惹かれて満ち足りて

蒼キるり

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1.初めてと出会い

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 例え恋人であっても他人に束縛されたくないと思うのは、そんなにおかしなことだろうか。
 何かに八つ当たりするようにそんなことを思いながら、夜の繁華街を歩く。
 瞬きをしても脳裏に残る輝くネオンが目にチカチカと眩しいし、デザインに一目惚れして買ったヒールの高い靴のせいで足が鈍く痛む。卸したてのシフォン生地のワンピースはまだ着慣れない。
 それでも一人で自由に夜の街を歩ける開放感は、何事にも代え難い幸福感がある。
 夜に一人で出歩くなんて何を考えてるんだ、なんて言われないのだ。
 それが私を心配する言葉ならまだ納得もできるけど、ただ束縛したいが為の言葉なんて耳に入れたくもない。
 ああ、なんて自由なんだろう。
 歌い出したくなる気分で、私はとあるバーへと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


 控えめなバーテンダーの挨拶に軽く会釈をしてから、どの席に座ろうかと視線を彷徨わせる。
 空いている席が幾つか目に入るけど、すぐには決められない。だって初めて来るバーだ。少し緊張もする。
 そもそもこういった所に一人で来るのは実は初めてで、なんてことない慣れた様子を装いながらも心は浮き足立っている。
 友人となら来たことがあるけれど、一人でとなると思い返してもやっぱり一度もない。
 幾つになろうと、初めてのことはいつだって緊張と同時に楽しさも纏っている。
 初めての場所。上等じゃないか。私は自由にのびのびと羽を伸ばすためにここに来たのだから。
 喧嘩別れのように恋人と別れ、どうにかこうにか折り合いをつけた頃に友人に教えてもらったのがこのバーだった。
 素敵なお店だから気分転換にはぴったりだとお墨付きで。ついでに新しい恋人でも見つけたら?なんて余計なお節介もくっついていたけれど。
 でも友人には悪いけど、別に大きな期待はしていない。
 こうやって初めてのことが出来ただけで、私にとっては十分なのだ。
 幸い付き合っている人もいない身軽な独り身なのだから、これからもっと楽しいことが出来るかもしれないという漠然とした期待だって生まれる。最高だ。

 そんな風に内心盛り上がっている時、ふと目が合った。
 一人でグラスを傾けていたその人は、私の方を見て綺麗な瞳を細めて笑った。
 なんとなく猫のような雰囲気だった。
 その人は頬の横に一筋流れる、男性にしては少し長い髪を指先で後ろに払った。ひどく艶やかで小洒落た仕草だった。
 まるで私に見せつけるみたい、なんて自意識過剰が過ぎるだろうか。
 でもそれを見た瞬間、背筋をしなやかな指先でなぞられたかのような不可思議な感覚が私を襲った。
 身体の内側の奥の奥が、きゅうと微かに熱を持つのを私は確かに感じた。
 ああ、この人がいい。こんな夜に初めての場所でお酒を共に飲むなら、この人がいい。この人の隣がいい。
 お酒なんてまだ一口も飲んでいないというのに、熱にうなされたかのように私はその人に惹かれていた。
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