先も、どこかしこもそうなのだろう。正直に言えば寒かった。寒さで凍え思わず雨に紛れて目から涙まで流しそうなくらいだった。だけれど、そんな私の身体事情など銀色の家に辿り着くことを思えば、全て目をつむることが出来たのだった。だからこそ私は銀色の家を見るという対価が、絶対的に必要不可欠だった。
しかし、眼前の光景を見ると私はその場でガクンと膝をついた。
なかったのだ。
そこにはあの、銀色の家がなかった。
目の前に広がっているのは、なぜか大量の向日葵だった。鮮やかな黄色ではなく、酷くくすんだ汚い黄色。
家を周囲を囲っていたレンガも、庭先に植えられていた綺麗な花々も。
何もかも全部その大量の向日葵に成り代わっていた。
向日葵。向日葵。向日葵畑。意味が解らない。
非常に巨大で私より上背があるのではないかと思われる伸びきった向日葵の大群が、まるで馬鹿の一つ覚えみたいに大雨と強風にさらされて揺さぶられていた。
そこに私は何の面白みも、何の感慨も抱かなかった。
それどころか、こんな向日葵は全て千切れてしまえば良いとさえ思った。落雷ですべて焼け焦げてしまえば良いとさえ思った。
「どうして……」
私は独り言を呟くと、向日葵の中を分け入っていく。
「どうして、どうして、どうして……」
次第に声へ怒りや憎しみがこもっていく。
「どうして……」
そうして私はついに、あの銀色の家を見つけることが出来なかった。
私はまた世界が組み替えられてしまったことを悟ると、もう立ち上がる勇気も気力もなく、そのまま無様に揺れ続ける向日葵の目の前で、大の字になって倒れた。
あの家は私の全てを満たしてくれた。
その中にもう入れなくても良い。
その玄関の戸を叩かなくとも良い。
その家を見るだけで心に安寧を得ることが出来る。
そこにそれが存在しているのだという安心感。
今日もまたそこに辿り着くことが出来たという充実感。
私はそれを得たいだけなのだった。或いはもうそれが私の人生の全てと言っても良かった。
しかし道すがら、銀色の家を目指して歩いた時には今まで一度もなかった、雨が降って来た。
始めはポツポツと小降りだったのに、次第に雨は強さを増した。
雨具など持ってこなかった私の衣服や髪は、いとも簡単にずぶ濡れになった。
当然のことながら私はすごく不快な気持ちになったが、どこかで雨宿りをするつもりなど毛頭なかった。
何時の間にか強風が加わり、周囲の木々は激しく揺れ、ビュービューという不安を煽る音が聞こえてくる。徐々に地面は水分を吸収し、土がぬかるんできた。
この前あしらえたばかりの新しいブーツは泥の餌食となる。
おまけに雷まで鳴り出してきた。まるでこれ以上歩けばお前の頭上に落としてやるとでも言いたげに、空に走る閃光とけたたましい雷音はほぼ同時だった。
しかし、あの銀色の家までもうすぐなのである。
本当に歩いてしまえばあとちょっとの距離なのだった。
だから私は例え嵐に見舞われようと、足を止める気など毛頭なかった。
ブーツに更なる汚れが付着することを省みず、むしろ晴天の時よりも堂々とした足並みで、私はグングンと突き進む。
それに対するかのように、自然は私を威嚇することを辞めない。
下着まで明らかにぐしょぐしょとなり、最早、髪の形は原型を留めていなかった。
さりとて、そんな下品な容貌となった私に注視する人間などこの世に最早一人たりとも居ないだろうことは私にはわかっていた。
どうでも良いのだ。
あぁ、早く早く。銀色の家の所に行きたい。
私はもうそれに縋るだけの亡霊か何かであり、そしてそうであることを受容してもいた。
だが逆にそうなってしまうということは、ある一つの絶大で致命的なリスクを抱えることもわかっていた。
わかっていた。
こうなるであろうことは。
全身の水分はピークに達し、もはや衣類ではなく防弾チョッキでも纏っているのではないかというずっしりとした重みを感じる。雨に打たれ続け体温は低下したのか手は青白くなっている。恐らく唇も足のつま先も、どこかしこもそうなのだろう。正直に言えば寒かった。寒さで凍え思わず雨に紛れて目から涙まで流しそうなくらいだった。だけれど、そんな私の身体事情など銀色の家に辿り着くことを思えば、全て目をつむることが出来たのだった。だからこそ私は銀色の家を見るという対価が、絶対的に必要不可欠だった。
しかし、眼前の光景を見ると私はその場でガクンと膝をついた。
なかったのだ。
そこにはあの、銀色の家がなかった。
目の前に広がっているのは、なぜか大量の向日葵だった。鮮やかな黄色ではなく、酷くくすんだ汚い黄色。
家を周囲を囲っていたレンガも、庭先に植えられていた綺麗な花々も。
何もかも全部その大量の向日葵に成り代わっていた。
向日葵。向日葵。向日葵畑。意味が解らない。
非常に巨大で私より上背があるのではないかと思われる伸びきった向日葵の大群が、まるで馬鹿の一つ覚えみたいに大雨と強風にさらされて揺さぶられていた。
そこに私は何の面白みも、何の感慨も抱かなかった。
それどころか、こんな向日葵は全て千切れてしまえば良いとさえ思った。落雷ですべて焼け焦げてしまえば良いとさえ思った。
「どうして……」
私は独り言を呟くと、向日葵の中を分け入っていく。
「どうして、どうして、どうして……」
次第に声へ怒りや憎しみがこもっていく。
「どうして……」
そうして私はついに、あの銀色の家を見つけることが出来なかった。
私はまた世界が組み替えられてしまったことを悟ると、もう立ち上がる勇気も気力もなく、そのまま無様に揺れ続ける向日葵の目の前で、大の字になって倒れた。
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