1 / 10
1話
しおりを挟む
1話
199X年。まだ学生だった益子は、ずば抜けて幸せでもなく、だからといって不幸だったわけでもなく。ただ普通の学生と同じように授業を受け友達と遊び、いいこともあれば嫌なこともある、ごくごく普通の学生生活を送っていた。
人並みに、好きな人もいた。一番仲のいい奴で、おそらく家族よりも一緒にいた。
その益子の好きな人――郡山――は、整った顔をしていて高身長だった。艶のある黒髪が風に靡くと人気モデルのようにカッコよかった。
益子はそこまで背が高くはなく、人より色素が薄いのか髪も目も茶色に近い色で。黒髪に黒い瞳の郡山をいつも羨ましく思っていたが、しかし今思えばそれ以上に見惚れていたように思う。
登校も、休み時間も、放課後も、いつも一緒にいて。ずっとこうしていられたらいいのに、と思っていた。おそらく郡山もそう思ってくれていた。郡山の視線や言葉、態度がそう物語っていた。きっと気のせいではない。そして、郡山への益子の視線、言葉、態度も郡山と同じだっただろう。
そう、益子は確かに、郡山に淡い恋心を抱いていた。そして郡山も。
✽✽✽
高校生になって三回目の春を迎える頃、それなりに長い休みに入った。郡山とは特に約束はしていない。
家の自室でベッドに転がり、ただただ時間を持て余す。逢いたい。きっと郡山もそう思ってくれているはず。そんな淡い期待を抱きつつ郡山からの連絡を待つ。
朝起きて、食事をする気にもならずキッチンへ行って水だけ飲んで部屋に戻る。両親は既に仕事に出ているのだろう、家の中に人の気配はない。益子はベッドに置いてある固定電話の子機を手に取り、ただただ鳴るのを待っている自分に気付き自嘲した。
昨日まで当たり前のように優しい笑顔を見ていたのに。休みが終わればまた戻ってくる日常を知っているのに。それなのに、たった一日、否、昨夜遊んで別れてから十数時間しか経っていないのに逢いたくてたまらない。今、何をしているのか、誰と一緒にいるのか。自分と同じ気持ちだと感じたのは気のせいだったのか。そんなことばかり考えて溜息を吐く。
郡山と出会う前はどう過ごしていたのか、それすらも思い出せない。
「……何してんだよ……早く電話してこいよ……」
誰もいない部屋に自分の声が響く。それがさらに逢いたい気持ちを加速させる。寂しい。そう気付き、泣きたくなった。
しかし、電話は鳴らないまま時間だけが過ぎていく。益子はベッドから起き上がることもなく子機を握って郡山の事ばかり考えた。何もする事がないから考えてしまうのか、それとも郡山の事ばかり考えてしまうから何もする気が起きないのか。自問自答をして、また郡山の事を考える。
そうして郡山の事だけを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだった。唐突に、電話のコールが鳴り響き、益子はビクッと体を跳ね上げて目を開けた。長い時間眠っていたようで、すっかり日が落ちていて、暗くなった部屋を手にした電話の液晶の明かりが眩しく照らす。益子はあまりの眩しさに目覚めたばかりの目を細めた。しかしその液晶に映し出された名前に慌てて通話ボタンを押した。
「もっもしもしっ」
声が裏返った上に吃ってしまった。
「……益子?」
優しく低い聞き慣れた郡山の声。益子の胸は締め付けられ、子機を強く握る。
「うん。俺」
「ごめん。寝てた?」
「え? いや大丈夫。寝るつもりじゃなかったのに、いつの間にか寝ちゃってただけだから」
郡山の声に、鼻の奥がツン、と痛む。電話をかけてきてくれたことが嬉しくて胸が温かくなると同時に締め付けられる。
「早い時間に連絡しようと思ったんだけどさ……母さんの買い物に付き合わされて」
「……そっか。それじゃあ仕方ないよな」
連絡、しようと思ってくれてたんだ。そう思ったら嬉しくてたまらなくて、寝る前までの寂しい気持ちなんてどこかへ行ってしまった。
「……やっと声聞けた」
郡山の言葉に、ドキッと心臓が跳ねた。聞き間違いじゃない。郡山も、同じ気持ちでいてくれたのだろうか。聞きたい気持ちもあるが、そうじゃなかったことを考えると怖くて聞けない。その代わりに。
「……それ、俺のセリフ……電話くるのおせーから……ご飯食べそびれた」
素直に、とは言えないがそれでも益子なりに待っていたことを伝えた。これが今の精一杯。好きだなんて言えるわけないけど、それでも好きという気持ちを言葉に乗せた。伝わるか伝わらないかは分からない。自己満足だと分かっている。
「え……ご飯食べてないって……だめだろ。俺たち成長期だぞ。ちゃんと食べろ」
心配を滲ませた少し怒った口調。郡山はいつだって過保護なんだ、と可笑しくなってクスクスと笑う。それでも気にかけてくれて、心配してくれて、気恥ずかしくなって笑いながらも頬が熱くなる。
「……だってさ、お前が連絡くれないから。待ってたんだ」
笑いながらそう言えば、電話の向こうで息を飲む気配。伝わったかな、そう思ってまた笑う。
「わ、笑いごとじゃねーだろ。電話、遅くなったのは悪かったよ。でも、ちゃんと食べてくれよ……そしたら、明日……迎えに行く」
「っ、え……?」
「~~っ! わ、わかったら早くご飯食べてこい……っ、寝る準備できたら、電話しろよ。待ってるから!」
一息にそう言って、郡山は電話を切ってしまった。声が聞こえなくなった子機をジッと見つめる。だが、さっきとは違う。もう、寂しくない。待たせてごめん、と謝ってくれた。遅かったけど、ちゃんと連絡をくれた。そして、何も食べていないことを心配してくれた。寝る前に、電話しろと言ってくれた。益子は口角を上げて、子機をベッドに置くと食事をとるために勢いよく部屋を出て行った。
199X年。まだ学生だった益子は、ずば抜けて幸せでもなく、だからといって不幸だったわけでもなく。ただ普通の学生と同じように授業を受け友達と遊び、いいこともあれば嫌なこともある、ごくごく普通の学生生活を送っていた。
人並みに、好きな人もいた。一番仲のいい奴で、おそらく家族よりも一緒にいた。
その益子の好きな人――郡山――は、整った顔をしていて高身長だった。艶のある黒髪が風に靡くと人気モデルのようにカッコよかった。
益子はそこまで背が高くはなく、人より色素が薄いのか髪も目も茶色に近い色で。黒髪に黒い瞳の郡山をいつも羨ましく思っていたが、しかし今思えばそれ以上に見惚れていたように思う。
登校も、休み時間も、放課後も、いつも一緒にいて。ずっとこうしていられたらいいのに、と思っていた。おそらく郡山もそう思ってくれていた。郡山の視線や言葉、態度がそう物語っていた。きっと気のせいではない。そして、郡山への益子の視線、言葉、態度も郡山と同じだっただろう。
そう、益子は確かに、郡山に淡い恋心を抱いていた。そして郡山も。
✽✽✽
高校生になって三回目の春を迎える頃、それなりに長い休みに入った。郡山とは特に約束はしていない。
家の自室でベッドに転がり、ただただ時間を持て余す。逢いたい。きっと郡山もそう思ってくれているはず。そんな淡い期待を抱きつつ郡山からの連絡を待つ。
朝起きて、食事をする気にもならずキッチンへ行って水だけ飲んで部屋に戻る。両親は既に仕事に出ているのだろう、家の中に人の気配はない。益子はベッドに置いてある固定電話の子機を手に取り、ただただ鳴るのを待っている自分に気付き自嘲した。
昨日まで当たり前のように優しい笑顔を見ていたのに。休みが終わればまた戻ってくる日常を知っているのに。それなのに、たった一日、否、昨夜遊んで別れてから十数時間しか経っていないのに逢いたくてたまらない。今、何をしているのか、誰と一緒にいるのか。自分と同じ気持ちだと感じたのは気のせいだったのか。そんなことばかり考えて溜息を吐く。
郡山と出会う前はどう過ごしていたのか、それすらも思い出せない。
「……何してんだよ……早く電話してこいよ……」
誰もいない部屋に自分の声が響く。それがさらに逢いたい気持ちを加速させる。寂しい。そう気付き、泣きたくなった。
しかし、電話は鳴らないまま時間だけが過ぎていく。益子はベッドから起き上がることもなく子機を握って郡山の事ばかり考えた。何もする事がないから考えてしまうのか、それとも郡山の事ばかり考えてしまうから何もする気が起きないのか。自問自答をして、また郡山の事を考える。
そうして郡山の事だけを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだった。唐突に、電話のコールが鳴り響き、益子はビクッと体を跳ね上げて目を開けた。長い時間眠っていたようで、すっかり日が落ちていて、暗くなった部屋を手にした電話の液晶の明かりが眩しく照らす。益子はあまりの眩しさに目覚めたばかりの目を細めた。しかしその液晶に映し出された名前に慌てて通話ボタンを押した。
「もっもしもしっ」
声が裏返った上に吃ってしまった。
「……益子?」
優しく低い聞き慣れた郡山の声。益子の胸は締め付けられ、子機を強く握る。
「うん。俺」
「ごめん。寝てた?」
「え? いや大丈夫。寝るつもりじゃなかったのに、いつの間にか寝ちゃってただけだから」
郡山の声に、鼻の奥がツン、と痛む。電話をかけてきてくれたことが嬉しくて胸が温かくなると同時に締め付けられる。
「早い時間に連絡しようと思ったんだけどさ……母さんの買い物に付き合わされて」
「……そっか。それじゃあ仕方ないよな」
連絡、しようと思ってくれてたんだ。そう思ったら嬉しくてたまらなくて、寝る前までの寂しい気持ちなんてどこかへ行ってしまった。
「……やっと声聞けた」
郡山の言葉に、ドキッと心臓が跳ねた。聞き間違いじゃない。郡山も、同じ気持ちでいてくれたのだろうか。聞きたい気持ちもあるが、そうじゃなかったことを考えると怖くて聞けない。その代わりに。
「……それ、俺のセリフ……電話くるのおせーから……ご飯食べそびれた」
素直に、とは言えないがそれでも益子なりに待っていたことを伝えた。これが今の精一杯。好きだなんて言えるわけないけど、それでも好きという気持ちを言葉に乗せた。伝わるか伝わらないかは分からない。自己満足だと分かっている。
「え……ご飯食べてないって……だめだろ。俺たち成長期だぞ。ちゃんと食べろ」
心配を滲ませた少し怒った口調。郡山はいつだって過保護なんだ、と可笑しくなってクスクスと笑う。それでも気にかけてくれて、心配してくれて、気恥ずかしくなって笑いながらも頬が熱くなる。
「……だってさ、お前が連絡くれないから。待ってたんだ」
笑いながらそう言えば、電話の向こうで息を飲む気配。伝わったかな、そう思ってまた笑う。
「わ、笑いごとじゃねーだろ。電話、遅くなったのは悪かったよ。でも、ちゃんと食べてくれよ……そしたら、明日……迎えに行く」
「っ、え……?」
「~~っ! わ、わかったら早くご飯食べてこい……っ、寝る準備できたら、電話しろよ。待ってるから!」
一息にそう言って、郡山は電話を切ってしまった。声が聞こえなくなった子機をジッと見つめる。だが、さっきとは違う。もう、寂しくない。待たせてごめん、と謝ってくれた。遅かったけど、ちゃんと連絡をくれた。そして、何も食べていないことを心配してくれた。寝る前に、電話しろと言ってくれた。益子は口角を上げて、子機をベッドに置くと食事をとるために勢いよく部屋を出て行った。
33
あなたにおすすめの小説
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
幽閉された美しきナズナ
不来方しい
BL
控えめで目立たない准教授と生徒が恋に落ちます。
連れ子として華道の家に入ったのは、大学生の藤裔なずな(ふじすえなずな)。慣れない生活の中、母と新しい父との間に子供ができ、ますます居場所を失っていく。
居場所を求めて始めたアルバイトは、狭い和室で自由恋愛を楽しむという、一風変わったアルバイトだった。
客人としてやってきたのは、挙動不審で恋愛が不慣れな男性。諏訪京介と名乗った。触れようとすれば逃げ、ろくに話もしなかったのに、また来ますと告げて消えた彼。二度と会わないだろうと思っていた矢先、新しく大学の研究グループに加わると紹介されたのは、なずなを買ったあの男性だった。
呆然とする諏訪京介を前に、なずなは知らないふりを貫き通す──。
恋じゃないと噓を歌う(仮)
万里
BL
堂本清一郎(どうもと・せいいちろう)は理学部の大学三年生。研究室と図書館を往復するだけの生活を送り、恋愛や社交を「非効率」と切り捨ててきた。そんな彼にとって学園祭は、研究の合間に訪れる束の間の休息にすぎなかった。
しかし偶然、軽音サークルのライブステージを目にした瞬間、彼の世界は揺らぐ。ステージに立つのは経済学部一年の東条奏(とうじょうかなで)。茶髪を揺らし、長身を使って観客を魅了するその姿と、伸びやかな歌声は、清一郎の心の奥底に眠っていた感情を震わせ、再構成しようとするかのように響いた。 紙皿を落としかけるほどの動揺――それは清一郎にとって、これまでの人生ではありえない「破滅的なミス」だった。だが同時に、それは彼が初めて感情に突き動かされる瞬間でもあった。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる