惹かれて満ち足りて

蒼キるり

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12.彼と彼女

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 彼は決して昼間に会おうとはしなかった。そしていつも朝になる前に帰った。
 私に触らせようとすることもなかった。それどころか一度も服を脱いだこともなければ、私を抱き締める素振りをしたことさえない。
 私の身体に触れることを躊躇っている様子はないから、それが少し不思議ではあった。
 でもそれでもいつかこんな関係を続けていれば、一度くらい全身で抱き締めてくれる日が来るかもしれない。それはどんなに幸せなことだろうと夢想した。

 それに彼は幾度となく何かを話そうとした。何かを打ち明けようとするかのように悩む仕草を見せた。
 でもそれはいつも話されることはなかった。
 だけどいつか、もしかしたら話してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。
 私を抱かない理由を、抱き締めない理由を、いつか教えてくれるのではないかと。
 そんな期待を持ったまま、私たちは関係を続けた。

 そんなある日、私がベッドの中でうつらうつらと微睡んでいる間に彼が隣からいなくなっていることに気がついた。
 それは初めてのことだったから、少し驚いた。
 いつだって朝まで一緒にいてくれないし、夜のうちにいなくなる人ではあったけど、ちゃんと帰る前に声をかけてくれるのに。
 すぐにその疑問は解けた。微かに水音が聞こえたからだ。シャワーを浴びていたのだろう。今日は暑いから汗を流したくなるのは当然だ。
 どうしてだろうか。その時の私は少し向こう見ずだった。
 確かにそこにいるだろうに、声をかけてみたくなったのだ。ただそれだけだった。
 だからシャワールームに向かった。脱衣所から声をかけるだけのつもりだった。彼がそこにいるとは夢にも思わなかった。


「え?」


 彼は、いやその人は、衣類を纏わない姿でそこに立っていた。
 タオルで身体を拭いている途中にいきなり訪れた私を見て、ひどく驚いていた。
 初めて見たその人の身体は、想像していたものとはひどく違った。
 胸に灘やかとはいえ膨らみがあったのだ。彼は彼ではなかった。まごうことなく女性の身体だった。
 男性にしては長いと思った髪も、少し高い声も、細く長い指先も、女性だと思えば何もおかしくはなく自然だった。
 むしろ私が今まで少しも疑わなかったことの方が、今となっては不思議だった。
 きっとそんなことを考える暇もないくらい惹かれていたのだろうと思う。


「ごめん。軽蔑した?」


 ただ突っ立って固まる私に彼女は笑った。いつもの笑いとは違う笑い方だった。
 変わらず素敵な笑顔ではあったけど、ぞっとするほど寂しげだった。


「隠しててごめんね」


 そう言って彼女は服を着て私の方は見ないまま部屋を出て行ってしまった。
 私は何も言えなかった。
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