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第三章 転機編
転機編 最終話
どうしても胸がざわついてしまう柊一郎の言葉は、まるで鋭い刃のように空気を裂いた。
「犬山さんに変なことしてたら、許さないからな」
その低く抑えた声には、明らかな牽制の色があった。悠介は驚いて柊一郎を見上げる。柊一郎はいつだって優しくて、柊一郎の冷たい声は聞いたことがない。
「しゅ、しゅういちろうさん……? そんなこと、何でも屋さんは――」
「大丈夫です犬山さん」
男は笑って手をひらひらと振って、悠介の言葉を遮った。しかしその態度が、余裕が、柊一郎の機嫌を更に悪くする。男は分かっているのだろう、と柊一郎は思う。
「俺、そういう気は一切ないから。ほんま、猫のためにやっただけや」
にこにこと冗談めかしているが、軽さの中にどこか誠実さが滲んでいた。
柊一郎はそれでも納得いかないような表情のまま、ゆっくりと息を吐く。そして、そっと悠介の肩に手を置いた。その手の温かさに、悠介は少しだけ目を見開く。しかし柊一郎の手の温もりは、なぜかとても安心した。
「……心配したんですよ、ほんとに」
静かに、でも確かに伝わる想い。その言葉に、悠介の胸の奥に温かいものが流れ込んだ。震えていた心が、ようやく少しずつ解けていくような感覚だった。
「……ありがと、ございます……しゅ、しゅういちろうさん……ニャーを、ちゃんと見つけてきてくれて……」
その言葉に、ニャーがまるで否定するように「にゃあ」と鳴いた。
柊一郎はニャーを見て、ふっと笑う。
「……違いますよ。俺がニャーを連れてきたんじゃないんです。ニャーが、俺を連れてきてくれたんですよ。迎えに来てくれて。会社の前にいたんです」
「え……?」
悠介は驚いたようにニャーと柊一郎を見比べる。まさか、ニャーが自ら柊一郎の元へ行ったとは思わなかったのだ。ニャーは基本的に商店街から出ない。危険だということもあるが、悠介が心配するからだ。だから悠介も商店街の外まで探しに行くという考えには至らなかったのだ。
「ニャニャッ」
柊一郎の言葉に、声を上げるとニャーは、どこか誇らしげだった。心配させておいて、と思わなくもないが、無事でいてくれたのだからそれでいい。悠介は苦笑する。
「どうしてニャーが迎えに来たのかは、分からないんですけどね」
柊一郎はそう言いながら困ったような表情で笑う。
「す、すみません……お仕事、だったのに……」
悠介は再び小さく頭を下げた。その動作には申し訳なさが滲み出ていて柊一郎は胸が締め付けられる。だが、すぐに首を横に振って、柊一郎はその薄い肩に乗せた手に力を込める。
「謝らないでください。なんの問題もないですから」
優しい声だった。否定でも怒りでもなく、ただ安心させようとするような、穏やかでまっすぐな声。悠介が知っている、柊一郎の声だった。
そのとき、二人の空気を割るように男が咳払いをひとつして立ち上がり、悠介に視線を向けて笑った。
「ほな、俺はそろそろ帰りますわ」
「え……でも、お茶……」
悠介が湯呑に目をやると、中は空になっていた。男はいつの間にか飲み干していたらしい。
「茶ァもご馳走になったし、猫も見つかったし。安心して帰れるっちゅうもんですわ」
そう言って男は、ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、カウンターの上に置いた。
「あ、あの……また、何かあったら……依頼、しても……いい、ですか……?」
悠介の声はおずおずとしていたが、その瞳は真剣だった。だが視線は男の肩越しに虚空を見つめていた。
男は視線の合わない悠介を見ながら、楽しそうに笑った。
「いつでも待っとります。お気軽にどうぞ」
そして、悠介にケガの手当てをするように言い残し、軽やかな足取りで古書店を後にした。
扉が閉まる音がして、店内に静けさが戻る。外はもうすっかり日の暮れた気配で、空の色も薄暗くなっていた。
悠介はカウンターに置かれた名刺をじっと見つめていた。だが次の瞬間、柊一郎が小さく声をかける。
「……無理に頼らなくていいんですよ」
「え?」
「次からは、俺に言ってください。何をしてても、どこにいても……必ず駆け付けますから」
その言葉は、不意に悠介の胸を打った。息を呑むようにして、照れたような柊一郎の横顔を見る。ニャーがふわりと膝を下りて、二人の間にちょこんと座った。
それを見た柊一郎は、照れくさそうに笑った。
「犬山さんに変なことしてたら、許さないからな」
その低く抑えた声には、明らかな牽制の色があった。悠介は驚いて柊一郎を見上げる。柊一郎はいつだって優しくて、柊一郎の冷たい声は聞いたことがない。
「しゅ、しゅういちろうさん……? そんなこと、何でも屋さんは――」
「大丈夫です犬山さん」
男は笑って手をひらひらと振って、悠介の言葉を遮った。しかしその態度が、余裕が、柊一郎の機嫌を更に悪くする。男は分かっているのだろう、と柊一郎は思う。
「俺、そういう気は一切ないから。ほんま、猫のためにやっただけや」
にこにこと冗談めかしているが、軽さの中にどこか誠実さが滲んでいた。
柊一郎はそれでも納得いかないような表情のまま、ゆっくりと息を吐く。そして、そっと悠介の肩に手を置いた。その手の温かさに、悠介は少しだけ目を見開く。しかし柊一郎の手の温もりは、なぜかとても安心した。
「……心配したんですよ、ほんとに」
静かに、でも確かに伝わる想い。その言葉に、悠介の胸の奥に温かいものが流れ込んだ。震えていた心が、ようやく少しずつ解けていくような感覚だった。
「……ありがと、ございます……しゅ、しゅういちろうさん……ニャーを、ちゃんと見つけてきてくれて……」
その言葉に、ニャーがまるで否定するように「にゃあ」と鳴いた。
柊一郎はニャーを見て、ふっと笑う。
「……違いますよ。俺がニャーを連れてきたんじゃないんです。ニャーが、俺を連れてきてくれたんですよ。迎えに来てくれて。会社の前にいたんです」
「え……?」
悠介は驚いたようにニャーと柊一郎を見比べる。まさか、ニャーが自ら柊一郎の元へ行ったとは思わなかったのだ。ニャーは基本的に商店街から出ない。危険だということもあるが、悠介が心配するからだ。だから悠介も商店街の外まで探しに行くという考えには至らなかったのだ。
「ニャニャッ」
柊一郎の言葉に、声を上げるとニャーは、どこか誇らしげだった。心配させておいて、と思わなくもないが、無事でいてくれたのだからそれでいい。悠介は苦笑する。
「どうしてニャーが迎えに来たのかは、分からないんですけどね」
柊一郎はそう言いながら困ったような表情で笑う。
「す、すみません……お仕事、だったのに……」
悠介は再び小さく頭を下げた。その動作には申し訳なさが滲み出ていて柊一郎は胸が締め付けられる。だが、すぐに首を横に振って、柊一郎はその薄い肩に乗せた手に力を込める。
「謝らないでください。なんの問題もないですから」
優しい声だった。否定でも怒りでもなく、ただ安心させようとするような、穏やかでまっすぐな声。悠介が知っている、柊一郎の声だった。
そのとき、二人の空気を割るように男が咳払いをひとつして立ち上がり、悠介に視線を向けて笑った。
「ほな、俺はそろそろ帰りますわ」
「え……でも、お茶……」
悠介が湯呑に目をやると、中は空になっていた。男はいつの間にか飲み干していたらしい。
「茶ァもご馳走になったし、猫も見つかったし。安心して帰れるっちゅうもんですわ」
そう言って男は、ジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、カウンターの上に置いた。
「あ、あの……また、何かあったら……依頼、しても……いい、ですか……?」
悠介の声はおずおずとしていたが、その瞳は真剣だった。だが視線は男の肩越しに虚空を見つめていた。
男は視線の合わない悠介を見ながら、楽しそうに笑った。
「いつでも待っとります。お気軽にどうぞ」
そして、悠介にケガの手当てをするように言い残し、軽やかな足取りで古書店を後にした。
扉が閉まる音がして、店内に静けさが戻る。外はもうすっかり日の暮れた気配で、空の色も薄暗くなっていた。
悠介はカウンターに置かれた名刺をじっと見つめていた。だが次の瞬間、柊一郎が小さく声をかける。
「……無理に頼らなくていいんですよ」
「え?」
「次からは、俺に言ってください。何をしてても、どこにいても……必ず駆け付けますから」
その言葉は、不意に悠介の胸を打った。息を呑むようにして、照れたような柊一郎の横顔を見る。ニャーがふわりと膝を下りて、二人の間にちょこんと座った。
それを見た柊一郎は、照れくさそうに笑った。
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