すずらん通り商店街の日常 〜悠介と柊一郎〜

ドラマチカ

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第三章 転機編

転機編 10

 レジ横のスペースに、柊一郎と男の手で丸テーブルと椅子が素早く設置されていく。その様子を、悠介は黙って見ていることしかできなかった。
 悠介は元々力がある方ではないし、今日は精神的にも肉体的にも限界だった。椅子を持ち上げようとした瞬間にふらつき、すぐに柊一郎が支えてくれた。もし柊一郎がいなければ、そのまま倒れていただろう。柊一郎は悠介を先に座らせ、何でも屋の男と一緒に椅子とテーブルの準備をしたのだった。
 
「……ごめんなさい……」
 そう小さく呟いて、悠介は俯いた。肩を落とし、目を逸らすようにしてうつむいたその姿は、見る者の胸を痛めるほどに弱々しかった。そんな悠介を見て、柊一郎は手を止め、ぽつりと呟く。

「……こんなにボロボロになって……」

 無意識に出たその声はとても小さく、本人さえ気づかないほどの独り言だったかもしれない。しかし、それをしっかり聞き取ったのはニャーだった。悠介の腕の中で、ニャーは「ニャ」と短く鳴いた。それは、柊一郎の言葉に賛同するかのように響いた。

 椅子に腰を下ろすと、悠介の手には温かい湯呑みが握られた。お茶を淹れたのも、もちろん柊一郎だ。悠介に了承を得て淹れさせてもらった。湯気がふわりと立ちのぼり、幾分か空気をやわらかくする。ニャーは悠介の膝の上で落ち着かない様子で尻尾を揺らしながら、ときおり喉を鳴らしている。
 沈黙がひとしきり流れたあと、悠介が小さな声を絞り出すように言った。
「……本当に、すみません……でした。お騒がせ、して……しまって……」
 その言葉と同時に、悠介は深々と頭を下げた。涙の痕が頬に残るまま、長めの前髪が揺れる。
 男は慌てて手を振って笑った。
「ええですって。犬山さんの声で話聞いとったら、俺も居ても立ってもいられへんかっただけですから」
 その一言に、柊一郎の眉がピクリと動く。すぐに男の横顔へと視線を移し、鋭く見据えた。だが、悠介の姿を改めて見た瞬間、胸の奥を掴まれるような痛みが走る。力になりたかった。仕事中だということを気にしたのかもしれない。それでも、真っ先に頼ってほしかった。
 しかし、悠介が助けを求めた相手は、柊一郎ではなかった。それが思った以上に辛い。
 そしてそんな柊一郎に気付いてか、ふいに男が笑いながら言った。
「……それにしても、犬山さんって呼ばれとるんですね」
 柊一郎を見ながら、からかうような口ぶりで続ける。
「猫を探してって電話してきた人が、まさか犬山さんとは思わへんかったですわ」
 その言葉に、柊一郎の胸がざわざわと音を立てる。自分以外の男が、悠介の名前を気安く口にする。しかもそれが、悠介が頼った相手。苗字とはいえ名前を呼ばれるだけで、胸の奥に黒い感情がこみ上げる。
 知らない男に悠介の名を呼ばせることすら、どうにも我慢がならない。でも、今の自分はそれを咎める立場にいない。そんな資格がないという事実が、なおさら悔しかった。
 柊一郎は茶をひとくち飲み、熱を喉に感じながら、低い声で問いかけた。
「……で、あんたは何でも屋ってやつ? なんでもやるの?」
 その声には、明らかに冷えたものが滲んでいた。男は一瞬驚いた顔をして柊一郎を見遣ったが、すぐに悪戯がバレた子供のように苦笑して肩をすくめた。
「まぁ、大体のことはな。今回みたいな迷い猫探しも依頼があれば対応するし、バーにヘルプで行ったり水道管だって直すし壁にペンキだって塗るで」
 柊一郎は自分から聞いておきながら、男の話は半分聞き流して男と悠介を交互に見る。
 
 悠介を助けた相手を責める理由なんてないと、頭では分かっていた。それでも柊一郎の胸の奥はザワつき続けていた。


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