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風変りな勇者召喚編
002 おいおい、お前ら。王女を無視すんなよ
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――眩しい。おそらく目を開けると網膜が焼き切れてしまう程に。
――それに、この奇妙な感覚……。俺は今どこにいるんだ……。まさか、死んでしまったのだろうか……。
「………ぅ……おえぇ………」
全身の方向感覚を失い、襲い来る凶悪な浮遊感に俺はゲロをぶちまける。視界を失った状態でのゲロ吐きなんてまさに地獄。
最も心配だったのは上向きでゲロを吐かなかったか、というところだったが、どうやら顔面ゲロシャワーの洗礼を浴びることはなかった。
だが……、いったいこれは何なんだ。ゲロを吐いたという事は死んではいないという事は分かるが……。
眩しさが続き、そんな経験はないが――まるで宇宙に放り出されたかのよう。このまま続くとまじで気が狂う、そう思った時だった。
――あ。
背中に突如――本当に突然のように感じる硬くて冷たい床のような感覚。
鼻に届く得も言えぬ……、臭いような嬉しいような香り。そして、目を開くと眼前に見覚えのあるクマさんパンツがこんにちはして、柔らかな――
「おぐえぇ」
――の瞬間、腹部に感じる鋭い痛みに俺は思わずうめき声を漏らす。
「この、ドスケベ?」
「いや、げほっ、ま、待て。これこそ不可抗力だろ!」
状況把握、状況把握。俺の上で起き上がろうとしているのは浅草寺の姿。俺の顔を下敷きにしていたのは、柔らかいが確かな弾力を持つお尻。
痛む腹はその鉄の裏拳が振り下ろされたことによるものか……。力強すぎんぞ。
膨張しようとする俺の分身を無の心で鎮め、辺りを見渡してみる。
俺達が倒れていたのは教室程の大きさの部屋で、飾り気が全くなく四方全てが灰色に黒の粒が混ざった石造り。ひやりと冷たい床も天井も同じようだ。
――の、中心、先ほど無法地帯を作り上げていた、俺を含めて八人を取り囲むように、大きな円と内部に六芒星がゆらゆらと揺れる炎で象られている。
だが……その炎には触媒が何もない。まるで床自体が燃えているかのように――。
「うおっしゃああああい! やっぱ、きたこれえええい!」
状況把握の最中、進藤が叫び声をあげる。彼は一体何を知っているというのだろうか……、良かったら俺に説明して欲しいところだ、と思い立ち上がる。
――あれ。
そういえば、進藤の顔が先刻のように汚れていないし、傷もない。いや……よくよく考えれば俺もそうだ。吐いたはずの汚物が口の中からすっかり消え失せている。
加えてさっきまで学生服だったのに今は違う。男も女も揃えられたかのように同じ上服。違うのはスカートかズボンかとその色だけ。悪いセンスではないが、ちょっと風変りな代物だ。
さらに、靴下はそのままだが、靴は硬そうな皮っぽい靴に変わっていた。
持っていたカバンもなくなっている。ポケットに入れていた財布も……ぐすん。
と、心の中で涙を呑んでいると会長が立ち上がり、長いまつげをぱちりと閉じて六芒星の中にいる俺たちに向けウインクをかました。
そのまま腕を組み天使のような微笑みを浮かべ――、
「これは……おそらく異世界召喚というものでしょうね。先ほど、ええと、蛆虫達にいじめられていた彼の言った通りに」
「はぁっ? なに――」
「黙ってください。今は私が喋っているのですよ。いつ、誰が、その排水溝のような口から声を出すことを許可しましたかー?」
声を上げようとした江原に喋ることすら許さない。今、この場は完全に天ヶ崎会長に掌握されていた。でも、はっきり言って笑顔が怖いです。
つーか、こんなキャラの人だったのか……。入学式では普通に挨拶してたし、見た目がハーフタレントみたいだから人気あるっぽかったのに……。
江原の彼女――かは知らないギャルが「ちょっと、今は大人しくしてよ?」と江原に言ったのに冷たい視線だけ向けて、会長は言葉を続ける。意外とまともなギャル……。
「この先何があるかは分かりません。しかし、協力が必要不可欠となると思うのですよー。ま、一部協力したいとは思えないゴミのような人間もいますけど、社会の屑と言えど同じ人間です。お分かりですかー? えーと――」
言いながら進藤に顔を向けたので「進藤歩です、会長さん」と述べた。先ほどのテンションはどこへやらと言った感じだが、何となく会長を見つめる視線に熱っぽい色が混ざってる気がした。
「じゃ、歩君。とりあえず今はいじめられていたことは目をつぶってね。で、私達はまず自己紹介をするべきだと思うのですよ――」
と、言ったところで六芒星の中にいた俺たち八人以外の人間。最初から部屋にいた一人がそろりと手を挙げながら声を上げた。
「あ、あの、なぜ皆様は私を完全に無視してお話ししていらっしゃるのでしょうか……?」
その言葉に部屋中の視線がその声の主――女性に集まった。
そう、気付いていなかったわけではない。なぜかそんな空気だったので意図的に無視していたのだ。
――いや、実は俺は凄く気になってました。
その女性はどうみても日本人の持ち物とは思えない、不自然さのないブロンドヘアを胸の辺りまでサラリと伸ばしている。
垂れ目気味の目尻、小ぶりな鼻、小さめの口、そしてそのキャンバス――輪郭自体が非常に小顔。まるで芸能人のように――と、思って今ここにいる女性たちも変わらんなと思い直す。
ただ、その顔や露出する肌に一点の染みや曇り、ホクロすら見受けられないところは明らかに違う。
だがそんな、顔が可愛いけど俺の好みじゃないとか、割と大きそうな胸とかはどうでもいい、いや、どうでもよくはないが、今重要なのはそこではない。
何より不自然なのはその服装。日本人のような服でも、今俺たちが着ているゲームの世界に出てきそうな服でもない。
ドレス。そうドレス姿なのだ。しかも、腰のスカートは何で盛り上げてるのか……? といった具合の派手派手しいドレス。だから、あえて彼女に触れなかったのだが、色が薄ピンクなのがまだ幸いなところ。
さらには黄金色に輝くイヤリング、ネックレス、指輪を付け、頭にはええと、なんだっけ……、そう、ティアラのような物をかぶっているのだ。
ごてごてしたあまりに煌びやかすぎる青や緑、赤の石が付いたそれらは、俺も詳しくはないがプラスチックとかガラスとかの安物ではなさそうな気がする。
身代金がたっぷり取れそうなほどに。
まるでどこぞの王女様――といった風貌のその女性に対してかは知らないが、進藤が拳を握りしめながら声を上げた。
「よっしゃきたあああ。言語理解付き召喚さいこ――」
「ごめんね、歩君。少し静かにしてて欲しいかなー?」
進藤は会長に言葉を被せられ、怒られたにもかかわらず、嬉しそうな顔をしている。
もしかして……。いや、それより言語理解ってなんぞ……?
「はい」と素直に答えた進藤に会長は優しく微笑んで、ドレス姿の女性に体を向け――優雅に腰を折った。
「申し訳ありません、王女様。ただ、私達には今やらなくてはいけないことがあるのです。どうせこの後、謁見の間にでも連れて行こうとしていらっしゃるのでしょう?」
――ま、待ってくれ。本当に王女様? 謁見の間? 一体会長は何を言っているんだ? 今この場所がどこぞの城だとでもいうのだろうか……? ただ無骨……なだけの部屋にしか見えないここが?
――いやいやいや。そういえばさっきは口を挟めなかったけど、異世界召喚がどうとかとか言っていたな……。ということは、何だ? ここは地球じゃないとか、頭悪いこと言ってるのか……?
「え、あ、はい。何故それをご存知なのか非常に不可思議なところではありますが……。分かりました。しばし、ここでお待ちしております」
と、言いながら二歩程引いた。否定しないという事は会長の言ってることは正しいという事?
とりあえず彼女の名前くらいは聞いてみたいなと思いつつも、一度その欲求を棚上げすることにした。
俺は隣で一人腕を組み黙考している様子だった浅草寺の肩を、ちょいちょいとつつく。
「な、なあ。この状況、お前は分かっているのか……? 俺には何が何だか……」
浅草寺はゆっくりと目を開けると、じろりとその黒の双眸を向けてくる。
若干の、苛立ちを含ませて――
「私、ええと、兵輔に名乗ったわよね? お・ま・えとか止めてもらえない? 浅草寺様か莉緒って呼んでくれる?」
「な、何でいきなり呼び捨てにされてるんだ……。つーか、その二つの選択肢だと『莉緒』の方しか選べないぞ?」
「じゃあ、そう呼べばいいじゃない。女の子を下の名前で呼び捨てにするとか、やっぱドスケベね!」
ふふん、と鼻を鳴らしながら胸――大きな胸を張ってくるのに凄まじい理不尽さを感じつつ、俺は憤りを口にした。
「んだそれ……。まぁいいや。莉緒な。莉緒莉緒莉緒莉緒。もう変えねーからな! まっ、そんなことはどうでもよくて、重要なのはこの状況だよ!」
わざとらしく名前を連呼したところで、若干たじろぎ、顔を赤らめ、足をモジっと動かしたがそれを無視して話を進める。自分が悪いんだっ。
「もう……。そうね。私もよく分からないけど……。都大会の決勝の待機時間で読んだ、小説のお話にシチュエーションが似てるわね」
「はぁ? 何言ってるんだ……? 小説? 俺たちは小説の中にいるってことなのか……? 莉緒……お前、頭大丈夫か――ぐほっ」
話してる途中に、俺の鍛え上げられてるわけじゃない腹筋を莉緒の拳が貫く。
ぼ、暴力反対……。
でも、ま、大分手加減はしてるんだろうけど――痛い。
「安心して、峰打ちよ」という言葉に、内心で拳は峰こそが凶器だろうが……と、突っ込みたい衝動を抑える。
「小説の中じゃないの。これはよくあることなのよ。よくある小説の設定。多分会長と進藤君……と、あの二人もこそこそ話してる内容からして何となく知ってるのね」
と、言いながら顔を向ける先にはイケメン新垣とその彼女。俺にはぼそぼそとしか聞こえてこないが、空手家さんは耳も良いのだろうか……。
そういえば、さっき新垣とオールバック江原がドレスの女性に見惚れて、女たちに肘鉄を見舞わされてたな……、どうでもいいけど。
いやいや待てよ――、
「小説の設定とかそれこそよく分からんぞ。小説が現実になったってことなのか? それって小説の中に入ったって事とどう違うんだ?」
莉緒は小さく「パンピーさんはこうなるのか……」と呟きながら両手を上に伸ばした後に「あーでも、言われてみれば……」と呟き俺の顔を見つめてくる。
なんとなく遺憾だ。
「兵輔の見解は面白いと思う。けれど、今の疑問に答えを出すことは私には出来ない。だから……会長の話を聞きましょ」
――との言葉に、俺たちに目を向けていた会長が微笑みながら辺りを見回し声を上げた。
「ふふふ。今のお二人の会話が大体本質を掴んでいると思うのですよー。どうやら予習済みの方が複数いらっしゃるみたいですし、名前だけでもサクッと紹介してしまいましょうー」
その言葉で簡単な自己紹介が始まる。江原とギャルはブーブー文句たれてたが、会長の「調子に乗ってると死にますよー?」の言葉にブルリと体を震わせ名前を口にした。
こわひ。殺しちゃうつもりなの……?
名前は、俺『藤堂兵輔』 空手家さん『浅草寺莉緒』 オールバックの不良男『江原正樹 えはらまさき』 ギャル『夢町美々琉 ゆめまちみみる』
キノコ頭のいじめられっこ『進藤歩』 イケメン『新垣翼』とその美少女彼女『高嶋紗枝 たかしまさえ』 会長『天ヶ崎怜奈』
いきなりこんなたくさん覚えるの困難だっつーの、と思っていると会長が王女(?)に顔を向けた。
「私達の名前、ご紹介出来たでしょうか? 次は王女様の事とこの世界の事をお話して欲しいのですが……移動した方が宜しいですか?」
――いや、同室内だというのに中々の変貌のしかたですな。
王女(?)は「いえ、このままで結構です」と言って、一歩前に出るとスカートの裾を持ち上げながら腰を折った、その優雅さは先ほどの会長を上回る程。本当に王女っぽいが、対抗意識……じゃないよな。
そのまま青の双眸で俺たちをしっかと見据え、口の端を上げる。
「私の名前は、アレスディア・シュネ・リムータス。
ここ、リンガルテムス王国の第一王女を務めさせてもらっております」
――それに、この奇妙な感覚……。俺は今どこにいるんだ……。まさか、死んでしまったのだろうか……。
「………ぅ……おえぇ………」
全身の方向感覚を失い、襲い来る凶悪な浮遊感に俺はゲロをぶちまける。視界を失った状態でのゲロ吐きなんてまさに地獄。
最も心配だったのは上向きでゲロを吐かなかったか、というところだったが、どうやら顔面ゲロシャワーの洗礼を浴びることはなかった。
だが……、いったいこれは何なんだ。ゲロを吐いたという事は死んではいないという事は分かるが……。
眩しさが続き、そんな経験はないが――まるで宇宙に放り出されたかのよう。このまま続くとまじで気が狂う、そう思った時だった。
――あ。
背中に突如――本当に突然のように感じる硬くて冷たい床のような感覚。
鼻に届く得も言えぬ……、臭いような嬉しいような香り。そして、目を開くと眼前に見覚えのあるクマさんパンツがこんにちはして、柔らかな――
「おぐえぇ」
――の瞬間、腹部に感じる鋭い痛みに俺は思わずうめき声を漏らす。
「この、ドスケベ?」
「いや、げほっ、ま、待て。これこそ不可抗力だろ!」
状況把握、状況把握。俺の上で起き上がろうとしているのは浅草寺の姿。俺の顔を下敷きにしていたのは、柔らかいが確かな弾力を持つお尻。
痛む腹はその鉄の裏拳が振り下ろされたことによるものか……。力強すぎんぞ。
膨張しようとする俺の分身を無の心で鎮め、辺りを見渡してみる。
俺達が倒れていたのは教室程の大きさの部屋で、飾り気が全くなく四方全てが灰色に黒の粒が混ざった石造り。ひやりと冷たい床も天井も同じようだ。
――の、中心、先ほど無法地帯を作り上げていた、俺を含めて八人を取り囲むように、大きな円と内部に六芒星がゆらゆらと揺れる炎で象られている。
だが……その炎には触媒が何もない。まるで床自体が燃えているかのように――。
「うおっしゃああああい! やっぱ、きたこれえええい!」
状況把握の最中、進藤が叫び声をあげる。彼は一体何を知っているというのだろうか……、良かったら俺に説明して欲しいところだ、と思い立ち上がる。
――あれ。
そういえば、進藤の顔が先刻のように汚れていないし、傷もない。いや……よくよく考えれば俺もそうだ。吐いたはずの汚物が口の中からすっかり消え失せている。
加えてさっきまで学生服だったのに今は違う。男も女も揃えられたかのように同じ上服。違うのはスカートかズボンかとその色だけ。悪いセンスではないが、ちょっと風変りな代物だ。
さらに、靴下はそのままだが、靴は硬そうな皮っぽい靴に変わっていた。
持っていたカバンもなくなっている。ポケットに入れていた財布も……ぐすん。
と、心の中で涙を呑んでいると会長が立ち上がり、長いまつげをぱちりと閉じて六芒星の中にいる俺たちに向けウインクをかました。
そのまま腕を組み天使のような微笑みを浮かべ――、
「これは……おそらく異世界召喚というものでしょうね。先ほど、ええと、蛆虫達にいじめられていた彼の言った通りに」
「はぁっ? なに――」
「黙ってください。今は私が喋っているのですよ。いつ、誰が、その排水溝のような口から声を出すことを許可しましたかー?」
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つーか、こんなキャラの人だったのか……。入学式では普通に挨拶してたし、見た目がハーフタレントみたいだから人気あるっぽかったのに……。
江原の彼女――かは知らないギャルが「ちょっと、今は大人しくしてよ?」と江原に言ったのに冷たい視線だけ向けて、会長は言葉を続ける。意外とまともなギャル……。
「この先何があるかは分かりません。しかし、協力が必要不可欠となると思うのですよー。ま、一部協力したいとは思えないゴミのような人間もいますけど、社会の屑と言えど同じ人間です。お分かりですかー? えーと――」
言いながら進藤に顔を向けたので「進藤歩です、会長さん」と述べた。先ほどのテンションはどこへやらと言った感じだが、何となく会長を見つめる視線に熱っぽい色が混ざってる気がした。
「じゃ、歩君。とりあえず今はいじめられていたことは目をつぶってね。で、私達はまず自己紹介をするべきだと思うのですよ――」
と、言ったところで六芒星の中にいた俺たち八人以外の人間。最初から部屋にいた一人がそろりと手を挙げながら声を上げた。
「あ、あの、なぜ皆様は私を完全に無視してお話ししていらっしゃるのでしょうか……?」
その言葉に部屋中の視線がその声の主――女性に集まった。
そう、気付いていなかったわけではない。なぜかそんな空気だったので意図的に無視していたのだ。
――いや、実は俺は凄く気になってました。
その女性はどうみても日本人の持ち物とは思えない、不自然さのないブロンドヘアを胸の辺りまでサラリと伸ばしている。
垂れ目気味の目尻、小ぶりな鼻、小さめの口、そしてそのキャンバス――輪郭自体が非常に小顔。まるで芸能人のように――と、思って今ここにいる女性たちも変わらんなと思い直す。
ただ、その顔や露出する肌に一点の染みや曇り、ホクロすら見受けられないところは明らかに違う。
だがそんな、顔が可愛いけど俺の好みじゃないとか、割と大きそうな胸とかはどうでもいい、いや、どうでもよくはないが、今重要なのはそこではない。
何より不自然なのはその服装。日本人のような服でも、今俺たちが着ているゲームの世界に出てきそうな服でもない。
ドレス。そうドレス姿なのだ。しかも、腰のスカートは何で盛り上げてるのか……? といった具合の派手派手しいドレス。だから、あえて彼女に触れなかったのだが、色が薄ピンクなのがまだ幸いなところ。
さらには黄金色に輝くイヤリング、ネックレス、指輪を付け、頭にはええと、なんだっけ……、そう、ティアラのような物をかぶっているのだ。
ごてごてしたあまりに煌びやかすぎる青や緑、赤の石が付いたそれらは、俺も詳しくはないがプラスチックとかガラスとかの安物ではなさそうな気がする。
身代金がたっぷり取れそうなほどに。
まるでどこぞの王女様――といった風貌のその女性に対してかは知らないが、進藤が拳を握りしめながら声を上げた。
「よっしゃきたあああ。言語理解付き召喚さいこ――」
「ごめんね、歩君。少し静かにしてて欲しいかなー?」
進藤は会長に言葉を被せられ、怒られたにもかかわらず、嬉しそうな顔をしている。
もしかして……。いや、それより言語理解ってなんぞ……?
「はい」と素直に答えた進藤に会長は優しく微笑んで、ドレス姿の女性に体を向け――優雅に腰を折った。
「申し訳ありません、王女様。ただ、私達には今やらなくてはいけないことがあるのです。どうせこの後、謁見の間にでも連れて行こうとしていらっしゃるのでしょう?」
――ま、待ってくれ。本当に王女様? 謁見の間? 一体会長は何を言っているんだ? 今この場所がどこぞの城だとでもいうのだろうか……? ただ無骨……なだけの部屋にしか見えないここが?
――いやいやいや。そういえばさっきは口を挟めなかったけど、異世界召喚がどうとかとか言っていたな……。ということは、何だ? ここは地球じゃないとか、頭悪いこと言ってるのか……?
「え、あ、はい。何故それをご存知なのか非常に不可思議なところではありますが……。分かりました。しばし、ここでお待ちしております」
と、言いながら二歩程引いた。否定しないという事は会長の言ってることは正しいという事?
とりあえず彼女の名前くらいは聞いてみたいなと思いつつも、一度その欲求を棚上げすることにした。
俺は隣で一人腕を組み黙考している様子だった浅草寺の肩を、ちょいちょいとつつく。
「な、なあ。この状況、お前は分かっているのか……? 俺には何が何だか……」
浅草寺はゆっくりと目を開けると、じろりとその黒の双眸を向けてくる。
若干の、苛立ちを含ませて――
「私、ええと、兵輔に名乗ったわよね? お・ま・えとか止めてもらえない? 浅草寺様か莉緒って呼んでくれる?」
「な、何でいきなり呼び捨てにされてるんだ……。つーか、その二つの選択肢だと『莉緒』の方しか選べないぞ?」
「じゃあ、そう呼べばいいじゃない。女の子を下の名前で呼び捨てにするとか、やっぱドスケベね!」
ふふん、と鼻を鳴らしながら胸――大きな胸を張ってくるのに凄まじい理不尽さを感じつつ、俺は憤りを口にした。
「んだそれ……。まぁいいや。莉緒な。莉緒莉緒莉緒莉緒。もう変えねーからな! まっ、そんなことはどうでもよくて、重要なのはこの状況だよ!」
わざとらしく名前を連呼したところで、若干たじろぎ、顔を赤らめ、足をモジっと動かしたがそれを無視して話を進める。自分が悪いんだっ。
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でも、ま、大分手加減はしてるんだろうけど――痛い。
「安心して、峰打ちよ」という言葉に、内心で拳は峰こそが凶器だろうが……と、突っ込みたい衝動を抑える。
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いやいや待てよ――、
「小説の設定とかそれこそよく分からんぞ。小説が現実になったってことなのか? それって小説の中に入ったって事とどう違うんだ?」
莉緒は小さく「パンピーさんはこうなるのか……」と呟きながら両手を上に伸ばした後に「あーでも、言われてみれば……」と呟き俺の顔を見つめてくる。
なんとなく遺憾だ。
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名前は、俺『藤堂兵輔』 空手家さん『浅草寺莉緒』 オールバックの不良男『江原正樹 えはらまさき』 ギャル『夢町美々琉 ゆめまちみみる』
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――いや、同室内だというのに中々の変貌のしかたですな。
王女(?)は「いえ、このままで結構です」と言って、一歩前に出るとスカートの裾を持ち上げながら腰を折った、その優雅さは先ほどの会長を上回る程。本当に王女っぽいが、対抗意識……じゃないよな。
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普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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