惹かれて満ち足りて

蒼キるり

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5.変化と束縛

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 その頃になると、私たちは本当によく話をするようになっていて、静かなバーでこれ以上話すのは迷惑なのではないかと思うほど親しくなっていた。
 私の勝手な勘違いでなければ、だけど。
 その時になっても、なんとなくお互いの名前すら告げていなかった。
 私たちの間にあったのは、次に会う約束。それだけだった。
 それがこの日、最も簡単に崩れた。

 彼と話をするだけで楽しかった。
 何を話しても、尽きることのない濁流のように想いが募った。
 彼の相槌の間合いさえ好ましかった。
 私への質問も踏み込み過ぎず、それでいて寄り添うような言葉選びだった。
 私は毎回、すぐにでも身を委ねたくなるような高揚感を抑えるのに必死だった。
 だから、いつもとは少し違うその質問を向けられた時から、何かが変わり始めていたのだと思う。


「答えたくなかったら、もちろん答えなくていいけど……お付き合いしてる人はいるの?」

「いないの。別れたばっかり」


 緩く首を振ると、彼は安堵したように微笑んだ。
 それを都合のいいように解釈している自分がいる。
 まるで、私に恋人がいないことが彼にとって嬉しいことだと言われたかのように。


「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、君に恋人がいたらこうして会えなかったかもって思うと嬉しいよ」


 欲しいと思っていた言葉をそのまま投げかけられて、一瞬にして気持ちが高まる。
 少しくらい浮かれても許されるだろうか。


「こうやって君と会うことが、すごく楽しみなんだ」


 彼がそう言って、少しはにかむ。私も、と告げる声は、嬉しすぎてきっと震えている。
 嬉しくて、嬉しくて、浮かれ心地で思ったままのことを口にしてしまっていた。


「その人ね、束縛が強くって」


 なるべくなんでもない風を装って言う。
 グラスを傾けながら、さりげなく髪を耳にかけてみた。
 でも、彼みたいな素敵な仕草には、とてもじゃないけど敵わない。


「最初は全然そんなことなかったのに、段々酷くなっていったの。どこに行くのも伝えなきゃいけないし、連絡だって決まった時間にしろって。どんどん要求が多くなるのよ、嫌になっちゃう。私が全然従わないから、結局喧嘩して別れて終わり」


 一息に告げてちらりと隣を見ると、薄く眉を寄せる彼の姿があった。
 少なくとも引かれたり笑われたりしていないことにホッとする。
 だから、しばらく恋人とかはいらないの。そう気軽に笑って見せた。


「……ひどいね」

「そう思う?」

「だって、そんなの、所有物か何かみたいに。僕なら絶対しない」


 きっぱりとした彼の態度に、私はありがとうと自然に笑っていた。
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