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第4章
永遠に交わらない平行線2
「おまえ、なんてことを言うんだい……!」
目に涙を浮かべた母ちゃんの手がのびてくる。俺のひじの辺りを力いっぱいに掴むと、しわがくっきりと浮かんでいる顔を、さらにしわくちゃにして涙を流したのだ。
「バカな考えは、およし! こんなこと、ご近所さんに聞かれたりたりしたら、あたしも、父ちゃんも、あんたも殺されるかもしれないんだよ!?」
「母ちゃん……!」
「ヒロ……やっぱり、あんた、最近どうかしてるよ。昔は、もっと母ちゃん思いのいい子だったのに……あのカラスだね。あの性悪なガキに誘惑されて、こんな聞きわけの悪い、ろくでなしになった。そうだろ!?」
「おい、ちょっと待ってよ。今、なんて言った?」
問いただすと母ちゃんは顔色を悪くして口をつぐんだ。
「俺がカイトに誘惑された? 母ちゃん、知ってるのか……? 俺とカイトが、どんな関係か――」
「しっ、知らないよ。あたしゃ何も見てなんかいないんだからね!」と、すぐさましらを切った。
だけど母ちゃんは目線をせわしなく動かし、どもりながら早口な口調でしゃべっている。あからさまに動揺している様子からして嘘をついているのは明白だ。
俺のひじを掴んでいた手を離した。
「そうだ! 今夜は、あんたの好きな玉子料理でも作るよ。卵を取ってくるね」
口もとを引きつらせながら笑みを作り、外へ逃げようとする彼女の背中に「待てよ、母ちゃん」と声をかける。
「どこで俺たちを監視してた? 村中の連中に俺らの関係を言いふらしたのかよ!?」
勢いよく振り返った彼女は「そんなこと、するわけないだろ!」と怒声をあげた。涙をボロボロこぼした母ちゃんは膝から崩れ落ち、気の床の上にひざまずいた。両手で顔を覆い、しゃくりあげながら、くぐもった声でしゃべる。
「あんたは、あたしが腹を痛めて生んだ子だ……。この家に、たったひとりしかいない男の子なんだよ。それを……みすみす殺すような真似をするはずがないだろ……」
「母ちゃん……」
どんなときでも明るい笑みを浮かべ、気丈に振る舞っている母親が、こんなにも弱々しい姿を見せたのは始めてだった。少なからず衝撃を受け、身動きのとれなくなった俺は、空中で手をさまよわせることしかできなかった。
鼻をすすり、エプロンのポケットから出したハンカチで涙をぬぐった母ちゃんが、まっすぐ俺を見据える。
「ヒロ、どうしてなんだい? 男同士の恋愛やキスは許されないことだ。魔族や悪魔と契約を交わし、魔王側につき、人間を裏切る行為と同じくらい大罪だ。それなのに、なんでカラスを選んだりする?」
ガキの頃、いたずらをしたり、仕事をサボって怒られたし、悪いことをして頬を張られたり、頭を殴られた。だけど最後には「まったくヒロは、しょうがないね」と笑って許してくれた。
でも今回は駄目だ。
カイトを本気で愛していると伝えても、彼の魅力や、いいところを説明しても絶対に母ちゃんは、俺がカイトと関係を持ったことを許してはくれない。
じつの子どもである俺を射殺さんばかりの強い視線と真剣な目つきをして、まばたきひとつしない。
無言で咎められているのを、ひしひしと感じる。言葉に詰まり、汗ばんだ手を握りしめて拳を作った。
メラメラと火が燃えている室内なのに、身体の芯が急激に冷えていく。
落ち着け、冷静になれよ、俺と自分に言い聞かせながら話の出どころについて考えを巡らせる。
カイトの部屋で性行為をするときは、いつも鍵をかけているか確認をしてから、ことにおよんだ。教会の所有する馬はカイトが面倒を見ているし、カイトが馬小屋にいるときは教会の人間や子どもたちは不用意に近づかないし、村の人間が来たら神経質な馬たちが反応する。一番、可能性が高いとしたら教会の裏の湖だ。たまたま仕事が早く終わったとき、真っ昼間にもかかわらず、湖を散歩していたカイトにキスをした。
「誰かに見られたら、どうするの!?」って言われたのに、「平気だよ、この時間に湖へ来るやつはいない」って楽観的に考えて、カイトの唇や頬、まぶたや耳、指先に口づけたのだ。
神父様は、俺とカイトの距離が異様に近いことを怪しんでいた。
だけど確信できる証拠がないから表立って注意することができなかったのだ。
修道女メアリーの様子からして気づいていないはず。もし俺らの行為を知ったら、俺とカイトを引き合わせるようなことをしないだろう。
子どもたちが見ていたら、カイトに「何をしていたの?」と訊くかもしれないが、おそらく年長の者が口止めする。
だとしたら誰が見ていた?
煮詰まったスープがこぼれ、火の上に落ち、蒸気が発生する音がする。
「なんで、あいつを選ぶ? 遊びたいなら女の子と遊べばいい。あんたなら、もっといい子が見つかるのに、よりによって、あんなやつと……」
足をくぎで刺されたみたいに動かない。
何もできないまま突っ立っていると木の扉が音を立てて開く。
「ただいま」
外に出ていた父ちゃんが家に帰ってきたのだ。
突然、俺の足は動くようになり、父ちゃんと入れ違いになる形で外へ飛び出した。背後で「ヒロ!」と叫ぶ母ちゃんの声がしても振り返らずに走る。
目に涙を浮かべた母ちゃんの手がのびてくる。俺のひじの辺りを力いっぱいに掴むと、しわがくっきりと浮かんでいる顔を、さらにしわくちゃにして涙を流したのだ。
「バカな考えは、およし! こんなこと、ご近所さんに聞かれたりたりしたら、あたしも、父ちゃんも、あんたも殺されるかもしれないんだよ!?」
「母ちゃん……!」
「ヒロ……やっぱり、あんた、最近どうかしてるよ。昔は、もっと母ちゃん思いのいい子だったのに……あのカラスだね。あの性悪なガキに誘惑されて、こんな聞きわけの悪い、ろくでなしになった。そうだろ!?」
「おい、ちょっと待ってよ。今、なんて言った?」
問いただすと母ちゃんは顔色を悪くして口をつぐんだ。
「俺がカイトに誘惑された? 母ちゃん、知ってるのか……? 俺とカイトが、どんな関係か――」
「しっ、知らないよ。あたしゃ何も見てなんかいないんだからね!」と、すぐさましらを切った。
だけど母ちゃんは目線をせわしなく動かし、どもりながら早口な口調でしゃべっている。あからさまに動揺している様子からして嘘をついているのは明白だ。
俺のひじを掴んでいた手を離した。
「そうだ! 今夜は、あんたの好きな玉子料理でも作るよ。卵を取ってくるね」
口もとを引きつらせながら笑みを作り、外へ逃げようとする彼女の背中に「待てよ、母ちゃん」と声をかける。
「どこで俺たちを監視してた? 村中の連中に俺らの関係を言いふらしたのかよ!?」
勢いよく振り返った彼女は「そんなこと、するわけないだろ!」と怒声をあげた。涙をボロボロこぼした母ちゃんは膝から崩れ落ち、気の床の上にひざまずいた。両手で顔を覆い、しゃくりあげながら、くぐもった声でしゃべる。
「あんたは、あたしが腹を痛めて生んだ子だ……。この家に、たったひとりしかいない男の子なんだよ。それを……みすみす殺すような真似をするはずがないだろ……」
「母ちゃん……」
どんなときでも明るい笑みを浮かべ、気丈に振る舞っている母親が、こんなにも弱々しい姿を見せたのは始めてだった。少なからず衝撃を受け、身動きのとれなくなった俺は、空中で手をさまよわせることしかできなかった。
鼻をすすり、エプロンのポケットから出したハンカチで涙をぬぐった母ちゃんが、まっすぐ俺を見据える。
「ヒロ、どうしてなんだい? 男同士の恋愛やキスは許されないことだ。魔族や悪魔と契約を交わし、魔王側につき、人間を裏切る行為と同じくらい大罪だ。それなのに、なんでカラスを選んだりする?」
ガキの頃、いたずらをしたり、仕事をサボって怒られたし、悪いことをして頬を張られたり、頭を殴られた。だけど最後には「まったくヒロは、しょうがないね」と笑って許してくれた。
でも今回は駄目だ。
カイトを本気で愛していると伝えても、彼の魅力や、いいところを説明しても絶対に母ちゃんは、俺がカイトと関係を持ったことを許してはくれない。
じつの子どもである俺を射殺さんばかりの強い視線と真剣な目つきをして、まばたきひとつしない。
無言で咎められているのを、ひしひしと感じる。言葉に詰まり、汗ばんだ手を握りしめて拳を作った。
メラメラと火が燃えている室内なのに、身体の芯が急激に冷えていく。
落ち着け、冷静になれよ、俺と自分に言い聞かせながら話の出どころについて考えを巡らせる。
カイトの部屋で性行為をするときは、いつも鍵をかけているか確認をしてから、ことにおよんだ。教会の所有する馬はカイトが面倒を見ているし、カイトが馬小屋にいるときは教会の人間や子どもたちは不用意に近づかないし、村の人間が来たら神経質な馬たちが反応する。一番、可能性が高いとしたら教会の裏の湖だ。たまたま仕事が早く終わったとき、真っ昼間にもかかわらず、湖を散歩していたカイトにキスをした。
「誰かに見られたら、どうするの!?」って言われたのに、「平気だよ、この時間に湖へ来るやつはいない」って楽観的に考えて、カイトの唇や頬、まぶたや耳、指先に口づけたのだ。
神父様は、俺とカイトの距離が異様に近いことを怪しんでいた。
だけど確信できる証拠がないから表立って注意することができなかったのだ。
修道女メアリーの様子からして気づいていないはず。もし俺らの行為を知ったら、俺とカイトを引き合わせるようなことをしないだろう。
子どもたちが見ていたら、カイトに「何をしていたの?」と訊くかもしれないが、おそらく年長の者が口止めする。
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足をくぎで刺されたみたいに動かない。
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