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第7章
マスター候補2
人間のときなら理性が働いて、おとなしくしていられる。たとえ三上さんのサイン会が会っても、ちゃんと挨拶をして礼儀正しくしながら、思いの丈を一言言って応援の言葉を伝える。家に帰ってからサイン色紙を胸に抱いて悶絶し、両親にしつこいくらい自慢しても外では普通の人を装える。
だけど、犬になって本能剥き出しのぼくは、「こんにちは、大好きです!」と憧れの声優さんに尻尾を振って、へけへけ笑っている。おまけに犬になっているときは好きな人に「頭を撫でて」「お腹撫でて」「抱っこして」と思い、行動に出てしまうのだ。
キャリーバッグに入れられたぼくはヘソ天状態でお腹を見せ、猛烈アピールしまくり……!
お父さんがオロオロしながら三上さんと、ぼくを交互に見て、お母さんが「渉、お行儀よくしなさい!」と角を頭に生やした。
「ありがとう。とっても、うれしいよ」と三上さんは微笑み、大人な対応をする。アニメや映画、CMで耳にする渋くて、どこか甘いバリトンボイスに、ぼくも、お母さんもぽうっとのぼせ上がり、お父さんが慌てて声を掛けてきた。
「渉くん、きみの活躍ぶりは、ちょくちょく聞かせてもらっているよ。私の熱烈なファンだってこともね」
「ありがとうございます!」とぼくとポメラニアンになったぼくは同時にお礼を言った。
「私はガーディアンの家系だし、妻の家は代々マスターをやっている家系でね。それで今回、お父さんと、お母さんにも同席していただく形で、きみとマスター候補との顔合わせをセッティングしたんだ」
ん? とぼくは首を傾げた。
お母さんとお父さんも、うろたえた様子で顔を見合わせる。
「お話し中失礼ですが三上さん、うちの息子のマスター候補になるのは、あなたではなく奥様ということでしょうか?」と、お父さんがおずおずしながら尋ねた。
すると三上さんは、きれいなピンク色のバラの花が活けられた、透明な花瓶の隣にある写真立てへと目をやる。
淡い黄色の額縁の中には、笑顔のすてきな女性がいた。
「残念なことですが妻は数年前に病で亡くなりましてね」
淡々とした口調で語る表情は、やわらかい。目元も口元も慈愛に満ちている。
だけど、どこかしんみりとした空気が部屋の中に流れるのをぼくも、犬のぼくも察知する。
「私も、息子も妻がいなくなった当初は、ひどく落ち込んだり、急に泣きたい気持ちになって何も手につかなくなることが、しょっちゅうでした。でも彼女がいなくても、やらなきゃいけないことは山のようにある。失った後で彼女の存在が私たちにとって、どれほど大きなものだったか思い知らされました」
「……心中お察しします。若くして奥様を亡くし、いろいろと苦労なさったのではありませんか」と、お母さんが唇を開いた。
「そうですね。ずっと、この先も一緒にいられると思っていたのに、ある日、突然……義理の両親も、ひとり娘を早くに亡くし、ずいぶんと憔悴していました」
「息子さんは、どうされていますか? 今も、お母様の死が心の傷になっていませんか?」
神妙な顔つきをしたお母さんが、三上さんに質問する。
少し眉を下げた三上さんが「お気遣いいただき恐縮です」と会釈する。「母親がいないことをさびしがっていた時期は、この数年でひとまず落ち着きました。ただ、人とうまくコミュニケーションをとれず、何かと孤立気味な子で。今のところ、いじめはありませんし、意地の悪いことを言う子も周囲にいない状況です。けれど人の輪に入るのを苦手としていて、家庭訪問の際に担任からも、『どうにかできないか』と言われました」
「それは、お父様である三上さんとしても心配になってしまいますよね。お子さんも、ひとりでいるのが好きというわけでなければ、今後、苦労するでしょうし」
友だちのできないぼくの小学校時代を思い出しているのか、お母さんが前のめりになって、三上さんのお子さんの話をする。
ぼくと、お父さんが口を閉じて、ことの成り行きを見守っていると三上さんが「そこで渉くんの力をお借りしたいんです。健太、入っておいで」
その声とともに、控えめにドアが開いた。
三上さんと奥さんによく似た小柄な少年がやってきて、ぼくのお父さんや、お母さんにお辞儀をする。
「三上健太って言います。犬伏渉さんのマスター候補として登録しました」
「きっ、きみが!? 三上さんでなく!」と、お父さんが飛び上がり、口をあんぐりと開く。
健太くんは、まずいことをしたのかな? 変なことを言っちゃったかな? って不安そうな顔つきをして身体を強張らせた。
「雄大さん!」
鬼のような形相をした、お母さんが、お父さんの名前を呼んだ。
ぼくと、犬のぼくも「お父さん、謝って!」とキャンキャン鳴いた。
「すっ、すみません! 大変失礼いたしました……!」と、顔面蒼白状態のお父さんが必死で頭を下げる。
苦笑しながら三上さんが「いいんですよ」と両手を胸の前に出した。「マスター候補になる人間の多くは成人済みの大人です。十八歳未満、それも小学生でマスター候補に立候補する子どもとなると、ごく少数です」
だけど、犬になって本能剥き出しのぼくは、「こんにちは、大好きです!」と憧れの声優さんに尻尾を振って、へけへけ笑っている。おまけに犬になっているときは好きな人に「頭を撫でて」「お腹撫でて」「抱っこして」と思い、行動に出てしまうのだ。
キャリーバッグに入れられたぼくはヘソ天状態でお腹を見せ、猛烈アピールしまくり……!
お父さんがオロオロしながら三上さんと、ぼくを交互に見て、お母さんが「渉、お行儀よくしなさい!」と角を頭に生やした。
「ありがとう。とっても、うれしいよ」と三上さんは微笑み、大人な対応をする。アニメや映画、CMで耳にする渋くて、どこか甘いバリトンボイスに、ぼくも、お母さんもぽうっとのぼせ上がり、お父さんが慌てて声を掛けてきた。
「渉くん、きみの活躍ぶりは、ちょくちょく聞かせてもらっているよ。私の熱烈なファンだってこともね」
「ありがとうございます!」とぼくとポメラニアンになったぼくは同時にお礼を言った。
「私はガーディアンの家系だし、妻の家は代々マスターをやっている家系でね。それで今回、お父さんと、お母さんにも同席していただく形で、きみとマスター候補との顔合わせをセッティングしたんだ」
ん? とぼくは首を傾げた。
お母さんとお父さんも、うろたえた様子で顔を見合わせる。
「お話し中失礼ですが三上さん、うちの息子のマスター候補になるのは、あなたではなく奥様ということでしょうか?」と、お父さんがおずおずしながら尋ねた。
すると三上さんは、きれいなピンク色のバラの花が活けられた、透明な花瓶の隣にある写真立てへと目をやる。
淡い黄色の額縁の中には、笑顔のすてきな女性がいた。
「残念なことですが妻は数年前に病で亡くなりましてね」
淡々とした口調で語る表情は、やわらかい。目元も口元も慈愛に満ちている。
だけど、どこかしんみりとした空気が部屋の中に流れるのをぼくも、犬のぼくも察知する。
「私も、息子も妻がいなくなった当初は、ひどく落ち込んだり、急に泣きたい気持ちになって何も手につかなくなることが、しょっちゅうでした。でも彼女がいなくても、やらなきゃいけないことは山のようにある。失った後で彼女の存在が私たちにとって、どれほど大きなものだったか思い知らされました」
「……心中お察しします。若くして奥様を亡くし、いろいろと苦労なさったのではありませんか」と、お母さんが唇を開いた。
「そうですね。ずっと、この先も一緒にいられると思っていたのに、ある日、突然……義理の両親も、ひとり娘を早くに亡くし、ずいぶんと憔悴していました」
「息子さんは、どうされていますか? 今も、お母様の死が心の傷になっていませんか?」
神妙な顔つきをしたお母さんが、三上さんに質問する。
少し眉を下げた三上さんが「お気遣いいただき恐縮です」と会釈する。「母親がいないことをさびしがっていた時期は、この数年でひとまず落ち着きました。ただ、人とうまくコミュニケーションをとれず、何かと孤立気味な子で。今のところ、いじめはありませんし、意地の悪いことを言う子も周囲にいない状況です。けれど人の輪に入るのを苦手としていて、家庭訪問の際に担任からも、『どうにかできないか』と言われました」
「それは、お父様である三上さんとしても心配になってしまいますよね。お子さんも、ひとりでいるのが好きというわけでなければ、今後、苦労するでしょうし」
友だちのできないぼくの小学校時代を思い出しているのか、お母さんが前のめりになって、三上さんのお子さんの話をする。
ぼくと、お父さんが口を閉じて、ことの成り行きを見守っていると三上さんが「そこで渉くんの力をお借りしたいんです。健太、入っておいで」
その声とともに、控えめにドアが開いた。
三上さんと奥さんによく似た小柄な少年がやってきて、ぼくのお父さんや、お母さんにお辞儀をする。
「三上健太って言います。犬伏渉さんのマスター候補として登録しました」
「きっ、きみが!? 三上さんでなく!」と、お父さんが飛び上がり、口をあんぐりと開く。
健太くんは、まずいことをしたのかな? 変なことを言っちゃったかな? って不安そうな顔つきをして身体を強張らせた。
「雄大さん!」
鬼のような形相をした、お母さんが、お父さんの名前を呼んだ。
ぼくと、犬のぼくも「お父さん、謝って!」とキャンキャン鳴いた。
「すっ、すみません! 大変失礼いたしました……!」と、顔面蒼白状態のお父さんが必死で頭を下げる。
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