すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第三章 転機編

転機編 9


 悠介とニャーのやり取りを、柊一郎は少し離れて見つめていた。その目には涙が浮かんでいる。悠介とニャーの絆は深く強固なものなのだと改めて思った。そして途中からそっと移動してきた隣の男に目を向ける。

「……あんた、誰? なんで犬山さん泣かしてんの?」

 柊一郎同様に悠介とニャーのやり取りを見ていた男は、突然の柊一郎の鋭い声に、目を丸くする。
「えっ? は? いやいや、俺やないで! 俺は依頼受けて、猫を探しに来ただけや!」
 男は慌てたように両手を胸の前で振って、柊一郎を見た。柊一郎の射貫くような目に、とんだ巻き込まれ事故だ、と思う。
「じゃあなんで犬山さんが泣いてんだよ!」
 今にも掴みかかりそうな勢いの柊一郎に、男は溜め息を吐いて今度は両手を顔の両脇に移動する。
「猫がいなくなって泣いてたんや……でも、見つかったみたいやな。言うとくけど、電話かかってきた時から泣いとったんやで」
 やれやれといったような様子で言う男の言葉に、柊一郎はニャーを抱いて放心する悠介を見た。その姿に柊一郎の胸がチクリと痛む。

(あんな顔、見たことない……)

 未だ止まない涙を流しながらも必死にニャーを抱き締める悠介と、悠介を労わるように頬を舐めるニャーに、今は二人の邪魔はしないでおこうと思った。本当は今すぐにでも駆け寄って抱き締めて安心させたい。だが、それができるのは現時点で自分ではないということを柊一郎は分かっていた。どんなに歯がゆく思っても、まだそこまでの関係ではない。

「で? 結局あんたは犬山さんの傍で何をしていたわけ?」
 柊一郎の胸に新たな不安が広がっていく。まさか、犬山さんを好きな男なのか。それとも、自分が知らない間に知り合った男なのか。どちらにしても、柊一郎にとっては心情穏やかではない。悠介を心配する気持ちと、この隣に立つ男への疑念と不安。悠介は対人恐怖症らしき症状がある。最近知り合ったというのは些か無理があるか。柊一郎は男を睨みつけながら、思考を巡らせる。

「す、すみません……料金払いますから……」

 柊一郎が、悶々と考えている間に、ニャーと悠介は落ち着いたようで、ようやく言葉を取り戻した悠介がニャーを抱きながらふらふらと立ち上がり、少し離れたところに立っている柊一郎と隣の男に向き直る。綺麗な肌についた痛々しい傷と、涙でぐしゃぐしゃになった顔。それでも礼儀を忘れず頭を下げるその姿に、男が苦笑する。

「いーや、ええですよ。俺、何もしてへんし。見つけたん、こっちの人やし」
 柊一郎は様子を窺いながら、ゆっくりと悠介に近付くと悠介の肩を無言で抱き寄せた。その腕の力に、悠介が少し驚いて見つめる。しかし柊一郎は悠介を見返すことができなかった。痛々しくて悲しくて、悠介の目を見ることができない。

(……護りたい。傍にいて、悲しみからも苦しみからも、全ての不安要素から護りたい。泣かせる奴は、俺が追い払ってやりたい)

 柊一郎はギュッと悠介の肩を抱く手に力を込めた。男は、柊一郎の想いと、悠介の優しさを静かに察して一歩下がった。
「じゃ、じゃあ……お礼、だけでも。せめて、お茶……くらい……ごちそう、させ……させ、てください」
 そう言って、悠介はニャーを抱いたまま、また頭を下げた。そしてニャーも小さく鳴いて、悠介の腕の中で頭を下げている。恐ろしく賢い猫やな、と男は思った。
「……まあ、それくらいならええですけど……」
 実際、駆け付けただけで何もしていないのにお金は貰えない、けれど茶を飲むくらいならと頷く。
 男の返事に安心した悠介は、柊一郎に支えられながら古書店のドアを開けた。すると古本の、いつもの匂いが三人と一匹を待ってましたとでもいうように出迎えた。


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